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Peach Momokoが、マーベル・コミックで日本文化を描く理由

マーベル・コミックといえば、スパイダーマンやアイアンマンなど、数多くの人気キャラクターを世に生み出したアメリカの出版社である。コミックを手にしたことがなくても、MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)というシリーズで展開される映画を観たことがある人も多いのではないだろうか。

そんなマーベル・コミックで活躍するひとりの日本人作家がいる。その名もピーチモモコ(Peach Momoko/桃桃子)。現在、過去のマーベル作品「X-MEN」を再解釈する「Ultimate X-Men」シリーズとして、日本を舞台にX-MENを描くコミックを連載中だ。彼女はマンガのアカデミー賞とも言われるアイズナー賞で、2021年に最優秀カバーアーティスト賞を受賞。世界中からコミックファンが集まるコミックコンベンションでは、長蛇の列を成すほど人気の作家である。

「なんか緊張しますね…!こういう単独インタビュー初めてで!」と笑いながらも気さくに色々な話をしてくれたピーチモモコさん。彼女は現在、生まれ育った埼玉県を拠点に制作活動を続ける。なぜ、この場所から世界へ発信をするのだろうか?その理由となる彼女のルーツや、マーベルで日本文化を描くまでの経緯、そして彼女の好きなものが詰まったアトリエの様子を紹介する。

※本記事では、ピーチモモコさんの作品について、一部ネタバレとなる内容にも触れています。

最初のキャリアは雑誌のアシスタント

絵はいつ頃から描いていたんですか?

そうですね…絵を描くことはずっと好きで、幼稚園の頃から描いていました。そのときは漫画というよりは、マリオやピーチ姫とか、ゲームのキャラクターを描くことが多かったですね。

その後、進学された専門学校ではどんなことを学んでいたのでしょうか。

そのときは主にゲームのキャラクターデザインを専攻していました。でも学んでいるうちに、それを生業にするのも違うかもしれないと感じたんです。当時は別のことがしてみたくって。出版社でアシスタントとして働き始めました。

ちなみに、どんな出版社だったんですか?

実は、アダルト雑誌を専門にした出版社です。というのも、その出版社の出している歴史あるSM専門誌の表紙がイラストで、すごく綺麗だったんです。エアブラシで描かれているそのタッチがとっても好きで。たまたまアルバイトの募集を見かけて応募しました。

憧れていた雑誌とは別の雑誌の配属になったのですが、いろいろ経験できて良かったと思っています。当時は怖いものがなかったので、前のめりにいろんな場所へ飛び込んでいっていました。ピーチモモコという名前は学生時代につけた名前をずっと使っているのですが、なんだかぴったりだねとか、からかわれて(笑)。

仕事としては、占いコーナーのイラストなどを描いていました。また、いまのパートナーでありマネージャーでもある陸奥ともその頃に出会い、結婚しました。

アメリカで花開いた、日本のモチーフ

そのあと、一度アメリカに移住されたんですよね。

はい。パートナーがアメリカ国籍なので、一度住んでみたいと思って移住しました。アメリカにいる間も活動していて個展も開いたんですが、3年で日本に戻ってきました。なんだか日本が恋しくなっちゃって。

当時パートナー以外に日本語を話せる人も少なく、寂しくて日本の歌謡曲ばかりを聴きながら、セーラー服とか、お寺とか彼岸花とか…そんな日本のモチーフが入ったイラストを描いていました。その作品を集めて初めて画集も作りました。今よりもそういったモチーフが前面に出た絵でしたが、当時住んでいたポートランドはパンクな方が多かったので、受け入れられた気がします(笑)。

今も自分が好きだった世界観は大事にしようと思っていて、セーラー服などのモチーフをコミックやイラストに入れていますが、もう少し広く伝わるようなスタイルで再構築して描いていますね。手に取った方に、こういうのが好きなんだなって感じて貰えると嬉しいです。多分、今ファンの方々はそれを分かってくれていると思います!

ピーチモモコさんのマーベル・コミック作品「DEMON WARS」の装丁。特に当時の作風をそのまま出したカバーだというが、作品の深淵に繋がるモチーフともなっている

そのようなモチーフを描く際に、影響を受けた作品はありますか?

日本のホラー漫画が好きなんです。丸尾末広さんとか、伊藤潤二さん、山田花子さん、カネコアツシさんなどの、ペンでいかに細部を描くかというようなスタイルの絵には本当に影響を受けていると思います。当時は時間もあったので、どれだけ描き込むかに自分の力量が問われるんじゃないかという思いで、とにかく細かく描いてましたね。

ホラー漫画が並ぶ、ピーチモモコさんの本棚

あとは、モノクロの映画も参考にしていました。ペンでモノクロの絵を描くことに特化しようと思ったときに、色の濃淡の勉強として、日本の古い映画が参考になりました。

2024年にアメリカのバンドの依頼を受け制作したというポスタービジュアル。ここにも、モノクロや緻密な描き込みといった特徴が現れている

日本文化が恋しかったという一方で、アメリカでの暮らしで影響を受けたことはありますか?

アメリカはあんまり見た目を気にする人がいなかったり、人と違うことに寛容だったりします。キャリアの価値観や、仕事の結果に固執しない雰囲気が気楽ではありました。たとえば、タトゥーひとつとっても、日本だとやっぱり忌避してしまう風潮があると思います。でもアメリカは警察官でもタトゥーが入っている人がいる。

自分は結果的に生まれ育った日本が住みやすいと思ったので帰ってきましたが、アメリカに行って、こんな風に自分も自由に夢を追いかけていいんだという価値観を得られたことは、とても良かったです。

2年越しの想いが届きコミック掲載へ

マーベル・コミックで作品を描き始めたのは、アメリカからの帰国後だったそうですね。そのきっかけは何だったんですか?

2015年頃から、コミコンと呼ばれるコミック・ブック・コンベンション(※1)に出展し始めたんです。アメリカ滞在時にもコミックイベントが沢山あって、よく参加していました。今でこそ日本でも東京コミコンがありますが、その頃はまだなくて。海外のコミコンでは人種も立場も違う様々な人が絵を描いたり作品を売ったりしていました。

当時の私は、実はマーベル・コミックをほぼ読んだことがない状態。それこそセーラー服の女の子とか、好きな絵を描いていました。そんなあるとき、アーティストのアディ・グラノフさんという方に声をかけていただいて。その方がなんとマーベル作品の映画「アイアンマン」のスーツデザインもされている方だったんです。

アディさんのパートナーが私のSNSをフォローしているということでした。最初は挨拶しただけでしたが、1年、2年とイベントで交流していくうちに、マーベルの編集長に会う機会をいただけることになりました。

※1 用語:コミックを中心としたクリエイターやファンが一堂に集まるイベント。有名な作家も出展し、その場でイラストを描いてもらうなど、直接交流ができる。1964年にアメリカで公式に開催され、現在は各国に広がっている。

すごいきっかけですね!編集長とはどんなお話をされたんですか?

その場では、SNSもきちんとしたポートフォリオとして使うといいよ、というようなアドバイスをいただきました。その後、伺ったアドバイスを地道に実践していたら、マーベル・コミックのカバーイラストを描く機会をいただけたんです。それから、様々なコミックのカバーを描くようになりました。

その後、2021年にはアイズナー賞で最優秀カバーアーティスト賞に選出されたピーチモモコさん。アトリエにはそのトロフィーが飾られていた

そこからマーベルコミックで連載を開始するまでにはどのような経緯があったのでしょうか。

お仕事を続けていくうちに、カバーだけではなく別の仕事もしたいと思って、自分でサンプルとなるコミックをマーベルに出したんです。そのコミックは、マーベル・コミックの「X-MEN」に出てくる登場人物・ヤシダマリコをイメージした女の子が主人公で、日本を舞台にした作品でした。そうしたら、2年後くらいに、やってみない?とお返事をいただけたんです。その作品が、のちに連載する「DEMON DAYS」(※2)のもとになっています。

2年後!なんだか、諦めてしまいそうな年数ですが…。

すぐのお返事はそもそも期待していなかったんです。出版社で働いていた時代に、イラストの売り込みがあっても2、3年は返事がないものだと言われていたので。そうやって根気よくやっていくものだとわかっていたし、そのうえで何かやらないときっかけは作れないとも思っていました。

その後、2020年にマーベルが新進気鋭のアーティストを選出し独占契約を結ぶというストームブレイカーズのひとりに選ばれました。同時に「2018年頃に出してくれたあのコミック、覚えてる?それをやってみない?」と言っていただいて。そこでマーベル・コミックで「DEMON DAYS」(※2)を出すことになったんです。

※2 用語:「DEMON DAYS」日本の昔話や民話に出てくるような世界を舞台にマーベルのキャラクターを描いた、ピーチモモコのマーベル・コミック初作品。マーベルの世界を構成する「マーベル・ユニバース」をこれまでにない日本の世界観で解釈し、「モモコ・ユニバース」とも称される。現在5つの短編をひとつにまとめた日本語版が小学館集英社プロダクションから販売中。「DEMON WARS」などのタイトルで続編が発表されている。

ついに想いが実ったんですね!でも、日本で海外の編集部とやりとりをすることは、大変ではないのですか?

マーベルは本当にたくさんの作家を抱えていていろんな場所の人たちとやりとりをされているので、日本でやること自体には特に難しい面はないですね。今はインターネットもありますし。

海外とのやりとりという点では、パートナーの陸奥が英語を話せて、私の表現したいこともわかっているので、信頼してお願いしています。編集作業では、セリフひとつだけで何度もやりとりすることもありますね。

作品のルーツは、自身の「好き」

作品のことも聞かせてください。最初に描かれた「DEMON DAYS」から、現在連載中の「Ultimet X-Men」に至るまで、ピーチモモコさんの描くマーベルの世界は、日本が舞台です。それはなぜでしょう?


単純に、それしか知らないからです。私はマーベル・コミックの世界にそこまで詳しくなかったので、自分の好きなものをテーマに描いたほうが嘘がないと思いました。もともと、ホラー漫画しかり、日本の妖怪やお化けが好きなんです。それに神社やお寺の文化も好きなので、描くなら日本を舞台にしようということは初めから決めていて、その上で既にあるマーベルのなかでも日本人のキャラクターに注目しました。

「Ultimet X-Men」では、お守りのようなアイテムが物語のキーポイントとして出てきますよね。

そうなんです!お守りも好きです。お守りコレクション、見ていただけますか?(笑)こんなに溜め込んでいいものか分からないんですが、とにかくこういったお守りを集めたくなってしまうんです。作品を描くにあたって、資料のためにもっと集めるようになりました。

他にも、おみくじや絵馬も好きで、各地で見かけたらつい買ってしまいます。「DEMON DAYS」には鬼が出てくるので、鬼を祀る神社へ挨拶に行きました。

なかには、ファンの方にいただいたお守りや絵馬もあります。日本だけに止まらず、いろんな国の土着的な文化やお守り、置き物に興味があるので、様々なアイテムがあります(笑)。

作中では、突然渡された小さなお守りのようなもののなかに、メッセージの書かれた紙が入っていて…というシーンがありましたよね。

まさに、このお守りやおみくじをモデルにしています。毎回連載の最後には、物語に出てくるモチーフの説明を入れているのですが、そこにも描いていて。

本当だ!ピーチモモコさんの作品には、毎回巻末にその作品で出てきた日本文化について詳しい解説がついてきますよね。

こんなに日本文化の要素がたくさん入っている物語はアメコミのなかでも珍しいみたいなので、それならいっそ巻末にその説明もしっかり入れると物語としてもより楽しめるんじゃないかと、編集さんと話して掲載することにしたんです。

お守りと同様に、作中で出てくるキャラクターには妖怪やお化け、日本の伝説を参照したものが多くて、そういった説明も入れています。アメコミや妖怪に詳しい方が翻訳してくれています。

そんなオールマイティな翻訳者がいらっしゃるんですね!

その方も、コミコンで出会った縁でお手伝いしていただいているんです。

でも実は…作中で「イボ神」というキャラクターが出てくるのですが、それは想像で作りました(笑)。もとになったのは、愛犬・モモのお腹にあったイボ。取れたイボを大事に持っているのですが、それがなんだかキャラクターみたいで。

日本って、なんでも神様にしちゃうじゃないですか。だから、作中にも出してみました。ほとんどは過去の文献などで伝えられている妖怪や神様をモチーフにしているのですが、たまに自分で作った妖怪も出てくるという。

妖怪の参考にしている資料と、イボのかたちをした架空の神の説明

そうだったんですね!(笑)作品の舞台となっている街は、どこか懐かしい日本の風景ですよね。

これは、私の住んでいる埼玉県熊谷市の街のイメージです。私は背景を描くのが苦手で…。資料を見ても難しくて諦めてしまったので、自分の頭のなかにある街を、記憶を辿って描いています。

垣根を超えていく作家に

作中では、そんな日常と妖怪が住む街を、主人公が行き来している世界が印象的です。

そうですね。それでいうと、「DEMON DAYS」の次作「DEMON WARS」は「異界の輪」というサブタイトルがありますが、これはマーベルのキャラクターに出てくるドクター・ストレンジのサークルのイメージ(※3)。前作「DEMON DAYS」では主人公・マリコが刺されたところで終わります。そのマリコが生死を彷徨って、別の世界で、前作で出会った生き別れの姉妹との心残りを晴らす…ということが裏テーマとなっています。この「異界」はあの世の意味。

※3 用語:「ドクター・ストレンジのサークル」マーベル・コミックのシリーズに出てくる、最強の魔術師・ドクターストレンジが魔術で作るサークル。何もない空間に現れたサークルを通ることで、別の世界を行き来することができる。

全く違うように思えるマーベルキャラクターの世界と日本の文化が融合する、これがモモコバースと言われる所以ですね。海外からの反応はどのようなものが多いですか?

私は普段あんまり反応は見ないようにはしていますが…編集長からマーベル・コミックを買わないようなお客さんも作品を買っていると教えていただきました。逆に、普段アメコミをよく買って読んでいる方のなかには、アメコミっぽくないという理由で買わない人もいるとは思うのですが。でも、他にはないテイストだからこそ、マーベル・コミックがこんな表現をするんだ!と興味を持ってくれる人が多いそうです。

あとは、比較的若い層の読者も多いみたいです。これまで父親がマーベルファンでコミックを集めていても見向きもしなかった娘が、私の作品は見てくれたらしくて、父親にその作品もマーベルだよ!と教えてもらったとか。

従来の読者の垣根も超えて、世界に広がっているんですね。最後に、今後やってみたいことを教えてください。

マーベル・コミックの映画シリーズであるマーベル・シネマティック・ユニバ―ス(MCU)に関われたらいいな、と思っています!2023年には、マーベルのゲームでスパイダーマンのコスチュームデザインをしましたが、今になって学生時代にやっていたことが繋がっているなと感じます。このお仕事を通して、いろんな可能性を広げられたら。

すぐではなくても、いつか夢を叶えるために、その準備をしておくことは大事だと思います。チャンスはいろいろなところにあるじゃないですか。コミックでどこまで出来るかということにもチャレンジしたいですが、日本人のいち作家として、大きな映画や作品に関われたとしたら、夢がありますよね。そんな姿を見せられるようになれたら嬉しいです。

 

Peach Momoko/桃桃子(ピーチモモコ)
埼玉県熊谷市出身。専門学校卒業後、出版社で勤務。結婚後2010年頃にアメリカ・オレゴン州ポートランドに移住するが、3年後に帰国。国内外で創作活動を続け、2017年にはMIYAVIの15周年記念Tシャツのデザインにも参加。2020年に出版社・マーベルコミックが新進気鋭のアーティストと独占契約を結ぶ「ストームブレイカーズ」に選出。2021年にアイズナー賞の最優秀カバーアーティスト賞を受賞。同年、自身初となるコミックシリーズ「DEMON DAYS」を制作発表。以来継続的にマーベルコミックで連載を続ける。

 

取材、文:conomi matsuura
編集:日比楽那
写真:服部芽生