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シスジェンダーとは?その意味やヘテロセクシャルとの違い、社会的影響を解説

性別やセクシュアリティは、人によってそれぞれに異なりグラデーションがある。それゆえ、そのアイデンティティを表す言葉にも多様な表現が存在する。この記事では、そのうちの1つである「シスジェンダー」について紹介していく。

シスジェンダーとは

「シスジェンダー」とは何か。その定義を理解していくと、社会生活のなかではいかに「マジョリティとされるシスジェンダーの視点が強いか」ということに、改めて気付かされるだろう。

シスジェンダーの定義

シスジェンダー(cisgender)とは、出生時に割り当てられた性別と自認する性別が一致する人を指す。「身体の性」と「心の性」が一致している人、と説明されることもある。出生時に「男性」と診断され、自身を男性として認識している人を「シスジェンダー男性」、同様に女性のケースでは「シスジェンダー女性」と呼ぶ。

シスジェンダーは、ジェンダー・アイデンティティのなかでマジョリティと見なされており、電通が行った「LGBTQ+調査2023」では、性自認に関する項目で約97%の人がシスジェンダーに近い回答をしたそうだ。(※1)

ジェンダーとは「社会的・文化的な性差」を指す言葉であり、それと区別して使われる言葉が「生物学的な性差(身体的な性差)」であるセックスだ。シスジェンダーの場合は、セックスとジェンダーが一致しており、その性として人生を送る人を指すとも言える。

※1 参考:電通「LGBTQ+調査2023No.1 LGBTQ+をめぐる人々の意識は?~最新調査レポート」
https://dentsu-ho.com/articles/8721
本稿で記載したシスジェンダーの割合(約97%)は、性自認に関する設問のうち、トランスジェンダー、ノンバイナリー、クエスチョニングと回答した人を引いた割合から算出した。

シスジェンダーの歴史

シスジェンダーという言葉は、出生時に割り当てられた性別と性自認が異なる人を表す言葉、「トランスジェンダー」の対義語として1990年代に生まれた。あるアメリカの研究者が、大学院生だった当時「トランスジェンダーではない人々」を指す言葉として考案したものが広まったとされ(※2)、2015年にはオックスフォード英語辞典にも追加され広く認識されるようになった。

トランスジェンダーという言葉はその時点ですでに存在しており、名前がつくことで社会的に認知されていった。しかし一方で、マイノリティであるトランスジェンダーだけに名前がつけられることで、「マジョリティは“ふつう”だから名前がつかない」という前提構造が成り立ち、一層トランスジェンダーのマイノリティ性を強調してしまう懸念もあった。「トランスジェンダー」と「シスジェンダー」という言葉に立ち位置の差はなく、ただ「それぞれに属する人がいる」という事実を指す意味でも、対義語としてのシスジェンダーが生まれた意義は大きいと感じる。

ちなみに、「シス(cis)」はラテン語で「こちら側の」という意味で、「向こう側の」という意味の「トランス(trans)」と対義的意味を持つ。そのことからこの名称になったとされている。

※2 参考:HUFFPOST “I Coined The Term 'Cisgender' 29 Years Ago. Here's What This Controversial Word Really Means.”
https://www.huffpost.com/entry/what-cisgender-means-transgender_n_63e13ee0e4b01e9288730415

ジェンダーを指す言葉の1つ、「Xジェンダー」について解説した記事はこちら

シスジェンダーの認識と理解

シスジェンダーとヘテロセクシュアルの違い

シスジェンダーと一緒に語られることが多いのが、「ヘテロセクシュアル」という言葉だ。ヘテロセクシュアルとは「異性に対して性的な感情を抱く性的指向」を表す言葉であり、「異性愛」とも呼ばれる。

シスジェンダーは「身体の性」と「心の性」が一致している人を指す言葉だが、それ自体では性的指向に関する意味を含まない。シスジェンダーにも多様な性的指向を持つ人がいる。

シスジェンダーとヘテロセクシュアルの人が多いため、これらが一緒に語られる頻度が高い。「シスジェンダーでヘテロセクシュアル」といえば、「身体の性」と「心の性」が一致しており、かつ異性愛者ということになる。冒頭で述べた電通「LGBTQ+調査2023」では、約90%(※3)の人がヘテロセクシュアルに近い回答をしている(前述した通り、同調査では同時に約97%の人がシスジェンダーに近い回答をしている)。この数字を見ても、社会的にこの組み合わせを持つ人が多く、いわゆるマジョリティであることが分かるだろう。それゆえに、婚姻制度など様々な社会の仕組みもシスジェンダーかつヘテロセクシュアルの人に向けて作られたものが多いと言える。

※3 補足:本稿で記載したヘテロセクシュアルの割合(約90%)は、性的指向に関する設問のうち、ゲイ、レズビアン、バイ/パンセクシュアル、アロマンティック、アセクシュアル、クエスチョニングと回答した人を引いた割合から算出した。

「ストレート」や「ノーマル」という言葉

シスジェンダーと一緒に使われるケースが多い「ヘテロセクシュアル(異性愛者)」は、「ストレート」といった表現で語られることもある。異性愛者が自らのセクシュアリティを語ったり、同性愛者が異性愛者を語る際に使われたりする表現だ。(※4)似たようなイメージを持つ表現で、「ノーマル」という言葉が使われるのを聞いたことがある人もいるかもしれない。とくにヘテロセクシュアルの人が自らの性的指向を語る際に、この言葉を使うケースはイメージに難くないだろう。

しかし、ある特定のアイデンティティを持つ人が自らを「ストレート」や「ノーマル」と語った場合、同時にそうではない人を「アブノーマル」だと言うことになり、差別的な意味合いを含む表現になる。もしかしたら、そういった意味を与えていることに気づかず、無自覚に周りの人が使っていた、という場面に出くわすこともあるかもしれない。

現代社会には、シスジェンダーやヘテロセクシュアルの人が圧倒的に多いため、ふとした瞬間にそういった線引きをするような表現を使っていることはないだろうか。アイデンティティに対する表現にも、意識を持っていきたいものだ。

※4 参考:PRIDE JAPAN「LGBTQ用語解説 ストレート」https://www.outjapan.co.jp/pride_japan/glossary/sa/13.html

シスジェンダー・プリビレッジ

シスジェンダーのマジョリティ性ゆえに生まれる特権は「シスジェンダー・プリビレッジ」と呼ばれる。

社会のなかで生み出されるものは、どうしてもマジョリティによって、マジョリティの視点でつくられるケースが多いため、シスジェンダーは、自分たちの特権性に気付かず日常生活を送っていることがあるかもしれない。

たとえば、私たちが毎日利用するトイレ。「男性」「女性」の2種類で分けられることがほとんどだが、トランスジェンダーの人の場合、身体の性と自認する性が異なるために、いまの社会の枠組みの中では使いたいトイレを使えないことがある。それに対してシスジェンダーの人であれば、何も気にすることなく、自認する性のトイレを使って生活が送れているはずだ。

マジョリティであること、それゆえの特権を持つことは、もちろんそれ自体に罪悪感や後ろめたさを感じる必要はない。しかし、当たり前に享受しているルールや設備、周囲とのコミュニケーション等が「当たり前ではない」人もいるということを認識することは重要だ。その認識を持つなかで、自分が当たり前だと思っていた環境が、誰かの「生きづらさ」や「居心地の悪さ」につながってしまっているのではないか、という気づきが生まれていくのではないだろうか。

この特権構造はシスジェンダーに限ったことではなく、日本社会のなかでの「男性特権」、アメリカ等多様な人種の人が集まる国の中での「白人特権」など、様々な文化、環境のなかでも見て取れる。

ちなみに、以下は現代の日本社会における「特権」とみなされたものを記載したチェックリストだ。自分自身の状態を確認したいと思った人は、ぜひチェックをしてみてほしい。

出典:上智大学 出口 真紀子教授作成のチェックリストを基に筆者作成。

https://www.jinken-net.com/close-up/20200701_1908.html

シスジェンダー男性の特権性に触れている作品として、『ヒヤマケンタロウの妊娠』(2013年・講談社。2022年にはNetflixとテレビ東京の共同でドラマ化され、Netflixにて配信中)を紹介したい。シスジェンダー男性の主人公が妊娠し、自身の身体の変化や社会との関わりの中で新しい気づきを得ていく過程を描いた作品だ。社会の中での性別による特権性などにハッとする人も多いのではないかと思う。


▼「ヒヤマケンタロウの妊娠」作者の坂井恵理さんのインタビュー記事はこちら

▼ステレオタイプや偏見に基づき、マイノリティを侮辱するような言動をする「マイクロアグレッション」について解説した記事はこちら

シスジェンダーの多様性

シスジェンダーにももちろん多様性がある。アイデンティティや文化表現などから考えてみたい。

シスジェンダーのさまざまなアイデンティティ

シスジェンダーのセクシュアリティは様々だ。たとえば以下のようなケースがある。

シスジェンダーであり、ヘテロセクシュアル(性的指向が異性)の人。異性愛者。

・シスジェンダー女性であり、レズビアン(性的指向は女性)の人。同性愛者。

・シスジェンダー男性であり、ゲイ(性的指向は男性)の人。同性愛者。

シスジェンダーであり、バイセクシュアル(性的指向が男性・女性いずれも)の人。異性愛者でもあれば、同性愛者でもある。

・シスジェンダーであり、アセクシュアル(他者に対して性的欲求を抱くことがない、あるいは性的欲求を抱くことが少ない性的指向)の人。無性愛者。

ここに記載したシスジェンダーとセクシュアリティの組み合わせも一部でしかなく、人によって多様なセクシュアリティがある。

先ほどシスジェンダーかつヘテロセクシャルの人は現代社会でマジョリティであると述べたが、自身のジェンダー・アイデンティティを他人にカミングアウトしたことのある人はどのくらいいるだろう。おそらく少ないと推察する。社会生活のなかでは、シスジェンダーかつヘテロセクシャルであることを前提に進む会話が多いと思うからだ。

シスジェンダーとクィア文化

クィア」とは、「ふつう」とされる性のあり⽅に当てはまらない⼈を包括的に表す⾔葉として使われるものだ。文化表現の中でクィアな表現がなされることについて、シスジェンダーはどのような関わりがあるだろうか。

多くの文化表現は、シスジェンダーかつヘテロセクシャルである人が、同じ属性の人に向けて作ったものが圧倒的に多い。シスジェンダー・プリビレッジにも通じるが、自身の特権性に気付かず、作者にとっての「ふつう」を軸に文化表現をすることで、そのような作品が多く生まれることは容易に想像できる。ドラマや映画、小説等様々な作品で恋愛を描く際にも、シスジェンダーである主人公が異性と恋に落ちるようなプロットが多いのは言うまでもないだろう。

シスジェンダーでヘテロセクシャルの人にとっては、このような作品は「違和感なく」楽しめるものだ。しかしそうではない人にとっては、自分の生きる環境、居心地の良い環境とは異なる「違和感を抱きうる」内容の可能性がある。最近ではクィアを描く作品もかなり増えており、LGBTQ+の登場人物が描かれる機会が増えたように思う。その点では、徐々に社会環境が変わってきていると感じる。

シスジェンダーとインターセクショナリティ

インターセクショナリティという言葉をご存知だろうか。日本語では「交差性」と訳され、人種やジェンダー、セクシュアリティ、世代などの様々なアイデンティティ要素が相互に関係し、人々の経験を形作っているという概念である。それらが組み合わさることで起こる差別や偏見に目を向けることにもなり、マイノリティとされる人々のなかでもさらに焦点が当たりにくい人を社会的に認識していくための枠組みとしても活用される。

インターセクショナリティの概念は、フェミニズムの歴史のなかで発展してきた。19世紀のアメリカでは、フェミニズム運動は中流階級の白人・シスジェンダー女性による流れが大きく、比較的経済的に余裕があり、人種的にも、ジェンダーやセクシュアリティの観点でもマジョリティとされる人々によって主導されていた。それに対して黒人フェミニストが声を上げ、インターセクショナリティの概念も広まっていったそうだ。

マイノリティへの差別や偏見を可視化するということは、反対に複数のアイデンティティの組み合わせによって生まれる「マジョリティの特権」を可視化することにもつながる。シスジェンダーも、この枠組みの中でその特権性(先述したシスジェンダー・プリビレッジ)を認識する属性の1つであると言えよう。

この視点をもって日常生活を送ることで、社会構造やアイデンティティの観点から備わった特権に一層深く気づくことができるだろう。外側からそのアイデンティティを捉えることで、新しいものが見えるということも、ある種シスジェンダーの多様な捉え方の1つだと言える。

シスジェンダーに対する誤解や偏見

シスジェンダーという言葉は、(もちろん他のジェンダーやセクシュアリティに関する用語もそうだが)それ自体に侮辱的な意味はない。しかし、この言葉を使うことに嫌悪感を示す人が一定数いたり、他の概念や用語と組み合わされて様々な誤解を生むケースもあるようだ。

シスジェンダーへの誤った解釈

Twitterを買収し、新たに「X」として事業を始めたイーロン・マスク氏は、自身のXで「このプラットフォーム上で“シス”や“シスジェンダー”という言葉は誹謗中傷になる」と投稿した。もちろん、実際にはシスジェンダーという言葉自体に中傷的要素はない。しかしマスク氏の価値観に基づく解釈により、X上ではそのように宣言され、それを鵜呑みにした人がシスジェンダーという言葉を誤認していく可能性は大いにある。


一部の保守的思想の人のなかでは、「シスジェンダーという言葉は、小児性愛への賞賛を非難されたドイツの性学者によって作られた」とする言説があるそうだが、マスク氏はこの言説にも同様に賛同を示したという。(※5)

シスジェンダーという言葉を好まない人のなかには、「性自認が出生時に割り当てられた性別と異なる人がいる」という考え方を受け入れない人もいるようだ。もちろんそれは誤りであり、出生時に割り当てられた性別と性自認が異なるトランスジェンダーの人は一定数いる。しかしこういった考えを持つ人にとって、あえて性自認が出生時に割り当てられた性別が同一であることを「シスジェンダー」と名付ける必要性が見出せず、それ自体に異議を唱えることがあるのだという。

「シスジェンダーだから」という偏見

シスジェンダーという表現に嫌悪感を抱く人がいるという事実もあるが、改めて考えてみたい。シスジェンダーの人のなかに、「シスジェンダーだから」という理由で差別をされた、あるいは頻繁に偏見を持たれたという人はいるだろうか。

おそらく多くの人は「ない」と答えるのではないかと思う。それを「ふつう」と感じて生活するのでは気づきにくいかもしれないが、あえて「そのアイデンティティによって、差別や偏見を持たれたことがあるか?そのような声を周りで聞いたことがあるか?」と考えてみると、シスジェンダー・プリビレッジの存在がより色濃く見えてくるだろう。

※5 参考:HUFFPOST「イーロン・マスクがTwitterで『シスジェンダーは誹謗中傷』と宣言。この言葉の考案者が反論『脅威を感じる人もいる』」
https://www.huffingtonpost.jp/entry/elon-musk-label-cisgender-slur_jp_6493ef46e4b0aec6b7fe9ce6

▼セクシュアリティを指す言葉の1つ、「ノンバイナリー」について解説した記事はこちら

シスジェンダーの社会的影響

シスジェンダーはマジョリティであり、シスジェンダー・プリビレッジと呼ばれる特権を持っていること、しかしシスジェンダー当事者はなかなかその特権に気づきにくいことを、これまでも述べてきた。

それは同時に、シスジェンダーが自らの特権性に気づき、多様なジェンダー・アイデンティティの人が生きづらさを感じない社会のあり方を考えていくことができれば、社会が変わるという「可能性」でもある。

ジェンダー・アイデンティティやセクシュアリティによって生きづらさを感じる人がいたり、社会では様々な問題が生じたりしている。そういった問題は「マイノリティの属性を持つ人たちの問題」ではなく、私たちみんなの問題だ。トランスジェンダーの人の抱える問題を「トランスジェンダー問題」と呼ぶことがあるが、「シスジェンダー問題」と言い換えるなど扱う言葉を特権を持つ側に近づけていくことで、問題の見え方が変わったり、距離感がぐっと近づいたりするのではないだろうか。

まとめ

社会の仕組みは、マジョリティによって作られることが多い。今回取り上げたシスジェンダーも、まさに現代社会でその一翼を担っている属性であるということがよく分かっただろう。シスジェンダー当事者である人は、自身の属性の特徴や特権性を認識した上で、様々な人が生きやすい社会を考えていく責務があるのではないだろうか。

もちろん、シスジェンダーと言っても多様であり、一言で括ってしまうことは乱暴である。どんな属性についても、カテゴリに当てはめて考えることで終わらず、その多様性を常に見つめ続けていきたい。

▼LGBTQ+の人たちをサポートする姿勢を表す「アライ」について解説した記事はこちら

 

文:大沼芙実子
編集: 吉岡葵