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新宅広二|3時間目:動物たちの夏旅論【大人のための“シン・動物学”】

【大人のための“シン・動物学”】と題して、実は知られていない動物たちの生態を深掘りしていく。動物たちの世界を覗くことは、人間社会の問題を考える1つの側面として、私たちに新しい発見や面白い気づきを与えてくれるかもしれない。

今回は動物にとっての夏と旅について考えてみる。べつに動物たちに取材したわけではない。いつものように私の妄想動物学の斜め読みにお付き合いください。

コウテイペンギン親子『まだ海に入れないから、海水浴はムリね。』

動物たちのバカンスと、ひと夏のアバンチュール

人間社会では、日本の場合、夏は暑すぎて勉強や仕事にならないので、夏休みがある。これは気候に合わせた体調管理の目的だけでなく、夏休みのバカンスで、いつもと違うことをして、夏の開放的な雰囲気で気分をリフレッシュしたり、自分を何か変えようとする機会としても大事になる。

そして、お年頃の若者は異性への関心が強くなり、出会いを求めて“ひと夏のアバンチュール”という冒険を夢見る。ただ大半の人は妄想で終わり、私も中二病をこじらせた1人だった…。

ライオンはメスにイニシアチブがあって積極的。お誘いのサインは、からだをかすめるように歩く。

ところで、動物は“自分の子孫を残すために生きている”と学校で教わるが、私は違うと思う。それは神様目線で俯瞰した結果論であって、1匹、1匹が種の崇高な“宿命”を背負って生きているわけがない。子孫を残すのは、たまたま出会いがあれば、その時に一瞬夢中になるだけで、他にも日常の“お楽しみ”は動物にもたくさんある。

少なくとも哺乳類は“性”について、年がら年中考えているわけではない。季節変化の大きい地域に生息する動物には繁殖期があり、恋をして交尾をしたくなるのはこの時期だけだ。このタイミングを誤ると、たとえば出産の時期が極寒になれば、母子共に死んでしまうことになるため、繁殖期以外に雌雄が出会っても、ヘンな時期に恋に落ちることはない(交尾はしない)。春に生まれる動物が多いのは、気候が良くなり、食べ物も豊富になり、何かと過ごしやすくなるからで、それを見越して逆算した繁殖期というものが決まっている。余談で蛇足だが、サルは一度マスターベーションを覚えると止められなくなるという俗説が流布しているが、そんなこともない。彼らも季節性の発情生理だからだ。

ニホンザルのオスは4歳くらいになると、近親交配をさけるために、他の群れに移籍する旅に出る。その途中、都会に迷い込んで騒ぎを起こすものもいる。

そんなわけで、このように動物たちは結婚相手を見つけるためだけを最終目標として、日々生きているのではない。動物にだって、自分のための生きがいや、ささやかな楽しみがあり、様々なストレスと闘いながら、よろしくやっているのだよ。たぶん。

ワクワクするような夏休みの冒険。動物たちの旅

楽しみと言えば、まず“遊び”だ。実は、動物行動学的には最も難解な行動の1つ。やるやつと、やらないやつがいるので、進化的にどういう役割があるのかが謎で解釈が分かれるのだ。また、人間から見ると表面的には遊びのように見える行動も、目的や原因が我々の遊びとは全く異なる心理状況で、擬人化しているだけのものも多々ある。とりあえず動物行動学の“遊び”の定義では、主に哺乳類や鳥類の一部に見られるものとされ、なかでも顕著なグループとして、霊長類、食肉類、クジラ類では、よく発達している行動とされている。

遊びの行動には大別すると3種類に分けられ、アクロバット的なもの、探求的なもの、社会的なもののいずれかに、だいたい分類できる。

その意味で人間の夏休みのバカンスは、遊びの定義の“探求的なもの”に近いかもしれない。

では、動物が食べ物を求めたり、結婚相手を求めるような暮らしに強く組み込まれた旅ではなく、私たちが夏休みにワクワクするような旅行や、ひと夏のアバンチュールな冒険をする動物はいるのだろうか?

ライオンの幼獣は長距離を歩けないので、母親がくわえて運ぶことがある。

たとえば、イタチを見てみよう。

イタチは面白い。というのも肉食動物のグループだが、体格が小動物の部類なので、ネズミなどを食料として狩る一方で、猛禽類(もうきんるい)や大型肉食動物、ヘビなどに自分自身は狩られてエサになってしまう、アンビバレントな立場なのだ。つまり肉食動物界の中間管理職だ。それゆえ、いろいろな事を考えながら生きている。

イタチの生活史は、イエネコの生態に少し似ていて、メスの縄張りをオスが巡回して春の繁殖期にそれぞれと交尾する。そして、お察しの通り“動物のオスあるある”で、ヤリ逃げして子育てにオスは一切関与しない。覚悟を持ってシングルマザーとなったイタチのメスは、4匹前後のコドモを産み、女手ひとつで愛情たっぷりに育て上げる。…と言っても、イタチは成長が早く、生後10週目には離乳し、母親に見守られながら、同腹の兄弟姉妹は遊びながら自分でエサを獲りはじめる。ニホンイタチに限らず、イタチ類は家族の仲がとてもよく、一緒に遊ぶのが大好きで、性格もひょうきんで明るい。“イタチごっこ”は、イタチの家族が鬼ごっこをして遊ぶ習性からきた比喩だ。

最近、関西ではわりと都会にも出没するイタチ。クズリ、ラーテル、アナグマ、カワウソ、ラッコ、そしてペットではフェレットなどもイタチの仲間。

さて夏。そんな仲良しイタチ兄弟姉妹が、ある日、親元を離れて旅に出る。その瞬間、子煩悩な母親はどんな気持ちで見送るのだろう?イタチの寿命は2年ほどなので、自分の子どもたちと、もう二度と出会うことはない。そんな事も知らない未熟な兄弟姉妹は、夏中、冒険をしながら寝食を共にする。子どもたちだけのはじめてのお泊まり夏旅だ。

兄弟姉妹と一緒に狩りをしたり、熱い日差しの日には水遊びをして楽しむ。そうして兄弟姉妹の絆が深まり、日々楽しい想い出を重ねていく。やがて秋が訪れる頃、兄弟姉妹は1匹、また1匹と単独生活をはじめ、ひと夏の短い青春を経て、本当の自立したオトナ生活が秋からスタートする。この夏の冒険の旅の中から、自然の恐ろしさや食べ物のありかを、兄弟姉妹の想い出と共に学び、ほんの短い残り半分の寿命を精一杯全うするのだ。

人類のご先祖様の大冒険

話変わって、夏の旅と言えば、我々、人類のご先祖様を忘れてはいけない。

かつて人類の祖先は、森で暮らしていた。森の中は気温や湿度が安定していて、雨風を防げる場所がある。何かと隠れる場所も多く、エサも豊富だ。そんな快適な住環境の場所取り競争は激しい。そんななか、気候変動で森が縮小していくと、より森に適応しているチンパンジーなど類人猿のような競合する動物の方が有利で、人類の祖先は森を追われることになる。これはご先祖様にとって、一念発起の大冒険に出る決断が迫られたわけだ。

ヒトの進化は、近縁種の霊長類との適応の競合に負けた!という説はオモシロいので私好み。

森を出ると見晴らしの良い草原(サバンナ)で暮らさざるをえなくなるわけだが、ここは隠れる場所がほとんど無いので、大型肉食獣に見つかれば終わりだ。そのため、我々の祖先は、安全を監視しやすいように直立するようになったと考えられている。また、2足歩行はスピードが出ないものの、長距離移動にはエネルギー効率が良いメカニズムだ。

ざっくりこんな感じで、我々のご先祖様が森を追われて、猛暑の草原を旅するように進化した結果が、今の人間のスタイルとなったわけだ。哺乳類は4本足がデフォルトだが、ヒトだけ上半身を起こしたままの姿勢になり、前足は移動に使わず、ブラブラさせるという、実に珍獣感強めの珍フォルムが完成したわけだ。おまけに頭がでかすぎて、そのままでは産道を赤ちゃんがスムーズに出られない難産設計。ずいぶん必要に迫られて洗練されていない無理くり進化に思える…。

あらためて、じっくり見ると、ヒトはへんなサルだ。

灼熱の大冒険で進化した、動物の熱中症対策

ヒトの最大の珍獣ポイントは、実は運動時の暑さ対策の進化にある。

哺乳類は、高度な生理機能を使って熱を生み出すことができ、その熱が逃げないように全身を毛で覆って無駄なく保温することが可能になった。これによって、いつでも身体はアイドリング状態で、外気が寒くても、すぐに激しい運動ができる高性能な仕組みを得た。

ところがアフリカで誕生した我々のご先祖は、この機能が逆に欠点となったのだ。夏の猛暑のような灼熱のサバンナには、ほとんど日陰になる場所がない。長距離を移動する時、熱中症にならずに、猛獣の目をかいくぐりながら、ひたすら走りきらなければ生き残れないのだ。生きるか死ぬかの灼熱の大冒険…。

さぁ、どうする?

大型肉食獣に出会ったら勝ち目は無い...。

人類は、なんと哺乳類の特典である全身の体毛を捨てたのだ!これで空冷により熱はこもらない。さらにスゴい装置をGet!

それは“汗”だ!

体温が危険温度に上昇すると、全身から自動的に水が出てくるのだ。この水が暑い外気で気化する時に気化熱として熱を奪う原理で、体温は急速に下がる。いわばスポーツカーに搭載されているような高性能なエンジンの水冷装置、それが汗だ。

汗は緊張した時にも出て、頭や身体を冷やす準備に入る。

他の哺乳類にも汗腺はあるが、肉球などの部分的なものに限られ、実は全身に汗腺があるのは、ヒト、ウマ、カバだけなのだ。ただしカバは、体温を下げるためではなく、アフリカの強い紫外線からお肌を守るための保湿成分の入ったスキンケアの汗だ。ヒトと同じく汗っかきなのは、高速で走ることができるウマで、全力疾走の運動後に、ヒトと同じように全身から滴るように汗が噴き出して、運動後に発熱した体温を急速に下げることができる。競馬のレース直後、ウマの状態を観察してみると、それがわかる。

カバは、俗に“血の汗”と呼ばれる赤い汗をかくが、実際は血ではなく保湿成分が変色したもの。

というわけで、後ろ足で立ち上がったまま、全身がほとんど無毛のツルツルになり、動くと全身から無色無臭の液がダラダラ出るように進化したホモ・サピエンスの身体は、そもそも、夏の猛暑下で、危険がいっぱいのサバンナの旅を成功するための進化の結果だったわけだ。

だから夏の猛暑のオリンピックで、マラソン競技が実施されるが、炎天下で42.195kmを休まずに走りきることができる動物は、ヒトだけだ。全身分厚い獣毛に覆われて、全身に汗腺の無い冷却機能を欠いたヒト以外の哺乳類たちは、あの炎天下でのマラソン競技の条件なら、30分で即死するものが続出するはずだ。赤道直下や砂漠の動物でも、昼は活動せず涼しい木陰や地中で休んでいるのだから。

地上最速120km/hを出すチーターだが、体温の冷却装置を持たないため、航行時間は30秒くらいしかもたない。

哺乳類の進化は、どちらかと言えば寒さ対策の方に注力してきたので、寒さで凍え死にするよりも、熱中症でアッと言う間に死ぬ動物の方が圧倒的に多い。その難題を乗り越えられたのは、ヒトだけだ。

これにより人類はアフリカから世界へ拡散していった。

ところが、最近の人類はどうだ?「どこにも行きたくな〜い!」とか、「クーラーの効きが甘~い!」とか、「汗が気持ちワル~い」とか、進化に膨大な時間と多大なる犠牲を払ったご先祖様に、申し訳無いと思わないのか?

おしまい。


PS.
ほかの動物より水分が出て行きやすいので、夏は水分補給を忘れずに!

『おい、水飲めよ!』

 

新宅 広二
生態科学研究機構理事長。専門は動物行動学と教育工学。大学院修了後、上野動物園勤務。その後、世界各地のフィールドワークを含め400種類以上の野生動物の生態や捕獲・飼育方法を修得。大学・専門学校などの教員・研究歴も20余年。監修業では国内外のネイチャー・ドキュメンタリー映画や科学番組など300作品以上手掛ける他、国内外の動物園・水族館・博物館のプロデュースを行う。著書は教科書から図鑑、児童書、洋書翻訳まで多数。
Twitter:@Koji_Shintaku

 

寄稿・写真:新宅広二
編集:篠ゆりえ