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【大島育宙のドラマ時評】ちょっとだけエスパー論|『ちょっとだけエスパー』が、“肩の力を抜いた”野木ドラマではないワケ

野木亜紀子脚本の地平は、果たしてどこまで広がり続けるのか。実験にも達成にも容赦がない。

『アンナチュラル』『MIU404』『ラストマイル』の系譜

2018年の『アンナチュラル』(TBS系)以降、野木脚本の含む重厚な問題提起が受け手にも強く意識されるようになった。だからこそ、2025年10月期の「ちょっとだけエスパー」では肩の力を抜いて、ポップでライトなコメディに徹するかに見せかけた。

職も家族も貯金も失ってどん底に生きる男・文太(大泉洋)が「兆」と名乗る謎の社長(岡田将生)に雇われ、薬を飲まされて些細な超能力を獲得する。同じようなレベルの絶妙な能力のエスパーたちとチームを組まされ、なんの意味があるのかわからないこれまた些細なミッションをこなしていく。四季という女性(宮崎あおい)と夫婦を装って生活するが「人を愛してはならない」というルールもあり——

多様な能力とバックグラウンドを持つ数人のチームがドタバタと個々の事件に向き合いながら、傷つき疲弊し、事件の背景にある社会構造に直面して溜息をつき、気合いを入れてちょっとだけ何かを変え、無力感に打たれながらも、どうにか折り合いをつけて人生に帰っていく。野木脚本の「現代お仕事モノ」の多くはこの形で一貫しつつある。『アンナチュラル』も『MIU404』(TBS系、2020年)も映画『ラストマイル』(2024年)にも当てはまる。

©テレビ朝日

『ちょっとだけエスパー』も前半は、全力で笑わせてくれる1話完結型のお仕事ドラマに見えた。設定のフィクションラインがいつもより高く、「大泉洋の役を演じている」と言っても過言ではない大泉洋が入り組んだ世界観にツッコミとリアクションを示すだけで十二分に軽快に見られるドラマだった。

ところが、中盤で兆のあまりにも悲しい過去と未来が明かされ、SF設定のハードさも倍増する。終盤にはさらに、現実の社会構造を映した描写も乱れ飛び、肩の力を抜いたバージョンの野木ドラマではなかったと判明した。

兆を通じて、描かれた現実とは

ミッションの意味を伝えられずに子飼いにされるエスパーたちは情報が速すぎる現代において、労働の全体像から疎外される人間そのものだ。話が進むにつれ、メンバーは全員が過去に罪を犯し、日の当たる社会から疎外された者たちであると判明する。兆は「この世界に何の影響も及ぼさない」と彼らに向ける冷淡な軽蔑の目線を隠さなくなる。愛する四季の死を回避するために、他人の命に軽重をつけることを恥じさえしない。

兆の姿はイーロン・マスクやマーク・ザッカーバーグなどの現代のテック富豪のイメージに露骨に紐付く。テクノロジーを掌握しコントロールして世界やコミュニケーションの形に変化を及ぼすことに自覚的で、恣意的な変化や自己責任論、徹底した個人主義に躊躇いがない。兆を通じて「テクノロジーの進歩・民主化は必ずしも倫理と歩調を合わせない」という身も蓋もない現実が端的に描かれる。

兆に雇われたBit5らエスパーたちには選択の自由があるようで、ない。他に職がない彼らは意味がわからなくても兆の与えるミッションに応じていれば生活できるので、ありがたく生殺与奪を握られていた。しかし、四季を守るために他の人間の命を奪うプロジェクトだったことが判明し、彼らは揺らぐ。貧困によってもまた、倫理は後退しうる。これも現実の一つの姿だ。

テクノロジーと貧困によって、それまでの比ではなく加速度的に、個人の労働が仕事の全体像から切り離される。末端の個人の作業が雇い主に都合の良いように倫理と切り離されるのは、昨今の闇バイト問題を思い起こさせる。

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最終回に込められた“野木亜紀子らしさ”

野木脚本には「大きな何かから自分の命を、人生を奪われない。奪われたら、取り返す」という共通のスタンスがある。

野木氏の念願であるSFへの初挑戦。タイムパラドックスという既存のジャンルを充分に研究した上で、覆したのが最終回の展開のらしさだった。文太は未来で決まっているルールに「歴史の改竄ってのは誰視点のどこ視点?」「今を変えて何が悪い」「今から歴史を作るんだよ、俺たちが!」と叛逆する。強靭な先行作品という巨人の肩に乗りながら、巨人の耳元で説得するような軽やかさがサイエンス・フィクションとしても、哲学的な思考実験としても新鮮だ。

「生き続けていれば世界は変えられる」というテーマ。得体の知れない未来人が決めたルールにビクビク怯えることなく、いまここに生きている自分たちの責任と裁量を全力で信じる、それが生きることだ、という力強いメッセージが、詰んだように見えた物語も解きほぐして駆動していく。分岐するパラレルな世界設定ではなく、「ディシジョンツリー」という一本の世界線であることに、物語の内外に通じる意味があったのだ。

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タイムパラドックスや哲学的な思考実験に興味を持てない視聴者も「大泉洋と岡田将生が宮崎あおいを奪い合う壮大なラブストーリー」として楽しめる、という保険までかかっている周到さにも驚く。

奇しくもこの二人の男優は大河ドラマで源頼朝を演じた経験がある。(岡田将生は『平清盛』(2012年)、大泉洋は『鎌倉殿の13人』(2022年))。武家政権の歴史を決定づける鎌倉幕府の初代将軍という権力者でありながら、平家ほど憎まれもせず、弟の義経ほど人気もなく、繊細さや板挟みの苦悩などの多面性を併せ持つ超有名人。線の細いイメージも語り継がれる、歴史の岐路にいた繊細な権力者を堂に入って演じられる役者は多くはない。爽やかな美男子のイメージの義経よりむしろ難役な頼朝俳優二人が、このドラマで対峙するのには奇遇も必然も感じてしまう。

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いかにして「大きな力から自分を取り戻すこと」を示したか

敗者たち、負け犬たちが権力に立ち向かう、下剋上をする、という空気が漂いながら、実はそんなに簡単でありがちな話でもなかった。不倫の恋で人生を壊した男(吉田鋼太郎)を恨む円寂(高畑淳子)に「俺たちみんな、愛し損ねちゃったんですよ」と言った文太が「四季がいる、この世界を俺は愛する」と宣言するエンドは切なくも力強かった。最終回の序盤、Bit5のエスパーたちがお互いの肩を抱きながら咽び泣く。その下を、彼らを取り残して未来に向かって進むディシジョンツリーのタイムラインのように電車の光が駆け抜けていく。

文太は四季の記憶から消えるが「四季がいる、この世界を俺は愛する」と、自身の愛と生を再定義する。これは最初から文太がセクシュアルな接触に敏感な人物として描かれていることにも呼応するナチュラルな決断だ。横領はしているのにセクハラは絶対にしない、という彼なりのモラルの線引きが、30年後の未来から一方的に送られてきたホログラム情報である兆には触れることができず心が読めなかったり、触れ合うことはできないままで四季の存在を同じ世界に感じながら生きる、という展開を切なくもスムーズに導く。また、桜介(ディーン・フジオカ)は実の息子・紫苑(新原泰佑)の人生から自分を消し、二度にわたって彼の命を救うが、自分が父だとは明かさない。

これらもまた、大きな力から自分を取り戻すことを描いている。恋愛感情を持つ相手同士はこうあるべき、親子はこうあるべき、という規範もまた、社会がなんとなく、長い歴史を経て惰性で私たちに押し付けてきたものだ。愛する人と自分の関係や距離感を誰か他の存在や得体の知れない圧力に決められるのではなく、一度自分の手元に置いて見つめ直し、納得いく形に整えるという営み。生きることを他人に奪われてはいけない、という、最も壮大で最も身近なイシューを描く精緻で秀逸なドラマであった。

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野木ドラマ史上最も、全身に力が漲ったドラマ

麿赤兒演じる謎の男は「すべての刹那はとこしえにつながる」と言い、絶望的な生活の中で円寂は「生老病死」を説き、文太は「世界は誰のこともジャッジしない」と言い切る。いまこの瞬間を生きることこそが最も価値があり、そこには理由はない。理由があるとすれば、いまこの瞬間がかけがえがないのは、それを考え感じる自分がいるのはいまこの瞬間だからだ、という精一杯の理屈が描かれているようにも思える。

ちょうど1年前の『海に眠るダイヤモンド』(TBS系、2024年)では、日本の戦後史の大きな物語のなかでもがく、歴史には残らない個人の生の煌きが活写された。「忘れてしまっても、相手が死んでも、愛は残る」という文太のセリフはあたかも『海に眠るダイヤモンド』のキャッチコピーのようでさえある。

毎週、その回全体を象徴する英文がスペースなしの大文字でタイプされる趣向も視聴者の興味を惹きつけた。最終回は「The mission is endlessly difficult.Even so, it must eternally continue.That is what it means to live.」と表示された。「その任務は果てしなく難しい。だとしても、永遠に続けなければいけない。それこそが生きるということだ」と。

©テレビ朝日

情報や関係性や文脈や経済に振り回され、いまこの瞬間の自分の生を踏み締めることがどんどん難しくなっている時代かもしれない。そんな時代に、物語とセリフの力を注ぎ込んで全力で、懸命に、愚直に、実直に、生を肯定する物語。今回は肩の力を抜いて、と見せかけて始まった『ちょっとだけエスパー』は野木ドラマ史上最も、全身に力が漲ったドラマでもあった。

どこかの誰かのいまこの瞬間の命を肯定するために、生きているだけでヒーローなんだよ、と教えてくれる、こんなに優しいドラマが2025年にあってよかったと心から思う。そしてまたいつか、文太たちのちょっとした活躍を観たい。観られなかったとしても、文太たちと雑踏ですれ違っている気もする。

 

第1~ 3 話 、最終話 を TVer で見逃し配信中。
【 TVer】 https://tver.jp/series/srm706pd6g

動画配信プラットフォーム「TELASA (テラサ)」および「Netflix (ネットフリックス)」 では、『ちょっとだけエスパー』を全話配信中。
【TELASA (テラサ)公式サイト】 https://navi.telasa.jp/
【Netflix公式サイト】 https://www.netflix.com/jp/

▼大島育宙さんによる『海に眠るダイヤモンド』論

▼併せて読みたい、10月クール話題作『じゃあ、あんたが作ってみろよ』論

 

大島育宙(おおしま・やすおき)
1992年生。東京大学法学部卒業。テレビ、ラジオ、YouTube、Podcastでエンタメ時評を展開する。2017年、お笑いコンビ「XXCLUB(チョメチョメクラブ)」でデビュー。フジテレビ「週刊フジテレビ批評」にコメンテーターとしてレギュラー出演中。Eテレ「#バズ英語 〜SNSで世界をみよう〜」では毎週映画監督などへの英語インタビューを担当。「5時に夢中!」他にコメンテーターとして不定期出演。TBSラジオ「こねくと!」火曜日レギュラー。「ザ・テレビジョン」ドラマアカデミー賞審査員も務める。

 

寄稿:大島育宙
編集:吉岡葵
素材提供:テレビ朝日

 

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