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【連載 好きなことを、好きな場所で】様々な土地のメンバーと「深呼吸」を広めていく

自分の好きなことを、好きな場所で仕事にしたいと思っても、なかなか一歩を踏み出すことが難しいと思う人もいるだろう。もちろん、職種や働き方によってはどうしてもできないときもある。しかし、働き方が多様化するいま、好きなことを好きな場所で仕事にするという選択肢は増えているはずだ。あしたメディアでは、様々な土地で好きなことを仕事にしている方々に、どのような思いや方法でそれを叶えたかを聞いてみることにした。

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今回話を伺ったのは、大分と東京で二拠点生活をする池田佳乃子さん。実は、以前もあしたメディアで池田さんを取材したことがある。2022年の取材当時、池田さんは大分発のライフスタイルブランド「株式会社HAA」(以下、HAA)を立ち上げ、初のプロダクト「HAA for bath」ができたばかりだった。

それから2年が経ち、自身の会社にはスタッフも増えてきたという。聞けば、スタッフの皆さんが住む土地は、京都からなんとブルガリアまで様々。各地のスタッフと協力しながら、日本だけでなく世界にHAAのブランド価値を届けている。

そこで今回は、各地にいるメンバーとどのように仕事をしているのか、現在の働き方を聞いてみることにした。また、そもそも池田さんが地元である大分で仕事をしようと思ったきっかけや、これまでのキャリアについても詳しく話を伺った。

池田佳乃子さん

やると決めたら、一直線

人を癒す仕事がしたい。

池田さんは高校生の頃から、そんな思いを漠然と抱いていたという。

「高校生の頃は人を癒す仕事としてエステティシャンになりたかったんです。そのために専門学校に行こうと思っていました。進路を考えている頃、父がエステを経営している友人を紹介してくれ、東京まで話を聞きに行きました。

そのときに、『エステの技術はここでバイトをしながらでも学べるけど、それよりも将来エステを持ったときのことを考えて、経営を学んだ方が良いんじゃない』と言われて、まずは大学に行って経営学を専攻しようと思ったんです」

高校3年生の夏休みまでは、専門学校に行こうと思っていた池田さんだが、そこからなんとMARCHとも呼ばれる有名大学のひとつに進学する。

「それまで全く勉強はしていなかったのに、いざ大学に行くと決めてから猛勉強しました。本当に『ビリギャル』並みに勉強して(笑)。目標がなければやる気が出ないのですが、いざやると決まったら徹底的にやりきる性格なんです」

その姿勢や、大学で学んだことが、いまの会社経営にも繋がっているのかもしれない。しかし最初の就職は、映画制作会社という全く別の業界だった。

池田さんが生まれ育った、大分県別府市の鉄輪温泉の街並み

振り返れば、どれも大事な経験

「大学生になってからは映画館に行くことが日課になって、エステティシャンよりも映画関連の仕事に興味を持つようになりました。新卒では映画やDVDなどの制作会社に就職しました。最初はお客さまの声を拾うカスタマーサポートを担当したり、DVDのパッケージをディレクションしたり、吹き替えやメイキングを作ったり、様々なことをしましたね。思い返せば、そこで商品のパッケージ作りにイチから携わったり、プロジェクトマネージメントを行ったりした経験が、いまの仕事でも活きています」

いまの会社・HAAのプロダクトは、池田さんがイチからデザイナー等、各所と調整しながら作られている。PR戦略の立案からパッケージにおけるバーコードまで、このときの経験が活きている部分がたくさんあるという。制作会社に約6年ほど勤めた後、池田さんは大手広告代理店に転職する。

「転職の動機は、より映像業界を良くしたいという思いによるキャリアアップでした。配属された部署では、発展途上国を支援する現地の人を取材してドキュメンタリーを作っていました。またふるさと納税のプロモーションも担当していて、地元との関わりについて考えるきっかけが増えたんです」

環境の変化から、池田さんは地域と関わる仕事に興味を持ったという。そして地元・別府に貢献する仕事がしたいと大分にある一般社団法人に転職し、東京と二拠点生活を送ることになる。コロナ禍前の当時は珍しかった二拠点生活だが、パートナーの後押しもあって、自然に決まったという。

「自分がそうしたかったら、そういうライフスタイルを作ればいいんじゃないか、と思って二拠点生活を決めました。いまでこそ二拠点生活は珍しくないですが、当時は二拠点生活をしている人も少なかったので、世の中の変化を面白く感じています」

様々なキャリアを歩んできた池田さんだが、やると決めたら一直線、そのときに必要だと感じたことを驚くべき推進力で実行している。一見いまの仕事と繋がりの無いようにみえる経験も、そのときの努力がいまに活きているという。

温泉の魅力に気づいた二拠点生活

地元・大分では、小さい頃から温泉が身近にあったという池田さん。昔から温泉が好きだったかというと、そうではなかったらしい。

「小さい頃はあまり温泉には入っていなかったですね。路地から湧き上がる湯けむりで暖を取ったりはしていましたが(笑)。でも二拠点生活を始めてから実家によく帰るようになって、温泉に行く機会が増えました。母親が別府の八十八湯を巡るともらえる『温泉道名人』という認定を持っていて、温泉についてあれこれ聞くうちに興味を持ったんです」

別府・鉄輪温泉の湯けむりが立ち上る街

別府の温泉を巡るうちに、その魅力にはまっていった池田さん。3年ほど地元の団体で働いたのち、起業を決意。その経緯については、前述した記事で詳しく述べているので、気になった人はぜひ読んでみてほしい。

起業後にぶつかった課題

池田さんが立ち上げた会社・HAA。温泉に浸かったときに思わず出てしまう「は〜」という言葉がそのまま会社名になっている。そんな優しい深呼吸を、より多くの人へ届けて行くことがHAAのテーマだ。

深呼吸を届けるためのアイデアとして、まずは別府の湯の花を使った入浴剤「HAA for bath」を生み出した。高校生のときに考えていた“人を癒す仕事がしたい”という思いが、ついにかたちになった。

入浴剤「HAA for bath 日々」は、お風呂で読めるエッセイ付き

「温泉の魅力を再確認し、別府・鉄輪温泉の湯治文化を世界に届けたいと思って、まずは入浴剤からスタートしました。起業までにも紆余曲折はありましたが、起業してからも大変なことが沢山ありました。たとえば発売してから半年で、思っていた需要を上回るご注文をいただいて。とても有難いことなのですが、お客さまの声に応えることができず、毎日悩んでいました。そんなときに話を聞いてくれていた妹が生産体制の強化を一緒に進めてくれて、なんとか解決することができました。そして彼女には、そのとき働いていた会社を辞めてHAAに入ってもらうことになりました」

別府の湯けむりで地獄蒸しを作る姉妹

起業当初とは、また違った困難が見えてきたと言う池田さん。困難に立ち向かうなかで、様々な人と協力しながら事業を進めていく大切さを改めて実感する。

「妹がチームに加わってからも在庫不足が続いて、いまでは笑い話ですが、“在庫”の2文字が夢に出てくるくらいでした…。2人で物流のプロにアドバイスを聞きに行くなど工夫をしていくなかで、別府でデータマネジメントをしてくれる凄腕の方に出会って、業務フローの滞っている箇所を全部洗い出してもらいました。そのメンバーは、後々HAAに入社してくれました。そして次に、社内のバックオフィスを担当するスタッフを採用しました。そのメンバーはまさかの、私と妹がずっと幼い頃に通っていたレンタルビデオショップで昔働いていて、小さいころの私たちのことをよく覚えていたというサプライズも(笑)」

別府を超えて繋がるHAA

2021年の創業時には池田さん1人だったが、こうしてHAAに頼れる3人の社員が集まった。その後も、HAAはスタッフを増やしている。

「周りの人たちに助けられ、やっと生産体制が整って社員も増えたなかで、もっとHAAを広めていきたい!というフェーズになりました。課題となる部分もハッキリ見えてきて、もっと成長するためには、私たちより経験豊富な人の知見が必要でした。採用活動を強化して、時間をかけてスタッフを探しました」

スタッフは、場所を限定せずに募集した。それには池田さんなりの考えがあった。

「そもそも自分が一箇所に留まらない働き方をしてきたので、他の人たちの働き方にも寛容な部分はあるかもしれません。実際に別府に住んでいる人がいればそれに越したことはないですけど、選択肢も狭まってしまうので…」

アメリカ出張の際は、湖畔でリモートワーク

場所を限定せずに募集した結果、別府以外にも、京都から奈良、果てはブルガリアまで様々な場所のスタッフが集まった。

リモートならではのコミュニケーション方法

2023年現在、別府と各地を合わせて9人のスタッフがいるというHAA。様々な場所に散らばるスタッフとのコミュニケーションはどのようにしているのだろうか。

「1回も会わずに採用している人もいるので、コミュニケーションの仕方は結構意識していますね。たとえば拠点となっている別府と他の地域で温度差が生まれてしまわないよう、社内の連絡ツールであるSlackで、オフィスの話題などを写真付きで積極的にシェアしています。またオンライン会議でも、仕事の話ばかりにせず、社内で雑談するような感じで『最近どんな感じ?』と何気ない会話を差し込むようにしています」

「普段別府にいるスタッフも、石垣島や佐賀からリモートで仕事をするなど、基本的には場所に縛られずに働いています。こうした働き方ができるのはオンラインツールありきなので、インターネットに頼りっぱなしです。フルリモートをするにあたり、まずはオフィスの通信基盤を整えましたね」

リモート重視の会社にとって、安定したインターネット基盤をきちんと持つことは最優先だ。いまやインターネットの存在は当たり前だが、改めてその利便性を実感しているという。HAAではオンラインツールを積極的に活用して、リモートならではの働き方に工夫を凝らす。

「より業務的なことで言うと、情報がシームレスに伝わるように、全ての議事録を社内クラウドにアップしてスタッフに公開しています。別府のオフィスだけで話していて、他スタッフへの共有が漏れてしまうことを防ぐためです。また実際に会えない分、忙しさが見えにくいので社員間でタスクを共有し仕事の進捗を把握するようにしています。全スタッフを交えたオンラインミーティングを月に1回行ったり、定期的に別府以外のスタッフが住んでいる場所に行ったりして、そこにいるスタッフとリアルに会話できるようにする動きも出ていますね」

こまめに連絡を取ったり、ビジネスライクすぎない温かい会話をしたりすることを通して、距離をカバーするという池田さん。リモートだから感じる人との繋がりもあるようだ。 「リモートだからこそ、会う場所に縛られないのも面白くて。リアルで皆さんに会うときに新鮮で嬉しい気持ちになりますね。経営合宿をするためにメンバーのいる土地で温泉を探したり、海外の販売を強化するために現地にメンバーと一緒に出張したりもしています。別府の魅力を届けたいという気持ちを、各地の力を借りて実現しています。

別府にスタッフを招き、温泉合宿を実施

またソフトな部分では、深呼吸チェックも大切なポイント。会社のテーマが『日常に、深呼吸を届ける』なので、スタッフもそんな生活を体現していて欲しい。忙しくて切羽詰まっている人がいたら『最近休めてる?』って声かけをしたり、休むことを肯定する雰囲気づくりを積極的にしたりしています」

こうした会社のテーマと柔らかな姿勢も、リモートで成功している理由だろう。池田さん自身、別府で二拠点生活をするようになってから、深呼吸の大切さに気づき、そのことがいまの会社づくりのきっかけとなっている。

「東京で働いていた頃は、忙しさの連続でした。スケジュールに追われていて、深夜に呼び出されることもあった。そのときは気づいていませんでしたが、いま思えば『は〜』っと一息つける余裕もなかったなぁと思います。でも別府では18時ごろには仕事を切り上げて、オンオフがしっかりあることで深呼吸ができている気がします。そんな働き方を、みんなに実践してもらえたら嬉しいです」

これからも、深呼吸を届けていくために

今回は、大分と東京で二拠点生活を送りながら、各地のメンバーと働く池田さんに話を伺ってきた。池田さんが、様々な場所で経験を積みながら発見した"自分にとって心地よい場所"で働くこと。それはHAAのテーマである深呼吸を届けることでもあり、さらに彼女が高校生の頃に感じていた"人を癒したい"という仕事でもあった。

そんな深呼吸をより多くの人へ届けるために、各地のメンバーと手を取り、それぞれの心地よい場所を尊重しながら働いている池田さん。最後に、今後やってみたいことを聞いてみた。

「いまお届けできているプロダクトは入浴剤『HAA for bath』だけですが、入浴剤以外にも様々な方法で深呼吸を届けられたらいいなと思っています。2024年にも、新しいプロダクトもお届けできる予定です。深呼吸ができる場所が増えていけばいいなとも思っています。深呼吸の連鎖、優しさの連鎖が繋がっていけるように頑張りたいです」

自分が深呼吸できる場所や、働き方はどんなものだろうか。お話を伺いながら、ふと考えた。HAAのブランドやプロダクトには、それを考えるヒントが詰まっているかもしれない。新しいプロダクトも楽しみだ。

 

取材・文:conomi matsuura
編集:大沼芙実子
写真:池田佳乃子さん提供