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『ぼくたちん家』白川大介さんに聞く「インクルーシブプロデューサーってどんな仕事なんですか?」

2025年10月クールのドラマ『ぼくたちん家』(日本テレビ)。少し不器用だけど、情に厚い・玄一(及川光博)と、どこか冷め切ったようなクールな中学教師・索(手越祐也)、大金を抱えた少女・ほたる(白鳥玉季)。同じアパートに住む一見すると奇妙な三人の生活は、日曜日の夜を暖かく照らしてくれる。

ゲイである玄一と索の恋模様を軸に、彼らを取り巻く社会環境や制度までも丁寧に描き出す本作。その制作には、インクルーシブプロデューサーとして日本テレビ報道局ジェンダー班に所属し、ゲイ当事者でもある白川大介さんが参加している。

今回、あしたメディアでは、白川大介さんにインタビューを実施。インクルーシブプロデューサーとしてどのように本作に携わったのか、「パートナーシップ制度と婚姻制度の違い」を描く意義、マイノリティを取り巻くメディアの環境の変化などを伺った。

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監修の方々が積み重ねてきた仕事の延長線上にある、インクルーシブプロデューサー

はじめに、白川さんが務めるインクルーシブプロデューサーとは、どのような仕事なのでしょうか。

実は、これまで監修という肩書きで作品に携わっていただいた方々の仕事と大きく違いはありません。『ぼくたちん家』はゲイという性的マイノリティを描く作品です。そのため、表現が当事者を傷つけるものにならないことを念頭に置き、当事者から見てもリアルな描き方になるように、当事者の立場から制作チームの一員として、作品に関わっています。

2018年に社内でカミングアウトしてから、日テレのドラマで性的マイノリティが登場する際には、監修として脚本に関わることが何度かありました。ただ、脚本段階で監修したとしても、最終的にどういう形で映像にアウトプットされるかということに対してはまだまだ完璧ではなかったこともあり、もう少し制作過程に深く関わりたいなと思っていました。

本作は、主人公の二人をはじめとして、索の元恋人・吉田(井之脇海)や、玄一の初恋の相手・鯉登(大谷亮平)など、複数のゲイが登場しますし、彼らが物語の一つの軸にもなっている。そこで、インクルーシブプロデューサーという肩書きで、制作チームに加わり、現場で俳優さんや監督とコミュニケーションを取ったり、美術担当のスタッフと相談したりしながら、総合的に作品に関わりました。

美術担当のスタッフとはどのようなお話をしたのでしょうか。

たとえば、「ゲイの人の家にはどんなものが飾ってあるんでしょう?」と相談を受けたときには、「パートナーシップ宣誓を行った日の写真が飾られていると自然かもしれません」とお伝えしました。

ほかにも細かい例でいうと、第7話に登場する鯉登の家には、オスのライオンのぬいぐるみが二頭並んで置いてあります。美術担当のスタッフからインテリアに関する相談を受けたときに、僕自身の家にも“男性同士”のキャラクターグッズが結構置いてあることを思い出したんです。そこで、「パッと見て男性同士だとわかる可愛いグッズ…ライオンの人形とかがあると良いかもしれません」と提案したところ、美術担当のスタッフが実際に用意してくれました。

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脚本の監修だけでなく、実際に現場に立ち会うことに、なにか違いはありましたか?

まず、監修側の観点からお話しすると、ドラマは映像表現なので、芝居はもちろん、美術や音楽など、あらゆる要素が総合的に合わさってできあがっていくものです。そのため、台本を読んだときの印象と、実際に完成した作品の印象が違って見えることがあります。

特定の作品を指しているわけではないのですが、たとえば作中でカミングアウトのシーンがあるとします。演出や音楽でものすごくハッピーな瞬間として描くこともできますし、逆に悲壮なシーンにすることもできる。つまり、同じ台本でも、演出によって視聴者が受け取る印象は180度変わり得るんです。

今回のように現場に立ち会わせてもらえると、その場で監督たちと相談しながら表現のチューニングができます。台本を読んだときに自分が抱いたイメージやニュアンスを細部まで制作陣と共有しながら作品づくりに関われることは、これまで自分が携わってきた台本のみでの監修との違いでしたね。

監修以外では、どのような違いがありましたか。

俳優さんの立場からみても違いがあったかなと思っています。マイノリティを演じることに、不安を感じる俳優さんも少なくないと思っていて。主演の及川さんも、「この演技を当事者の人たちが見て、どういう気持ちになるかな」というところをとても意識しながら演じられていました。

もちろん、現場に立ち会うのは僕ひとりだけですし、視聴者の感じ方はさまざまだと思います。それでも、僕が現場にいることで「安心してお芝居ができる」と言っていただけたのは、ありがたかったですね。

お話を聞けば聞くほど、白川さんは本作には欠かせない存在ですね。

ただ、「今回の僕が何か革新的なことをしたのか」と言われると、決してそういうわけではないと思っているんです。これまでも、監修という立場で現場に立ち会い、俳優さんと丁寧にコミュニケーションを取られてきた方々はいらっしゃいます。これまで監修の方々が積み重ねてきた仕事があるからこそ、今回インクルーシブプロデューサーとして、より深く作品に携わることができた部分があったのかな、と感じています。

“ある程度改善された社会”を描くだけではなく、かつてのリアルな空気感も丁寧に描く

制作過程で国会図書館に行かれたそうですが、具体的にどの場面の監修だったのでしょうか。

第6話で描かれた、玄一と鯉登の回想シーンに出てくる“広辞苑の同性愛に関する記述”ですね。

脚本の松本優紀さんとプロデューサーの河野英裕さんが作られた準備稿の段階で、すでにこの場面は描かれていました。ただ、当時の時代背景を踏まえると、玄一や鯉登が中学三年生だった頃に本当にそのバージョンの広辞苑が流通していたのか、という点が気になったんです。

そこでまず、玄一たちが中学三年生だった時期に、学校の図書室に置かれていたであろう広辞苑の版数を調べました。そのうえで国会図書館に行き、その版の広辞苑を実際に手に取り、「異常性欲の一種」との記載があることを確認した、という流れですね。

広辞苑のくだりは、玄一や鯉登の年齢も鑑みたうえでの場面だったのですね。

『ぼくたちん家』は、ある種のファンタジー的な要素も兼ね備えている作品だと思っていて、その点でのリアリティは、ドラマとしての世界観が保たれていれば問題ないと思うんです。ただし、当事者の人たちが実際にぶつかる困りごとや、過去に味わった嫌な体験は、絶対にリアルでなければいけないと思っています。

実は、広辞苑の描写も、玄一と鯉登が同級生から「ホモ」だと揶揄される場面も、河野さんが「どうしても描きたい」と、気合を持って臨んだ部分です。当時をリアルに再現するために「ホモ」という差別的な言葉がそのまま出てきますが、描き方や言葉の扱いについては慎重に議論をしました。

もちろん、いまでも偏見や差別は残っていますが、玄一たちが学生だった頃に比べれば、少しずつ改善されている部分もある。だからこそ、現代の“ある程度改善された社会”を描くだけではなく、かつてのリアルな空気感も丁寧に描くことが大切だと考えています。そうした社会の積み重ねの上に「いま」があり、その先にどんな未来を描けるのか——そこにこそ意味があると思うんです。

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第6話に登場する鯉登のゲイの友人たちと、第7話に登場する鯉登のパートナー・矢倉はいずれも、ゲイ当事者が演じていました。白川さんは、このキャスティングにも携わられたそうですね。

世界では、性的マイノリティの役には当事者をもっと起用すべきではないか、という議論が高まっていますよね。セクシュアリティを公表するかどうかは個人の自由であることを前提としてですが、日本ではセクシュアリティをオープンにされている俳優さんが決して多いとは言えません。こうした背景もあり、作品に登場するすべての性的マイノリティの役を当事者が演じるという状況を整えるのは、簡単ではないことも事実です。

とはいえ、本作の企画段階から、「どこかで当事者の人には必ず出演して欲しい」と河野さんに伝えてました。河野さんも「ぜひ出てもらいたいね」という反応だったので、どの役・どの場面で出演いただくのが作品に最もフィットするかを考え、最終的にあのシーンでお声がけさせてもらいました。

鯉登の友人たちのキャスティングは、どのように決まったのでしょうか?

新宿二丁目が育んできた文化にきちんとリスペクトを示したい、という思いがありました。登場する場所が新宿であることに加えて、鯉登が「新宿二丁目で働いていた」と話すシーンでもあることから、あの場面はドラマの世界と現実の新宿二丁目がリンクする瞬間なんです。であれば、鯉登の友人たちは、新宿二丁目カルチャーをリスペクトしたキャスティングにしたいと考えました。

そこで、共通の知人もいて何度かお会いしたことのあるドリアン・ロロブリジーダさんに、「ゲイ当事者であり、クラブカルチャーを背負ってきた方々にぜひ出演していただきたい」とご相談しました。人選はドリアンさんにお願いして、YOH UENOさん、Usakさん、Junpeiさんに出演いただくことになりました。実際に出演いただけたことで、ゲイの方々が持つ独特のカッコ良さが現れていたシーンになったので、表現したかったことがうまくできたんじゃないかと思います。

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「玄一や索のような人のことをもっと知るためのコーナー」はどうやって生まれた?

本作のHPには、「玄一や索のような人のことをもっと知るためのコーナー」というセクシュアルマイノリティに関するQ&Aが設けられています。どのような経緯で、本コーナーをもうけることになったのでしょうか。

そもそもコーナー自体は、放送開始前の段階で河野さんから提案があったものです。やっぱりドラマ本編だけでは説明しきれない部分がでてくるんですよね。たとえば、「同性カップルの場合は、婚姻届が出せない」というやり取りが描かれましたが、なぜ提出することができないのか、その背景でどんな議論や課題が社会で起きているのかを描こうとすると、説明的になりすぎてしまう部分もあるので。

初回のコラムでは、「ゲイってどんな人?」という問いから、LGBTQの説明まで記されていたように、各回かなり丁寧に説明されている印象です。執筆時になにか心がけていることはありますか。

コーナーの序文にも記載していますが、ほたるのように、玄一や索のような人を初めて知った人や、このドラマをきっかけにもっと知りたくなった人に向けた内容を意識しています。

第1話で、玄一のことをゲイだと知ったほたるが、「男の人が好きなんですか?」「相手もそうだって分かるんですか?」「キス、普通にするんですか?」と玄一を質問攻めにします。その後玄一からは、「そういうの他の人に聞かないよね。あんまり、人にしない質問するのよくないですよ」と注意されますが、ほたるの反応は、まったくの知識がない人の“自然な反応”とも思うんです。

現状、セクシュアルマイノリティであるとオープンにしている人と実際に会ったことがない、という方がほとんどかなと思います。そうなると、「そもそもLGBTQって?」という疑問を持つ人もいるはずなんです。だからこそ、「初めてセクシュアルマイノリティに触れた人が抱きそうな疑問」を拾い上げ、知ってもらうきっかけになるように意識しながら、わかりやすい言葉遣いで書くよう心がけています。

「パートナーシップ制度と婚姻制度の違い」を描く意義

第7話では、玄一と索が区役所を訪れ、パートナーシップ証明書を取得する場面が描かれます。必要書類を揃えるところから、証明書を受け取り記念写真を撮影するところまで、丁寧に描かれていました。これらの一連の場面が地上波ドラマで描かれることの意義をどのようにお考えでしょうか。

一番大事だなと思ったのは、パートナーシップ制度と婚姻制度の違いが丁寧に描かれていたことでしょうか。「パートナーシップ制度」という名前や、制度が多くの自治体に導入されていることは、いまでは大勢の人たちが知っていると思います。ただ、法律で結婚した男女の扱いとの違いまでは、まだまだ知らない人もいるんじゃないかなと思うんです。

ちなみになんですが、パートナーシップ宣誓の一連の描写は、松本さん、河野さんから上がってきた準備稿の時点ですでに入ってるシーンだったんですよね。すごく丁寧に説明されていたので、僕がびっくりするぐらいでした。

第7話では公正証書の説明もありましたし、私自身、ドラマを見ていて初めて知ることが多かったです。

2015年に渋谷区にパートナーシップ制度が導入されて以来、「いまは渋谷にいけば、性的マイノリティの人でも結婚できるんでしょ?」と何度か言われたことがあるんです。この経験から「当事者じゃない人にはわかってもらいづらいことがある」という感覚が自分のなかにもあったので、特にいま、婚姻制度との違いを描けた意義は大きいんじゃないかと思いますね。

11月28日に同性婚をめぐる裁判で東京高裁が合憲判決を下した、いまの社会状況を鑑みると、パートナーシップ制度や公正証書について的確な説明とともに描かれた一連の場面は、殊更意義があると思います。

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「作品の先には実社会が存在している」ことを考えてほしい

先日、白川さんがご自身のXで「歴史の1ページの中で自分もやるべきことをやらねば」と投稿されていました。改めて白川さんが、メディアの人間としてしなければならないと思っていることを教えてください。

第8話でも、索が教師になった理由を説明する場面で、「学校嫌いな先生とか、勉強苦手な先生とか、ゲイの先生とか」と、“レパートリー”の話が出てきましたよね。自分が10代の頃は、選択肢として思い描けるレパートリー が本当に少なくて。でもいまは、どんな世界にも性的マイノリティの当事者がいることが、徐々に広く知られ始めています。「ゲイのテレビ局員がいてもいい」。そんな当たり前のことが、自分の存在を通して、下の世代に伝わればいいなと思っています。

テレビというと、白川さんが入社された2004年から現在に至るまで、マイノリティを取り巻くメディアの環境はどのように変化しましたか。

たとえば、トーク番組で「全然女性に興味なさそうだけど、もしかしてホモなの?」といったことを平気で聞く人は、さすがにいまはいないと思うんです。ただ、つい最近まではそれが“笑い”として成立していた。つまり、性的マイノリティを“笑いものにしてはいけない”という感覚は、社会の中で徐々に共有されてきたのだと思います。

ただ一方で、異性愛を前提として物事が進んでいる点については、まだまだ昔のままの部分が多いと感じています。たとえば、スポーツ選手や芸能人の会見や取材で、「ご結婚の予定は?」「好きな女性のタイプは?」みたいなことが聞かれる場面。こうした質問の大半が異性愛を前提としているにもかかわらず、それについて疑問を持つ人はほとんどいないと思うんです。

アロマンティックやアセクシュアルの人たちのことも考えると、誰しもが恋愛をするという考え自体を変える必要があると思うんですけど、少なくとも異性愛前提が当たり前だという状況は、この先少しずつ変わっていく、変えていくべきなんじゃないかなと思っていますね。

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マイノリティを題材にした作品を「面白かった!」だけでは終わらないようにするために、制作側や視聴者には何が求められると思いますか。

マイノリティを描く作品の制作者には、現実社会でのマイノリティが直面する課題への意識を持ってほしいです。視聴者も「作品の先には実社会が存在している」ことを、見終わった後でもいいので考えてほしいですね。

『ぼくたちん家』であれば、自分たちの周りにも玄一や索、吉田みたいな人たちがいることにも想いを馳せて欲しいですし、そのうえで「自分はどうすれば、井の頭さんや百瀬さん、岡部さんのように寄り添える存在になれるのか」と少しでもイメージしてもらうきっかけになれば嬉しいです。

僕自身も作り手として、マイノリティが制作側にいることが“当たり前”である社会を目指したいですし、そのほうが誰かの役に立つ、そしてより面白いコンテンツが生まれると信じています。これからも、社会とエンタメをつなぐような作品を作り続けていきたいと思っています!

 

取材・文:吉岡葵
編集:花輪えみ
写真:日本テレビ提供

 

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