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地方の交通課題を解決?KDDIと日産から学ぶデマンド交通の可能性

地方を訪れた際、都市部に比べて電車やバスの本数が少ないことに驚いたり、旅行の計画に困ったりしたことはないだろうか。地方の交通手段の少なさは交通政策における課題の1つだ。

交通政策においては、2019年をピークに高齢ドライバーの免許返納率が年々減少しているという課題もある。2015年に警視庁が発表した調査結果によると運転免許の自主返納をためらう理由の68.5%が「車がないと生活が不便なこと」であった。

このことから、加齢により視力や体力、判断力が低下し自動車の運転が難しくなった人も、地域によっては公共交通機関が充実していないので、生活のために運転せざるを得ない状況であることがわかる。(※1)

また2020年に国土交通省が実施した国民意識調査の老後の生活に関する不安に関する質問の項目に「車の運転ができず、移動が困難になる」がある。不安と回答した人は、三大都市圏(※2)では35.6%だったのにも関わらず、人口5万人未満の市町村では67.2%であった。(※3)

このような都市部と地方の交通格差によるさまざまな課題を解決するかもしれないのが、デマンド交通だ。(※4)本記事では、地域に即した形でデマンド交通のサービス開発に取り組む2つの企業の事例を紹介し、日本が抱える課題の解決のヒントについて考えたい。

※1 参照:警察庁「運転免許証の自主返納に関するアンケート調査結果」https://www.npa.go.jp/koutsuu/kikaku/koureiunten/kaigi/3/siryoh/shiryo4.pdf
※2 用語:東京圏(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県)、名古屋圏(愛知県、岐阜県、三重県)、大阪圏(大阪府、京都府、兵庫県、奈良県)の3つの都市圏をさす。
※3 参照:国土交通省「国土交通白書2020 第3章第3節 地域における移動手段を確保するために(1)公共交通に関する意識」
https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/r01/hakusho/r02/index.html
※4 用語:電車や路線バスのようにあらかじめ決まった時間帯に決まったルートを回るのではなく、予約に応じて柔軟な運行を行う交通機関。

KDDIが取り組むデマンド走行の運行管理システム

1つ目の事例は、KDDI株式会社(以下、KDDI)が愛知県春日井市、名古屋大学と共同で取り組む、春日井市におけるデマンド型送迎サービスだ。

本サービスは、住民からの予約を受け、オペレーターが予約内容をシステムに登録する。車両は登録された予約情報に基づき自動で計算された最適な経路を運行し、住民の送迎を行うというものだ。

KDDIはこのサービスの根幹とも言える予約情報に基づく経路の計算、車両の遠隔監視を行う運行管理システムを開発した。KDDIが春日井市でこのような取り組みを行うようになった背景を、技術統括本部技術戦略本部社会実装推進部モビリティサービスグループの大岸智彦さんに伺った。

大岸さん

「KDDI総合研究所と名古屋大学が自動運転技術に関する共同研究を行なっていた際に、名古屋大学の先生と接点がある春日井市で、市が抱えるある問題”からオンデマンド型送迎サービスが開始したという話を聞きました」

春日井市には、日本の高度経済成長を支えた三大ニュータウン(※5)の1つである高蔵寺ニュータウンが存在する。当時は若者が多かったものの、高度経済成長から約50〜70年が経過したこともあり、住民の多くが高齢者になったまちだ。

また、高蔵寺ニュータウンは坂の上に住宅が存在するが、スーパーやバス停は坂の下にある。そのため、買い物など外出のたびに坂を上り下りしなければならない。つまり、春日井市が抱える“ある問題”とは、高齢者が多く住むまちなのにもかかわらず、移動にかかる負担が大きいということだ。

そこで、春日井市と名古屋大学は、前日に予約すれば家の近くから目的地まで送迎してくれる、デマンド型送迎サービスを始めた。しかし、サービスを運用するうえで、課題が生じた。

「自動運転の経路設定や、予約枠の時間管理を、技術者自身の手で行わなければならないという課題です。予約のたびに計算が必要で、計算は技術者ではないとできないため作業が属人化してしまい、サービスとして継続させるのが難しい状況でした。

そこで、KDDIが課題を解決すべく、乗車予約管理、配車調整、運行経路の設定を自動で行う運行管理システムを構築しました。

システムのおかげでサービスの運用に特別なノウハウは不要になり、属人化の課題は解決しました。また、相乗りや最適な経路の自動調整ができるようになったことで、1日に利用可能な上限人数が増加しました。当初は30分ごとの枠を設け、枠が予約で埋まれば他の住民は乗れないという仕組みでしたが、最適なルートを自動で計算する本システムの導入により枠が不要になり、柔軟に利用してもらえるようになったのです」

※5 用語:高蔵寺ニュータウンに、大阪の千里ニュータウン、東京の多摩ニュータウンを合わせたものの総称。

住民が運用する「自立したサービス」で、孤独な人がいない地域を目指す

運行管理システムにより属人化の問題が解消されたおかげで、技術者でない地域住民でも運用が可能になった。もともとプロジェクトのビジョンを「住民が運用を担う」としていたことからも自立した運用の重要性はうかがえるが、なぜ重要なのだろうか。

「企業や大学が運用部分を担う形だと多くの運用コストがかかります。ただ自治体に潤沢に資金があるというケースはそれほど多くはないため、サービスを導入しても長続きしにくいんです。

そこで、自立したシステムにし企業や大学が入り込む必要をなくすことで、運用コストを最小限にし、住民が継続して利用できるシステムにすることが大切だと考えました」

春日井市を走る自動運転車。誰が乗車しているのか外からでも見えるため、
顔見知りの住民同士が手を振るなど交流が生まれることもあるそう。

コストの面だけでなく、データの登録方法を簡素化するなど、運用作業の負荷もなるべく低減する改善にKDDIは取り組んだ。自立したシステムをきっかけにして「高齢者が元気な世の中を作りたい」と大岸さんは語ってくれた。

「このサービスを運用するのは、数年後に免許を返納する可能性がある高齢者の人たちです。ですので、利用者同士だけでなく、サービスの運用者も含めて地域の高齢者のコミュニティが生まれるのではないかと考えています。

なかなか外には出られない人でも、このサービスがきっかけで外に出ようという気になることがあれば嬉しいです。色々なところに足を運び、色々な場面で人がつながることで、孤独な人がいない地域になればいいなと思います」

今後日本では、さらなる少子高齢化が進むことが予想される。そうなると、運用に特別なノウハウを必要としないことや、サービスを運用する人たちが高齢になっても継続できる仕組みが必要だ。サービスの運用者と利用者がどちらも高齢者の春日井市のサービスは、日本社会の課題を解決するための1つのヒントになるかもしれない。

日産が挑戦する「なみえスマートモビリティ」

次に紹介するのは、日産自動車株式会社(以下、日産自動車)が福島県浪江町で取り組む「なみえスマートモビリティ」(以下、スマモビ)だ。

スマモビは、スマートフォンや停留所から予約することで、乗合ミニバスを呼ぶことができ、浪江町内を自由に行き来することができるサービスだ。日産自動車がスマモビを始めた理由を、日産自動車 総合研究所 研究企画部の宮下直樹さんに伺った。

「2018年、浪江町に使用済みの電気自動車用バッテリーをリユースするための工場ができたこともあり、日産自動車とまちとの繋がりができました。その後、浪江町側から日産自動車に復興支援の要請があり、サービス開発に取り組み出したという経緯があります。

実は当時も住民の方々向けの町営の移動手段は提供されていました。一方、復興予算に基づく補助金を元に運営していることもあり、持続可能な交通機関とは呼べない現状があったのです。

持続可能な交通機関となると、利用者から運賃をいただける自立したサービスではないといけません。ただし、高齢者だけから運賃をもらっても継続は難しい。そこで、対象を高齢者だけでなく、街に住むさまざまな交通弱者の人たちも含めることにしました。実は、一見すると交通弱者ではない人も、場合によっては交通弱者になります。

わかりやすい例を挙げると、お酒を飲みに行った後の人たちは運転できなくなりますよね。都会だとタクシーに乗って帰宅することができますが、夜になるとタクシーが走っていない浪江町ではそうはいきません。そこで帰宅の手段として、スマモビを使ってもらうのです」

浪江町を走るスマモビ

高齢者のなかにはスマートフォンの利用に慣れていない人や、使い方がわからない人もいるため、利用促進には工夫が必要である。そこで、宮下さんは「小さい町の利点」を活かして利用促進を行った。

「小さい町の場合、役場が情報の発信源になっていることが多く、掲示板で情報開示したり、職員が直接説明をしたりすることもあります。一見地道な作業に思えますが、人口規模や住民の特色を考えると、SNSより効果的な場合もあるのです」

役場での情報発信や、人づてでサービスが始まったことは伝わったとしても、そこからスマモビを使うにはハードルがある。スマートフォンを使って予約することに難色を示す人もいるからだ。そこで宮下さんはある方法をとった。

「スマートフォンの相談会やアプリの使い方のレクチャーを対面で行いました。スマモビの普及活動だけでなく、スマートフォン全般に関する質問にも対応したんです。

また、スマモビの操作部分は、開発の段階で浪江町に住む高齢者の意見を取り入れました。そのお陰もあり、高齢者にとって難しい操作はなるべく簡素化され、操作性の高いインターフェースになっています。

今では逆にスマートフォンが楽だといって、スマモビの利用者が増えている状況ですね」

スマモビの車体ラッピングやアプリのデザインは内製で行い、
幅広い年齢の人が使いやすく、親しみやすいデザインが施されている。

都会のコピーを地方で作ればいいわけじゃない

路面バスのように定められたルートや停留所に停車する必要がないスマモビは、利用者の増加につれて、利用者の自宅付近やニーズに合わせて停留所が追加されていく。そのため、2023年9月時点では、250カ所もの停留所があり、浪江町のどこにいても実質徒歩1分で停留所に行くことができるそうだ。

スマモビの利用者が順調に増加している背景には、デマンド型交通をどのように活用するか、どんな人たちに向けてのサービスにするかに着目したことがあるのではないかと宮下さんは語る。

「地方では利用者が少ないこともあり、都会でみるようなタクシー配車サービスと同じ形態の交通サービスではうまくいきません。利用者が点在していることやニーズが多様化していることも考え、他社との競走でどのように優位に立つかではなく、どのように社会課題をフォローしていくかを考えないといけないわけです。つまり、都会のコピーを地方に作るだけではダメだということですね。

課題を解決しようと思うと、一方的にサービスを提供するだけではいけません。子どもや若者、高齢者などそれぞれの異なるニーズに対して適したサービスを提供することを考える必要があります。スマモビでは、子どものためにスマモビきっずというサービスも提供していますし、人だけでなく荷物を運ぶサービスも検討しています。

地域のニーズに地道に対応することが持続可能なサービスの構築につながるのではないでしょうか」

宮下さんはスマモビを通じて、「地方のライフスタイルがちょっと豊かになること」を望んでいるそうだ。

「地方だと交通手段が少ないため、ライフスタイルの選択肢が狭まっている人も多いと思います。ただ、スマモビのようなサービスがあると移動へのハードルが低いと思うのです。なので気軽に自由に出かけて、ライフスタイルをちょっとでも豊かにしてもらえればなと。

ライフスタイルが豊かになることで、まちにも経済効果が生まれるでしょうし、自分のコミュニティが広がるきっかけにもなると思います。そうすることで生活の質の向上につながるのではないでしょうか」

デマンド交通が持つ可能性とは

2つの事例から、生活に根ざしたデマンド交通には「自立していること」と「地域に適していること」が重要であることがわかった。これらを満たしていれば、サービス自体が長続きする可能性も高い。

また、デマンド交通は社会が抱える課題を解決する可能性もあり、高齢者の免許返納率が向上することはその1つだ。他にも移動手段の充実が移住を促すことで地方の人口が増加したり、老後のコミュニティ作りのきっかけになったりと、日本社会が抱える課題の解決につながる可能性もある。

市民の意見を聞かず「とりあえずデジタル化」ではなく、必要性や地域に適したサービスであるかを考え、デジタル化することで、市民の生活を豊かにする温かいまちを作っていくことが重要ではないか。

 

取材・文:吉岡葵
編集:日比楽那
写真:KDDI株式会社、日産自動車株式会社提供