よりよい未来の話をしよう

マライ・メントライン|彼らはあなたを「話の通じない種族」と感じている【連載 あえてSDGsを懐疑してみるのもまた一興】

たとえばウクライナ戦争について。

日本で若者層に「あれをどう考えていますか?」とインタビューしても、マスコミやネット有識者の見解の簡易版みたいなものが(割と慎重な面持ちとともに)返ってくることが多く、「自分たちは世代としてこう主張したいんだ!」という点がなかなか窺(うかが)えない。

実はドイツをはじめとするヨーロッパでは、このへんの様相がかなり異なる。ありていに言えば戦争は環境にやさしくない!だからプーチンは戦争を速攻やめろ!という若者たちが一大勢力を築いて声を上げているのだ。もちろん圧倒的多数というわけではない。が、とにかく大勢力であり、とうてい無視黙殺できない存在感を持っている。

ウクライナ戦争を機に動き出した、ドイツの若い環境活動家たち

実はウクライナ戦争の開戦後半年と経たず、2022年7月にはこのタイプの議論がドイツで巻き起こっている。およそ100年の歴史を持つフリードリヒ・エーベルト財団 (ドイツ連邦共和国の非営利の政治財団)が運営しているウェブサイト「IPG Journal」にて「戦争という名の気候キラー(Klimakiller Krieg)」というタイトルの記事がアップされ、書き出しでこう述べられている。

「ウクライナへの攻撃は、気候に関する議論を白紙に戻した。ただ停戦によってのみ、1.5度目標を達成することができる」(※1/筆者訳)

気候変動で摂氏2.0度上がりそうな平均気温を何とか1.5度にとどめよう、というパリ協定の狙いは戦争によって瓦解してしまう。

「ウクライナ戦争では、最初の5週間だけでも化石燃料インフラに対するロシア軍の攻撃が36回を数え、長引く火災は煤煙粒子、メタン、CO2を排出した。ロシア側でも石油インフラが放火されている」(※1/筆者訳)

ドイツに関して言えば、ウクライナ戦争によってロシアからのガス輸入が止まり、ちょうどその時期から冬の暖房用のガスが足りなくなるかもしれないという危機議論が勃発。化石燃料を使用するという理由から縮小するはずだった火力発電所の再稼働、廃炉になるはずだった最後の原発の運転延長などが議論され、実際にそれぞれの再稼働と運転延長が決まった。数ヶ月だけの延長とはいえ、これは、Fridays for Futureのような「穏健派」環境運動がヌルい!と感じ始めた若年層の環境活動家が徐々に過激化するきっかけとなった。

※1 参考:IPG Journal「Klimakiller Krieg」
https://www.ipg-journal.de/rubriken/wirtschaft-und-oekologie/artikel/klimakiller-krieg-6068/

気候変動を止めるために、戦争という「話題をなくす」

2021年に発生した「Die letzte Generation(ラスト・ジェネレーション)」は自らのことを「いまの贅沢な暮らしを知る最後の世代であると同時に、気候変動を止めることができる最後の世代」だと主張している。日本でも話題になったが、美術館の作品にマッシュポテトを投げつけたり、観光名所の噴水の水を毒々しい色で染めたり、空港の滑走路に乱入して飛行機の離着陸を阻止したり、手や体を瞬間接着剤で道路に貼り付けたり、といった極端なアピールを是とすることで知られる集団だ。

2022年の年末にはこの界隈の声が大きくなり、「気球温暖化を止めるにはいますぐとにかく戦うのをやめる必要がある!そうすれば、やっと戦争という話題がなくなり、気候変動に集中できる!」という形で、主張の方向性が固まった。戦争という「話題をなくす」のが動機であることが明確に窺(うかが)えるのが興味深い。プーチンをどう説得するかについてまったく空白なのもポイントだ。

一見ピンぼけした主張は、自分たちの世代の「最優先課題」への戦略的アプローチ?

そして日本でこの手の話をすると、めちゃくちゃ頭のいい人を含め往々にして「はぁ?」という感じになってしまう。あきらかにピンと来ていない。

まあ確かにそれもそうだろう。戦争というものは現状、既成の国際パワーゲーム文脈の上で機能・成立するのであり、それ以外の要素をいきなりぶつけられても話がまるで噛み合わない。プーチンどころかゼレンスキーに言ってもまるで相手にされないでしょう、という見解がほぼ自動的に生成されるわけで。

では、なぜヨーロッパの若者たちはこの「ピンぼけ」ぽい観点の主張に真顔で取り組んでいるのか? それは、

①自分たちの世代の生存のためには「世界の持続性」が必須であるが、
②大人世代はそのへんテキトーで、逃げ切りを狙っているフシがあるので、
③自分たちは自分の世代の生存権を、戦って勝ち取らねばならない!

という論理が、大きな切迫感とともに共有されているからだ。外交や経済以前に「環境」が壊れては元も子もないだろう、という話。ゆえに彼らは、既存の政治社会的オトナ文脈にまったく噛み合わないことを半ば承知で、自分たちにとっての「最優先課題」をあらゆる社会的な論点・争点にぶつけ続けるのだ。それはある意味、戦略的なアピール活動といってもいいだろう。

…とは言っても、勝ち目無いじゃん。噛み合わない話を延々と続けても…、と日本社会的な常識感覚では感じるだろう。そう、確かに見かけはそのとおり。しかしヨーロッパ環境主義の若者たちはおそらく、人口構成比の変化や世代交代のうちに、いずれ自分たちが「多数派」になることを考慮していて、その際にどう動くかを考えていると思われる。

そして社会の主導権を握る時期に到達したら、彼らはおそらく、自分たちの生存権をシカトし続けた旧世代に対して容赦ない。

ここが実に考えさせられるポイントだ。

将来の自分たちのために、「いま社会運営を担う世代が、現状と将来を踏まえた行動をどう起こすか」

ちなみに、日本ではとかく評判の悪い「世界的環境アイドル」グレタ・トゥーンベリは、ヨーロッパではいまなお絶大な支持を受けており、そのマインドの根本には先述したような、世代生存のための環境イデオロギー性がある。日本の報道や認識に(巧みに)欠けているのはこの「世代生存のための」という部分であり、それは日本のSDGs議論が「意識高い系」の延長に留まったままで、シリアスな生存権的サバイバル思考の領域になかなか食い込んでこないこととも関係するのだろうな、と感じてしまう。

とはいえ、ヨーロッパの若者的なSDGs政治戦術が良いとも言い切れない。

彼らは既存の政治感覚や文脈そのものを深く敵視せざるを得ず、そもそも「噛み合わないことを是として」主張を発信することが常態となる。これは言うまでもなく様々な社会的ストレスを生み、その果てにいずれ「話が通じないならこれしかない!」的な末端の暴走、テロ的手段行使の横行といった展開を生みかねない。

そういった地獄絵図を生じさせないためにも、いま社会運営を担う世代が「現状」と「将来的予見」を踏まえてどのような落としどころを(もう「理想理念を」などとは言えない)設定するのか。いろいろなものの運命が実にその点に懸かっていたことを、20年後に痛恨の思いで振り返らなくて良いようにしたいものだと考えるのだが……厳しいかなぁ、やはり。

 

マライ・メントライン
1983年ドイツ北部の港町・キール生まれ。幼い頃より日本に興味を持ち、姫路飾西高校、早稲田大学に留学。ドイツ・ボン大学では日本学を学び、卒業後の2008年から日本で生活を始める。NHK教育テレビの語学講座番組『テレビでドイツ語』に出演したことをきっかけに、翻訳や通訳などの仕事を始める。2015年末からドイツ公共放送の東京支局プロデューサーを務めるほか、テレビ番組へのコメンテーター出演、著述、番組制作と幅広く仕事を展開しており「職業はドイツ人」を自称する。近著に池上彰さん、増田ユリヤさんとの共著『本音で対論!いまどきの「ドイツ」と「日本」』(PHP研究所)がある。
Twitter:@marei_de_pon

 

寄稿:マライ・メントライン
編集:大沼芙実子