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橋口幸生|「ワクワク」から「社会善」へ。広告が担う、新たなる役割とは。【広告はあしたを良くできるのか?】

広告の仕事をしていると、結構な頻度で「ワクワク」という言葉に出くわす。「ワクワクする体験」「ワクワクする企画」といった感じだ。ちょっとした会話だけではなく、まじめな企画書に書いてあることも多い。大の大人が集まって真面目な顔で「ワクワク」について議論する。外部の人には奇異に見えるかもしれないが、これは広告の良いところではある。大人の世界で真っ先に切り捨てられがちな「ワクワク」にお金と人手をかけ、ビジネスにする。広告が無かったら、世の中はずいぶん味気のないものであるだろう。

しかし最近、私のいち広告クリエイターの肌感覚として、「ワクワク」が以前ほど世の中の支持を得にくくなっていると感じている。

象徴的なのは、能登半島被災地でのブルーインパルスの飛行だ。木原稔防衛大臣が2024年3月8日の閣議後記者会見で、「地震発生から2カ月が経過した今もなお、多くの方々が避難生活を余儀なくされている。飛行が勇気と希望を与え、復興の一助になれば」と実施を発表した。

飛行予定は3月17日なので、皆さんがこの原稿を読む頃には終了している。世の中の反応がどうなるかは分からない。しかし発表時点では、ネガティブな意見が多いように思う。停電や断水などライフラインの復旧もままならず、避難所で暮らしている人が大勢いる中、ブルーインパルスを飛ばして何になるのか?という批判をよく目にする。

私はブルーインパルス自体は否定しない。非常時に「ワクワク」が人々に元気をもたらすことはあるだろう。私自身、コロナ禍の憂鬱の中、青空を華麗に舞うブルーインパルスの姿には「ワクワク」したし、スカッとした。Xには、「国家が被災者を見捨てていないことを示すことが重要」として賛意を示す人がいた。そういう効果は、確実にあるだろう。しかし、未だ生活インフラが復旧していない状況下では「ワクワク」することは難しいのではないだろうか。

実際、被災地支援を行うアルピニストの野口健氏は、災害から2ヶ月経っても段ボール1枚に毛布1枚で寝ている人が大勢いる現状を批判し、支援の必要性を訴えている。(※1)

とはいえ、なんだかんだいっても「ワクワク」は注目とお金が集まり、評価にもつながりやすい。大きな仕事を任された人が、まず「ワクワク」することに取り組もうとするのは、自然なことだ。

しかし、人々の価値観が多様化した現代においては、1人ひとりに寄り添った地道な取り組みのほうが、「ワクワク」より支持される場面が増えているように感じる。今回の「あしたメディア」では、そんな時代の潮流をとらえた事例を紹介していきたいと思う。

※1 参考:JNN NEWS DIG「野口健さん【能登半島地震】『避難所から車中泊へと逆戻り』被災者の苦境に強く批判『国家としての敗北』」(2024年3月6日)
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/1039001?display=1

宅配ピザが道路を補修

2018年、ドミノ・ピザは”Paving For Pizza”というキャンペーンを実施した。Paveとは道路を舗装する、という意味の英単語。文字通り、全米の道路に開いた穴やひび割れをドミノ・ピザが補修していく取り組みだ。(※2、3)

一見、社会貢献事業のようだが、実情は異なる。ドミノ・ピザによると、”Paving For Pizza”は一週間限定で行われた宅配強化キャンペーンの告知として行われたのだと言う。ドミノは宅配ピザの利用者の声をヒアリング。頻繁に利用する人ほど、「注文通りのものが届くか」「熱々で届くか」「短時間で届くか」といった宅配の質にこだわることに着目。そして、多くの利用者がグチャグチャに形が崩れたピザが届いた経験があり、不満を持っていることが分かった。そこで、宅配の障壁になる道路の穴を補修することにした。つまり、社会貢献ではなくビジネスとしてやっているのだ。

最初は試験的に、テキサス州バートンビルで実施。好評を受けて、全国放送のテレビCMで実施を呼びかけたという。その後3ヶ月で、全米50の各州で、最低1つ以上の地域で、無料舗装を実施したという。もちろん、行政と連携して、合法的に行われている。

舗装した後には、ドミノ・ピザのロゴがプリントされている。確かに道路を歩いていてこれを見たら、ドミノ・ピザの地域への貢献を感謝するとともに、ピザを注文したくなるだろう。

結果、”Paving For Pizza”はネットでバズり、多数のメディアに取り上げられたことで、10億インプレッションを記録。ドミノ・ピザの株価は史上最高を記録したという。

※2 参考:LIONS THE WORK「 Ascential Events (Europe) Limited "PAVING FOR PIZZA"」https://www.lovethework.com/work-awards/campaigns/paving-for-pizza-582085
※3 参考:HuffPost News「ドミノ・ピザ、道路の補修工事に乗り出す。『ピザの安全のため…』取り組みに反響」(2018年6月17日)
https://www.huffingtonpost.jp/entry/dominos-pizza_jp_5c5b7dfce4b0faa1cb6812bb

クレジットカード会社による難民支援

2023年、マスターカードはポーランドで”Where to settle”というウェブサイトを開設した。目的は、ロシアによるウクライナ侵略から逃れてきた難民の支援だ。

ポーランドに避難してきたウクライナ人難民の数は、約1000万人。これは東京23区の人口とほぼ等しい。そして、難民たちの多くがワルシャワ、クラクフ、ヴロツワフなどの大都市に避難したため、家賃高騰、就職難、インフレといった問題が発生した。これらに対処するには、人口減少に悩む小さな町に難民を振り分ける必要があった。そのために作られたのは、”Where to settle”だ。このサイトで難民たちは、自分に適した居住地と職場を見つけることができる。

”Where to settle”は、マスターカードの支出動向データと、求人・不動産会社のデータ、さらにポーランド中央統計局の地域データを統合。難民が家族構成や希望職種を入力するとで、自分に適した生活費と所得で暮らせる地域を探すことができる。しかし、データだけでは、どんな街なのか実感がわかない。そこで、地元の人々が土地の魅力を紹介する動画も作成された。ウクライナ難民だけではなく、人口減に悩む地方にとっても役に立つツールになっているのがポイントだ。

“Where to settle”は現在までに24万2千人のユニークユーザーが利用、ウクライナ人難民の20.05%がここから何らかの恩恵を受けたと推測されるという。そして、 “Where to settle”により、マスターカードのイメージは、テクノロジーが12ポイント、モダンが14ポイント、社会的が14ポイント、それぞれ向上した。また、マスターカードの非利用者における利用意向が大幅に向上。ポーランド人で57%、ウクライナ人で80%が利用を検討すると回答した。「非利用者における利用意向」は、マスターカードでは事業拡大の鍵となる重要な指標として評価されている。つまり”Pave for Pizza”同様、社会貢献だけではなくビジネスとしても大きな成果を出しているのだ。

“Where to settle”は、今でも利用することができる。

日本からも利用できるので、ぜひ試してみてほしい。希望職種や家族構成、交通手段などを入力すると、おすすめの地域が表示される。その地域で自分が見込める収入と生活にかかるお金が分かりやすいUIで表示され、とても便利だ。都市の過密化と地方の過疎化は、日本も抱える問題だ。同様のツールがあれば、多くの人が利用するだろう。

もしドミノピザが宅配強化キャンペーンとして、人気タレントを起用した広告をつくっていたら。マスターカードが「非利用者における利用意向」を高めるために、巨大なモニュメントをつくっていたら。どちらもメジャーブランドの大型キャンペーンとして、「ワクワク」するものにはなっていただろう。しかし、ビジネスとして”Paving for Pizza”や”Where to settle”ほどの結果を出していたかどうかが疑問だ。

広告業界には、世の中を動かすには派手さや面白さ、「ワクワク」が必要だというバイアスがあるように思う。しかし、地道に人々の生活に寄り添うことで広告として大きな成果を残せることを、マスターカードやドミノピザは教えてくれる。

大谷翔平に見る、新しい広告タレントのあり方

最後に、日本の動きについて記したい。今、日本でもっとも「ワクワク」する存在といえば、間違いなく大谷翔平だろう。プロ野球選手としての能力と実績はもちろん、ストイックで謙虚な人間性においても新しいアスリート像を示している大谷は、広告タレントとしても新しいあり方を示しているようにも思える。

大谷翔平と英会話教室ECCによる共同プロジェクトのことは、皆さんもご存じだろう。日本の小学4年生から高校3年生までの100人を、2024年8月の米国留学に送り出すと発表されている。

ECCの取り組みに大谷翔平が「顔」として採用された…というのが、通常のビジネスにおける座組だろう。しかし、このプロジェクトの発起人は大谷の方だったというのが興味深い。留学にかかる費用まで自ら負担しているという。

「ECC」花房雅博代表取締役社長は、このプロジェクトについて「最初は“ほんとかなあ?”と疑ってました」と本音を告白。留学招待については、ECC側の発案ではなく「大谷選手ご自身が発案されたもの」と説明した。

 「100人」という人数については「大谷選手は、本当はもうちょっと招待したいとおっしゃっていたのですが…いかんせん、今、円が安いものですから」と吐露。「費用は?」の質問に対しては、「大谷さんが全部支払われる、と…」と明かした。

 大谷が負担するのは「子供100人の海外留学費&ホームステイ費」。留学先は「全員ロサンゼルス」だといい、ECC側から「もうちょっと安い、ニュージーランドとか、オーストラリアとかはどうですか?」と提案したというが、本人の強い希望でロサンゼルスに決まったという。

 このプロジェクトは、大谷が代理店に持ち掛け、ECCに届いたものだと説明。大谷側から「ECCで」と指名があったといい、花房社長は「とても信用できなくて。“大谷さんが組んでやる”って…ホンマかいなって。大谷さんが“ECCと組んで留学のプロジェクトを立ち上げたい”とおっしゃっていると…それが信じられなくて。絶対、詐欺やなと。お金だけ振り込んだあと…ってね」と、あまりにも規模の大きい話に、当初は信じられなかったと本音を明かした。(※4)

大谷の動きからうかがえるのは、自らの影響力を「社会善」に利用しようという意志だ。高等教育機関に長期留学をする日本人の数は、2004年をピークとして減少傾向にある。(※5)ガラパゴスなどという言葉を日本人自らが自嘲気味に使う時代を変えたい思いが、大谷にはあるのだと思う。

そして、大谷個人のプロジェクトではなく、ECCをパートナーに選んだことも興味深い。大谷個人で「大谷翔平留学基金」のようなものを設立することも出来ただろう。しかし、それでは一部の限られた人々に向けたものになってしまう印象は拭えない。ECCをパートナーにすることで、「英会話に興味がある」という層にまで間口が広がる。「スケールする」というビジネスのメリットを、大谷はよく分かっているのだと思う。そして、大谷の提案を快諾したECCも素晴らしい。いつか、このプロジェクトで留学した子ども達が、日本を担う人材に成長するかもしれない。

※4 引用:スポニチアネックス 「大谷翔平、子供留学支援は『全て自費』 ECC社長が説明 企画の発案も『大谷選手ご自身が』」(2024年3月5日)
https://news.yahoo.co.jp/articles/4b6eb7d9b05a842f34d4a9c3ad6ab834750b8c6c
※5 参考:文部科学省 トビタテ!留学JAPAN「データでみる日本の留学」
https://tobitate-mext.jasso.go.jp/about/case/

「社会善」としての広告

本来、行政が担っていた領域がビジネスとして取り組まれているという点で、ドミノ・ピザやマスターカード、そして大谷翔平とECCによるプロジェクトは共通している。そこには、ただの流行を超えた、社会の不可逆的な変化も関係しているように思う。

日本に限らず現在、多くの先進国が、少子高齢化に悩まされている。社会を担う働き手が減り、国家の役割は縮小していくのだ。その流れの中で福祉が縮小されていくのは、残念ながら避けられないだろう。

その一方、ビジネスの役割は拡大していく。たとえば、一部のプラットフォーム企業は国家を超えた影響力を持つようになっている。また、AIのようなイノベーションが企業から生まれるようになっている。かつて宇宙開発やインターネットといったイノベーションが、国家によって主導されていたのとは対照的だ。民主主義の後退をビジネスが補完しつつあるのは、前回のコラムで考察した通りだ。

時代の主役が国家からビジネスへと変わる中、広告の役割も変わる。ここで私はひとつ楽観的かつ希望的な仮説を提唱したい。それは、ドミノ・ピザやマスターカード、大谷翔平とECCのように、広告がビジネスの流れを「社会善」に向ける役割を担うようになるということだ。もちろん「ワクワク」の提供も、広告の役割であり続けるだろう。しかし「ワクワク」は、資本主義国家が、まだ若者だった時代の価値観だと思う。資本主義を掲げて先進国になった国の多くは、今や若者時代を終えて、中高年になろうとしている。いつまでも若者のようにパーティに明け暮れていてはいけない。生き方を変えて、カッコよく歳を重ねる必要があるのだ。

「ワクワク」の先にある価値観を見つける。それこそが、広告が「大人」のビジネスになるために必要なことだと思う。

 

 

橋口 幸生
クリエイティブ・ディレクター、コピーライター。最近の代表作は図書カードNEXT新聞広告、スカパー!堺議員シリーズ、鬼平犯科帳25周年ポスター、プリッツ新聞広告「つらい」、「世界ダウン症の日」新聞広告など。『100案思考』『言葉ダイエット』著者。TCC会員。趣味は映画鑑賞&格闘技観戦。
https://twitter.com/yukio8494

 

文:橋口幸生
編集:Mizuki Takeuchi