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クラーク志織×瀧波ユカリ(前編)|一人ひとりのモヤモヤに対する行動が社会を変える?

2024年8月、クラーク志織さんによる初著書『ロンドンの片隅で、この世界のモヤモヤに日々クエスチョンしているよ。』(平凡社)が発売された。ロンドン在住12年目のクラークさんが、ロンドンで感じた自分の体験をベースに、社会のモヤモヤについて「一緒に話そう?」というような調子で綴られた文章と、見る人の目を釘付けにする綺麗な色遣いで描かれたイラストがまとまった、エッセイ集だ。

本著の刊行を記念してあしたメディアでは、社会のモヤモヤやフェミニズムを漫画に落とし込み、社会課題についても多くのメディアで発信されている漫画家・瀧波ユカリさんとクラークさんとの対談を実施。前後編の2回に分けてお届けする。

前編では、クラークさんと瀧波さんの著書のお話を中心に、おふたりが生活のなかで感じるイギリスや日本社会の変化について伺った。

クラーク志織『ロンドンの片隅で、この世界のモヤモヤに日々クエスチョンしているよ。』
(平凡社、2024年)

「セルフ怒り」と「セルフラブ」

はじめに、瀧波さんがクラークさんの著書を読んだ感想を伺いたいです。

瀧波ユカリ(以下、瀧波):いま、私の子どもが中学2年生なんですが、それぐらいの年齢の方が読むのにちょうどいい本だと思いました。読み進めると「社会を変えたい」という気持ちが伝わってくるのですが、「この本を読んだ人の考えを変えたい!」みたいなことを全く感じさせないところがすごくよかったです。

というのも、10代、20代前半の若者には、すごく防衛的なところがあると思っていて。自分の考えを否定されたくなかったり、自分が間違っていることを思い知った痛みにすごく敏感だったりするんです。歳を取るとそういう痛みには慣れていくんですけどね…。

もし私がこういう内容の本を書くとしたら「相手の偏見を変える言葉を!」というように肩に力が入ると思うんです。ただこの本はその逆で、相手に押し付けないことで逆に相手の防衛を解く、まさしく“北風と太陽”みたいなアプローチだなって。若い人にとって、この本は心地のいい距離感ではないでしょうか。

具体的に印象に残っている箇所を教えてください。

瀧波:言葉の使い方が個性的だなと思いました。組み合わせというか、アレンジの仕方がナチュラルなんだけど、あんまり他の人に似ていない。たとえば「セルフ怒り」という言葉。

クラーク志織(以下、クラーク):政治に無関心だった、かつての自分への怒りとして、出てくる言葉ですね。

瀧波:そうです!本のなかでは「セルフラブ」と並べて出てくるんですけど、その並びで「セルフ怒り」と言われると、怒りが悪いことではないことがすごく伝わるんです。なので自分のなかにすっと入ってくる。こういう言葉の使い方が、どうやって生まれたのか気になります。

瀧波ユカリさん

クラーク:数年前から、Web媒体や雑誌でジェンダーについての記事を書くようになりました。そこから、SNSでもジェンダー以外の社会的な問題を発信するようになったんです。

ただ、発信すればするほど「隙を見せちゃいけない」みたいな気持ちがどんどん膨らんできたんです。「ツッコミどころのない正しいことを言わないと、揚げ足を取られるんじゃないか」と思ってしまって。なので、自分のパーソナリティを見せずに、正しいことだけを言おうと意識していた時期が続きました。

それから少しして、インターネットよりもう少し守られた、書籍という空間であれば自分の素を出すことができるのではないかと考えるようになりました。加えて、書籍を出すなら、誰かが共感してくれるような内容にしたかった。そこから、共感してもらうためには何が必要かを考えた末、モヤモヤに対して日々もがいている、決して完璧ではないありのままの自分を描くことにしました。また、親しみやすい内容にもしたかったので、あえて「セルフ怒り」のような、友人とのたわいもないおしゃべりの中で出てくるような、コミカルでキャッチーな響きの言葉を意識的に入れるようにしました。

自分に新しい視点をもたらしてくれる“ライフスタイルの変化”

瀧波:2016年頃までは、クラークさんは政治のことをあまり考えていなかったという話が本に書かれていました。そこから、ジェンダーやフェミニズムのことを考えるようになるまでのスピードがすごく早いなと思ったんです。この背景にはMeToo運動などの時代の流れもあるんでしょうか?

クラーク:幼いときから、色々なモヤモヤを抱えていました。たとえば自分はミックスだったので「なに人?」とか聞かれることが多くて。それもあって自分で、色々考えることが多かったんです。

ただ当時は、モヤモヤを言語化する方法も分からなかったし、「こういう扱いが嫌なんだよね」って人に話すと、“面倒くさい人”だと思われそうで嫌だな、と考えていました。なので、社会のモヤモヤに対する考えを表に出していい、という気持ちになれなかったんです。

そこから、イギリスに移住したり、MeTooの流れがあったりして「言葉にしていいんだ」ということを知れて、どんどん自分で考えて言語化するようになりました。何か大きな1つのモヤモヤに向き合うことが、それ以外のモヤモヤと向き合うきっかけになる人は多いような気がします。あとは子どもが生まれた影響も大きいです。

クラーク志織さん

瀧波:ライフスタイルの変化は、自分に新しい視点をもたらしてくれることが多いですよね。

クラーク:とくに子育ては、国の制度にすごく影響されると感じています。自分が生きづらさを感じたときは、実は国の政策があまり優しくないことに気づきやすいタイミングかと思います。

瀧波:問題の原因が、実は国や社会の、“構造の問題”だということに気づくと、すごく考えやすくなりますよね。最近抱えるジレンマなんですけど、その人が違和感や負の感情を抱く物事の背景に、構造の問題があることを伝えたくても、なかなか伝えることが難しいと思っています。

たとえば、政治や組織の中枢が男性ばかりであることに女性が異を唱えると「女性がやりたがらないだけ」とか「実力の世界で男女半々にするのは行き過ぎた女性優遇、男性差別だ」といった意見が出ますよね。そういう人には、「女性がやりたがらないとか実力がないといった個人の問題ではなく、女性がそのステージにたどり着けないようになっている“構造の問題”なんだよ」ということを伝えたいんですけど、これが全然伝わらない…。

ただ、世の中も少しずつ構造に目を向ける流れにはなっている気はしているので、みんなで考えていきたいですね。

「勧善懲悪!」ではないエンタメの面白さ

クラークさんは、瀧波さんの漫画『わたしたちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』(講談社)の読者だと伺いました。

クラーク:誰かのモヤモヤが言語化されている部分がとくに好きで、楽しみながらいつも読んでいます。読むと「なんとなくモヤモヤするけれど、はっきりと言語化できていなかった」と思ってたことへの理解がより深まるんです。ついつい、うんうんと頷きながら読んでしまいます。

作品のなかに誰かにとっての“気づき”を入れ込むことは、意識されているのでしょうか?

瀧波:まだ整理されてない問題を整理して、なるべく短い言葉にするのが昔から好きなんです。デビューしたのが『臨死!! 江古田ちゃん』(講談社)という4コマ漫画だったので、4つのコマですべて説明しなければいけない、かつ文字数も少なくという形で10年ぐらい描いていました。それが、いまの作品にも繋がっています。

読者を楽しませるためには、物語の展開でハラハラさせたり感動させたりするなど、いろいろな表現があります。私は、そのなかでも読者に「そうなんだ」って思ってもらうことが好きでして。整理されていない問題を整理して漫画で表現したときに、良くも悪くも気持ちよさを感じる。読者にはそこで私の漫画を楽しんでもらいたいんです。

『わたしたちは無痛恋愛がしたい ~鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん~』(瀧波ユカリ、講談社)

クラーク:あとは、登場人物に“悪人”で終わってしまう人がいないところも素敵だと思っています。たとえば、登場時は“ただのセクハラ野郎”という感じだった人物が、話数が進むごとに他人に寄り添うことができるようになるまでに、変化していきますよね。

瀧波:私の漫画には“極端な人物”は必要ないと思っているんです。

「そうなんだ」と読者に思ってもらうために、社会の“構造の問題”について触れることが多いんですけど、その際に気をつけていることがあります。痛みを感じることの原因を提示すると、気持ちがほっとする一方で、誰かに対してのイライラは、一歩間違えるとその属性の人たちに対するヘイトにもつながりかねない。なので、安心する気持ちやスカッとする気持ちに依存しすぎないようにしないといけないんです。

登場人物のなかに、ものすごい悪人を出して、「勧善懲悪!」を描くような、極端なエンタメの良さもあります。ただ私は、人間誰しもが複雑だと思っているんです。だからなるべく登場人物を単純化せずに、読者には言葉で「そうなんだ」と思ってもらいたいんですよね。

変わったのは“漫画家”ではなく“編集部”

最近は、社会問題やジェンダー、フェミニズムに関することを題材にした漫画が増えているように感じます。

瀧波:私が漫画家になりたての頃は、政治に関する話は漫画で書いちゃダメ、みたいな風潮がありました。商業漫画で社会問題、ましてやフェミニズムを描くなんて言語道断、みたいな感じです。

ただ、おっしゃる通り、最近はそういう風潮がだいぶ薄れて、社会問題やフェミニズムを扱う漫画がかなり増えています。だけどこれは、“漫画家が変わった”のではなく、“編集部が変わった”、つまり雑誌の作り手が変わったんです。漫画家は昔からずっと描きたいと思ってましたから。

いまの作品は、講談社アフタヌーン編集部内の「&Sofa」(アンドソファー)で描かせてもらっていますが、編集部の人たちも「フェミニズムについてもどんどん描いてください!」みたいな感じで。男性の編集者たちもこの20年でだいぶ変わったなと感じますし、20年前は通じなかった話が、いまなら通じることもあるんです。もちろん、まだまだ「ん?」って思うことはありますけど(笑)。

男性の変化の背景には、社会の変化の影響も大きいと考えますか。

瀧波:みんなが社会を善い方向に変えるために発信してしてきたことが、少しずつ実を結んでいるのではないでしょうか。いままでずっと変わってこなかった人たちが、少しずつ変わり始めているような気がします。

「社会が少しずつ変化してきているな」と実感する理由の1つに、社会問題やフェミニズムに関する知見が求められる機会が増えていることが挙げられます。いまの時代には、政治やフェミニズムを語れることが、プラスになるんです。昔ならプラスになるなんて考えもしなかったです…。

女性の政治家が多いことで感じるメリット

瀧波:イギリスでもこういう社会の変化は起こってますか?

クラーク:すごく変わってきている印象を受けます。イギリスだとジェンダーのこと以外にも、人種のことも大きなトピックとしてあるんです。

たとえば、エンタメの世界でもちょっと前までは、シスジェンダーの白人男性がメインの作品が多かったのですが、この何年かで女性や黒人がメインの映画やドラマが増えています。あとは、何年か前にBBCでは、男性ばかりだったコメディクイズ番組に必ず女性も出演させるというルールができました。それ以降は、司会者をもっと女性にするべきという動きもあり、出演者の偏りが意識されてるように感じますね。

瀧波:政治家の男女比率って、イギリスではどうなってるんですか?

クラーク:2024年7月の選挙で政権交代が起きて、第1政党が労働党に変わったんですけど、いまの内閣は男女比が半々程度だと認識しています。ただ、女性の割合が高い労働党であっても、歴代党首は男性ばかりなので、そこは指摘されていますね。

女性の政治家が多いことに対して、生活のなかでメリットを感じることはありますか。

クラーク:最近では、過激なミソジニーをテロリズムの1つとして取り扱うことになったそうです。これも女性政治家たちが主体になって通した法案だと聞きました。

ただし、そんな労働党も、トランスジェンダーやセクシュアルマイノリティの人々の権利を脅かすような発言をする議員がいるなど、問題はまだまだ多くて。今後も政治の動きに注意し続けていく必要があるなと思っています。

瀧波:イギリスのフェミニズムコミュニティで、いま盛り上がってることって何かありますか?「2024年、この人がアツい!」みたいなこととか。

クラーク:イギリスは当たり前にフェミニストな人が多くて。なので「フェミニストではいまこの人!」という方はぱっと思いつかないかもしれないです。逆に、「私フェミニストじゃない」ってわざわざ口に出す方が、“すごい意見を言っている感じ”に見られます。

瀧波:「人間が平等なのはおかしいと思います!」と同じようなことを声高に言っていると受け取られるということですね。

一同:(笑)

クラーク:たとえば、息子が通う小学校の廊下には、「社会に変化をもたらした、これまでのフェミニストたち」といった張り紙が掲示されているんです。「地球環境を守っていこう」と同じレベルで語られています。ただ、それでもミソジニーは無くならないので、問題の根深さを感じますね。

▼女性議員が少ない理由を、政治分野のジェンダーギャップから考える

前編は、おふたりの著書の内容を中心に社会のモヤモヤやフェミニズムについて伺いました。後編では、“思想が強い”と揶揄されること、近頃のSNSに思うことなど、社会のなかで見えにくい「特権性」や「構造の問題」に触れながら、社会のモヤモヤにどのように向き合うべきなのかを伺います。

後編はこちら▼

クラーク志織(くらーく・しおり)
1983年生まれ。イラストレーター。武蔵野美術大学を卒業。2012年にロンドンに移住。雑誌、WEBメディア、広告などで活動するとともに、最近はフェミニズムや気候危機などについて考える記事も執筆。ELLE デジタルで『ハロー!フェミニスト』、FRaU webで『イギリスのSDGs事情ってどうなのさ?』を連載中。

瀧波ユカリ(たきなみ・ゆかり)
1980年生まれ。漫画に『臨死!! 江古田ちゃん』『モトカレマニア』(ともに講談社)、コミックエッセイに『はるまき日記』(文春文庫)、『オヤジかるた 女子から贈る、飴と鞭。』『ありがとうって言えたなら』(ともに文藝春秋)など。現在は「&Sofa」(講談社)にて『私たちは無痛恋愛がしたい』を連載中。

 

取材・文:吉岡葵
編集:大沼芙実子
写真:服部芽生

 

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