『最後から二番目の恋』が続編を重ねても相変わらず面白い。13年前、鎌倉を舞台に繰り広げられるミドルエイジの群像劇が若年層にも人気を博した。スペシャルドラマを挟んで3度目の連続ドラマとしてこの春、帰ってきた『続・続・最後から二番目の恋』。
友情と恋愛の狭間であり重なりのような和平と千明
W主演の小泉今日子、中井貴一はもちろん、多くのキャストがそのままカムバックした賑やかな画面が目に嬉しい。彼らの人生と葛藤をまた味わえる、という郷愁めいた気持ちと、彼らの人生が確かに続いていることの実感が毎週押し寄せる。過去シリーズのファンを存分に楽しませながらも、今期からの新規視聴者も置いていかない親切設計。衰え知らずと言うのも失礼なくらい、時代のニーズと空気をふんだんに取り込んだ岡田惠和脚本が冴え渡る。
定年退職後、元の職場に再就職した長倉和平(中井貴一)と定年間際の吉野千明(小泉今日子)。なんの段差もないところで転倒した自分が恥ずかしくて失笑してしまう千明の姿に「寂しくない大人なんていない」とモノローグが重なる。シーズン1の第1話のタイトルでもあるこのフレーズ。人生のゴールが見えてきた世代が、生き甲斐や人間関係を模索する様子をコミカルかつ切なく描くこのシリーズ。「久しぶりの第3シーズンだけど、引き続き同じように悩み続ける彼らを見守ってね」という開会宣言のようだ。
「友達以上恋人未満」という月並みな表現では言い尽くせた気がしない、友情と恋愛の狭間であり重なりのような和平と千明の距離感も相変わらずこのドラマのメインディッシュだ。夫婦でないのに、まるで夫婦漫才のような丁々発止のやりとりは健在どころか、磨きがかかる。
泥酔して寝てしまった千明の全裸を和平が見てしまったことが発覚する第6話のくだりは、声に出して笑えるほどの絶品コメディだ。ちょっぴりアダルトなギャグシーンの直後には子どものように枕投げをしてはしゃぐ。そんな2人のうっすらとロマンティックな腐れ縁を見て、老いることが怖くなくなるのもこれまで通りの味わいだ。
リンクする、長倉真平と坂口憲二
とは言え「2人合わせて100歳」だった主人公たちも還暦前後の「アラ還」世代になり、人生を最後から逆算するムードは過去シリーズに比べて濃くなっている。
2025年が舞台になる今作だが、第1話の冒頭は2020年のコロナ禍真っ只中だ。新型コロナに感染した千明は「怖いよお」と吐露する。個人の老いだけでなく、社会全体が強く死を意識した記憶を呼び起こす。
そして、千明の上司や和平の市役所の同期の死も描かれる。死のにおいを強烈に印象付ける第1話だ。
キャストの死もまた、長寿作品の宿命だ。第1作目から出演していた俳優・織本順吉氏は2019年に逝去。演じていた一条は劇中でも既に他界しており、遺影で登場。今回の新キャラとして娘の早田律子(石田ひかり)が登場する。長倉家の次男・真平(坂口憲二)の主治医・門脇を演じた高橋克明氏は2024年に逝去。第4話では門脇も劇中で亡くなっていたことが明かされ、命を通じてドラマと現実がリンクする。
真平が門脇医師の死に向き合うまでの苦悩が掘り下げられた第4話。真平は子どもの頃に脳腫瘍の手術を受けたが、次に再発したら助かる可能性は低いと言われながら2児の父として生きている。そんな彼が恩人の死から目を背ける姿は、加齢とは違う角度の死の恐怖を視聴者に突きつける。家族の力を借りて恩人の死に向き合うプロセスが丁寧に描かれた。
真平の存在はこのドラマに重みを与えている。坂口憲二氏自身が難病での無期限活動休止を経験しており、彼がシリーズ皆勤を果たしたことには他のキャスト以上の意味と奇跡性がある。自宅を改装しカフェを開く真平の姿は、焙煎士として活動しコーヒーブランドも手がける坂口氏自身と強く重なって見える。若いバリスタを育成し、安定した活躍の場を築くことも活動の主眼だと公言する。自身の生に向き合い、次世代に残すものを考える姿勢も含め、彼の人生とこのドラマはどうしてもリンクする。
三浦友和氏ら新キャストも、無理なくシリーズの空気に馴染みながら群像劇をかき乱してくれる。パワーアップしながらこれまでのシリーズのテイストを崩すことなく、楽しくややこしい人間関係が広がってもいく。
「天命」と「天職」
人生のゴールから逆算する葛藤を通して浮かび上がってくるのが「天命」とでも言うようなテーマだ。
テレビドラマのプロデューサーとして奔走し続ける千明。情報が加速し、テレビの力が弱まるなど、年々過酷になる制作環境が描かれる。それでも千明はドラマ作りの仕事を天職だと感じているようだ。第6話、和平を連れて母校の小学校を訪れた千明は自身の半生を回顧する。「大人になればなるほど同じような経歴の人たちの集合体になっていく」。でも「ドラマの現場って本当にいろんな経歴の人が集まってる」。だから「ドラマの現場ではやんちゃな吉野に戻れる」と語る。
長倉家の次女・万理子(内田有紀)は脚本家として千明と一緒に仕事をしているが「自分には描きたいものがない」と悩んでいる。千明はその悩みにうまく答えられないが、第7話で万理子は千明のいない飲みの席で仲間に喝破される。「(千明への思いは究極の片思いだから)自分のことは描くべき」「ハッピーエンドじゃないかもしれないけど、究極の綺麗な片想いのドラマ」「報われないかもしれないけど、応援したくなるような片想いのドラマ」が観たい、と焚き付けられ、その勢いで企画を書き上げる。
真平と双子の万理子もまた、このシリーズに独自の色合いを与える存在だ。月9という異性愛ドラマのイメージが濃い枠に引っ越してなお、万理子の千明への片想いが脱色されないどころか前景化しているのが見られて本当に嬉しい。千明は「味噌帳」と呼ぶネタ帳にアイデアを溜めている。アイデアをすぐに使うかどうかで判断せず「発酵」させていると語るように、温めてきた千明への思慕が、創作意欲と化学反応してライドしていくシーンはとても泣ける。
「天命」と「天職」、いずれが大袈裟な言葉なのかわからないが、完走しつつある職業として千明は「天職」、一つの作品に心血を注ぐ万理子が向き合うのを「天命」と言いたい。
和平もまた、定年前と同じ市役所で働きながら、市役所員が天職だったことを検算のように再確認していく。「困ること」という天性を市長に言い当てられたり、元部下(松尾諭)に謝罪業務を押し付けられるのも、これまでの半生の再肯定のような時間だ。
60歳付近の和平と千明が自分の職業の答え合わせをするのと対照的に、千明の両親はもう「生きている」ことにただこだわって楽しむ境地にいる。同世代の友人と集まって毎年1万円貯金し、最後に生き残った1人が総取りするシステムを永六輔の話で知り、実践している千明の母は、もう「生きたい」とか「こういうことがしたい」じゃなくて「死んでたまるか」が生きるモチベーションだと語る。
万理子・真平ら「天職」を模索する世代、千明・和平ら「天職」を答え合わせする世代、そして千明の親は「職」を卒業して「天寿」に生きる世代。青春ドラマや壮年のお仕事ドラマでは描ききれない色とりどりの「生」のバリエーションが乱反射する。
『サブスタンス』と『最後から二番目の恋』
折しも、現在日本で公開されている映画『サブスタンス』(2025)を観ていてこのドラマを思い出してしまった。トップ女優・エリザベスが中年に差し掛かり、理不尽な降板などを経て禁断のアンチエイジングに手を出していく、というSF的ホラーだ。
悪魔的な薬品の効果で若く美しい分身を手に入れる、ルッキズムとエイジズムとジェンダー不平等に切り込む意欲作。エリザベスにとって、彼女が必死でしがみつく「女優」業は天職だったのだろうか、と考え込んでしまった。彼女の周りには人がいない。極端なまでにセリフの少ない劇映画で、彼女が友人との軽口の中から人生のガス抜きをできそうな気配がない。彼女に友達がいれば、こんな映画にはならなかったかもしれない。
エリザベスが人生をやり直せるなら、日本のドラマをなんとか観てほしい。『最後から二番目の恋』というシリーズに出てくる吉野千明という女性に出逢ってほしい。彼女くらい、とは言わないから、せめて彼女の半分でもいいから同世代の友達と喋ってほしい。
千明はよく喋る。業界は違えど似たようなライフスタイルの飲み友達三人組で、夜な夜な酒を飲んでくっちゃべる。独身の人生を選びながら、隣に住む鎌倉男子とその家族に、緩く適度に愛されている。気張らずにくっちゃべれる回路があれば、人生はなんとかなるかもしれない。13年前も今も、そう思わせてくれるシリーズだ。
月9ドラマ『続・続・最後から二番目の恋』フジテレビ系毎週月曜よる9時放送
民放公式テレビ配信サービス「TVer」では1〜3話・最新話を無料配信中
▶TVer:https://tver.jp/series/srg9opy9pm
動画配信サービス「FOD」では最新話まで配信中
▶FOD:https://fod.fujitv.co.jp/title/803c/
大島育宙(おおしま・やすおき)
1992年生。東京大学法学部卒業。テレビ、ラジオ、YouTube、Podcastでエンタメ時評を展開する。2017年、お笑いコンビ「XXCLUB(チョメチョメクラブ)」でデビュー。フジテレビ「週刊フジテレビ批評」にコメンテーターとしてレギュラー出演中。Eテレ「太田光のつぶやき英語」では毎週映画監督などへの英語インタビューを担当。「5時に夢中!」他にコメンテーターとして不定期出演。J-WAVE「GRAND MARQUEE」水曜コラム、TBSラジオ「こねくと!」火曜日レギュラー。ドラマアカデミー賞審査員も務める。
寄稿:大島育宙
編集:吉岡葵
素材提供:フジテレビ
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