よりよい未来の話をしよう

何者かになりたい私たちへ。|小林涼子コラム

自分に自信がなくなったとき、誰も比べてなんかいないのに何かと戦っては勝った負けたと勝手に思い、他人が羨ましくて、「何者」かになりたくて…。そんな気持ちになったことはないだろうか。

最近は「タクシーでよく見るよ!」「OOのドラマ出てたねー」「順調そうだね!」と、声をかけていただくことが増えた。ありがたいことに、どん底を感じた20代よりはお仕事の依頼をいただける機会も増えた。農業で起業し、なんと「起業家」なんて立派な肩書きをもらい、農林水産省の「食料・農業・農村政策審議会食糧部会」(※1)に出席。パラレルキャリアを謳歌(おうか)しているように見えるのかもしれない。幸い、理解ある方たちに恵まれ、「俳優業」「農福連携(農業と福祉)」「会社経営」を両立させていただいているが、与えられた時間は人類皆平等に24時間。限られた時間の中で専業している方々に恥ずかしくないように、「必死で!全力で!」とやっているけれど、不安なときも多い。次々と降ってくる課題や自分の出来ないことの多さに泣いて、漠然と焦りを感じ、不甲斐なく思うことばかりだ。

どんな仕事でも先輩をみては「もっとOOできたらよかったのに」と、中途半端な自分にへこむこともある。SNSで楽しくキラキラと輝く同世代と見比べて羨ましくなり、「何者にもなれていない自分」を責めてしまうときもある。ではいったいなぜ、私たちは何者かになりたいのだろうか。

※1 補足:食料・農業・農村基本法に基づき、農林水産省に設置されている諮問機関。審議会の委員は15人以内、学識経験のあるもののうちから、農林水産大臣の申し出により、内閣総理大臣が任命する。

誰かに気づいて欲しい、認めてほしい

あしたメディア by BIGLOBEが実施した、Z世代を対象にした「承認欲求」に関する意識調査によると、「どんなことをしてでも他人に認められたい」と回答したのは14.0%、「できれば他人に認められたい」は49.1%と、6割を超える若年層が承認欲求への意志を認めた。(※2)この数値から察するに、多くの若者が「認められたい」「褒められたい」という承認欲求を持っている。だが、ここまでその気持ちが強まったのは、SNSが普及したことの影響のような気がする。

食べたものや景色、着ている服、持っている物、撮ったその瞬間の空気も含めて、撮影したその写真は個人の大切な思い出で、他人の評価や価値は関係なかったはずなのに、SNSに載せた途端にフォロワー数やいいね数によって、常に他人からの評価に晒されてしまう。SNSアカウントは個人のアイデンティティのようなものになり、「アカウントに対する評価=自分の価値」のような気がしてしまうのかもしれない。

自ら発する場合のみならず、一緒にいるときには見えなかった友人の才能や、頑張っている同世代の成功体験が毎日SNSのなかで華やかに披露されると、「私も認めて欲しい!」と思ってしまうのも無理はない。

※2 参照:ビッグローブ株式会社Z世代「他人に認められたい」6割以上あしたメディア by BIGLOBEが承認欲求に関する意識調査を発表」
https://www.biglobe.co.jp/pressroom/info/2023/04/230424-2

承認欲求に関する意識調査

この気持ちはどこから来るのか

Z世代と年齢は違えど、冒頭で吐露したように私も何者かになろうともがいていた1人。では、私たちがなりたい「何者」とは何なのだろうか。

「何者」を言い換えてみると、なにか秀でた才能に恵まれた者、いわゆる「特別な存在」という言葉がしっくりくるように思う。「生まれた時から1人1人特別なOnly one!」だなんて歌詞のように、「自分は特別だ」と日々感じたいけれども、SNSや社会に目を向けると、すごい人は沢山いる。リアルでも、毎日が絶好調なわけもなく、「自分がもっとOOだったら…」と落ち込むことが続くと、つい自分で自分の価値を低く見積もってしまい、「特別さ」を感じることができなくなってしまう。

だからこそ、そんな日々の感情の積み重ねやマイナス思考を帳消しにできるような、「特別な何か」を求める気持ちが出てきているのではと推測する。

小林涼子公式Instagram

「何者」かになるための「何か」を探した20代

「何者=特別な存在」になるために必要なものはいったいなんだろう。悩みに悩み続けてきた私が(現段階で)見つけたヒントは、「色んな物事に出会う」ことである。

自分の個性が出せずに悩んだ20代。「特別な何か」を探すために吹きガラス、江戸切子、生花、乗馬、ペン習字、ギター、社交ダンス…。仕事でも私生活でも必要だと思えば様々な習い事をやってみた。なかなか「コレだ!」と自信を持って言えるものが見つからず、見つけては始め、合わなければ辞めて、すぐまた別のことを始めた。偶然の学校(※3)にも1年通わせてもらって、毎月未知のものに触れることで、私を何者かにしてくれる「何か」を貪欲に探し続けた。

今の世の中的にいうと、タイパやコスパも悪く、非効率だと思うだろう。しかしながら、時代は変われど百聞は一見にしかず。出会ったことしか好きにも嫌いにもなれないし、実際に体験してみたら、もしかしたらそれが運命の出会いになるかもしれない。普段生きている自分の半径5mを出て、色んなことに出会わなければ、自分の可能性も広がらない。そのことを知り、まずは貪欲に色んなものに出会いにいこう。

※3 参考:「偶然の学校」は、1年間、参加者が予期していない文化・学問・技術を体感する学校プロジェクト。授業の講師・テーマは毎回異なり、生徒に事前に知らされない。一流の講師による座学と実践のワークショップを体験できる。

掛け算をすることで、誰もが何者かになれる

「何者か」になるための「何か」を探し続けていた20代前半に農業を始めたのだが、その頃にはまさか農業が今の私を作る「個性」や「特別な何か」になるとは思ってもいなかった。

農業だけに限ったことではないけれど、世の中は自分より詳しい先輩方や凄い人ばかりで、こんなひよっこの私に何ができるのかと、常に自信が持てない。「俳優業でももっと売れている方に比べて中途半端、半人前が起業だなんてと笑われるかもしれない」なんて、起業当初はそんな不安もあった。でも「俳優業」、「農福連携(農業と福祉)」、そして「会社経営」と3つを並行して営んでいる人はいない。

農業の高齢化や人手不足、障がい者雇用について社会課題として捉えて企業として取り組むこと、またそれを伝えるのは、俳優、農業、起業家の3つの個性を持っている私にしかできないことなのではないか。これが私の「特別な何か」なのではないか、今はそう感じている。

個性は飛び抜けた1つだけでなくてもいい。2つ3つと掛け算することで唯一無二の存在になることができ、「自分にしかできない特別な何か」になるのだ。

何者かになりたい私たちへ

最近のわたし

気がつけば、私はあれだけ探していた「特別な何か」を探さなくなった。他人からみたら、もしかしたら私はあの頃なりたかった何者かになれているように見えているかもしれない。かと言って、私が何者かになれたという実感はないし、上を見上げて不安と焦りにつぶされそうな夜は今も変わらない。

ただ1つ変わったことは、少なくとも20代の頃よりは、私は「私にとっての特別」になれているし、自分自身の未来に期待もしている。これで良いのだと思う。きっと私たちの憧れるあの「何者」は、自分自身が作った「憧れの自分」で、いつも自分より少し前にいて永遠になれないものなのかもしれない。誰かに認められようと、どんなに成功しても、どんなに頑張っても、私たちは満足することなくいつも「何者」かになりたがるのだ。

だからこそ、どうか周りを見過ぎず、比べず、焦らず。自分が期待できる自分でいるために、この春は色んな物事に触れ、挑戦して、自分自身の可能性を広げにでかけてほしい。 

 

小林涼子
俳優・株式会社AGRIKO代表取締役
11クール連続でドラマに出演し話題を集める。近年の主な出演作品は、映画「わたしの幸せな結婚」、テレビドラマ「ハヤブサ消防団」など。
現在放送中のNHK連続テレビ小説「虎に翼」に出演中。
様々な経験を活かし、J-WAVE『EARLY GLORY』毎週日曜日6:00~9:00にてラジオのナビゲーターとしても活躍している。
俳優業の傍ら、家族の体調不良をきっかけに株式会社AGRIKOを設立。農林水産省「農福連携技術支援者」を取得し、自然環境と人に優しい循環型農福連携ファーム「AGRIKO FARM」を運営。

 

文:小林涼子
編集:たむらみゆ