近年、ライフワークバランスの実現に向けた取り組みや週休3日制の導入など、「休み」が取りやすくなっている。
その一方、供給されるコンテンツが多く、物事の移り変わりが激しいため、世間の流れについていくのに必死でもある。そんな現代に本当の意味で休めている人はどのくらいいるのだろうか。休みの必要性について改めて考えるべく、多忙を極めるなかでも、あえて意識的に休みを取得している人に話を聞いてみたい。
そこで今回、マヂカルラブリー・野田クリスタルさんに話を伺った。お笑い芸人としての活動はもちろん、ジム長やゲームクリエイターとしても活動する最中、「オールナイトニッポン0」(以後、ANN0)の企画で“働き方改革”と称し、ゲストの人気芸人と一緒にまとまった休暇を取っている、野田さん。
多忙を極めつつも休みを取ることを大切にする野田さんが考える休みの価値や、理想の休みの過ごし方、なぜ私たちは休むことに劣等感を抱いてしまうのか、どんどん休みを取る為に必要なことを伺った。
休んだって何も変わらないと感じたキッカケ
現在、野田さんはどういったタイミングで休みを取られていますか。
休みは、役所や歯医者に行くなど、仕事以外でやらなきゃいけないことがたまっているときに、取るぐらいですね。自分でスケジュールを決められる仕事なので、基本的にはそれらの理由以外で自分から休みが欲しいと相談することはないです。
なので、いわゆる“休息のための休み”は取っていないですね。ただ、そういった休みを取らないといけないと思って、ANN0で休みを取る企画を実施しています。もうエンタメにして休みを取ってやろうという状況です。
番組の企画ではゲストを呼んで、同じ日に休みを取る相談をしていますよね。
全然休みがなかったときに、自分はなんでこんなに休まないのかを考えたら、周りの芸人が誰も休まないからだと思ったんです。だから、誰かをゲストで呼んで無理やり休ませれば、僕も一緒に休めるし、僕たちが休めば、他の人も休むようになって、休みが連鎖していくんじゃないかと。
そもそもこの業界には、休みがないのは“ありがたい”という風潮があるんです。芸人以外でも、依頼をもらって仕事をしている人もそうだと思いますが、「休みたい」と口にすると、運気が下がったり、一気に仕事が無くなったりするんじゃないかと不安に感じる人が多いんですよ。
ただ、僕はそれを「ありがたいに殺される」とよく言っているんですけど、「お前ずっとそんなことやっていたら死ぬぞ」と思っちゃうんですよね。
休みに対する価値観が変わったきっかけがあれば教えてください。
きっかけはコロナ禍です。当時、濃厚接触になると、体調は悪くないのに1週間以上休む必要がありましたよね。何もせずに1週間過ごすと人は「俺にはまだ仕事があるのか」と不安になっちゃうんですよ。それで、新しいことを始め出す人が増えたじゃないですか。ニューヨークの屋敷も版画をやったりとか。
一方で、僕はその時期新型コロナウイルスにもかからず、濃厚接触にもならず、ずっと働いていたんですけど、結果は何も変わってないんですよね。その時期にニューヨークは休んでいたけど、僕がニューヨークよりも一歩前に出てるかと言われたら、そんなことはない。
(笑)
もっと言うと、コロナ禍にニューヨークが休んでいたことをいま誰も覚えていないじゃないですか。1週間以上も休んでいたのに。だから1週間程度休んだからといって何も変わらないし、人よりも1週間働いたって何も変わらないんだと身をもって感じましたね。
野田クリスタルが考える理想の休みとは?
SNSやラジオを拝聴していると、休みの日に野田さんは温泉に行かれていますよね。
休みの日にやることって温泉ぐらいしか思いつかないからなんですよね。もちろん、温泉自体は好きなんですけど、僕のプライベートの弱さが出てるというか。みんな海外旅行に行ってますが、全然そういう知識がないんですよ。旅行先とか逆に教えてほしいぐらいで。
国内だと旅先には大抵、温泉があるじゃないですか。それで、温泉を調べて行っている感じですね。休みの日に川下りとかのレジャーをやっても「ロケじゃん」と思ってしまうので。
(笑)。さすがに、温泉に入るとリフレッシュしてる感覚はありますか。
いや、温泉に入る度に一番思うことは、「別にそんなに体は疲れてない」ってことなんです。中高で部活をやっていたときと比べたら、仕事では全然動いていないので。
温泉に入るたびに疲れが取れてる風に装うんですけど、なんの疲れが残ってたんだろうなっていつも思ってますね。なので、“リフレッシュ風”です。
野田さんが考える理想の休みの過ごし方を教えてください。
究極論ですが、休みに何をしたのか覚えてないというのが、一番良い休みだと思っています。僕の場合は、色々な体験をしてしまうとそれはもう仕事になってしまう。嫌なことがあったり、ハプニングが起こったりしても、その話をラジオでできるし、経験値が仕事になる職業なので。
会社員に置き換えると、休日に勉強するのも、結局は仕事の1つなのかなと思いました。
休みのなかで何か得るものがほしくて、自分にプラスになることをしよう思うじゃないですか。ただ、それはもう実質仕事と一緒で、休めていないんですよね。その点、何も覚えてないというのは、自分に何の足しにもなっていないことなので、真の意味での“休み”だと思うんですよ。
僕は20代の頃のことを全然覚えていないんです。記憶にあるのは家に帰って、ニコニコ動画で同じ動画ばかり観ていたことぐらいで。同じ動画を10時間以上観て過ごしていたんですが、それが休みだったのかなと思います。当時は何の足しにもなっていなかった時間でしたが、いま振り返れば重要な時間でしたね。
どうしてその時間が重要だと思うんでしょうか。
休みの日に効率よく勉強したりとか、コツコツやってきたりしたことが、将来に活きるのかと問われたら、僕は何もしなかった20代によって、いま生きてるなと思うからです。あのときにやっていたどうでもいい、何の意味も無いようなことが、すべていまの仕事につながっているんですよ。やっぱり“本当のこと”が一番仕事になるんだなってつくづく思いますね。
その“本当のこと”というのはどういうことですか。
意識はなく、ただそれが好きだからやっていることですね。休みの日にそこまで興味のない英語や何かを勉強してる日々は、自分の足しにはなっているんだろうけど、それは自分の本質には活かされないんじゃないかなと。でも、ただ好きでニコニコ動画を観ていた時間は、間違いなくいまの自分に活きているんです。
結局、好きに勝ることはないのかもしれませんね。
それに、たとえばコロナ禍で濃厚接触になって、「やばい、何かしなきゃ」と思って、漫才やコントを観たら、それってもう調子が悪いということだとも思うんですよ。休みの日に何かしなくちゃいけないっていうのは、現状を変えなきゃマズイと感じていることでもあるので。それに、焦って思いつきでやってることは、誰でもやれることだし、もっと言うと、いま思いついて自分がやれそうなことは天才の1時間で済んでしまうんじゃないかなとも思うんです。
思いつきでやれることは天才のそれには敵わないんですけど、僕が10時間以上ニコニコ動画を観続けた日々は、天才でも追い抜けないでしょ(笑)。
一見すると何もしていないように見えるんですが、人生という大きな尺度で見ると、一つの方向に突き進んでいたんじゃないかと。語学や資格のような“すごくわかりやすいスキル”を手に入れようとするんじゃなくて、“やっている感覚すらないぐらいのコト”に取り組んでいる方が大切なのかもしれないですね。
呪いの言葉「何が仕事につながるか分からない」
ANN0の働き方改革のおいでやす小田さんがゲストの回で、おいでやす小田さんも休みに対する意識が変わったとおっしゃっていましたね。
若いときは何連勤したかが自慢になるじゃないですか。でも、歳を重ねると何の自慢にもならなくて、別に働こうと思えば働けるから、たくさん働いているアピールはもうしなくていいと思うんですよね。そうではなくて、何の仕事をしているかが一番重要なので。それに小田さんもようやく気づいたから、謝罪してくれたんじゃないですかね(笑)。
仕事は、量よりも質だと。
芸能界には魔の言葉がいくつか存在していて、「ありがたいに殺される」以外だと、「何が仕事につながるか分からない」も呪いなんですよ。だって何が仕事につながるかは実際に分からないじゃないですか。
たとえば、駅前でチラシ配りの仕事をやっていて、そのときにたまたまとんでもないビッグタレントに出会って、仕事につながることもあるかもしれない。小さなライブに出て、それが何につながるかも分からないので、そんなこと言い出したら全部の仕事を受けることになってしまう。それも辛いじゃないですか。だから、“何の仕事につながるか分からない”という意識で働くのではなく、“何の仕事をしたいか”で働かないといけないと思います。
自分のやりたいことや目標を持つことが大切だということですね。
目的を見失ってしまうのが一番怖いんですよ。目的なく受けてやった仕事が、偶然大きく跳ねて、新たな仕事につながっても、再現性がないじゃないですか。もちろん目的を持たずに受けて仕事が増えていくタイプの方もいるんですけど、僕は目的を持って挑戦して、失敗から積み重ねていったことで、いまの状況に繋がっています。
「お前はそれだけしか休めないのか」って言い聞かせて、どんどん休もう
休みを取ることに対して不安を感じることはありますか。
言葉では、休みを取っても何も変わらないと言いながらも、不安を感じることはあります。結局、不安を感じてしまうのは、この休みによって今後、仕事が無くなってしまうかもしれないという漠然とした理由じゃないかなと思いました。やっぱりそれは、自分自身がどうなりたいのかが整理できておらず、目的を見失っていることが原因なのかなと。
とくに芸能界は自分と周りを比べやすい環境なので、頑張り続けないと仕事が無くなってしまうプレッシャーもあるのかなとも思いました。
やっぱりこの業界は椅子取りゲームなので、まずは椅子に座るまで頑張らないといけないんですよね。そして、座ってからも椅子を他の人に取られないように掴んでいるわけですが、掴み続けるわけにはいかないじゃないですか。
だから大事なのは、椅子に座っている間に他の椅子を見つけられるかなんです。座っている間に、「もう大丈夫」と思っている人はどんどん仕事が減りますし、仕事が無くなることに対して不安を感じてしまう。でも、座っている間に他に空いている椅子を見つけられれば、自分が座っていた椅子を取られても他の椅子に移ればいいかなと思えるので、不安は無くなるのかなと思いますね。
目の前の仕事に取り組みながら、新しいことにも目を向けるということですね。
これはどんな仕事にも言えることだと思うんですけど、来た仕事を100%こなすだけの状況は、どんなに忙しくてもそれは“歩いている状態”でしかなくて、それ以上に何かをやろうとして初めて“走っている”状態になるんですよね。
ただし、ずっと歩いていると、走るタイミングがない。だからこそ、走るためには休みが必要なんです。どこかで止まって、しっかり休んでから走ることで、周りの人を急に追い抜けるときが来るんじゃないかなと。僕自身もどこかでちゃんと休んで全力で走りたいですね。
それに、やっぱり成功するとか自分の身になるって、そんな簡単なことじゃないと思うんですよね。ジャブを打つんじゃなくて、じっくり溜めてストレートを打っていこうよって言いたいですね。そのために、まずは休もうよって。
休むことに罪悪感を持っていて、休みづらい人も多い気がします。そういう方はどう考えるのがよいでしょうか。
休みづらい環境にもかかわらず休んだら、それを見てた周囲の人も休みやすくなるはずなんですよ。「休みの前例を作る」ことにもなるはずですし。
もしくは発想を変えて、休むことによって、自分がやるはずだった仕事が他の人に渡って、「別の人が活躍する機会が増えた」ぐらいの楽な気持ちでもいいと思うんですよね。周囲の人のためにもなると思って、まずは自分が休んでみることは良いかと思います。
最後に、読者におすすめの休み方を教えてもらえますか。
最初に話した通り、やることをやる日はあった方がいいと思うんですけど、何も覚えてない1日を作って、それを後悔しないことが大事です。休むことで、働いているときとは別の部位を鍛えているんだと思って、何も覚えてない時間を過ごしてみるのはいかがでしょうか。
慣れるまでは罪悪感を抱いてしまいそうです。
それはまだ全然“休むことへの筋力”が弱いってことですね。「お前はそれだけしか休めないのか」って自分に言い聞かせて、どんどん休みましょう。
野田クリスタル
1986年生まれ。2007年に村上とお笑いコンビ・マヂカルラブリーを結成。2020年に「R-1ぐらんぷり」優勝、同年「M-1グランプリ」優勝。芸人としての活動に加え、パーソナルトレーニングとスタジオトレーニングを行う「クリスタルジム」を発案し、ジム長を務める。また、ゲームクリエイターとして『スーパー野田ゲーPARTY』『スーパー野田ゲーWORLD』『スーパー野田ゲーMAKER』を開発。
取材・文:前田昌輝
編集:吉岡葵
写真:服部芽生
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