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つやちゃん|NewJeans×盛岡冷麺?食と音楽、共振する7つのマイクロトレンド【伝染するポップミュージック】

ビッグトレンドがなくなった昨今のトレンドとは?

「最近の〇〇はよく分からない」という声を多く聞くようになった。「〇〇」に入るものは何でもよい。音楽、アニメ、漫画、ファッション、ゲーム…何も上の世代だけでなく、若い人たちからも聞こえてくる声だ。

あらゆる領域の出来事が蛸壺化し独自の進化を遂げていくなかで、嗜好も多様化しそれぞれの趣味がマニアックに閉じてきている。「~界隈」という言葉が流行し、小規模のコミュニティが多数勃興し熱く盛り上がる。数千人しか知らないYouTuberのゴシップネタが大きなニュースのように報じられる、といった具合に。

皆に通じる共通の話題がなくなり、スポーツすらも徐々に共通言語ではなくなってきた。その結果、前提の説明なく誰もが会話できる話が、お金と天気と猫だけになった。物価高ですね、暑いですね、猫が可愛いですね——リアルもTVもネットも、皆それしか話していない。あるいは、それぞれの小さな村の話だろうか。

確かに、大衆をつなぐ分かりやすいビッグトレンドはなくなった。けれども、それぞれが個別に閉じていくなかでも、実はそれら個々のサイロ間で共通する動きも見つけ出せる。

似たような小さなトレンドが遠く離れたところで共時的にいくつも発生している状態——仮にそれを「シンクロニシティ・マイクロトレンド」とでも呼ぼうか。一見異なるジャンルであるがゆえに表層的には無関係に感じられるものも、そのフォルムやコンテクストに目を凝らすと、深層では共振しているケースが多い。

筆者が先日上梓した『スピード・バイブス・パンチライン ラップと漫才、勝つためのしゃべり論』(アルテスパブリッシング)は、まさにそういった状況について論じた書籍である。ラップと漫才という全く異なるジャンルを並べることで、そこに共通の傾向を発見し、私たちの日常のしゃべりがなぜ変わってきているのかについてヒントを得るための試みだった。

「食」と「音楽」におけるトレンドは近似している—7つのシンクロニシティ・マイクロトレンド

本記事では、今起きているシンクロニシティ・マイクロトレンドについて、例えば「食」と「音楽」を並べたうえで紹介してみよう。関連のないように思われている両ジャンルだが、そこで発生している事象にじっくり目を凝らしてみると、近似した動きを観察することができる。

例えば——食べ歩きしやすいチュロスやタンフルなどのいわゆる「ワンハンドフード」や、手につきにくい「ガルボ」「ベビースターラーメン丸」「ひとくちルマンド」といったお菓子の流行は、「ながら食べ」の需要に合わせたものだ。それは、近年プレイリストを使った「ながら聴き」が主流になってきている音楽の状況とも符合する――といった具合に。以下では、具体的な事例として7つのシンクロニシティ・マイクロトレンドを挙げていこう。

1. みずみずしい清涼感

急激な地球温暖化による酷暑は、涼し気でさっぱりした食のニーズを喚起している。地方の郷土料理メニューが、新たなアレンジを加えてブレイク。盛岡冷麺や京都冷麺、宮崎冷や汁などが全国区で斬新な進化を遂げている。

他方、音楽においても、清涼感のある軽やかなトレンドが継続している。“イージーリスニング”と形容されたNewJeansやILLIT、ZEROBASEONE、涼し気なアフリカンミュージックにキュートなボーカルを乗せてこの夏のシーンを席巻しているTylaやAmaaraeといった面々によって、クールな風が吹いている。

2.「定番」の再解釈

「定番」に対して、あえてアプローチしていく姿勢がそこかしこで観察されている。オーセンティシティへの挑戦?たとえば、クロワッサン。バターリッチな香り、こんがりした香ばしい焼き色、サクサク×ほろほろした食感、甘くて濃厚な味わい、それぞれが完成されすぎているクロワッサンだが、昨今はそれらをあえてアレンジする流れが誕生。独特の形状に仕立てたマフィン型クロワッサンや、韓国のヌルンジ(おこげ)とクロワッサンをミクスチャー化した「クルンジ」などが挙げられる。

一方、音楽でも、例えばLil Yachtyがすでに歴史化されたサイケデリックロックをヒップホップのストーナー感覚で再解釈したり、一時代を築いたバンド・Vampire Weekendが自分史の総決算のようなセルフオマージュ作品を作りあげることで「定番」化したバンド像をアップデートしたり、近しい実験が行われている。

3.スタイリッシュ・モノクロ

SNSでのカラフルな彩りに対するカウンターとして、昨年からビジュアルが白黒のスイーツが急増。竹炭を練り込んで焼いたパン、ブラックココアや黒ゴマを使用したお菓子が次々と現れている。

色彩であまり多くを語りすぎない、クワイエットな美学によって貫かれたその現象は、近年の音楽シーンに蔓延するノワールなムードとも近しい。Nicki Minaj & Ice Spice「Barbie World」のようなバービー・ピンクな楽曲がヒットする一方で、例えばBeth Gibbons(Portishead)やMareuxを筆頭としたゴスなサウンドも盛り上がりを見せている。彼女らのトリップホップ~ダークウェーブな音楽に影響を受けたアーティストが、アンダーグラウンドシーンには多くひしめいているのだ。

4.逆輸入によるインパクト

今、パリで大人気となっている日本のおにぎり。現地では専門店も現れ、バター&トリュフやトマト&オリーブといった具材のおにぎりが続々生まれている。それらが海を越えて逆輸入的に上陸、我々にとっては新感覚のアレンジとして受け止められているのが最近の動きだ。他にも、日本企業の海外市場開拓によって、国産メーカーが海外でヒットした商品を逆輸入する動きも活発化。ハイチュウなどは、海外で人気のフレーバーをさかんに国内発売へつなげている。

そしてご存知の通り、音楽においても、シティポップ以降に逆輸入的なヒットが誕生。2024年8月現在最もホットなのは、2002年にリリースされたDOUBLEの「Strange Things」だろう。なんと22年の時を超えてTikTokをはじめ海外で火が着きブレイク中だ。近々、Y2K J-R&Bの本格的なリバイバル&逆輸入というトレンドが発生するかもしれない。

5.加速する過剰性

「無限漬け」や「麻薬〇〇」、さらに「パウダー〇〇%増し」など、味付けを極端に濃厚にすることでインパクトを生む過激なトレンドが加速。SNSで大ヒットした「麻薬鶏むね肉」や、カルダモン風味のシロップに漬けた世界一甘いインドのお菓子として注目されている「グラブジャムン」など、過剰性は1つのキーワードに。

音楽においても、誇張した音像でエレクトロニックミュージックを解釈した「ハイパーポップ」の動き、あるいはそれ以降のターム全体に同様のマキシマリズムを観察できる。サウンドを情報化し集中的に敷き詰めた長谷川白紙のような音楽家も、近しい態度で受容されているだろう。

6.常識を変えるキュートネス

シメパフェは、夜の飲みをパフェで終わらせるという新たな習慣を持ち込んだ。これまでシメといえばラーメンやお茶漬けといった塩気のある炭水化物が常識だったが、パフェは甘いスイーツとして固定観念を打破。

音楽でも、話題作『C, XOXO』でビターなヒップホップをポップ&キュートに仕立てあげたCamila Cabello、ダークでストイックな90sドラムンベースをキラキラしたフレーバーで浮遊感ある音像に改造したPinkPantheressなどが挙げられるだろう。

7.劇的な没入感

ミステリー劇に入り込みながら食事を楽しむ、プロジェクションマッピングによる演出が駆使されている、五感を刺激するイノベーティブなガストロノミーが提供される…いわゆる「イマーシブレストラン」のトレンドが浮上。食×アートの体験型レストランを標榜する「TREE by NAKED yoyogi park」や、西武園ゆうえんち内の没入型ドラマティック・レストラン「~豪華列車はミステリーを乗せて~」といったコンセプチュアルな店舗が生まれている。

音楽においても、最新テクノロジーが話題になったラスベガスの球体会場「スフィア」や、様々なアーティストが視聴会を行なっているソニーの360 Reality Audioなど、いくつものトピックがあるだろう。一方、作品においても、例えばJames Blake× Lil Yachtyの『Bad Cameo』といったアルバムは、ユニークなテクスチャや過度なリバーブによって非常にイマーシブな音響が尽くされている。

以上、シンクロする7つのマイクロトレンドを紹介した。もちろんこれらは、食や音楽以外の領域でも同様に観察される傾向である。例えばファッションに至っては、この7つ全てについてほとんど似た動向を見つけ出せるだろう。このように、趣味嗜好が多様化しビッグトレンドが生まれなくなった時代においても、大衆が織りなす文化風俗には依然として特定のフォルムやコンテクストが存在するはずだ。なぜなら、私たちの生み出すものは全て、私たちが生きる時代と呼吸し合っているから。

 

つやちゃん
文筆家。音楽誌や文芸誌、ファッション誌などに寄稿。メディアでの企画プロデュースやアーティストのコンセプトメイキングも多数。著書に、『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』(DU BOOKS)や『スピード・バイブス・パンチライン ラップと漫才、勝つためのしゃべり論』(アルテスパブリッシング)等。

 

文:つやちゃん
編集:Mizuki Takeuchi