「エコ」の裏側に潜む負の前提
「悪の副産物を善に転化させる」というのは、リユース促進を中心として基本的にポジティブな話題になるネタと言える。
たとえば、炭酸水の炭酸がそんな存在だということをご存知だろうか。実は炭酸は主として、石油や石炭の精製過程で大量発生する廃材としての二酸化炭素を、完全に脱硫・脱臭・圧縮液化させたうえで得られるのだ。ちなみにドライアイスも同様の廃材利用で製造されるものである。そしてこの場合、「ちょっとした再利用」というのではなく大規模産業として成立してしまっているので、化石燃料撲滅やらエネルギー転換やらなんやらで石油・石炭の精製需要が減ると、その影響の一端として「炭酸不足」が起きてしまうという構造だ。
だからといって「炭酸製造のために化石燃料使用を維持せよ」というのも本末転倒な話だし、「炭酸ぐらい我慢しろよ」と言えばそれまでなのだが、なんとなくこの手の話で世間がいろいろごたつきそうだというのは予見できる。
要するに、「エコ」「リユース」「SDGs」を謳ってクリーンさをアピールするあれこれの事物の根底に、実はそもそも地球にやさしくない的な前提がズッシリと鎮座している図式が往々にして存在する。そしてそれが、善と偽善の境界を曖昧にしてしまうということだ。
反戦を掲げてきた左派政党が、いまや対ロシア戦の強硬派という事実
エコやSDGsをめぐる「境界の曖昧さ」といえば、ウクライナ戦争をめぐってもいろいろ噴出している。
欧州の若者たちが「戦争は環境に良くないからやめろ!」というアピールをプーチンに向けて放っていること、そしてそれが「まあ間違いではないにせよ、相手の思考文脈を無視したアピールってどうよ?」と思われる点についてはこの連載のなかで以前述べた。しかし大人の世界でも、たとえばドイツで意識高い系&反戦のイメージが強い「緑の党」が、対ロシア戦の最強硬派だという事実がある。
この背景については、「ロシア(というかプーチン)のアンチ民主主義的性格が明確になったから」というホーフライター議員のアピール(※1)がよく取り上げられるが、この政策ベクトルの根底には、SPD(ドイツ社会民主党)政権時代に確立された「ロシア化石燃料依存ズブズブ」構造への強烈な反発がある。ウクライナ戦争とその周辺のアレコレは、実際のところまさに彼らの懸念の正しさを立証する出来事となった。
ゆえに「安い化石燃料を売りに他国の骨抜きを図るロシアは滅ぶべし!話通じないし!」となるのだ。確かに理屈として納得感もあり、現実性を重視する左派政党として注目すべきスタンスだとは思う。しかし、ドイツ本国の空気のなかでそのムーブをつぶさに観察するに、いささか十字軍じみたサムシングを感じなくもない。その道は本当にちゃんと本来の最終ゴールに通じているのだろうか? 的な。
※1 参考:新潮社Foresight「ドイツ『緑の党』左派を変えたウクライナ視察――元反戦政党はなぜプーチンとの『交渉による解決』を撤回したか(前篇)」
https://www.fsight.jp/articles/-/49061
性善説を前提に置く政策で、効果的なSDGsは実現できるのか?
リユース的エコをめぐるアレコレにしても、対ロシア戦エコ十字軍にしても、私がこのところ気になるのは、「社会の意思決定層は、そういった文脈をちゃんと包括的に理解しているのか?」「現実展開の潜在的な意味合いについていけているのか?」ということだ。
他の国でも似たケースは多いと思うが、いまのドイツの政治や文化の意思決定層というのは、「冷戦終結後、第三世界で局地紛争ぐらいは起きるだろう。だけど、基本的に多文化共生的な思想の下、東西文化が融合しながら(西側による一方的吸収というツッコミはさておき)今後、世界は安定的に発展していくだろう」という楽観的な思い込みに、少なくとも一度は染まった世代である。そのなかでも「実はそう甘くない!」という現実や見通しに直面しなかった人たちが、よりによって権威・権力階段の上層を占めているのだ。
だからプーチンのクリミア併合については「一時的な例外事象」と目をそらし、ウクライナ侵攻を見て「これはありえない!何かの間違いだ!」と、当初ただうろたえることしかできなかったのだ。その実情を踏まえれば、オラフ・ショルツ首相はまあまあうまく動いたと言えるけど、それはまた微妙に別の話である。
ドイツ主導で行われているEU未来プロジェクト(※2)にも、当然SDGs主義に沿った「地球にやさしい産業社会」構想がいろいろと盛り込まれている。しかし、それはもう大体、先述したような「世界が基本的に平和で安定的に発展している」ことを大前提とした勝手に性善説じみた話だ。たぶん、簡単に行き詰まるだろう。
そういった大政策が当てにならない状況で「個々の消費者や企業の努力」で、果たして効果的なエコやSDGsを実践できるのだろうか。最近よく考えてしまう。よくできたフェイクニュース、フェイク情報が日常に満ちあふれる現状を踏まえればなおさら、だとも感じる。
※2 参考:その他、EUの脱酸素に向けた取り組みに関する参考情報
・European Commision”The European Green Deal Striving to be the first climate-neutral continent”
https://commission.europa.eu/strategy-and-policy/priorities-2019-2024/european-green-deal_en
・EU MAG「脱炭素と経済成長の両立を図る『欧州グリーンディール』」
https://eumag.jp/behind/d0220/
一方で、消費者が前向きに取り組める「エコ」の動きにも前進が
うむ、ネガティブに傾き過ぎた気もしないではない。焼け石に水という気もするが、気分的に多少前向きな話もしておきたい。
先述した「個々の消費者の努力」としては、最近「長持ち」「継続性」という観点の重要性が増してきた印象がある。たとえば「地球にやさしい」成分の商品であっても、すぐ壊れて頻繁に買い替える必要があるなら総合的にみて地球にやさしくないだろう、という話だ。長く大事に使えてこそ「持続可能なサイクル」に組み込まれて意味が生じると言える。
私の故郷、北ドイツではセーリングなどの海のスポーツが盛んで、私も含め多くの人がヨットの免許を普通に所持している。そしてヨットといえば帆である。帆は丈夫でなければ始まらない。ただし使用条件が過酷であるため、帆の寿命はだいたい5〜10年。定期的に新しくしないといけない。
そこでビジネスチャンスが生まれる。古い帆(ちなみにこれはいわゆる「帆布」とは別物で、木綿素材ではない)を使い、バッグや財布を手作りで製造するのが北ドイツで盛んであり、超絶に人気なのだ。お土産としてもポピュラーだが、とにかく地元愛をくすぐる。帆から作られたバッグを北ドイツで持ち歩くと、それはスタイリッシュであるとともに「長持ちイズム」の標識にもなるのだ。
マライ・メントライン
1983年ドイツ北部の港町・キール生まれ。幼い頃より日本に興味を持ち、姫路飾西高校、早稲田大学に留学。ドイツ・ボン大学では日本学を学び、卒業後の2008年から日本で生活を始める。NHK教育テレビの語学講座番組『テレビでドイツ語』に出演したことをきっかけに、翻訳や通訳などの仕事を始める。2015年末からドイツ公共放送の東京支局プロデューサーを務めるほか、テレビ番組へのコメンテーター出演、著述、番組制作と幅広く仕事を展開しており「職業はドイツ人」を自称する。近著に池上彰さん、増田ユリヤさんとの共著『本音で対論!いまどきの「ドイツ」と「日本」』(PHP研究所)がある。
寄稿:マライ・メントライン
編集:大沼芙実子
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