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橋口幸生|SNSは本当に「怒り」の装置なのか?「やさしさ」の拡散と広告の可能性【広告はあしたを良くできるのか?】

オックスフォード英和辞典の出版社が選んだ「今年の言葉2025」は “rage bait”(レイジベイト)だった。直訳すると「怒りのエサ」という意味で、意図的に怒りを引き起こすことを狙ったネットミームのことを指す。この1年で使用頻度が3倍に増えたことから、今年を代表する言葉に選ばれた。

確かにイーロン・マスクによる買収にともなうTwitterのX化以降、ソーシャルメディアは怒りが渦巻く場所になってしまった。怒りが拡散されることで社会が分断され、その分断がさらなる怒りを生むという悪循環が生じている。こうした状況を受けて、ソーシャルメディアには一定の規制が必要だという声が世界的に高まっている。たとえばオーストラリアでは16歳未満のソーシャルメディア利用を制限する世界初の法律が、2025年12月10日に施行された。

豪州西部バースにある私立男子校ヘイルスクールのディーン・デローロ校長は、こう語っている。

「2030年には、みんなこう言っているはずです。『10年前にはどんな子どももスマホを持っていたなんて、信じられる?』と」

「未成年が飲酒や喫煙をしないように、子どもがスマホを持たないことが当たり前の時代が来る」

保護者はもちろん、生徒たちも制限をおおむね前向きに受け入れているという。ある生徒は、こんなコメントを残している。

「SNSがもたらす悪影響を学校や親から学んだ。スマホを持つ前に、そのリスクを知っておく必要がある」

(※1)

筆者自身も、ソーシャルメディアには一定の制限が必要という考えだ。しかし、ソーシャルメディアは生活インフラのようになってしまっている今、制限にも限界がある。そこで今回の記事では、どうすればソーシャルメディアの影響力をポジティブな方向に働かせることができるのかを考えたい。

※1 朝日新聞「『飲酒喫煙と同じ』豪州、SNS禁止の独自校則 保護者の8割超支持」(2025年11月11日
https://www.asahi.com/articles/ASTC84FP3TC8UHBI019M.html

命をつなぐ「グエー死んだンゴ」

オックスフォード英和辞典による今年の言葉が”rage bait”なら、日本のネット民が選ぶ今年の言葉は間違いなく「グエー死んだンゴ」だろう。

「グエー死んだンゴ」は、希少ながん「類上皮肉腫」により22歳で夭折した中山奏琉(かなる)さんが、X(旧Twitter)に投稿した最後の文章だ。中山さんが亡くなったのは10月12日で、13日に「なかやまの友人です」とする投稿で死去が伝えられた。そして、翌14日午後8時、「グエー死んだンゴ」の8文字が投稿された。死を覚悟した中山さんが、生前に予約投稿していたのだ。

この言葉自体は、ネット掲示板で使われていた、断末魔をコミカルに表現するネットスラングだ。通常なら冗談で使われる言葉が、若くして死にゆく人がユーモアを交えて残した辞世のツイートとして、多くの人の心を揺さぶった。その結果、「香典包んだンゴ」「成仏してクレメンス」といったネットスラングを添えて、がん関連団体に寄付する人が相次いだのだ。寄付額は「数千万円規模」に達したという。(※2)

ソーシャルメディアには、見知らぬ人々の善意を呼び、拡散し、具体的な行動─寄付へとつなげる力がある。

同様の事例を、もうひとつ紹介しよう。

※2 朝日新聞「0件が1078件 『グエー死んだンゴ』発の寄付、数千万円規模に」(2025年11月11日
https://www.asahi.com/articles/ASTCB25N7TCBULLI009M.html

小さな命の帰る家

松原宏樹氏は、障害や難病のために育児放棄された子どもたちの特別養子縁組を進める「小さな命の帰る家」という活動を行なっている。松原氏自身も、障害が重く引き取り手が見つからなかったやまとくん、恵満ちゃんという2人の子どもを養子に迎えている。

やまとくんはダウン症と心臓疾患があり、睡眠障害もあるという。入眠のための薬が見つかるまでは、20分に一度は目を覚まし、1時間くらい寝付けない日々は続いていたという。恵満ちゃんは、ウエスト症候群という難病に加えて染色体の7番、18番に異常がある。また、気管切開をして人工呼吸器を使用しているため口からモノが食べられず、直接栄養を胃に流し込む胃ろうを造設している。1回の食事に2時間はかかるという。

松原氏はもともと牧師だったが現在辞職し、「小さな命の帰る家」の活動に集中している。経済的にも体力的にも困難な状況のはずだが、松原氏はこう語る。

仕事を辞めたのですからもちろん生活は決して楽ではありませんし、障害の重い2人の子どもとの生活は確かに大変です。でもそれ以上に、2人は私たち家族にとってかけがえのない存在になっています。

妻はもちろん、忙しい長男や長女、二女も、本当の弟のようにやまとの面倒を見、本当の妹のように恵満をかわいがってくれています。わが家は、やまとと恵満を中心に回る毎日です。

(※3)

松原氏は毎日の育児の様子を、Xで積極的に発信している。ある日、ひとつの投稿がXユーザーの目に留まった。

この投稿は2,618万インプレション、1.1万リツイート、11万いいね!を記録するバズになった(数字はすべて本原稿執筆の2025年12月時点)。投稿本文には「支援したい。欲しい物リストを出してほしい」という申し出があり、コメント欄も寄付の申し出であふれた。

その後、松原氏は、手術を受けることになった恵満ちゃんについて投稿した。

この投稿も606.8万インプレッションを記録したのだが、引用も大きな拡散を生んだ。

投稿のコメント欄は、スクリーンショットを添えた寄付の報告であふれている。(筆者も少額ながら寄付をした)

最初のバズが起きた時点では、松原氏のフォロワー数は3,000弱だったが、いまは2.8万を超えている。わずか1ヶ月で10倍増加したのだ。今も松原氏は投稿を続けていて、安定して数万単位のインプレッションを記録している。

「グエー死んだンゴ」や「小さな命の帰る家」への反響は、ソーシャルメディアでは怒りだけではなく、やさしさも拡散されうることを教えてくれる。他にも、Xには障害や難病と向き合っている人や、その近くで支えている人、家族の死を悼む人々の投稿が少なくない。ケアの場としてのソーシャルメディアの重要性にも、もっと注目が集まってよいだろう。

そして、この「やさしさの拡散」を、ビジネスを巻き込むことで構造化し、社会変革につなげようとする試みがある。がん医療の支援を目的とするプロジェクト「deleteC」だ。

※3 たまひよ「「症状が一番重い子どもは、私が受け入れる」障害のある2人の子どもをわが子に迎えた牧師。決断したのは「命」へのかけがえのない思い【特別養子縁組・体験談】」
https://st.benesse.ne.jp/ikuji/content/?id=197784

企業と市民の力でがんとたたかう「deleteC」

deleteC は、企業と市民の力でがん治療の研究開発を支援する認定NPO法人だ。がん(Cancer)を撲滅する(delete)という意味から、この名前がつけられた。「注文をまちがえる料理店」の仕掛け人として知られる小国士朗氏が代表理事を務めている。

deleteCの参加企業は、商品の「商品名からC を削除した限定パッケージ」を販売する。私たちがそれを買うと、売上の一部が寄付される、という仕組みになっている。過去には炭酸飲料ブランド C.C.レモン が、ロゴから “C.C.” の “C” を消した特別パッケージを発売したことがある。

サミットストアも2025年9月、deleteCに参加し、同社の全店で対象商品を購入すると、1商品につき 1円が寄付されるキャンペーンを実施した。アサヒ飲料、味の素、カルビー、明治、ロッテ、ハウス食品、雪印メグミルク、ユニ・チャーム、ライオン、日清食品など、商品協力には幅広い企業が名を連ねた。

当事者以外で、日常的にがんやその支援を意識する人は、多くないだろう。しかし、コンビニやスーパーでおなじみの商品を変えることで、がん研究の支援を、誰もが参加できる「日常の選択」に転換していることが秀逸だ。

そのほかにも、IT企業 JBCCホールディングス は、2022年に deleteC に初参加。自社の AI 技術を活かして「C を消す Web アプリ」を無償提供。誰でも簡単に画像から “C” を消して投稿できるようにすることで、キャンペーンへの参加を後押しした。(※4)

deleteC のもうひとつの重要な軸が、ソーシャルメディアを通じた参加型キャンペーン「#deleteC大作戦」だ。

参加方法はシンプルで、対象商品の「C」の文字を消した写真や動画を撮り、ソーシャルメディアに投稿するというものだ。あるいは、対象商品の公式投稿をリツイートやいいねするだけでもいい。投稿やリツイートに応じて、協賛企業から一定額ががん治療研究および啓発に寄付される。投稿するだけ、反応するだけで支援につながるので、年齢・国籍・立場を問わず誰もが参加できる。

2020年の初回キャンペーンでは開始10日間で約1600件、反応を含めたアクションは26万件超を記録。投稿ひとつひとつに、がんや治療、支援への思いが込められ、多くの人の共感を呼んだ。

※4 JBCCホールディングス株式会社「“みんなの力で、がんを治せる病気にする”プロジェクト「deleteC」に今年初参画! JBCCホールディングス、「#deleteC大作戦」へ簡単に参加できるWEBアプリを無償提供 画像内のCの文字を消す機能をAIで実現」(2022年08月30日)
https://www.jbcchd.co.jp/news/2022/08/30/160000.html

広告で「やさしさ」を再現可能かつ持続可能に

今や多くの広告主にとって、ソーシャルメディア上の存在感を高めることは重要課題だ。とはいえ「怒り」を用いるのは、少なくとも社会的責任のある大手広告主には難しい。しかし「やさしさ」であれば、deleteCで見てきたように、誰からの反対もなくビジネスとして結果を上げ、社会にポジティブな変化をもたらすことができる。これを利用しない手はない。個人の善意の拡散は尊いものだが、再現制や持続性という点で課題がある。広告主が参入することで、安定的な支援体制を築ける可能性があるのだ。

怒りではなく、やさしさが拡散する未来をつくるために。広告が果たすべき役割は大きい。

 

橋口 幸生
クリエイティブ・ディレクター、コピーライター。最近の代表作はNetflixシリーズ三体「お前たちは、虫けらだ」キャンペーン、ニデック「ニデックって、なんなのさ?」伊藤忠商事「キミのなりたいものっ展 with Barbie」、世界えん罪の日新聞広告など。『100案思考』『言葉ダイエット』著者。TCC会員。趣味は映画鑑賞&格闘技観戦。
https://twitter.com/yukio8494

文:橋口幸生
編集:Mizuki Takeuchi

 

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