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石井里幸|カフェにYouTube? 過疎地の神社を千年先まで存続させる、神主の挑戦【連載 若者が知っておきたい神社のコト】

前回の記事では、古尾谷八幡神社の宮司・新井さんにお話を伺い、神社という伝統文化のタイムカプセルが存続の危機にあることをお伝えしました。とくに人口減少が加速する過疎地域においては、さらに厳しい状況があります。

今回は、奈良県御所市にある「葛木御歳神社(かつらぎみとしじんじゃ)」の宮司、東川優子(うのかわ ゆうこ)さんにお話を伺いました。

葛木御歳神社(かつらぎみとしじんじゃ) 奈良県御所市東持田269
https://www.mitoshijinja.jp/

葛木御歳神社は、平安時代に編纂(へんさん)された法典「延喜式(えんぎしき)」に掲載されている中でも、最高位の延喜式式内名神大社(えんぎしきしきないみょうじんたいしゃ)に分類される神社です。

このように格式高い神社にもかかわらず、東川さんが宮司になった当初は社殿のあちこちがボロボロだったといいます。しかし見事な手腕で復興に導き、その取り組みは現在も継続中。いまや神社界ではちょっとした有名人です。

今回、そんな東川さんの取り組みを皆さんにお伝えし、全国の神社が置かれている境遇を知ってもらいたいと思い記事にしました。ここからは、東川さんの取り組みを大きく3つのフェーズにわけ、説明していきたいと思います。

東川 優子(うのかわ ゆうこ)宮司

フェーズ1: 情報を発信し、神社の状況を知ってもらう

延喜式にも載っているような格式高い神社がボロボロだったと聞き、驚きを隠せません。神社の復興を思い立った経緯を教えてください。

私はもともと一般家庭の生まれで、家が神社だったわけではありませんが、白羽の矢が当たったのか、白羽の矢を取りに行ったのか(笑)、葛木御歳神社の神職になりました。もう20年前のことです。

当社は創建から2000年の歴史を持つといわれる古社です。しかし、私が神職として奉職した2005年頃、大祭を斎行しても参列者が2、3名程度で、何から手を付けるべきか悩むほど修復が必要な状況でした。

この地域は少子高齢化が急速に進み、手入れがままならず、あちこちが朽ちていて拝殿には苔がびっしり。手水舎(てみずしゃ)にも水が流れず、落ち葉がたまっている状態という…。

ある雑誌からは「昔の栄華が忘れられた古社」と揶揄されるありさま。当時の宮司はもう高齢でしたので、私が率先して立て直しをはかろうと決意しました。

最初に取り掛かったのは、神社のホームページ作成でした。いまでこそ多くの神社がホームページを持っていますが、2005年当時ではかなり珍しいことでした。神社がインターネットの仕組みを利用することに賛否が分かれる状況だったのです。しかし、「いまはそんなこと気にしていられない!とにかく広く、この神社の存在を知ってもらわないと!」と思い、自作に踏み切りました

2005年当時だと、企業でもホームページを持つのは少数派、ましてや神社で、しかも自作されたとは!先見の明だと思います。

そうかもしれません。ただ、ホームページを見て来ていただいたとしても、人の気配がない神社では参拝者もがっかりします。そこで、大掛かりな修復は無理でも、神社に“動き”があれば活動している神社だと分かってもらえるのではと、手水舎に水を流そうと思いました。水が流れていれば、管理している神職の存在が感じられると思ったのです。

とはいえ予算が無かったので、水道を引くなんてとても無理。横の小川から水を引くしかないと思い、当時ネット上で主流だった電子掲示板に書き込んだのです。「奈良県の葛木御歳神社の神職です。水が止まっている手水舎に小川の水を流したいのですが、手伝ってもらえませんか?」と。

この書き込みを見た方が連絡をくださって、なんと水を引く作業を手伝いに来てくれました。手水舎に水が流れたときは感動しました。また、その方がこの一連の様子をネットで広めてくださって、それを見た多くの人が「葛木御歳神社で何かお手伝いができないか」と、祭礼の日に神社に来てくれるようにもなりました。

フェーズ2:新たな価値を創出し、参拝のきっかけを増やす

神職として奉職するかたわら、神社横にカフェを作られたそうですね。

ホームページのおかげで神社の認知は高まりましたが、神社としての収入はまだ少ないものでした。神明奉仕が第一の仕事ですが、宮司としては生活の基盤を確立することも必要です。その1つとして、神社横に憩いの場になるカフェを作ろうと思い立ちました。

カフェを作るとなると、多くの資金が必要だったと思います。

開店資金はクラウドファンディングを使ってお金を集めることにしました。これは見事に成功し、開業にこぎつけることができました。参拝ついでにカフェでくつろいでもらい、神社を身近に感じていただけるように心を砕きました。

「境内にカフェが併設された、面白い神社があるよ!」と話題になったのですが、私自身はその後、神社ツアーのガイドや神道講座の仕事をいただくようになり、その仕事が増えてきたので、3年後にはカフェは人に任せることになりました。

いまは薬膳料理「まつり香」として、国際薬膳士の資格を持つ方に運営をお願いしています。まつり香では季節の薬膳料理や料理教室も開いています。

神社に隣接するカフェ「まつり香」。 店内には地域雑貨が並び、買うことも可能。本格的な薬膳料理も頂くことができる。

私もカフェで料理をいただきましたが、まさか神社で本格的な薬膳料理がいただけるなんて!と感動しました。カフェだけでなく、御社の御朱印帳もネットで大きな話題になったそうですね。

全国の神社仏閣と御朱印を紹介する有名ブロガーさんが、当社の御朱印帳をとりあげてくださいました。その効果は絶大で問い合わせが殺到。ご朱印帳目当てで参拝に来られる方もいるほどです。

第2弾の御朱印帳は、上村恭子さんという、私が大好きな作家に依頼して描いてもらいました。当社の主祭神である「御歳神(みとしのかみ)」は、五穀豊穣と稲を司る女神様なので、「稲の生育に必要な太陽と水を描いてください」と伝えたところ、イメージにぴったりのイラストを描いてもらえて。とても興奮しました。

最近は、御朱印帳も4種類にまで増え、月替わりの大判御朱印、手作りの火打石守りや、地元の吉野桧を使ったひふみ祝詞の木札守も大人気です。これらの収入のおかげで、神職としての生活基盤が安定してきました。

御歳神(みとしのかみ)が描かれた御朱印帳。2冊合わせることで絵が完成する

フェーズ3:神社と参拝者が、永続的につながる仕組みを作る

境内に立派な祖霊社(それいしゃ)が完成しているのを見ました。この建設費もクラウドファンディングでを集められたそうですね。

葛木御歳神社の地域は過疎化が急速に進み、私の住む地域の自治会は10年後に解散が決まりました。そのような過疎地域の神社を存続するために、何かできることはないか?崇敬者が、もっとコアな神社の氏子のようになってくれないだろうか?

この悩みを先輩神職に相談したところ、いただいたアイデアが祖霊社の建設だったのです。

神道では人は死ぬと一族の守り神になるという考え方があります。祖霊社とは、その祖先の霊を祀るためのお社(やしろ)のことです。

当社には、もともとご英霊(戦死者の霊)を祭る英霊殿がありました。しかし戦後は全くお祀りできておらず、ご英霊に対して申し訳ない気持ちがありました。現代ではご英霊のためにお祀りをするというのも、時代に逆行するようで難しいと思っていました。

しかし祖霊社であれば、これからお社(やしろ)に入るご先祖様と同時に、ご英霊も一緒に祀ることができます。

ただ、祖霊社の建設費はかなりの高額になると分かっていたので、正直難しいと思っていました。そんなある日、神職の資格取得のために大学で学んでいる方が参拝に来られました。祖霊社の話をしたところ、その方は建築家で、祖霊社の設計をやってみたいと申し出てくれました。聞けばこの方、建築の分野で大学講師としても活躍される、すごい方だったのです!

「これは祖霊社を作ることを神様が後押ししてくださっているに違いない!」ということで再びクラファンに挑戦。希望額が集まって無事に祖霊社が完成したのが、2019年のことです。

クラウドファンディングによって完成した祖霊社(それいしゃ) 設計:井上裕史

東川さんには、絶妙なタイミングで助けてくれる人が現れますね! 

不思議なことに、そうなんです。手水舎を手伝ってくださった方、カフェ経営を引き継いでくださった方、御朱印帳を宣伝してくださった方、祖霊社をデザインしてくださった方…。たくさんの方に支えられた結果、いまがあると感じています。

このようなご縁にも恵まれたおかげで、当社はうまく立て直しができました。しかし、地方の過疎地の神社は、今後氏子ゼロの現実に直面するかもしれません。全国には、存続の危機にある神社がたくさんあるということも、多くの方に知ってもらいたいです。

祖霊社の良いところは、一度神社とのご縁をいただければ、その方の子孫もご先祖さまに会いに神社に足を運んでいただける点です。神社は、先祖とその子孫という「縦」のつながりを感じることのできる場所であると知ってほしい。そして、地域に神社があるっていいことだな、と思って欲しいですね。

最近では、東川さんはユーチューバーとしても活躍されていますよね。動画を見ましたが、豊富な知識量に驚きました!

もともと学習塾を経営していたこともあり、人に何かを伝えるのが好きなのです。神道をテーマにしたチャンネルですが、神社としてはかなり視聴者数の多いチャンネルに成長しました。

YouTubeは継続的な情報発信をするうえで、とても有用なツールです。YouTubeを通じて神社を知ってもらい、私たち日本人の精神性を再認識し、「神社に行こう」「神社って身近なものだなあ」と思ってもらうきっかけになればと思っています。このような活動を、神社界では教化(きょうか)と言います。

葛木御歳神社のYouTube公式チャンネル
https://www.youtube.com/@mitoshijinja 

ときには、神様に甘えてみては?

東川さんのように、もともと社家ではない方が神社界に入り、立て直しに成功する事例は意外と多いのです。社家ではなかったからこそ、神社が持つ機能を客観的に見つめなおし、その価値を再定義できたのでしょう。

そう思うと、神社運営と会社経営はある意味似ているのかもしれません。東川さんが神職となってからの動きは、まさに会社経営に求められる的確な課題抽出と把握、そして解決に向けた施策実行の連続だったのです。

「困ったことがあると、いつも絶妙なタイミングで人が現れ、手を差し伸べてくれました。人のご縁は、神様からいただいたご縁でもある。神様に導かれて、いまがあると思っています」

そうおっしゃる東川さん。神職になられてから多くの人々に支えられ、助けられてきたことが分かります。

さいごに、いまを生きる若者に向けてメッセージをいただきました。

「若い人はまじめな人が多く、参拝のマナーもきちんとしていると感じます。そんな頑張っている皆さんを認めてくれる、神様という存在があるということを忘れないでほしいと思います。自分が本当に成し遂げたいことは何なのかを意識すること。それを神様に宣言し、あるいは聞いてもらい、自身で再確認するために神社を訪れてください。

また、しんどくなったときは、昔祖父母様に甘えたように、神様に甘えてみるのも良いですよ。神社の神様は自然神であると同時に私たちの祖先神でもあるので、きっと目を細めて見守ってくださいます。

私がいつも語っているのは『二千年続いた神社を千年先まで存続させるために』という言葉です。やはり言霊(ことだま・言葉に宿る霊力)の力は絶大なので、分かりやすい言葉で伝えることは大切だと思います」

東川さんのお人柄がうかがえる、また神職らしいとても素敵なメッセージです。東川さんのお話を伺っていると、本当に神様に守られている人なんだなと感じます。成し遂げたいことを思い描き、それに向けて実直に行動したからこそ、神様は絶妙なタイミングで人のご縁を与えてくださったのではないでしょうか。

さて、そんな東川さんの挑戦は現在も継続中です!2024年現在、失われた宝剣を復活させるという面白そうなプロジェクトが進行中とのこと。ぜひウェブサイトをチェックしてみてくださいね。

 

宝剣「高照丸」制作プロジェクトイメージイラスト「高照姫命と宝剣」イラスト:カリカリ 今後も東川さんから目が離せません!

 

石井 里幸(いしい さとゆき)
中小企業診断士。ITコンサルタントとして、ウェブマーケティングおよびIT活用支援を専門としている。
また、社家の出身ではないが神職資格を持ち、神職としても活動。中小企業の支援を通じて得たノウハウと神職での実務経験を活かし、神社に対しても支援活動を行っている。

 

寄稿:石井里幸(神職・中小企業診断士)
編集:大沼芙実子