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その情報、誰かを置き去りにしていない?「障がい者とインターネット」の現在地

現代社会は情報があふれている。タイムリーに最新の情報を得られる環境では、適時適切に情報を取得することが、命を守ることにつながる場合もある。しかし、それらの情報は本当に万人に開かれているのだろうか。

どうしても、社会は多数派に向けて作られていると言わざるを得ない。その点、情報についても取り残されている人は少なくないのではないか。「バリアフリー」の概念がもはや当たり前になったいま、「障がい者とインターネット」という観点から情報のバリアフリーの現在地について考えてみたい。

「情報バリアフリー」とは?

情報バリアフリーとは、文字通り情報におけるバリアを取り除くことで、すべての人が必要な情報を適時適切に入手できる状態を目指す考えだ。新聞やテレビ、インターネットなどがイメージしやすいが、道路上の信号やサイン、駅の音声案内や電光掲示板といったものも「情報」の一種だと言える。障がい者や外国人、高齢者など、身体的な側面や言語能力からそれらを認知できない、あるいは持つ意味が理解できない人にとっては、そういった情報を適切に受け取れない状態が発生してしまう。災害時などはとくに、情報を得ることが命を守ることに直結する。ハード面のバリアフリーに加えて、様々な人に適切に情報が届くための環境整備は必須だと言える。

この概念は何十年も前から社会の課題として認識され、様々な取り組みが進められてきた。たとえば、道を歩けば様々な場所に点字ブロックが整備されているし、筆談でコミュニケーションが取れる場所も増えてきている。最近の例で言うと、CMなどでも見るようになった「電話リレーサービス」も情報バリアフリーの取り組みだ。聴覚や発話に困難のある人を対象にしたサービスで、聞こえる人との会話を通訳者が手話や文字・音声で通訳し、電話で即時繋がることができ、警察や消防など緊急時の連絡にも活用することができる。2023年12月時点で、約14,500名(※1)がこのサービスに利用登録をしているという。

身体的に情報を認知することができても、知的障がいなどの背景から理解することが困難なケースもあるだろう。たとえば選挙の際、候補者の情報を「選挙公約」を読んで得る人が多いと思うが、その内容は難しい表現が多く、理解できない人もいる。最近では、知的障がいのある有権者に向けて「わかりやすい選挙公約」を作る流れも生まれてきている。(※2)狛江市では、知的・発達障がい者への投票支援を進めており「わかりやすい主権者教育の手引き」を策定し全国の特別支援学校に配布するなどしている。

※1 参考:一般財団法人日本財団電話リレーサービス「電話リレーサービスとは」
https://nftrs.or.jp/about/
※2 参考:「わかりやすい選挙公約」の取り組み例
福島市 https://www3.nhk.or.jp/lnews/fukushima/20230526/6050022762.html(NHK WEB「知的障害者にわかりやすい選挙の広報誌製作へ 福島市選管」)
札幌市 https://www3.nhk.or.jp/news/special/minnanosenkyo/post_37.html(NHKみんなの選挙「わかりやすい「選挙広報誌」を独自に作成」)

情報バリアフリーと法律

情報バリアフリーを進めるにあたっては、ルールによる後押しも重要になる。法律整備の面ではどうなっているのだろうか。

障がい者の情報格差解消について法律のなかで明記されたのは、2004年に改正された障害者基本法だ。情報利用におけるバリアフリー化が明記され、国などが「必要な施策を講じなければならない」とされた。2013年に成立した障害者差別解消法でも、「障害者による円滑な情報の取得・利用・発信のための情報アクセシビリティの向上等」が基本方針として掲げられている。

それ以降も様々なルールが整備されているが、直近で定められたのが2022年に施行された「障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法」(※3)だ。この法律では、すべての障がい者が等しく情報を取得できるよう国や自治体が施策を進める責務が明記され、障がい者がその障がいに応じて情報を得る手段を選択したり、障がいのある人・ない人で時間差なく必要な情報を得られるようにしたりすることが求められた。事業者や国民に対しても、理解や協力を求める努力義務が規定されている。

この法律の制定にあたっては、障がい者の生の声も参考にされた。その際には「災害時に政府から発信される情報も手話・文字・音声の3種類の案内がそろわず情報を得られなかった」「家庭内暴力の相談窓口が電話しかなく、聴覚障がいのある人が使うことができなかった」などの問題点が挙げられたそうだ。情報を得る・発信するの両面で、使える人を限ってしまっている情報に関する仕組みも、まだまだ多くあると言えるだろう。

しかし、障壁を取り除く追い風となる法整備も続く。2024年には障害者差別解消法の改正が予定されており、そこでは民間事業者の合理的配慮(※4)が義務化される。(※5)その範疇にはウェブアクセシビリティも含まれ、インターネット関連でいえばJIS規格に定められたガイドラインに則ったウェブサイトを構築するなどの対応が求められていくことになる。行政だけでなく、民間にも義務として取り組みが求められていくことで、取り組みが大きく進むことが期待される。

※3 参考:内閣府「障害者による情報の取得利用・意思疎通に係る施策の推進」https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/jouhousyutoku.html
※4 用語:合理的配慮とは、障がいのある人の人権が、障がいのない人と同じように保障され、教育や就業、その他社会生活において平等に参加できるよう、それぞれの障がい特性や困りごとに合わせておこなわれる配慮を指す。2016年4月に施行された「障害者差別解消法」により、合理的配慮を可能な限り提供することが、行政・学校・企業などの事業者に求められるようになり、2024年からは民間事業者にも求められるようになる。
※5 参考:内閣府「障害を理由とする差別の解消の推進」
https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai.html

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インターネット利用時に潜む情報バリア

もはやなくてはならない情報インフラであるインターネットも、障がいがある人にとっては使いづらい面もまだまだありそうだ。

たとえば、インターネット利用時に想定される、障がい特性に応じた工夫としては次のようなものがある。これらはウェブアクセシビリティと呼ばれ、高齢者や障がい者など心身機能に制約のある人も、年齢的・身体的条件に関わらず、ウェブで提供されている情報にアクセス・利用できることを目指す考えである(なおウェブアクセシビリティについては、デジタル庁が初心者向けのガイドブックを作成しているので、参考にご紹介しておく)。

例:

  • 視覚障がい者に向けて、ホームページに音声読み上げ機能や画面拡大機能を活用する。また、写真や画像など、読み上げ機能に対応できないデザインにすることを避ける
  • 弱視や色弱の人に向けて、ホームページの色の種類や組み合わせに配慮する
  • 聴覚障がい者に向けて、テレビや映画、その他音声情報に字幕をつける
  • 知的障がい者が理解できるように、漢字だけでなくひらがな表記をしたり、平易な言葉を使うようにするなど

パソコン等のデバイスにも様々なアクセシビリティ機能が搭載されている。たとえば、Apple製品のアクセシビリティページにアクセスすると、視覚、聴覚、発話、身体機能など、様々なニーズに応じて活用できる機能が紹介されている。

また、障がいがある人のインターネット利用について、利用率を調査した結果がある。2012年と少し古い調査ではあるが、パソコンの利用率・インターネットの利用率を障がい種別でみると、以下のような結果となった。(※6)

この結果を見ると、パソコン・インターネットの利用ともに、身体障がい者と知的障がい者で利用率に差があり、知的障がい者の利用率が低いことがわかる。アクセシビリティの観点で、身体的に情報を認知するための工夫とそのアップデートは重要だ。しかし、アクセスし認知ができても、理解ができないという困難を抱える人もいる。分かりやすい情報作成をすることも、インターネットにおける情報発信の課題であることが見て取れる(インターネットに限らないが、「分かりやすい情報発信」については、厚生労働省がガイドラインを策定している。日頃自分が文字で何かを案内をするようなときにも、気をつけてみたいと思う内容だ)。

※6 参考:総務省 情報通信政策研究所調査研究部「障がいのある方々のインターネット等の利用に関する調査研究 平成24年6月」https://www.soumu.go.jp/iicp/chousakenkyu/data/research/survey/telecom/2012/disabilities2012.pdf

動き始めた民間主導の取り組み

このような現状のなかで、諸所の法改正の後押しもあり、民間でも障がい者とインターネットに関する情報バリアフリーの取り組みが進みつつある。

たとえば、花王では2022年に「ウェブアクセシビリティ方針」を定め、計画的にウェブサイトを改修し、社内教育を実施していくことを明示している。すでに現在、同社のウェブサイトのいくつかのページはこの方針及びガイドラインに則り整備が完了しているそうだ。

また株式会社電通デジタルでは、ウェブアクセシビリティに関するコンサルティングサービスの提供を開始した。現状のウェブサイトの診断から、実際の改修までを担うサービスを展開している。障害者差別解消法の改正が大きな後押しとなり、その他にもウェブアクセシビリティを向上させる各社の取り組みが加速していきそうだ。

「分かりやすさ」を意識した情報発信をしている事例もある。NHKでは、NEWS WEB EASYという「やさしい日本語で書いたニュース」をウェブ上で展開する。同サイト内のニュースでは漢字にルビが振られ、実施のニュースよりも平易な言葉で文章が記載されている。外国人や小・中学生を対象としているそうだが、知的障がい者のなかには、このニュースが利用しやすい人もいるかもしれない。

また同様にNHKでは、「災害時 障害者のためのサイト」も開設している。サイト内の情報にはルビが振られ、災害時に備えた対応の案内や、実際に避難する際のマニュアルなどが障がい別に準備されている。実際に災害が発生した際の避難所開設状況等のタイムリーな情報は平易な日本語にはなっていないものの、日頃からこのサイトの存在を知っておくことで、インプットできる情報が広がる人は一定数いそうだ。

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誰でも発信者になる現代では、個人も情報バリアフリーを意識したい

障がい者とインターネットを中心に、情報バリアフリーの現在地を考えてきた。社会全体としては、ウェブアクセシビリティの向上を軸に今後も情報バリアフリーは進んでいきそうである。しかしながら、障がいと言ってもその特性によって必要なものは異なり、もっと言えばその特性も一人ひとり異なる。

現代社会では、誰でも情報発信側になりうる。日頃不便を感じていない人にとっては意識する機会がほとんどないかもしれないが、「多数派に使いやすい社会の仕組みになっている」ということを少し意識し、「この情報で私はわかるけれど、届かない人がいるのではないか?」と立ち止まって考えてみると良いかもしれない。それだけでも、伝え方の工夫などできることがありそうだ。

また、バリアフリーの概念が浸透している現代社会では、より内面的な部分が求められると感じる。ハード面や仕組みの面でのバリアフリーを進めていくことももちろん重要だが、相手の立場に立って考える心のバリアフリー(※7)を意識したり、特定のグループに対して偏見や差別などネガティブな認識や行動を向けていないか(スティグマがないか)、という視点で自分や周りの人を見てみたりすることが、さらなるバリアを取り除くなかで必要になるだろう。

※7 参考:東京都福祉局「心のバリアフリーって何?」
https://kokoro.metro.tokyo.lg.jp/about/index.html

 

文:大沼芙実子
編集:柴崎真直