物流業界では環境負荷低減のためのモーダルシフト(トラック輸送から鉄道・船舶への転換)が長年推進されているが、その進捗は思わしくない状況が続いている。なぜモーダルシフトは思うように進まないのか?
本記事では、モーダルシフトの進展を阻む構造的な課題、コスト面の問題、既存の商習慣など多角的な要因を分析する。また、これらの課題に対する具体的な解決策や先進的な取り組み事例を紹介し、脱炭素社会を見据えた物流の未来像について考察する。
- モーダルシフトの定義と環境的意義
- 日本におけるモーダルシフトの現状と目標
- モーダルシフトが進まない主要な理由
- 政府によるモーダルシフト推進のための政策
- 企業によるモーダルシフト成功事例と実践的アプローチ
- モーダルシフト進展を阻む構造的要因の分析
- カーボンニュートラル時代を見据えたモーダルシフトの展望
- まとめ
モーダルシフトの定義と環境的意義
モーダルシフトとは、トラックによる貨物輸送から、環境負荷の少ない大量輸送機関である鉄道や船舶へと輸送手段を転換することを指す。(※1)この概念は1970年代に誕生し、日本でも推進されてきた。
環境面での優位性
モーダルシフトの最大の意義は、輸送に伴う環境負荷の大幅な低減にある。トンキロあたりのCO2排出量で比較すると、環境効率の差が明確となる。たとえば、1トンの貨物を1km運ぶ際のCO2排出量は、トラック輸送が216gであるのに対し、鉄道は20g、船舶は43g程度である。
社会的課題への対応
モーダルシフトはカーボンニュートラル実現への貢献だけでなく、以下のような社会的課題の解決にも寄与する。
- 深刻化するトラックドライバー不足への対応
- 労働環境改善(長時間労働の解消)
- 交通事故リスクの低減
- 道路混雑の緩和
- エネルギー消費効率の改善
特に日本社会が直面する労働力人口減少のなかで、トラックドライバーの担い手不足は年々深刻化しており、輸送力の確保という観点からも、より少ない人員で大量輸送が可能な鉄道・船舶へのシフトは重要性を増している。
※1 出典:国土交通省 「物流:モーダルシフトとは」
https://www.mlit.go.jp/seisakutokatsu/freight/modalshift.html
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日本におけるモーダルシフトの現状と目標
日本のモーダルシフトの進捗状況は、政府目標に対して停滞気味であり、構造的な課題が浮き彫りとなっている。
モーダルシフト化率の推移
日本におけるモーダルシフト化率は、2021年度時点で17.1%となっている。(※2)鉄道・内航海運による貨物輸送量はこの10年ほどほとんど横ばいの状態にあり、それほど大きくはモーダルシフトが進んでいない。(※3)
政策的な位置づけ
モーダルシフトは複数の重要な政府計画において重要施策として位置付けられている。「総合物流施策大綱(2021-2025年度)」「地球温暖化対策計画」「エネルギー基本計画」といった主要政策文書において、モーダルシフトは物流の効率化と環境負荷低減のための重要な取り組みとして明記されている。
特に2050年カーボンニュートラル宣言以降、物流分野の脱炭素化方策としてモーダルシフトの重要性は一層高まっている。しかし、目標達成に向けた進捗は芳しくなく、より実効性のある施策が求められている状況である。
※2 出典:三菱UFJリサーチ&コンサルティング「モーダルシフトに向けた 実態調査事業の結果概要について」
https://www.mlit.go.jp/seisakutokatsu/content/001758843.pdf
※3 参考:国土交通省「モーダルシフトに向けたこれまでの 取組経緯について」
https://www.mlit.go.jp/seisakutokatsu/content/001758842.pdf
モーダルシフトが進まない主要な理由
モーダルシフト推進の障壁となっている要因は多岐にわたり、経済的・構造的・社会的な側面から分析する必要がある。
コスト面の課題
モーダルシフトの最大の障壁の1つはコスト構造にある。小口貨物や短距離輸送においては、トラック輸送に対するコスト優位性を確保することが困難である。主なコスト面の課題としては、トラック輸送と比較して高い初期投資費用が必要とされる点や、貨物駅・港湾までの集荷・配送のためのドレージコスト(二重輸送)が発生することが挙げられる。また、積み替えに伴う追加的な荷役コストも必要となり、長距離大量輸送でなければコストメリットが出にくい構造となっている。
特に中距離輸送では、積み替えコストや時間的ロスを考慮すると、トラック直送の方が経済合理性が高いケースが多い。輸送距離が長くなるほどコスト優位性は高まるが、日本の国土の規模を考えると、欧州や米国のような長距離輸送の機会は限られている。
時間と品質に関する課題
現代のサプライチェーンにおいて、輸送の定時性・迅速性は非常に重要な要素である。鉄道・船舶輸送にはトラック輸送と比較してリードタイムが長いという課題がある。また、天候や自然災害の影響を受けやすい(特に船舶)という不確実性や、定期便の運行頻度の少なさ、さらに積み替えに要する時間的ロスなど、複数の時間的制約が存在する。
特にジャスト・イン・タイム(JIT)生産方式を採用する製造業では、納期の正確性と柔軟性がサプライチェーン管理の鍵となる。鉄道・船舶輸送はダイヤ設定の制約や運行頻度の少なさから、トラック輸送のような柔軟な対応が難しい面がある。
インフラ面の制約
鉄道・海運の利用には、物理的なインフラの制約が大きく影響する。貨物駅・港湾の数と立地に制限があり、特に大都市圏では貨物駅が郊外に移転したケースも多く、利便性の低下を招いている。また、輸送設備・インフラの老朽化問題も深刻であり、貨物駅での24時間対応にも限界がある。
日本の鉄道インフラは旅客輸送を主体として発展してきた歴史があり、貨物列車は旅客列車のダイヤの合間を縫って運行せざるを得ない状況にある。これにより、貨物鉄道の柔軟な運行計画の策定が難しく、サービスの拡充に制約が生じている。
日本固有の商習慣の影響
日本の物流システムは、トラック輸送を前提として発展してきた側面が強い。特に小口多頻度配送の要求や、厳格な納期設定(指定時間内配送の要求)、「必要なものを必要な時に」という調達思想、柔軟な輸送条件変更への対応要求といった商習慣がモーダルシフトの障壁となっている。
特に小売業や製造業における在庫の最小化傾向は、トラック輸送による機動的かつ頻繁な配送体制に依存した商習慣を形成している。これらの商習慣は一朝一夕に変更することが難しく、モーダルシフト推進の構造的な障壁となっている。
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政府によるモーダルシフト推進のための政策
モーダルシフトの進展を促すため、政府はさまざまな支援・推進策を展開している。これらの施策は主に経済的インセンティブの付与と規制緩和の2つのアプローチから成る。
補助金制度による経済的支援
政府はモーダルシフトに取り組む企業に対して、複数の補助金制度を設けている。初期投資の負担軽減が企業のモーダルシフト推進の契機となることを目指している。
主な補助金制度としては、鉄道・船舶輸送への転換に必要な初期費用を補助するモーダルシフト等推進事業(※4)や、輸送網の集約化とモーダルシフトを組み合わせた取り組みに対する物流総合効率化法に基づく支援がある。
これらの補助金は一般的に導入コストの1/3〜1/2程度を補助するものが多いが、単年度予算であることや申請手続きの煩雑さなどの課題も指摘されている。
認証・表彰制度による推進
環境負荷低減に貢献する物流の取り組みを評価・認証する制度も設けられている。鉄道貨物輸送を積極的に利用している商品や企業を認定する「エコレールマーク」や、内航船舶を利用したモーダルシフトに取り組む企業を認定する「エコシップマーク」などがその例である。また、環境負荷低減に顕著な成果を上げた事業者は「物流パートナーシップ優良事業者」としても表彰されている。
これらの制度は、環境配慮型の物流を企業価値向上につなげるインセンティブを提供するものであり、消費者や取引先に対するアピールポイントにもなりうる。
ネットワーク整備への投資
物流インフラの整備・改良も重要な推進策である。荷役作業の効率化や情報化の推進を図る貨物駅設備の近代化、RORO船(貨物を積んだトラックや荷台ごと輸送する船舶)等に対応した港湾施設の拡充、モーダルシフトの"ファーストワンマイル・ラストワンマイル"の効率化を目指す高規格幹線道路と物流拠点の接続強化などが進められている。
特にRORO船対応の港湾整備は、積み替え作業の削減による時間短縮とコスト低減につながる重要な基盤整備と位置付けられている。
※4 参考:国土交通省「モーダルシフト等推進事業」
https://www.mlit.go.jp/seisakutokatsu/freight/ms_subsidy.html
企業によるモーダルシフト成功事例と実践的アプローチ
モーダルシフトの課題を克服し、実際に成果を上げている企業の取り組みから、実践的な解決策のヒントを得られる。
大手製造業による専用列車・船舶の運行
大量の貨物を安定的に輸送する必要がある大手製造業では、専用列車や船舶を確保する取り組みが進んでいる。たとえば、トヨタ自動車は名古屋港から各地への完成車輸送に船舶や鉄道を活用している。(※5)
共同輸送による積載効率向上
単独では輸送量が不足する企業同士が協力し、共同輸送によってモーダルシフトを実現する事例も増えている。製紙メーカーの日本製紙と大王製紙は、海上共同輸送を実施している。(※6)また、食品メーカー5社による共同物流(鉄道・船舶の共同利用)を行うF-LINEプロジェクト(※7)などがその例である。
業界内や商品カテゴリーが近い企業間での共同輸送は、個社だけでは達成できない輸送量の規模と効率性をもたらす効果的な手段である。これらの取り組みは、競合他社間の協力という点でも先進的であり、物流コスト削減と環境負荷低減の両立を実現している。
サプライチェーン全体を見直した取り組み
より根本的な解決策として、物流システム全体を見直す取り組みも見られる。荷主企業と物流事業者の協議による納期緩和を目指すリードタイムの緩和交渉や、モーダルシフトを前提とした物流網の最適化を図る在庫拠点の再配置、繁忙期・閑散期の変動を抑え定常的な輸送量を確保するための輸送計画の平準化などが進められている。
物流コストの上昇や環境対応の必要性を背景に、サプライチェーン全体の見直しを通じたモーダルシフト実現が進みつつある。これは単なる輸送手段の転換ではなく、企業の物流戦略そのものの変革を意味する取り組みである。
※5 参考:トヨタ自動車75年史「完成車物流 」
https://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75years/data/automotive_business/production/logistics/product/completed_vehicle.html/
※6 参考:日本製紙グループ「日本製紙が大王製紙と海上共同輸送を開始」
https://www.nipponpapergroup.com/news/year/2023/news230808005513.html
※7 参考:Grasp「「2024年問題」を契機に、より魅力ある業界へ -物流サービス編-」
https://www.magazine.mlit.go.jp/interview/vol50-1-b-1/
モーダルシフト進展を阻む構造的要因の分析
モーダルシフトが思うように進まない背景には、表面的な課題の奥にある構造的な要因が存在する。これらの根本的問題を理解することが、効果的な解決策の検討には不可欠である。
物流コストの外部化と内部化の問題
現在の物流システムでは、環境コストや社会的コストが適切に価格に反映されていない状況がある。CO2排出による環境負荷のコストが十分に内部化されておらず、道路インフラの整備・維持コストが輸送価格に十分反映されていない。また、トラック輸送の社会的コスト(渋滞・事故・大気汚染など)の負担が不明確である点も課題となっている。
この状況下では、環境負荷の大きいトラック輸送が経済的に有利となりやすく、モーダルシフトの経済合理性が見えにくくなっている。カーボンプライシングなどの制度導入により、これらの外部コストを内部化する政策的アプローチも検討段階にある。
分断された物流システムの課題
日本の物流システムは、各輸送モード間の連携が不十分である。鉄道・海運・道路の各輸送モードが別々の事業者・行政によって管理されており、コンテナ規格や情報システムなどの標準化・共通化の遅れが見られる。また、縦割り行政の影響による総合的な物流政策の欠如も大きな課題となっている。
異なる輸送手段を組み合わせるインターモーダル輸送の実現には、各モード間のシームレスな連携とスムーズな積み替えシステムの構築が不可欠だが、現状では十分に整備されていない。
社会的合意形成の難しさ
モーダルシフト推進には様々なステークホルダーの合意と協力が必要だが、その調整は容易ではない。荷主企業の経済的インセンティブが不足しており、既存のトラック輸送業界との利害調整も難しい課題である。また、短期的なコスト増に対する抵抗感や、消費者の環境意識と実際の購買行動のギャップも障壁となっている。
サプライチェーン全体での環境負荷低減と経済性のバランスを取る難しさが、モーダルシフト推進の障壁となっている。特に、最終消費者が環境配慮型物流の価値を評価し、そのコストを負担する意識が高まらない限り、企業単独でのモーダルシフト推進には限界がある。
情報技術活用の遅れ
物流分野におけるデジタル化・情報技術活用の遅れもモーダルシフトの障壁となっている。輸送状況のリアルタイム可視化システムが不足しており、多様な事業者間での情報共有プラットフォームも未整備である。また、効率的な輸送マッチングシステムの不足も課題となっている。
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カーボンニュートラル時代を見据えたモーダルシフトの展望
脱炭素社会に向けた取り組みが加速する中、物流分野におけるモーダルシフトの重要性はさらに高まっている。将来的な展望と変化の方向性を考察する。
脱炭素化政策の強化による影響
2050年カーボンニュートラル目標達成に向けて、CO2排出に関する規制・課税の強化やグリーン物流に対する支援拡大、サプライチェーン全体での排出量開示義務化といった政策強化が予想される。
特にカーボンプライシングの導入が本格化すれば、CO2排出量の多いトラック輸送のコスト競争力は低下し、モーダルシフトの経済的合理性が高まる可能性がある。ESG投資の拡大も企業の環境配慮型物流への転換を後押しする要因となるだろう。
技術革新がもたらす可能性
物流分野における技術革新は、モーダルシフトの課題解決に貢献する可能性を秘めている。ブロックチェーン、IoT、AIによる物流最適化などのデジタル技術の進展や、自動運転技術、電動化、水素燃料化といった輸送機器の進化、自動積み下ろし技術や無人ターミナルなどの物流インフラのスマート化が期待されている。
特に注目されるのは、複数の輸送モードを統合管理する物流MaaS(Mobility as a Service)の概念である。デジタル技術を活用して複数の輸送手段を最適に組み合わせるシステムが実用化されれば、モーダルシフトの障壁が大きく低減する可能性がある。
労働力不足を背景とした構造変化
トラックドライバーの深刻な人手不足は、物流システムの見直しを迫る要因となっている。ドライバー不足による輸送力の制約と運賃上昇、働き方改革による長距離運転の制限、若年層の運送業離れと高齢化問題といった課題が深刻化している。
これらの課題が深刻化するなか、少ない人員で大量輸送が可能な鉄道・船舶への転換は必然的な流れとなりつつある。トラック輸送を中長距離の幹線輸送から地域内配送へと役割転換させる「幹線輸送のモーダルシフト化」が現実的な解決策として注目されている。
国際的な物流環境の変化
グローバルなサプライチェーンにおいても、環境配慮型物流への転換は加速している。欧州を中心とした環境規制の強化(排出量取引制度の拡大など)が進み、国際物流における環境負荷の可視化と削減要求が高まっている。また、消費者の環境意識の高まりと企業への期待も大きくなっている。
特に欧州市場向け製品では、製造から物流までの環境負荷低減が競争力の源泉となりつつある。グローバル企業を中心に、国際物流も含めたサプライチェーン全体での環境負荷削減への取り組みが活発化している。
新たなビジネスモデルの創出
モーダルシフトを促進する新たなビジネスモデルや事業者の台頭も見られる。複合一貫輸送を専門とする事業者の成長や、シェアリングによる輸送効率化サービスの拡大、グリーン物流認証・コンサルティングビジネスの発展などが進んでいる。
既存の物流事業者だけでなく、ITプラットフォーム企業なども参入し、デジタル技術を活用した新たな物流サービスが生まれつつある。こうした革新的なビジネスモデルの発展がモーダルシフト推進の起爆剤となる可能性がある。
まとめ
モーダルシフトが進まない背景には、コスト構造、既存の商習慣、インフラ上の制約、情報連携の不足など複合的な要因が存在する。しかし、カーボンニュートラル実現と労働力不足の深刻化を背景に、従来型の物流システムからの転換は避けられない課題となっている。長期的視点に立った戦略的なモーダルシフト推進が企業の競争力と持続可能性を高める鍵となるだろう。
具体的には、企業間の共同輸送、デジタル技術を活用した輸送効率化、サプライチェーン全体の再設計などの取り組みが重要性を増している。また、環境コストの内部化やインフラ整備など政策面からのアプローチも不可欠である。物流に関わる全てのステークホルダーが協力し、環境と経済の両立を図りながら、次世代の持続可能な物流システムを構築していくことが求められている。
文・編集:あしたメディア編集部
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