
いまや誰もが当たり前に利用しているインターネット。だが、そんなインターネットの存在がもしかしたらその人の歴史や社会に、大きく関わっている可能性があるかもしれない…。この連載では、さまざまな方面で活躍する方のこれまでの歴史についてインタビューしながら「インターネット」との関わりについて紐解く。いま活躍するあの人は、いったいどんな軌跡を、インターネットとともに歩んできたのだろう?
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モキュメンタリーというジャンルをご存知だろうか。日本ではフェイクドキュメンタリーとも言われ、フィクションでありながらも、その出来事や人が実際に存在するような演出で語られる。その不気味なストーリーは、しばしばインターネットでも考察され話題を呼んでいる。
テレビ東京プロデューサーの大森時生さんは、現在のモキュメンタリーブームを牽引するひとりだ。テレビ東京に入社後、『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』(2021)や『このテープもってないですか?』(2022)、『イシナガキクエを探しています』(2024)等、モキュメンタリージャンルを中心とした番組を多数企画。また2024年に開催され、1ヶ月半でおよそ7万人を動員したという『行方不明展』のプロデュースも手掛ける。
1995年生まれのデジタルネイティブ世代である彼は、どのような文化に触れ、番組を企画するようになったのだろうか。学生時代に影響を受けたカルチャーから、モキュメンタリーを作る理由までを紐解く。

BOOKOFFに通いつめた学生時代
大森さんは初めてインターネットに触れたときのことを覚えていますか?
うっすら記憶に残っているのは小学生の頃です。Yahoo!知恵袋で小学生が分かるような悩みに答えて、知恵コインを集めるのにハマっていましたね…何もならないのに(笑)。あとは、誰も編集していないような動画がいっぱいあった頃のYouTubeを見ていた記憶があります。
学生時代に熱中していたことはありましたか?
小中高大と部活にも入ったことがなくて、ただ遊んでいただけというか…虚無の生活をしていました。せっかくの取材なのに、何も出なくて申し訳ない気持ちになっています。あ、ずっとBOOKOFFに通っていました。
(笑)。BOOKOFF、楽しいですよね。
BOOKOFFは少年ジャンプのような漫画から大人向けの漫画まで、さまざまな作品が境目なくごったに置かれていて、新しい漫画との出会いの場でした。つげ義春さんや古谷実さん、いがらしみきおさんなどの漫画を発見して、衝撃を受けたことを覚えています。
とくにいがらしさんは、アンダーグランドな作風なのに『ぼのぼの』(竹書房)といった一般ウケをするような作品も出されている。おこがましくも、その狭いところでは終わらず、遠いところまで届けたいという感覚には共感する部分があります。

日常の不気味さや不穏さに興味を持つ
その頃にハマっていたインターネットのコンテンツはありますか?
見ていた記憶があるのは2ちゃんねるの洒落怖(※1)ですかね。あとはYouTubeで見たことがきっかけでヴェイパーウェイヴという音楽のジャンルにハマっていました。
過去のバラエティ番組やCMの音をサンプリングして繋ぎ合わせたり、ビートを載せてノスタルジックな音を作り出したりするジャンルで、インターネットから発展したと言われています。
1番ハマったアーティストは、オランダの猫 シ Corp.という方。アメリカ同時多発テロ事件をテーマにした「NEWS AT 11」(2016)というアルバムがあるのですが、事件当日のことは全く触れずに、その事件が起こる直前のニュースや楽しげなテレビの音がサンプリングされているんです。その不在の怖さや不穏さに興味を持ちました。
またヴェイパーウェイヴはインターネットで流通した音楽ですが、あえてフィジカルで出すときには、聞きにくいプレイヤーを選ぶところも面白かったですね。カセットやゲームボーイアドバンスだけで聞けるような音源も出しているんですよ。

大森さんはホラー好きを公言されていますが、昔から興味があったのでしょうか?
実は大学生までは、テレビでホラー映画をやっていても避けるくらい苦手でした。小さい頃に観た『エクソシスト』(1973)など、ジャンプスケア(※2)というジャンルが怖くて。でも大学生で初めて黒沢清監督の『CURE』(1997)を観て、日常にある不気味さを描く作品は好きなんだと気づきました。
またそういった作風だと、大学の頃は近くのミニシアターによく通っていて、濱口竜介監督の作品に興味を持ちました。なかでも大学の卒業制作で作ったという『PASSION』(2008)にもとても衝撃を受けましたね。シンプルな男女の恋愛の話なのに、異常な不気味さや違和感が演出されている作品です。そしてラストのシーケンスの美しさ。濱口監督の空間の空気感を読み取る鋭敏さに衝撃を受けました。

※1用語 洒落怖:2000年ごろにできた2ちゃんねるの掲示板のスレッドタイトル「死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?」の略。「くねくね」や「八尺様」など、この掲示板から発展して都市伝説的に広がっていったホラーエピソードも多い。
※2用語 ジャンプスケア:ゲームや映画などで用いられるホラー演出のひとつ。後ろから驚かせたり、大きな声を出して驚かせたりするような演出のこと。
ドキュメンタリー『全身小説家』を観て
大森さんが作られる番組はモキュメンタリーと称され、リアルな人間の不穏さが描かれますが、このような作風もその影響があるのでしょうか。
そうですね。他にもドキュメンタリー作品では、原一男監督の『全身小説家』(1994)に影響を受けています。ドキュメンタリーには、対象から一歩離れて撮る作品と、対象の世界に撮影者が入り込んでいく作品があると思うのですが、僕は後者の方に興味を惹かれます。

この作品は小説家の井上光晴さんを取材した作品なのですが、だんだん話していることが嘘だと分かり、彼がずっと役を降りずに"小説家"を演じているのではないかと思わされるんです。原監督の撮っていることと井上さんの話していること、事実と虚構のラインがだんだん分からなくなる作品ですね。
そういった意味では、今敏監督の『パーフェクトブルー』(1998)も主人公の周りの虚実が曖昧になっていくお話で、印象に残っています。また村田沙耶香さん著の『地球星人』(2018年、新潮社)も大学生のときに触れて印象に残っている作品です。『地球星人』は、生きているけれど地に足がついていないような人が沢山出てきます。そんなムードは、僕の生きてきた世代には共通してあるんじゃないですかね。
1995年生まれだと、景気の良さを一度も経験していない世代とも言われますよね。
僕は明確にそう感じます。阪神淡路大震災から始まり、閉塞感がずっとある。この村田さんの作品にも、そうした虚無感が描かれているような気がします。そして、このような感覚は昨今のモキュメンタリーにかなり近い部分があると思います。

モキュメンタリーをめぐる体感
大森さんは入社3年目で『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』(以下、奥様ッソ!)という、一般家庭を取材しバラエティの体裁を取ったモキュメンタリーを作られましたよね。その理由は何でしたか。
入社する少し前に『山田孝之の東京都北区赤羽』(2015)というモキュメンタリーが放送されていました。当時は僕も観ていましたが、その後はモキュメンタリーというジャンルがテレビにおいて少なくなっているという実感がありました。
そんななかでやるとしたら、従来のフェイクドキュメンタリーっぽい空気感でやるのではなく誰もやっていないバラエティの体裁でやってみようと思い、企画したのが『奥様ッソ!』です。テレビ番組ではバラエティこそ何となく嘘っぽく見えるので、モキュメンタリーがハマるんじゃないかなというのが着想源です。
予想通り、『奥様ッソ!』はその意外性と不気味さが話題となりました。大森さんがモキュメンタリーがいまの時代に即していると感じる点は何でしょうか。
インターネットの普及によって、自分を撮ったり発信したりできる現代では、誰もが何かしらの“役”を演じているのではないかと思うんです。この感覚が、モキュメンタリーと相性が良いのではないかなと思います。
少し前までは、テレビに出ている芸人が実際に会うと怖かったという噂はよくありました。いまでも、インフルエンサーと呼ばれる人が、会ってみるとSNSとは印象が違ったという話を聞きますよね。それって不気味な話だと思うんです。みんな知らず知らずのうちにその役を演じさせられているのではないでしょうか。

趣味性と視聴率のバランス
『奥様ッソ!』は、幸せそうな一般家庭の話だと思って観ていたら、どんどんと出演する家族の裏の顔が露わにされていく内容です。何も知らずにこの番組を観た人はかなりびっくりしたでしょうね。
でも実際、そんな奥様を助ける番組があったとして、誰が見るんだろう?とも思います。僕が言うのも何ですが、周りでテレビを観る人は減ってきていますよね。視聴率や数字は顕著に見られてしまうので、どうしても企画は数字のあるテーマに寄りがちです。
そんななかでも、大森さんは純粋に自分のやりたいことに挑戦されている印象です。
自分はたまたま最初の番組がよく観られて、運が良かっただけかもしれませんが…。制作者の趣味性が反映された番組がもっとできたらいいんじゃないかなとは思いますね。
2023年に放送された『SIX HACK』では、ダ・ヴィンチ・恐山さんや、Franz K Endoさんなど、これまではテレビ業界に携わっていない若い方を制作として起用されていました。一緒に組む方はどのようにお声かけしているのですか?
おふたりとも、僕が大学の頃からインターネットで作家やクリエイターとして活躍されていて、刺激を受けた方です。そんな方々にテレビ東京のディレクターの立場を利用して連絡しちゃいました。
企画をお願いする方とは、最初にお茶などをして1人ひとりと話す時間を大切にしています。いまの時代、正直テレビも予算が潤沢にあるわけではないので、やりがい搾取になってしまう可能性はあると思うんです。でも、せめて精神的に健全なものづくりができる環境を作りたいですね。
▼過去にダ・ヴィンチ・恐山こと品田遊さんにインタビューした記事はこちら

純粋にたくさんの人に観てもらいたい
2024年に放送された2作品『TXQ FICTION/イシナガキクエを探しています』と『TXQ FICTION/飯沼一家に謝罪します』は、テレビ番組では珍しくYouTubeでも配信されていますよね。昨今はYouTubeの違法アップロードや切り抜き動画も多いですが、その影響はどう感じますか?
そうですね。YouTubeをアップしたのは単純により多くの人に観て欲しいという理由からですが、転載される前に公式で番組をアップしようという気持ちもありました。一方でYouTuberやTikTokerが話してくれたことをきっかけに番組を観てくれる人も多く、ありがたいと感じています。
また自分がやっている番組は、全編を通して観てこそ怖さを感じる作品を意識しているので、切り抜きよりはしっかりと一連の作品を観たいと思える作品を作りたいなと思っています。
最近では、テレビ番組に留まらず、展示『行方不明展』もプロデュースされていましたよね。こちらもSNSでその人気に火がついたとか。
TikTokなどで広がって、会場にはこれまでの番組のことを一切知らない人も来場されていた印象です。連日カップルや大学生が訪れていて、もともと知っていただいていたコアなホラーファンのお客さんはびっくりしていたようです。誰もいない静かな場所の方が雰囲気が出る展示なのに(笑)。
元々ホラーが好きではない人にも、壁を越えて届いた実感があって、僕としてはそこまで広がって良かったなと思いましたね。

『行方不明展』が多くの方に受け入れられた理由には、何があると思いますか。
先ほども話したように、一般の人も日々何かしらの“役”を背負わされているのではないかという感覚があって。いまやSNSなどの存在により、表に出る仕事ではない人ですら自分をプロデュースしないといけなくなっている時代です。
そんななかで、自分のことを誰も知らない場所に行きたいという感覚は普遍的にあるのではないでしょうか。そんな感覚が行方不明というモチーフにフィットしたのかなと思います。
若い世代を中心にSNSのBeReal.(※3)が流行っていることも、自分を演じている時代に対するアンチテーゼなんじゃないかと感じますね。僕自身は「テレビ東京の大森時生」としてSNSをやっているんですけど、告知する場が増えると手が回らないので、最近は新しいSNSが出てきてもあえて始めないようにしています(笑)。

活躍の幅を広げられている大森さんですが、今後やってみたいことはありますか?
ありがたい話なのですが、20代で色々と好きなことをやってきて、そろそろ30歳になるので、いままでの作品の焼き直しにならないように考えないといけないなと思うことはありますね…。
映像業界でも、すでに日本で活躍されてきた方が、より広い層に受け入れられるような作品を作ろうとさらなる挑戦をしているのを見て、凄いなぁと感じることがあります。僕としても、今後世界に届く何かをやってみたいです。

※3用語 BeReal.:2020年にサービスを開始したSNS。1日1回ランダムに送られる通知が来たら、2分以内に写真を撮ってアップしないといけないとされている。保存した画像や加工した投稿はできず、ありのままの姿をシェアできる。日本の月間両者数は24年10月時点で450万人。そのうち83%がZ世代だという。
<今回のインターネット・ポイント>
テレビ放送が一方通行に各家庭へと届けられていた時代から、インターネットの登場により、そのメディア体験は大きく進化しました。
2003年の地上デジタル放送開始により、テレビの受信機がインターネットと接続して利用開始され、テレビ上で天気予報などの情報取得や、投票などを通じたコミュニケーションができるようになりました。
その後、スマートフォンの登場や通信技術の発展によって、インターネット上の動画プラットフォームが増え、テレビもリアルタイムではなく「見逃し配信」として後追い視聴が可能となりました。
現在では、ネットの情報からテレビのコンテンツができたり、テレビの内容がネットで補足されていたり、双方向の行き来が行われています。SNSの台頭で誰もが気軽に発信できるようになったいま、その境界線はより曖昧なものとなっています。

大森時生(おおもり・ときお)
テレビ東京プロデューサー。1995年生まれ。2019年にテレビ東京に新卒で入社。2021年にBSテレ東『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』を企画・プロデュース。翌年『Raiken Nippon Hair』にて「テレビ東京若手映像グランプリ2022」優勝。その後『このテープもってないですか?』(2022)や『SIX HACK』(2023)『TXQ FICTION/イシナガキクエを探しています』『TXQ FICTION/飯沼一家に謝罪します』(2024)などを企画・プロデュース。独自の世界観を持つ番組を打ち立てる。2024年には株式会社闇と、作家・梨と共に展示『行方不明展』をプロデュース。東京では約7万人を動員し、2025年3月30日まで名古屋でも開催している。
https://tv-aichi.co.jp/yukuefumei_nagoya/
取材、文:conomi matsuura
編集:大沼芙実子
写真:服部芽生
