世界で活躍するアーティストが増えるなか、いま彼らに必要なのは、社会への高いアンテナや人権意識ではないだろうか。
グローバルボーイズグループ・INIとして活躍しながら、情報番組のコメンテーターを務めたり、INIのラジオ番組などでも社会問題について発信したりする許豊凡さんは、そんなアーティスト像を体現する1人。発信時には社会構造や固定観念に触れながらコメントする姿が印象的だ。そんな許さんに、ステレオタイプなジェンダー観に対する違和感や、発信力のある自分だからこそ、社会のために発信したいという思いについて伺った。
発信するために、社会的な背景について知っておきたい
出演されている番組や日々のウェブやSNSなどでの発信を拝見すると、ジェンダーや人権意識の高さを感じますが、普段どういう風に勉強されているのでしょうか。
展示や雑誌、ニュースなどを見て勉強しています。ニュースは毎日チェックしているのですが、様々な情報があると何が正しいのか分からないこともあるので、慎重に情報を取捨選択していますね。
2025年4月から「Day Day.」(日本テレビ系)の不定期レギュラーを務めていますが、ニュースに対してコメントするとき、僕自身がそのニュースの背景を深く理解しておかないとちゃんと発言できません。1つのニュースに対してできるだけ客観的に情報を手に入れるよう努めています。
最近、とくに関心のある社会問題やニュースを教えてください。
いまも世界で起きている戦争です。自分が気づいたときには、とても大変なことになっていて、そこからなぜ起こってしまったのか?という社会的な背景や現状を知りたいと思い、いろいろと調べました。調べてみると、複雑な歴史的背景があって、一言では説明できない状況であることを知りました。
自分にできることは限られていますが、被害にあっている人のために少しでも何かできないかと考え、物を購入するときにその企業が戦争に加担するスタンスを取っていないかを調べたり、買うとその国・地域に寄付できる応援グッズを買ったりしています。
INIのメンバーと社会問題やニュースについて話すことはありますか。
ありますね。最近だと、あるテレビ番組に出演した際、プライドマンスで番組キャラクターがレインボーカラーになっていたので、メンバーの池﨑理人とLGBTQ+について話しました。理人は「差別反対」という発言もしているので、差別の問題などについてもよく話しています。
社会が求める“男らしさ”への違和感
展示やアートにもご興味があるそうですね。社会課題を知るという意味で、これまでに印象に残ったものを教えてください。
2024年10月に開催された『その「男らしさ」はどこからきたの?』という展示がとても印象に残っています。
以前、京都で開催されている『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭』という複数の写真展が集まるフェスに行ったことがあり、それがとても面白かったので、東京にも同じようなフェスがないか調べていたんです。そうしたら、東京で見つけたフェスのなかに『その「男らしさ」はどこからきたの?』という、メディアや社会で表現されている“男らしさ”に関する展示を見つけました。僕自身が社会にある“男らしさ”に違和感を持っており、気になるテーマだったので観てみたいなと思って行きました。
“男らしさ”への違和感というのはどういうことでしょうか。
この業界にいると、ジェンダーや人権について、「これでいいのかな」と思う瞬間があるんです。たとえば、「男らしくていいね」などのように、“男らしい”ことが褒め言葉として使われることがあります。ただ、“男”というのは性別の呼び方の1つでしかない。性格やその人の雰囲気と紐づいて使われるのはおかしいんじゃないかなと思うんです。
それに、「男はこうあるべき」と言われている気がして。にもかかわらず、いろんなメディアで“男らしい”という言葉が普通に使われている状況に違和感を抱きますね。
その他にも、生活の中で違和感を抱くことはありますか。
容姿などの外見をいじって笑いを取ることに対しても違和感があります。外見は生まれつきのもので、その人が選んでいるわけではない。それにもかかわらず、そのことを笑いにするのは良くないんじゃないかと思います。
その他にも、僕自身が中国出身で日本で活動しているなかで、他のメンバーとは違う扱い方をされているように感じる瞬間があります。相手としては配慮してくれた結果だと思うし、決して差別しているわけじゃないけど、受け取り方次第では相手を傷つけることになってしまうかもしれないと感じることがありますね。
そういう場面に遭遇した際はどうされているのですか。
正直なところ、実際に目の前で起きてもなかなか言いづらいことが多いです。その違和感を指摘したら、空気が読めない人みたいに扱われる雰囲気があるし、その場の空気感を壊すことにもなってしまって難しいなと。
ただ、誰かがその違和感を話さないと状況は変わりません。この間LAに行ったとき、自分が抱いた違和感を話すことに、何の躊躇もない状況が当たり前にあって驚きました。そのときに、「違和感を抱いたときに、それを話しやすい環境が正しい社会の在り方だよな」とも思いました。自分の周りでも、そういう雰囲気を作っていきたいなと思いますね。
社会に違和感を持ち始めた大学時代のあるキッカケ
いつ頃からジェンダーや人権に関心を持ち始めたのですか。
関心を持ち始めたのは大学生の頃です。それまでは、社会で広く認識されているジェンダー観に対してとくに違和感はありませんでした。
大学時代に学食で、大盛りのセットと普通盛りのセット、小盛りのセットがあったのですが、小盛りセットのことを“レディースセット”と呼んでいたんです。そのことに対して違和感を抱いた同級生が「なんで小盛りの名称に“レディース”が使われているのか」とSNSで発信していました。その投稿を見たときに、確かに「どうして、“小盛り=女性”と結び付けられてしまうのだろうか?」と思ったんです。 いま振り返るとその投稿が、社会のジェンダー観に対して違和感を持ち始めたきっかけでした。
その後も、その同級生がジェンダー観に対する違和感や、ジェンダーについて学ぶイベントなどを発信し続けていたので、そこから知ることも多かったです。また、大学で女性学という授業を受けた際にも、同級生とジェンダーについてたくさん話す機会があり、より関心を持つようになりました。
よく考えてみると、おかしいなと感じる瞬間は日常生活でもたくさんありますよね。
国で比較したくないですが、日本に来てから、社会が特定の“男性らしさ”を求めているように感じる瞬間があります。たとえば、電車に乗っているとエリート男性になるための広告を目にすることがあるじゃないですか。それって、男性がなるべき男性像が固定されているように感じるし、そこから“ホモソーシャル”性も感じることがあります。
展示『その「男らしさ」はどこからきたの?』では、そういった電車や街で目にする広告に、“ホモソーシャル”な男性像がたくさんあることを示していました。その展示を観たときに、自分が抱いていた違和感を言語化してくれたように感じて、観れてよかったです。
発信力を持って、社会のために声を上げたい
許さんはどういった思いがあって、ジェンダーなどの社会問題について発信されているのですか。
僕の発信を見ることで多くの人が関心を持って、世の中が変わっていけばいいなと思っています。実際に、MINI(※1)の方とのトーク会で、僕が発信した内容に共感してコメントしてくださる方もいるんです。一緒に世の中を変えたいと思う仲間になれた気がして、とても嬉しいですね。
社会を変えていきたいという思いは、いつ頃からあったのですか。
デビュー前から社会を変えたいという思いはありました。そもそもアーティストになりたいと思ったのは、歌やダンスが好きだという思いももちろんありましたが、アーティストとして発信力を持つことで、社会を良い方向に進めることができるんじゃないかという思いもあったからです。
発信を続けるなかでは、「政治的なことに触れて大丈夫?」と心配していただくこともあります。ただ社会のためにちゃんと声を上げたいという思いがあって、いまの自分がいるので、これからも変わらずに発信していきたいと思っています。
エンタメに政治的な思想を持ち込まないでほしいというコメントも、よく見かけますね。
僕はK-POPも好きなのですが、K-POPには表面的には出していないけど、裏には強い社会的なメッセージのある作品が多いんです。日本でもたくさんのアーティストが曲を使ってさまざまなメッセージを発信していますが、アイドルグループだって、もっと社会的なことを発信して良いと思うんですよね。なので、僕は気にせず発信していこうと思っています。
※1 用語:「MINI」とは、INIのファンネームを指す
人権問題についてもどんどん発信したい
2025年6月25日に発売するニューアルバム『THE ORIGIN』には、「僕たちがつくっていく新しい世界」というメッセージがありますが、今後どういうグループになりたいですか。
11人それぞれが強みを活かして、力を合わせてさまざまなメッセージを発信していけたらいいなと思っています。
僕個人としては、プライドマンスである6月は、毎年プライベートメールサービス(※2)などでLGBTQ+について発信しているので、引き続き発信していきます!
環境問題などSDGsについても広く発信していますよね。
環境問題を発信することもあります。ただ、SDGsでは環境問題が注目されがちですが、人権問題も含まれているんです。そのことがまだあまり知られていないようにも感じています。もちろん環境問題も大事ですが、人権についてもどんどん発信して、関心を持ってもらいたいです。
活動するにあたって尊敬している方はいらっしゃいますか。
僕はZINさんというシンガーソングライターの方を尊敬しています。歌やパフォーマンスも素敵なのですが、社会で起きていることに対して発信したり、支援したりする姿勢も素敵なんです。
2024年の「SUMMER SONIC」ではたまたま僕たちと同じ日に出演していたので、実際にライブを観たのですが、本当に感動しました。ライブの最後に「戦争反対」というメッセージも伝えていて、自分にとても響きましたね。
僕も楽曲やパフォーマンスを通して、自分の考えていることや社会への違和感を発信して、社会を変えるきっかけを作っていきたいです。
※2 用語:「プライベートメールサービス」とは、登録したアーティストやアイドルなどから不定期でメールが届くサービス。INIでは「INIメール」という、希望のメンバーからメールを受け取ることができるサービスを展開している。
https://mail.ini-official.com/
許豊凡(しゅう・ふぇんふぁん)
1998年6月12日生まれ、中国出身。2021年開催のサバイバルオーディション番組「PRODUCE 101 JAPAN SEASON2」に出演し、グローバルボーイズグループのINIとしてデビュー。2025年4月からはレギュラー(不定期)として情報番組「Day Day.」(日本テレビ系)に出演。
2025年6⽉25⽇に3RD ALBUM『THE ORIGIN』(読み:ジ オリジン)をリリース。
「The dawn of THE ORIGIN -⾰命、僕たちがつくっていく新しい世界-」をコンセプトに、タイトル曲「DOMINANCE」をはじめとする収録曲には“型にはまらない新しい世界を切り開く開拓者としての意思”が込められている。
新曲6曲を含む全12曲収録で、許は「Pineapple Juice」の作詞に参加。
▼新曲「DOMINANCE」のMVはこちら
https://youtu.be/1NY-tAGiW5M?si=oqRgg6Wtd9T2NUyG
取材・文:前田昌輝
編集:大沼芙実子
写真:服部芽生
最新記事のお知らせは公式SNS(Instagram)でも配信しています。
こちらもぜひチェックしてください!