ITコンサルと神職、2つの顔を持つ石井里幸さんより、「神職だからこそ知る神社の世界」を紹介する連載。多角的に現代社会における神社の存在を掘り下げていく。
初回は「神社経営の裏側」。実は、年々すごい数の神社が経営不振で消滅しているらしい。神社がなくなることは「伝統文化の危機」と言えるほど、文化継承の大きな打撃になってしまうのだという。一体何が起きているのだろうか?
全国には8万社もの神社があります。コンビニの数が5万5千件くらいなので、それよりも多いのです。皆さんが住んでいる地域にも、たくさんの神社があるに違いありません。
神社は神道(しんとう)という宗教にもとづいた、礼拝のための施設です。「宗教」と聞くとネガティブなイメージを持つ人がいますが、神社に対してそのようなイメージを持つ人は少ないのではないでしょうか。なぜなら、日本人にとって神社は身近なものであり、日常に溶け込んだ存在だからです。
そう考えると、若者にとっても神社は身近な存在と言えるでしょう。最近の若者はマッチングアプリのプロフィールに、自身の趣味嗜好として「神社巡り」と記載している人も多いと聞きます。
いま、そんな神社の多くが存続の危機に陥っています。文化庁の統計によると、ここ数年は年間100社ものペースで神社が消滅しています。これは年々拡大傾向にあり、2040年には神社の数は現在の半分になるという試算もあります。
多様化する神職者
筆者の本業はITコンサルタントですが、そんな神社の窮状を知り、神社のための支援活動を行うようになりました。いまや神社といえども、ITは無視できない時代。ウェブサイトやSNSを使った情報発信などの支援が求められています。神社支援をするうえで必要性を感じ、筆者自身も神職資格を取得。現在は横浜市の星川杉山神社で実際に神職としても活動しています。いわゆる副業です。
神社も企業と一緒で、存続していくためには収入が必要です。つまり多くの参拝者に来てもらい、お金を使ってもらう必要があります。そのためには、神社側から積極的に情報を発信していくことが重要になります。ウェブサイトやSNSなど、神社も情報発信のための手段を持つことは、いまの時代必須であると言えるでしょう。
実は、神社界には様々な神職がいます。たとえば大企業の元経営者、議員、外国人(元外国人含む)など…。有名人ではお笑い芸人の狩野英孝さん、歌手の相川七瀬さん、俳優の平祐奈さんが神職資格を持っていることで知られています。近年では女性の神職資格取得者の割合も増えています。
働き方も様々です。普段は農家や学校の先生として勤務し、週末だけ神社で神職業を行う方もいれば、筆者のように、ITコンサルと神職の二足のわらじを履いて活動するハイブリッド型の神職も、意外と多くいます。
ほとんどの神社は“つらい”状況にある
「多くの神社は、懐事情がとても厳しいのです」
そう語るのは、埼玉県川越市にある古尾谷八幡神社(ふるおやはちまんじんじゃ)の宮司を務める、新井俊邦(あらい としくに)さん。
新井さんは宮司として神社を管理されているだけでなく、国家資格の中小企業診断士資格を持つ経営コンサルタントとしても活躍されています。2022年に初の著書『神主はつらいよーーとある小さな神社のあまから業務日誌』(自由国民社)を上梓。世間では知られていない「神主」という仕事の日常を赤裸々に語り、話題になりました。
今回はそんな新井さんに、“神社の懐事情”と、伝統を守るためにできることについてお話を伺いました。
新井さんは神職と経営コンサルタントの2つの顔を持っていますが、このような働き方を選んだ背景を教えてください。
48歳のときに会社員を辞めて神職者になりました。父が脳梗塞で倒れてしまい、急遽、神社を継ぐことになったのです。
会社員時代の年収は700万円ほどあり、生活も安定していました。現在は神職として、古尾谷八幡神社だけでなく近隣の13社もの神社を兼務しています。あわせて14社もの神社から収入があるので、さぞ儲かっているのでは、と思われるかもしれません。しかし神職としての収入は年間140万円程度です。これではとても食べていけないため、コンサルタント業も行っているというのが現状です。もともと製造業で会社員をしていたので、その経験を活かし、製造業を得意とする中小企業診断士としてコンサルタント活動をしています。
新井さんは書籍『神主はつらいよ』を発表されました。タイトル通り、神主さんが置かれているつらさと厳しさが綴られています。
神職者をもっと身近に感じてほしい、我々の日常を知ってほしいという思いで執筆しました。一般の方とお話しすると、皆さん口をそろえて「神職が日々何をしているか全く想像できない」とおっしゃいます。なかには「日々、滝に打たれるなどの修行をしているのですか?」「お経はどれくらい唱えているのですか?」などと質問される方がいらっしゃいます。神道では、滝行は禊(みそぎ)といい、修行とは言いません。また、神職者が唱えるものはお経ではなく祝詞(のりと)です。
このように、仏教との違いをよく分かっていない方が本当に多いと感じ、神道や私たち神職のことを知ってもらいたいと、『神主はつらいよ』を執筆しました。神社は大小さまざまですが、多くの人は規模の大きな有名神社にしか行きません。それだけでなく、町や村の小さな神社にもお参りしてほしいのです。
たしかに、都心部の神社は賑わっている一方で、地方の神社は閑散としていることが多いと思います。そもそも神職者が不在の神社も多いですよね。
神職資格を保有している人は、全国で2万人程度。それに対して神社は8万社余あるので、そもそも神職者の数が少ないのです。理由として、神職者の収入が少ないことによる、職業としての魅力不足にあると感じます。
神社の収入源には、氏子会費、お賽銭、お守りや神札などの授与品による収入がありますが、これらは金額としてはとても少ないです。一方で、ご祈祷による収入は、1回あたり5千円から、法人であれば数万円と高めで、神社側にとっては貴重な収益源となります。神職者の給料を改善するには、このご祈祷の数を増やすことが重要だと考えています。
このまま神職者の待遇が改善しないとますます担い手が減り、神職不在の神社が増え、結果的に神社の数が減っていくことになるでしょう。それがいままさに、とくに地方の神社で起きていることなのです。まさに“つらい”状況です。
ご祈祷を受けるにしても、多くの人はご利益(ごりやく)があることで有名な神社に行きますよね。たとえば合格祈願なら天満宮、安産なら水天宮というように。そういう神社は、たいてい大規模な神社です。
規模の大きい神社は自社のウェブサイトも、SNSもありますし、プロモーションのために使える資金も潤沢にあります。小規模な神社はとても太刀打ちできません。
ただ、ご祈祷を受けたいと思う人がいることは神社界全体ではプラスですし、素晴らしいことです。大規模な神社でご祈祷を受けるのもよいのですが、その前にまず「氏神神社(うじがみじんじゃ)」へのご挨拶をする人が増えると良いと考えています。
氏神神社とはいわゆる町の神社で、その多くは規模の小さな神社です。私が管理する古尾谷八幡神社も氏神神社にあたります。氏神神社の役割は「その地域を守る」こと。「ご利益」を前面に推しだすような広報活動はしないことがほとんどのため認知も高まらず、人が集まりにくくなります。いままさに数が減っている神社の多くは、この氏神神社です。
まずは地域の「氏神神社」に行こう
著書の中でも、氏神神社に行くことの大切さを説かれていましたね。
日本の住所であれば、その住所を担当する氏神神社が必ず1つはあります。皆さんが住んでいる住所にある氏神神社が、まず皆さんに行ってほしい神社です。若い人ほど規模の大きい有名神社にしか行かない傾向が強いため、若い人こそ氏神神社を訪れてほしいです。
ご祈祷を受ける際も、皆さんが住んでいる地域の氏神神社にお願いしてみてはいかがでしょうか。氏神様はその地域に住んでいる方を守ってくださる存在なので、どんなお願いごとでも聞いてくださいます。家内安全、開運招福、商売繁盛、社業繁栄、無事故安全、厄除け、学業成就、恋愛成就、病気平癒(健康祈願)などどんな願意でも断らず、お受けしてくれるはずです。そのためにも、日常的に氏神様に参拝して感謝の気持ちを伝えるようにしてくださいね。
「うちの近くの神社には、神主さんがいません!」という場合もあるでしょう。その場合は電話などで問い合わせれば、神職がいる日に合わせて祈祷が受けられるかもしれません。あるいは、別の神社に誘導してくれると思います(笑)。
自分の地域の氏神神社がどこか分からない人は、どのように調べればよいでしょうか?
自宅の近くに神社がたくさんある人も多いでしょう。「どこが自分の氏神神社なのだろう?」と迷いますよね。もっとも間違いない方法は、「神社庁」に問い合わせることです。神社本庁のサイトに連絡先が掲載されています。自分の住む都道府県を管轄する神社庁に連絡してみてほしいと思います。
もう1つ、近くの神社に行って直接聞くという方法もあります。自宅から最も近い神社に行き、「この住所に住んでいる者ですが、こちらは氏神神社ですか?」と聞いてみてください。その神社に神職者がいれば、ですが…(笑)。
御朱印やお守りも、まず受けるべきは氏神神社のものがよいでしょう。
ちなみに当社で御朱印帳をお受けいただいた場合は、あえて3ページ目に墨書きしているんです。理由はいくつかあります。まず1ページ目には伊勢神宮の御朱印をお受けいただけるよう、空けています。伊勢神宮の神様は天照大御神で、日本人全員の総氏神(そううじがみ)と言われます。最も尊い神社なので、ぜひお参りして御朱印を受けてほしいと思います。
2ページ目には日光東照宮の御朱印をお受けできるよう、空けています。「なぜ日光東照宮?」と思われるかもしれませんね。当社は徳川家とのゆかりもあることから、徳川家康公つまり『東照大権現』も、御祭神としてお奉りしているのです。
このように家康公とのゆかりがある神社は『全国東照宮連合會』の加盟神社として全国に53社あり、当社もその1つです。これらすべての御朱印を集めておられる方もいるんですよ。
神社は伝統文化のタイムカプセル
徳川家とのご縁があるなんてすごい由緒をお持ちですね!御社には文化財クラスのお宝がたくさんあると聞きました。
徳川家康が鷹狩の際、当社を訪れ土地を寄進くださったという話が伝わっています。それ以来、歴代の徳川将軍から朱印を賜るようになり、現存する歴代将軍からの書状(全部で12通)は川越市の指定文化財として登録されています。また、当社の本殿も埼玉県から有形文化財に指定されています。学術的にも大変貴重な資料と言えるでしょう。
ほかにも、当社の「ほろ祭」は、県の無形民俗文化財に指定されています。江戸時代から現在まで続く伝統行事です。
これらは後世まで伝えるべきものだと強く感じています。神社は伝統文化の保存の役割があり、それが「神社は伝統文化のタイムカプセル」と言われる所以です。当社だけでなく、このように指定文化財の登録を受けている神社は全国にたくさんあります。
多様な神社が存続する未来のためにできること
「神職だって普通の人です」。新井さんはそう話しました。
多くの神職は、神社を存続させるべく日々悩み、副業もこなしながら生活しています。長く続いてきた神社の歴史が自分の代で途切れることは、神職にとって耐えがたいものであり、現状、多くの神職が危機感を抱いています。
神社は“パワースポット”という人もいますが、多くの神職者はこの言葉を好みません。神社は信仰の場であり、その祈りによって神様から力を授かれるのだと考えるからです。神職たちはこれを神威発揚(しんいはつよう)と呼んでいます。神社を大切に守っている神職からすれば、「信仰はないが、パワーはほしい」というのは、神様に対して大変失礼な考え方に聞こえます。神社は本来、祈る場所であるということを忘れず、皆さんも参拝の際はまず神様へのご挨拶を優先してほしいと思います。
この状況を知ったいま、神社経営を支えるという観点から、私たちにできることはなにか。たとえば神社には氏子年会費、お賽銭、お守り、神札、御朱印、ご祈祷などお金を集めるための仕組みがたくさんあります。そうして集められたお金は神職者のお給料や、社殿の修復に充てられるなど、神社を維持するための費用として活用され、直接的に神社を維持することに繋がるのです。
いまのままだと、近い将来には規模の大きい神社しか残らなくなるでしょう。伝統文化を守る観点からも、日常的に氏神神社を訪れ、お賽銭も気前よく入れ、お守り、神札、ご祈祷を受けるようにしてみてはどうでしょうか。そして伝統文化の火を絶やすことなく、後世に伝えていきましょう。
知っておきたい神社の用語
・宮司…各神社の責任者でトップの職。会社でいう社長に相当する。宮司に次ぐ役職として禰宜(ねぎ)、権禰宜(ごんねぎ)などがある。
・神社本庁…全国8万の神社を包括する組織。
・神社庁…神社本庁の地方機関。47都道府県すべてに置かれている。
・神職・・・いわゆる神主。神社本庁が認定する神職資格を有する者をいう。
・氏子…氏神神社を信仰する人、または氏神神社の管轄地域に住んでいる人。
石井 里幸(いしい さとゆき)
中小企業診断士。ITコンサルタントとして、ウェブマーケティングおよびIT活用支援を専門としている。
また、社家の出身ではないが神職資格を持ち、神職としても活動。中小企業の支援を通じて得たノウハウと神職での実務経験を活かし、神社に対しても支援活動を行っている。
寄稿:石井里幸(神職・中小企業診断士)
編集:大沼芙実子