COVID-19によるパンデミックが発生した当初、多くのコンサートやフェスティバルが中止または延期を余儀なくされ、音楽業界全体が深刻な打撃を受けた。
パンデミックが一定の収束を見せ、対面でのイベント開催がコロナ前の水準まで復活しつつあるが、今回紹介するクラシック音楽の分野は少し事情が異なるようだ。日本におけるクラシック音楽のファンは年々減少傾向にあり、とくにコロナ禍でその傾向はさらに強まったのだという。
日本のクラシック業界ではどのような取り組みがなされているのだろうか?後半では、新日本フィルハーモニー交響楽団の取り組みに関するインタビューもお送りする。
海外において、クラシックは依然人気ジャンルの1つ
「クラシックは終焉を迎えつつあるのか?」という議論は今に始まった話ではない。とはいえ、MIDiAが2018年に実施した調査によると、クラシックは主要な音楽ジャンルのなかでも未だに人気があることが分かっている。この調査によると、クラシックはポップ・ロック・カントリーミュージックに次いで4番目に人気があるジャンルなのだという(※1)。
全世代で見ると、クラシックの人気が必ずしも右肩下がりというわけではないことは、数字によっても裏付けられている。同調査によると、クラシック市場規模は近年拡大しており、特にストリーミング領域での成長が顕著だという。2018年における全世界のクラシック音楽の市場規模は3億8,400万ドルに達し、うちストリーミングによる収益は1億4,100万ドルを占めている。これはクラシック音楽市場全体の約37%に相当し、金額ベースでは前年比で46%増加している(※2)。
このような流れのなかでAppleは2021年にクラシック音楽ストリーミングサービスであるPrimephonicを買収し、クラシック専門のアプリ「Apple Music Classical」をリリース(※3)。COVID-19のパンデミック最中に実施された2020年の研究によれば、35歳以下のリスナーはストリーミングを通じてクラシックを聴いており、Deezer(フランスの音楽ストリーミングサービス)においては前年比の17%増加しているという(※4)。同研究によると、クラシックファンの中心年齢は40代であり、若年層へのアウトリーチ方法は課題として存在する。CNETによると、歴史の厚みを前に二の足を踏んでクラシックを敬遠する人は少なからずおり、そのような人々にとってはストリーミング形式がタッチポイントのひとつになる可能性が示唆されている(※5)。
※1 参考:MIDiA(2018) "The Classical Music Market - Streaming's Next Genre?"
https://www.midiaresearch.com/storage/uploads/blog/images/2019/06/MIDiA-Research-IDAGIO-Classical-Music-Market_June19.pdf
※2 参考:ludwig Van TORONTO "REPORT | Study Shows Classical Music Streaming Soaring In Popularity"
https://www.ludwig-van.com/toronto/2019/06/24/report-new-research-shows-classical-music-streaming-soaring-in-popularity/
※3 参考:Appleプレスリリース「Apple、クラシック音楽ストリーミングサービスのPrimephonicを買収」(2021年8月30日)
https://www.apple.com/jp/newsroom/2021/08/apple-acquires-classical-music-streaming-service-primephonic/
※4 参考:BPI, deezer, Royal Philharmonic Orchestra(2020)"The Classical Revival In 2020"
https://www.bpi.co.uk/media/2518/the-classical-revival-2020_final.pdf
※5 参考:CNET "Hate classical music? Primephonic could change your mind" (2020年7月21日)
https://www.cnet.com/culture/entertainment/hate-classical-music-primephonic-could-change-your-mind/
日本においてクラシックはどのように受容されているのか?
では、日本においてクラシックはどのように受容されてきたのだろうか?
まず、日本にクラシック音楽が本格的に導入されたのは、明治時代以降とされる。西洋音楽の導入は学校教育の一環として取り入れられ、戦後の復興期においてさらに普及した。1960年代から1980年代にかけて、多くのプロフェッショナルなオーケストラが設立され、また世界で名を知られる日本人音楽家が数多く育つ土壌も育まれてきた。
一方、現在の日本の文化政策において、日本文化の対外発信という観点から伝統芸能やポップカルチャーの振興が重視されているが、西洋由来のクラシックについてはその意義については議論が必要とされている(※6)。佐渡裕は『題名のない音楽会』に関する2015年のインタビューの中で、若者のクラシック音楽離れを「最近、より強く感じる」と述べている(※7)。2017年時点では、1年間に文化イベントに行ったことのある首都圏の若年層であっても、クラシックコンサートに足を運ぶまでには至らず、一定のハードルが存在している(※8)。
新規ファン(≒若年層)のクラシック離れが課題となっている現状を踏まえて、クラシック音楽の担い手であるオーケストラはどのような方策を検討しているのだろうか。後半では、新日本フィルハーモニー交響楽団の方々へのインタビューをお送りする。
※6 参考:新井賢治(2016)「日本のオーケストラの課題と社会的役割: 東京におけるプロ・オーケストラの状況を中心に」立法と調査/参議院事務局企画調整室 編, 383号 pp.73-88
※7 参考:日本経済新聞「『題名のない』まま 50 年の音楽会 黛敏郎から佐渡裕まで」(2014年12月24日)https://www.nikkei.com/article/DGXMZO80829210S4A211C1000000/
※8 参考:東京都歴史文化財団(2017)「若年層の文化行動」https://www.jafra.or.jp/library/letter/backnumber/2018/287/4/1.html
日本におけるクラシック業界の現状について—新日本フィルハーモニー交響楽団 運営事務局インタビュー
日本のクラシック業界の課題
日本のクラシック音楽の現状について教えてください。
クラシック音楽の演奏会に足を運ぶ方は、年々減少傾向にあります。クラシック音楽の主なファンは比較的年齢が高い層ですが、コロナの影響で客足が離れてしまいました。家族から「(感染すると)危ないから行かないで」と言われて演奏会に向かう足が鈍ってしまいました。一度演奏会に行かなくなると、コロナが収まっても戻ってくるのが難しいんですよね。元々少なかった若いファンについてもさらに減少した感覚はあります。
日本のプロフェッショナル・オーケストラ年鑑によると、演奏会の来場者数の推移を見ると、2018年3月末から2023年3月末までに18%減少しています。コロナがなければ、減少はもっと緩やかだったと思います。
コロナ禍で、オーケストラ運営も苦戦を強いられていたと伺いました。
そうですね。一方で、オーケストラは公的資金で固定費を賄っている場合も少なくなく、なかには1年間何もしなくても黒字を維持できる団体もあります。
これが全ての団体に当てはまるわけではないですが、クラシック音楽業界全体が言わば「殿様体質」なことは否めません。企業や自治体の支援を受けているオーケストラは、固定費が公的資金で賄われているため、「お客さんがどのようなプログラムを聴きたいか」よりも、たとえ小難しくなっても自分たちがやりたいプログラムを優先しがちです。このような体質が、新しいファンを獲得する妨げとなっている要因だと思います。
自治体や企業も過剰な助成金でオーケストラ団体を甘やかさず、しっかりガバナンスを働かせ業界関係者の意識改革を促さないといけないと思います。
これからのクラシック業界について
クラシックに触れてこなかった人が、難しそうなコンサートに足を運ばない、というのはイメージ通りです。新日本フィルハーモニー交響楽団さんとしては、新しいファンを獲得するためにどのような取り組みを行っていますか?
まず、若年層向けの取り組みとしては、本拠地である墨田区の支援を受けて、区立の小・中学校で音楽の授業を行っています。また、墨田区の大学と連携して、学生がクラシック音楽に触れる機会を増やしています。学生が自分たちで企画を考え、プレゼンテーションを行い、それを元にしたコンサートを開催するなどの試みを行っています。
ほかにも、クラシックは「難しそう」「ハードルが高そう」というイメージが持たれているので、間口を広げるべくさまざまな取り組みを行っています。
たとえば、「本を読んでクラシックを聴こう」と題し、NPO法人Talking(大学生や社会人を対象にリベラルアーツの研修および読書会を主催する団体)と協力して2年ほど前から読書会を実施しています。作曲家の伝記などを読み、事前に感想を語り合い、その後新日本フィルのクラシックコンサートに参加するという形式です。
2022年からはSNSやYouTubeを活用して、若者へのアプローチを強化しています。たとえば、クラシック音楽を身近に感じてもらうために、YouTubeで活躍するアーティストを演奏会に招聘したり、オーケストラの楽器で人気アニメーションの楽曲を演奏してTikTok配信したりしています。これにより、再生数は増加していますが、クラシック音楽のファン層拡大にはまだまだ時間がかかると思っています。
読書会も開催されているのは驚きでした。今後、他に展開予定のイベントや取り組みにはどのようなものがあるのでしょうか?
今後、クラシック音楽の魅力を伝えるために、もっと多様なコンテンツを提供していく予定です。映画音楽とのコラボレーションなど、より親しみやすいプログラムを増やしたいなと思っています。顧客目線での企画が不足していると、どうしても間口が狭くなってしまうので。
さらに、VR技術を活用したバーチャルリアリティコンサートなど、新しい試みも模索しています。これにより、より多くの人々がクラシック音楽に触れる機会を設けて、業界全体の活性化が図れたらとは思っています。
まとめ
「間口を狭めすぎた結果、衰退の途を辿る」というのはクラシックに限らず、すべての文化において言えることなのではないだろうか。守ってきた文化や芸術、伝統を次の世代へと繋ぐという点においては、インターネットやテクノロジーを活用し、時代に併せて柔軟に変化していくことが求められるのだろう。
取材協力:新日本フィルハーモニー交響楽団
https://www.njp.or.jp/about/
取材・文:Mizuki Takeuchi
編集:篠ゆりえ