
2025年7月の第27回参議院議員選挙は、日本の政治におけるデジタル時代の到来を決定づける転換点となった。さまざまな論点があるが、特に顕著だったのが少数政党の躍進だろう。
具体的には、国民民主党が改選前4議席から17議席へと大幅に議席を伸ばし、参政党は1議席から14議席へと爆発的な躍進を遂げた。新興の日本保守党や、チームみらいも国政政党としての地位を確立するなど、少数政党の台頭が目立った選挙となった。(※1)
その背景には、これまでの国政選挙とは根本的に異なる情報環境と有権者行動の変化がある。(※2、3)SNSが政治参加の主戦場となり、とくに「推し活」さながらの候補者支持まで見られるようになった今回の国政選挙において、その支持を引き寄せる決定打となったのが、各党が展開したPR戦略だ。
この構造的な変化を理解するためにも、今回の選挙の特徴や政治とメディアとの関係性を紐解きつつ、とくに今回議席を伸ばしたような少数政党がどのようなPR的アプローチをとったのかを振り返りたい。
※1 総務省「第27回参議院議員通常選挙結果調」
https://www.soumu.go.jp/main_content/001021472.pdf
※2 参考:2025年参院選におけるSNS上の動向として、公示から投票日前日までの17日間でYouTube関連動画再生数が17億回超に達した。これは過去の選挙を大きく上回ったという。
選挙ドットコム「切り抜き動画」が選挙を動かす時代へ!参政党躍進から読み解く、ネット選挙の光と影
https://go2senkyo.com/articles/2025/07/21/119019.html
※3 参考:NHKの出口調査によれば、10代から30代の若年層の過半数が「SNS・動画サイト」を主要な情報源としたのに対し、60代以上の高齢層の7割以上は依然として「テレビ・新聞」に依存していた。実際、SNSやネット動画を日常的に視聴する層ほど、国民民主党や参政党といった今回躍進した少数野党を支持する傾向が強く、こうした世論形成の乖離が選挙結果に直結したことがデータからも明らかになっている。出口調査の年代別データによれば、20代以下の有権者では国民民主党や参政党への投票率が高く、年齢が上がるほどそれら新興勢力への支持が低下する一方で、自民党など伝統的主要政党への支持が相対的に厚くなっている。
NHK 「【専門家解説】SNSは選挙結果にどう影響? 参政党なぜ躍進?」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250720/k10014869201000.html
政治とPRの境界が消失した時代

そもそも、21世紀以前から政治とPR戦略は切り離せない関係にあった。その象徴的な事例が、1960年9月26日にシカゴのCBSスタジオで行われたアメリカ大統領候補討論会である。ジョン・F・ケネディとリチャード・ニクソンが対峙したこの歴史的なテレビ討論は、約7,000万人の視聴者を前に初めて全国放送されたもので、政治におけるメディア戦略の重要性を鮮明に示した。
副大統領経験を持つベテランのニクソンに対し、若々しく快活な印象を与えたケネディは、視聴者の心を掴み、大統領の座を得ることに成功した。当然、このPR戦略のみに勝因が帰結する訳ではない。一方で、ケネディ自身も「何よりもテレビが流れを変えた」と語っているように、政策の中身以上に、メディアを通じた印象も有権者の判断を大きく左右する要素であることを象徴づけた事例として知られている。(※4)
そして、現代において、SNSの活用によって政治とPR(広報・プロモーション)の距離は劇的に縮まっている。かつて有権者が政治情報を得る主な手段はTVや新聞記事などのメディアが主だったが、今やスマートフォン1つあれば候補者自身が直接有権者に語りかけ、双方向のコミュニケーションが可能になった。
日常的に触れるSNSのタイムライン上で流れてきた政治家や政党の発信は、リツイートや引用で拡散され、ときに炎上しながら瞬時に世論が形成されていく。結果として、現代の政治家は企業のマーケティング担当者さながらにSNSでの話題作りやPR戦略を求められるようになっている。
※4 参考:A&E Television Networks “The Kennedy-Nixon Debates”
https://www.history.com/articles/kennedy-nixon-debates
大政党vs少数政党:メディア戦略の明暗

前章で触れた通り、情報環境が大きく選挙結果を左右する時代において、政党がいかにして“見せ方”を設計し、有権者と接点を持つかが重要な意味を持つようになった。
そして、かつて主戦場だったマスメディアは依然として強力な影響力を持つ一方で、その限界も明らかになりつつある。一方、少数政党は制約を逆手に取り、SNSという新しい戦場で着実に票田を開拓していった。
本章では、こうしたデジタル空間を前提とした選挙戦において、少数政党がどのようなPR戦略を採り、それがいかにして共感と支持を生み出したのかを具体的に見ていきたい。
主要政党の戦略は?
2025年の参院選では、少数政党だけでなく主要政党もSNS活用に力を入れていた。主要政党はデジタルマーケティング担当者の採用を強化し、SNSを軸とした選挙戦略の構築を進めていた。(※5)
しかし、実際に打ち出されたマニフェストは、厚い既存支持層を含むマス層を狙った包括的な内容となり、SNS上では少数政党と比べて目立ちづらかった可能性がある。
主要政党は大規模で利害関係者も複雑かつ多様であるため、極端な政策を打ち出すことは難しく、中道寄りの政策に収斂していく傾向がある。広範な支持層を取り込む戦略では、特定の方向に極端に振れると票を失うリスクがあるためだ。
早稲田大学デモクラシー創造研究所の分析によれば、2025年参院選の各政党のマニフェストについて「ほとんどの政党に『ビジョン』を見つけることが出来なかった。政策のリストが並んでいるだけで、何故この政策を実施するのか、実施すると将来どうなるのか等の展望が見えないまま、耳障りの善い政策が並んでいる場合が多い」と指摘されている。(※6)
とくに、政権与党である自由民主党の政策について、同研究所は「どのような国を目指しているのか、国の将来像が示されていない。国の将来像から政策の優先順位や財源の配分などが検討されるはずだが、それらが無いため内容に凹凸が無い。」と評している。
結果として、こうした中道化の傾向は、SNS上での差別化を困難にした。主要政党がSNS戦略に注力したにもかかわらず、そのある種総花的な政策パッケージは、特定の問題意識を持つ有権者層に対して、争点を明確化した少数政党のメッセージほどの訴求力を持ち得なかった可能性がある。
少数政党躍進の5つの要因
対して、2025年の参院選において、少数政党が躍進を遂げた背景には、デジタル環境を巧みに活用した一連の戦略があった。彼らの戦い方は、情報量が飽和した現代の選挙において、どのようにして関心を引き、共感を呼び、実際の票に結びつけるかという設計を考えたものだった。
1. 公約の明確なキャッチコピー化
まず第1に挙げられるのは、公約として押し出す論点の明快さである。たとえば、国民民主党が掲げた「減税・手取りアップ」や、参政党・日本保守党が打ち出した「外国人政策」「伝統保守」といった主張は、複雑な政策課題をひとつのフレーズに凝縮し、瞬時に有権者の関心を捉えた。これは、多数の政策を並列的に提示する大政党とは対照的に、訴求対象とする争点を意図的に絞り込み、メッセージの浸透力を最大化する戦術である。
2. 候補者のタレント化とストーリーテリング
次に目を引いたのが、候補者をタレント化したストーリーテリングの力である。たとえば、参政党では元歌手や元地方首長といった異色の経歴を持つ候補者が、その個人的な人生の物語を通して政治の意味を訴えた。支持者は党よりも候補者個人に惹かれ、「この人になら託せる」と感じて票を投じる。このようなストーリー性の強い人物像が、候補者をコンテンツとしてSNS空間に適合させ、共感と応援のエネルギーを可視化する役割を果たしていた。
3. 支持者のコミュニティ形成
また、少数政党は支持者とのコミュニケーションにも力を入れていた。参政党をはじめとする政党は、オフラインでの勉強会やディスカッションの場を設け、オンラインではDiscordやグループチャットなどを活用してコミュニティ形成を推進。こうして育まれた草の根的な集団は、単なる票田を超えて、自律的に広報・支援活動を行う選挙の担い手へと変貌した。
4. 資金の見える化
さらに特筆すべきは、資金調達の手法である。日本における公職選挙で必要とされる要素は「三バン(地盤、看板、カバン)」と揶揄されるように、既成政党の強みはその歴史的つながりにある。同じく財政も政党交付金や企業献金に支えられているのに対し、少数政党は個人献金やクラウドファンディングに依拠し、その過程を透明に公開することで信頼と参加意識を高めた。寄付者の名前がSNS上で共有されることで“仲間感”が醸成され、単なる資金提供ではなく、政治参加そのものとして機能した。
5. プラットフォームの最適化
そしてこれらすべての戦略を支えたのが、プラットフォーム最適化の巧みさである。YouTubeでは政策討論や長尺インタビューで深みを伝え、TikTokやInstagramでは30秒の短編動画で候補者の魅力やメッセージを軽やかに切り出す。SNSのアルゴリズムを味方につけ、デジタル空間の中で「発見されやすい政治」を演出したことで、リーチと共感の両輪を同時に稼働させた。
こうした戦術の結晶が、2025年の参院選における少数政党の躍進を支えた。政治におけるPRとは、もはや単なる演出ではなく、支持を得るためのコミュニケーションツールであり、選挙戦を勝ち抜くために押さえるべきポイントとなっている。
※5 参考:第一生命経済研究所「AIが挑む2025年参院選SNS戦略~デマに揺れる政治空間を救えるか?~」
https://www.dlri.co.jp/report/ld/399897.html
※6 参考:早稲田大学デモクラシー創造研究所「参議院選挙2025 マニフェスト比較 #くらべてえらぶ」
https://kurabete.maniken.online/
各党の具体的戦略は?

国民民主党:中道の現実路線でデジタル進出
国民民主党は改選前4議席から17議席へと大幅に議席を伸ばした。その原動力となったのが、玉木雄一郎代表の旗振りによるデジタル戦略の強化である。
目玉政策に「所得税の減税」を据え、「手取りを増やす夏。」という強烈なキャッチコピーで有権者にアピール。このコピーは物価高で生活が苦しい国民の心に刺さり、SNS上でもハッシュタグ「#手取りを増やす夏」が拡散された。
玉木代表自身がYouTube上に「たまきチャンネル」を開設し、選挙戦の直前から積極的に動画コンテンツを投稿。その登録者数は約60万人にも上り、これまで国政選挙に行ったことがない若者層や無党派層にアプローチする大きな武器となった。
参政党:「推し活」を最大限活用
参政党は1議席から14議席へと爆発的に勢力を伸ばした。その躍進の裏には、同党のデジタル戦術の巧みさと支持者の「推し活」さながらの熱量があった。
最大の武器はSNSの活用である。
たとえば、公式YouTubeチャンネルで候補者の演説会を連日ライブ配信し、ネット上で「オンライン街頭演説」を展開。また、YouTubeショートを積極活用し、演説のハイライトや政策主張を60秒以内のショート動画に編集。チャンネル登録者数は選挙期間中だけで約9万7千人増加し、1か月で14万人増という驚異的な伸びを見せた。
メッセージ面では、「日本人ファースト」を掲げて移民問題やグローバリズムへの警戒感といったナショナリスティックな論点を前面に押し出した。大手政党が慎重に扱うテーマを、あえて強い言葉で訴えることでネット世論の支持を集めた。
日本保守党:ネット保守層を総動員
作家の百田尚樹氏らが結成した日本保守党は、比例代表で複数の議席を確保し、「保守第三極」として台頭するきっかけを作った。党首の百田尚樹氏は元NHK経営委員という経歴も相まって保守派論壇では著名な存在だった。その百田氏自身が積極的にYouTubeやXで発信を行い、自らのフォロワーをそのまま票に繋げる動員を図った。
YouTube上で討論番組風の動画を多数公開したのも特徴的だ。街頭演説をただ流すのではなく、百田氏や候補者たちがスタジオ風のセットで政策討議を行う様子をプロが編集した動画にまとめ、順次配信した。
チームみらい:テクノロジーで政治を変える
AIエンジニアの安野貴博氏が立ち上げたチームみらいは、参院選2025が初陣ながら、比例区で見事1議席を獲得し、公職選挙法上の政党要件も満たして国政政党としてデビューを果たした。
キャッチフレーズは「テクノロジーで政治を変える」。政策決定にAIを活用して合意形成をアップデートする、政治をもっとデータとエビデンスベースにする、という斬新なビジョンを提示。IT業界や若い技術者層から共感を集めた。
安野氏は選挙期間中ほぼ毎日YouTubeライブやTwitterスペースで配信を行い、「対立より対話を」「民主主義をみんなの手に取り戻す」と熱く語りかけた。従来のネット政治の過激路線を避け、「分断より対話」をスローガンに据えたことで、穏健な層を取り込むことに成功した。
これからの選挙と政治参加のあり方とは?

参院選2025は、新興デジタル政党がリアルの国政を動かす力を示した。しかし同時に、この新しい政治参加の形には課題も浮き彫りになった。
メリットとして、SNSは若者や無関心層を政治に引き寄せ、日常的な政治参加を可能にした。有権者は政策提言を行い、クラウドファンディングで候補者を支援し、オンライン討論会に参加するなど、選挙期間以外でも政治に関わる道が広がった。
デメリットとして、極端な言説が拡散しやすく、選挙後にはネット上で支持者と反対派との激しい中傷合戦やフェイクニュースが飛び交う現象も見られた。 今後の選挙では、街頭とネット両方で民意を集められるかが勝敗の鍵を握る。その先にあるのは、投票行為だけでない常時参加型の民主主義だ。
かつて、群衆心理学と精神分析の知見を応用し、広報技術を体系化したことで知られるエドワード・ルイス・バーネイズ(1891–1995)は、1928年に刊行した著書『プロパガンダ』の中で、今日の状況にも通じる発言を行っている。(※7)
「組織化された大衆の習慣と意見を、意識的かつ知的に操作することは、民主主義社会における不可欠な要素である。この目に見えない社会のメカニズムを操る者こそが、我が国における目に見えない政府──すなわち真の支配権力を構成しているのだ」。
健全な民主政治を維持するため、プラットフォーム企業の対策強化と、有権者一人ひとりのメディア・リテラシーの向上が急務となった今、参院選2025で見えた新しい政治の形をより良い民主主義の実現につなげていけるかが、これからの政治を考える上でより重要となるだろう。
※7:参考 AdverTimes.「PRエージェントの社会的地位向上に尽力した、広報のゴッドファーザー」
https://www.advertimes.com/20240115/article445138/
参考文献
・渡辺翔太郎「SNSで選挙、若者はどう見る? 専門家『フェイクか見分ける力を』」朝日新聞, 2025年7月9日
・岡田憲治「参政党の躍進支えた『推し活』と疎外感 『消費者』政治から脱却を」朝日新聞, 2025年7月26日
・Nola株式会社「2025年参議院選挙をマーケティング視点から眺める。企業にとっての効果的なSNS活用法とは?」2025年8月18日
・山口真一「バズる投稿、実は選挙戦略? "SNSが変える"参議院選挙」東洋経済オンライン, 2025年7月15日
・飯田朝子「参院選から見る各党の広報戦略 『短期的問題』訴求で縦型・ショート動画が主流に」AdverTimes, 2025年7月18日
・ストラテジックマーケティング「選挙とSNSマーケティング|有権者に届く情報発信とは?」2025年7月16日
・PR TIMES「チームみらい 安野貴博党首に聞く参院選の舞台裏と未来へのビジョン 45分独占インタビューをニコニコで公開」2025年7月27日
取材・文:Mizuki Takeuchi
編集:篠ゆりえ
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