よりよい未来の話をしよう

暮らしに寄り添い、まちを元気にする「コミュニティナース」とは

194.5万人。この数字が一体何を意味するかご存知だろうか。これは1年後の2025年に必要になると予想されている看護職員の人数である。(※1)

しかし、厚生労働省の調査によると、2022年時点で日本にいる看護職員の数は約166.4万人だ。(※2)このままでは、少子高齢化が進む日本で医療人材不足の問題はますます深刻になることが予想される。

そんな矢先に、「コミュニティナース」なるものの存在を知った。コミュニティナースは、地域のなかで住民の身近な存在として、心身そして社会的な健康やウェルビーイングに寄与する。ナースという名称が入っているが職業や資格ではなく、誰もが実践できる行為・あり方だ。「誰もが誰かの元気をつくる」相互扶助のこれからの形の実践とはどんなものなのだろうか。

気になった筆者は、実際にコミュニティナースとして活動する方に話を伺った。そこで見えてきたのは、まちを元気にするコミュニティナースの「可能性と魅力」だった。

※1 参考:厚生労働省「看護師等(看護職員)の確保を巡る状況」
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001118192.pdf
※2 参考:厚生労働省「令和4年衛生行政報告例(職業医療関係者)の概況」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei/22/dl/kekka1.pdf

日本における看護師の現状

まずはじめに、いまの看護師の労働状況を見てみたい。

厚生労働省が発表している職業別の求人倍率(※3)に関する調査を見てみると、2023年、看護職員の倍率は2.01〜2.74倍の間を推移している。つまり、これは募集枠に対して半数ほどの応募しかないことを意味しており、日本は看護職員が不足していることがわかる。

看護師が不足する理由としては、業務量の多さや責任の重大さ、賃金の低さ、不規則な勤務形態などが挙げられる。コロナ禍の日々のニュースやSNSなどで医療現場の労働環境をたびたび目にしたこともあり、「看護師=激務」のイメージを持つ人も少なくないはずだ。

日本医労連・全大教・自治労連が行った、看護師の労働実態についての調査によると、「看護師を辞めたいと思ったことがあるか」という問いに対して「いつも思う」24.0%、「ときどき思う」55.2%と、8割近い看護師が辞めたいと感じながら働いているそうだ。(※4)

辞めたいと思う理由について、最も多かったのは「人手不足で仕事がきつい」 58.1%。他にも、「思うように休暇が取れない」32.6%、「夜勤がつらい」 23.6%、「思うような看護ができず仕事の達成感がない」23.1%、などが挙げられている。(※4)

看護師の勤務状況に関する統計を見ると、過酷な労働環境はより理解できる。夜勤形態において最も高い割合で採用されているのが、夜勤1回あたり16時間以上の2交代制で、65.9%を占めている。(※5)

日本医療労働組合連合会「2022年看護職員の労働実態調査「報告集」」
をもとに筆者作成

※3 参考:厚生労働省「一般職業紹介状況 第21表ー14 有効求人倍率(パート除く常用)」
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&query=%E6%9C%89%E5%8A%B9%E6%B1%82%E4%BA%BA%E5%80%8D%E7%8E%87&layout=dataset&stat_infid=000040168906

※4 参考:日本医療労働組合連合会「2022年看護職員の労働実態調査「報告集」」
http://irouren.or.jp/research/a45cbfdb78bdf6ad5d567906ca9cdc1b715e72b4.pdf
※5 参考:日本看護協会「2022 年 病院看護・助産実態調査 報告書」
https://www.nurse.or.jp/nursing/home/publication/pdf/research/99.pdf
※6 参考:厚生労働省「医療従事者の負担軽減、働き方改革の推進 に係る評価等に関する実施状況調査
報告書(案)<概要>」
https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000493985.pdf

2040年に必要な看護職員は約210万人

ここまで看護師の過酷な勤務状況について見てきたが、人手不足の現状も納得できるのではないか。2021年度は新卒看護師の1年以内の離職率が10.3%となり、2005年以降で初めて2桁を超えた。コロナ禍の影響があることは否めないが、看護師の労働環境も影響して、離職率が上昇している可能性も否めないだろう。(※7)

しかし、団塊ジュニア世代が65歳以上となる2040年(※8)には、生産年齢人口が今よりも約1000万人減少し、高齢化率が34.8%に上る。その頃には、訪問看護を含む介護分野での需要がさらに増大することが推測されており、2040年には約210万人の看護職員が必要だと考えられている。

こうした問題を解決するためには、看護師の労働環境を整備し、少しでも看護師の離職を抑えること。そして、そもそも病院にかかる人が減るように健康寿命を延伸することも必要ではないだろうか。そうすれば看護師の需要数が抑えられるかもしれない。

ここで内閣府が発表している「令和5年度高齢社会白書」に注目したい。その中に、高齢者の健康状態と「社会活動への参加」の関係が示されており、社会活動に参加している高齢者ほど健康状態が良く、健康状態が良い高齢者ほど生きがいを感じているそうだ。「社会活動に参加して良かったと思うこと」の調査項目では「生活に充実感ができた」48.8%、「健康や体力に自信がついた」34.6%などの結果が出ている。(※9)

つまり、町の中に人と人とがつながるような機会やたまには外に出てみようかなというきっかけを作れば、町に生きがいができて健康に生活できる人が増えるかもしれない。

※7 参考:公益社団法人 日本看護協会「「2022 年 病院看護実態調査」 結果」
https://www.nurse.or.jp/home/assets/20230301_nl04.pdf
※8 用語:1971年~1974年の第二次ベビーブームに生まれた子どもたちを「団塊ジュニア世代」と呼ぶ。団塊ジュニア世代が65歳〜70歳になる2040年には、高齢者人口がピークに達したことで様々な問題が起こりうる。これらの問題を総称して「2040年問題」と呼ぶ。

人とつながり、まちを元気にする「コミュニティナース」

町に人と人がつながるきっかけを作るために注目したいのが、冒頭で触れた「コミュニティナース」だ。

コミュニティナースは、『人とつながり、まちを元気にする』ことを目指し、暮らしの身近なところで、『毎日の嬉しいや楽しい』を一緒につくり、心身そして社会的な健康やウェルビーイングに寄与することを目標としている。「コミュニティナーシング」という看護の実践をヒントに株式会社CNCが独自に提唱・普及しているコンセプトだ。

一般的な看護師が病院や診療所などの臨床施設に従事しているのに対し、コミュニティナースが行うのは地域看護で、行政との提携や、薬局や集会所などの暮らしの身近なところで活動を行う。前者であれば、“病気などを患ったあと”に患者に接するのに対し、コミュニティナースは暮らしに入り込むため、“病気などを患うまえ”に患者に接することができる。健康長寿のためには「社会とのつながりを保つこと」が大切であり、地域密着型のコミュニティナースの活動は、健康長寿のまちづくりにつながるのだ。

現在は、島根県雲南市、愛知県豊田市、北海道更別村、奈良県の奥大和などの一部の自治体でコミュニティナースが導入されている。ナースという名称が入っているが、職業や資格ではなく誰もが実践できる地域看護の行為・あり方を指している。そのため、活動内容に決まった方法などはなく100人いれば100通りの多様な形が存在するのだ。

コーヒーから始める“コミュニティーナーシング”

「暮らしに入り込みまちを元気にする」と言うものの、具体的にはどのように活動しているのだろうか。そこで、鹿児島県霧島市で実際にコミュニティナースとして活動する、玉井妙さんに話を伺うことにした。

現在は霧島市で活動する玉井さんだが、以前はコミュニティナース発祥の地である、島根県雲南市で活動をしていた。結婚出産を経て生まれ育った地元の鹿児島に帰り、病院で看護師として働くかたわらコミュニティナースの活動も続け、任意団体「コミュニティナース鹿児島」の設立などを経て今に至る。

玉井さんの主な活動の1つに、薬局前での保健室活動がある。保健室といっても、「健康相談やっています!」という感じではなく、通りかかった人に無料でコーヒーを振る舞い、そこから住民と会話をするという取り組みだ。健康相談ではなく、コーヒーを入り口にするのはなぜなのか。

「普通に『健康相談やってます』だと、どうしてもハードルが高くて、そもそも会話の機会が持てません。予防医療で重要なのは、“どれだけ日常に溶け込めるか”です。その点、コーヒーなら気軽に『貰おうかしら』となるので、そこから自然と会話が生まれます」

薬局前での保健室活動。

コーヒーをきっかけに会話が始まったとしても、最初は日常の困り事や世間話、その人の趣味の話など健康には直結しない話題が多いそうだ。対話することがコミュニティナースの活動において重要だと玉井さんは語る。

「コミュニティナースに重要なのは、“まちの人たちとの信頼関係”です。『健康に関する悩み事ありませんか?』って他人に聞かれても信頼関係がない人に話そうとは思わないですよね。なので、まずは“この人だったらなんでも話せる”という関係性を築くことを心がけています」

まちの人たちと信頼関係を築き、最終的にはこの地域の困った時の受け皿になれることを目指しているそうだ。玉井さん曰く、コミュニティナースの活動に必要なことは、「看護師として」ではなく、「1人の人間として」誰かと向き合うことなのだそうだ。病院での当たり前を押し付けるのではなく、自分もフラットに関わりながら、「相手が何を望んでいるかを引き出すこと」がコミュニティナースには求められる。

町が元気になるには、「まちに役割を生み出す」こと

玉井さんのユニークな取り組みの1つに、「おせっかい掲示板」がある。カフェの一角に掲示板を設置し、自分の困っていることや、自分がやりたいことなどをまちの人たちが記入する。それを見た玉井さんが、困っている人と自分の得意なことを活かしたい人のマッチングを行う。これにより、地域社会の中に自分の役割が生まれるのだ。

「誰かの役に立てるような役割を持つと、生き生きと生活を送ることができます。ただし、日常生活を続けているだけでは、自分にできることがあってもそれを生かす場所にはなかなか出会えない。

そこで、おせっかい掲示板を使って誰かの困りごとや自分ができること、やりたいことをひとまず可視化します。ここで重要なのは、おせっかい掲示板はあくまできっかけでしかないという事です。この掲示板に記入された困りごとはほんの一部だということが多いので、そこから本当の思いを聞き出すことがコミュニティナースの役割だと思っています」

「おせっかい掲示板」は玉井さんが愛知のコミュニティナースに教えてもらい霧島市に導入したツールだ。実は、コミュニティナースとして活動する人たちは、「コミュニティナース研究所」というオンラインプラットフォームで繋がっている。

困りごとがあれば気軽に相談でき、誰かの事例からヒントを得られる。活動拠点は離れているとはいえど、インターネットでつながることで1人ひとりの自由な活動をお互いに支え合うことができるのだ。

最後の瞬間まで、その人らしく生き生きと輝く日常を作るために

霧島市だけにフォーカスした取り組みではないが、玉井さんはCare's WorldというWebメディアを運営している。若くしてケアに携わる人たちに届けたいことがあり、鹿児島で活躍する編集者とチームを組んでこのメディアを始めたそうだ。

「ケアに携わる人たちは、とにかく忙しいことが多い。すると、自分がその職業を志した時に抱いていた思いや自分の未来を見つめ直す時間がなくなります。そういう人たちに外の世界を知る機会や、自分が思いもしなかったような働き方があることを知って欲しくてCare's Worldを始めました」

先に述べた看護職員の労働実態調査でも結果に出ているように、仕事の忙しさや思うような看護ができず仕事の達成感がないと感じることは、看護師の離職にも繋がりかねない。これから社会で活躍する、若き看護職員に多様な活躍の仕方を示すのは、日本の未来にとっても意義のあることだろう。

より地域に根ざした活動をしていくために、現在は新しい村づくりをコンセプトにした複合施設「obama village」でコミュニティマネージャーとして働いている玉井さん。今後の目標は「人生の最後の瞬間まで、その人らしく生き生きと輝く日常を作ること」だ。将来的には託児所なども作り、その場所で子どもたちと高齢者の世代交流を生み出し、高齢者の役割や出番を増やしていきたいと語る。

「いまは、若い人たちから何もない町だなと思われてるかもしれません。ただこれから先は、自分の生まれ育った町がやっぱりいいところだと思ってもらえるようにしたいです。自分の存在価値を改めて実感したり、誰かのために明日も頑張れる日々が、当たり前にある町になればいいなと思います」

鹿児島に戻ってから1人で始めたコミュニティナースの活動だが、現在、「コミュニティナース鹿児島」には4人のコミュニティナースが所属している。住む地域も所属する病院もバラバラの4人だが、コミュニティナースの働き方に惹かれて集まった。玉井さんの活動は着実に広がりを見せている。

「コミュニティナースに元気づけられるまち」が社会のスタンダードに

年々、他人との関わりが薄れていく日本だが、自分が住むまちやそこに住む誰かのために、自分の役割を果たすことで得られる喜びもあるはずだ。

社会とのつながりを持つ人が増えれば、町全体の健康寿命も伸び、生き生きとした町になる。そんな魅力的な町を作るために、人と人を繋ぐコミュニティナースの存在は必要不可欠ではないだろうか。

玉井さんに聞いて驚いたが、近年では週3は病院で勤務、週2はコミュニティナースの働き方を導入する病院が出てきているそうだ。少子高齢化が進み、地方の人口がどんどん減少するいま、予防医療や看護師の働き方の観点からも「コミュニティナースに元気づけられるまち」がスタンダードになる日もそう遠くはないかもしれない。

※9 参考:内閣府「令和5年版高齢社会白書 第3節 〈特集〉高齢者の健康をめぐる動向について (3)健康と社会活動への参加について」
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2023/zenbun/pdf/1s3s_01-2.pdf

 

 

取材・文:吉岡葵
編集:篠ゆりえ
写真提供:玉井妙さん