グローカルとは
グローカル(Glocal)とは、「地球規模」や「世界規模」などを意味するグローバル(Global)と「地元」や「地域」などを意味するローカル(Local)を組み合わせた言葉である。日本語では「地球規模の視野で考え、地域で行動すること」を意味する。
グローカルの定義
グローカルは、1980年代にグローバル市場に進出しようとした日本企業が、自社製品を国や地域のニーズに合わせて現地化するというマーケティング方法を採用したことがきっかけで生まれた言葉だ。その戦略をグローバル市場に合わせた現地化(global localization)という意味でグローカリゼーション(glocalization)と呼んだことが起源にある。
その後、1990年代初頭にグローカリゼーションが世界で認知され始めた際に、イギリスの宗教社会学者ローランド・ロバートソンがグローカリゼーションを人文社会科学分野の学術用語として再定義することを提唱した。
そこから、1990年代半ば以降の環境・ 自然保護運動や地方政治・経済・社会・文化振興運動の高まりの中で反グローバリゼーション運動が広がる。その結果、グローカリゼーションは、当初の経済的文脈以外に、新たに社会的・政治的な文脈における用法が加わり、現在のように幅広い分野で用いられる言葉となった。(※1)
※1 参照:上杉富之「グローバル研究を超えて―グローカル研究の構想と今日的意義について―」https://www.seijo.ac.jp/files/www.seijo.ac.jp/univ/glocal/kankou/backnumber/uesugironbun.pdf
グローバル化とローカリゼーションの交差
グローバル化とローカリゼーションによる産物として、マクドナルドの「てりやきマックバーガー」の例をあげたい。
1980年代以降、グローバリゼーションの影響により世界中の社会や文化の均質化が進んだ。この代表的な事例としてアメリカのハンバーガーチェーン店であるマクドナルドが世界各国に広まり、いつでもどこでも同じ味を楽しめることができるようになった。マクドナルドが各地で人気となったことで、あらゆる食文化の均質化が危惧され「マクドナルド化」という言葉まで誕生するほどであった。(※2)
この当時、日本マクドナルドではチーズバーガーなどの定番メニューのほか、さらに日本の顧客に購買してもらえる商品を探った。そこで「ブリてり」や「鶏のてりやき」など日本食でお馴染みのてりやきソースからヒントを得て開発されたメニューが「てりやきマックバーガー」である。(※3)
マクドナルドのハンバーガーというグローバル化した食べ物が、地域や地方の独自の文化要素と組み合わさることでより大きな需要を生み出した、グローカルの代表的な事例である。
※2 参照:上杉富之『「グローカル研究」の構築に向けて―共振するグローバリゼーションとローカリゼーションの再対象化―』
https://www.seijo.ac.jp/graduate/gslit/orig/journal/jomin/pdf/sjpn-27-09.pdf
※3 参照: 日本マクドナルド 「創立50周年記念サイト」https://www.mcdonalds.co.jp/campaign/thankyou50th/history/funburger/teriyakimcburger/
グローカルが注目されている理由
近年日本でグローカルが注目されている背景には、グローバル企業が商品をローカライズするためのマーケティング戦略という文脈以上に、ローカルな企業がグローバル化に取り組むことで新たな需要を開拓し、日本が抱える人口減少や経済成長という課題を解決する要素がある。
2019年に経済産業省が発表した「グローカル成長戦略」では、日本の世界のGDPに占める割合が15.3%から6.3%に半減しているなかで、今後の経済成長には地方企業の活躍が不可欠である理由をこのように示している。
日本の地方にも「ニッチトップ」と呼ばれるような、高度な技術を有する中小企業が多く立地しており、これらの企業が縮小する国内マーケットのみを対象とするのではなく、ビジネスの国際化を進め、世界市場(グローバル)に対して、地方企業(ローカル)が製品・農林水産物・サービスを、大都会を介さず直接提供することで、海外のマーケット情報を直に入手し、海外展開によるメリットを直接享受し、海外市場の成長を最大限取り込むことが重要である。
令和の時代においては、「人口減少の最前線」である「地方」が、人口制約下でも経済成長を実現するモデルを確立することで、日本経済全体の成長につなげる、「地方の成長なくして、日本の成長なし」を実現することが急務と言える。
(※4)
つまり、日本にとって避けられない人口減少を受け止めつつ、経済面においては地方の中小企業が有するユニークかつ高度な産業や技術力に光を当て、海外への新たな販路を開拓することで引き続き成長・拡大を目指すという考えだ。
国内企業のグローカルの事例として、高知県に本店を構える、5019(ゴーイング) PREMIUM FACTORYの「龍馬バーガー」をみてみたい。(※5)
高知県にご当地バーガーがなかったことがきっかけで生まれた龍馬バーガー。長年、高知県内のカフェランキング1位を獲得するなど人気を博したこともあり、ハワイでの短期出店を経て、2017年台湾に店舗を構えた。
現地調査を重ね、台湾に根付いた文化である「デリバリー文化」に目をつけ、店舗での販売だけでなくデリバリーサービスを取り入れた。その結果、デリバリーによる売り上げは、当時の店舗売上の35〜38%を占めることになったそうだ。
国内の地方企業が現地調査を重ね、進出先の独自の文化を取り入れ、海外市場を拡大したグローカルの良い具体例ではないか。
グローカルのビジネス戦略
グローカルビジネスにはさまざまなアプローチがある。ここではグローバルな企業がローカル戦略を行う事例と、ローカルな企業がグローバル化に取り組む事例を紹介する。
グローバル企業のローカル戦略事例
先述したマクドナルドは、世界118カ国に展開する随一のグローバル企業であるが、この広がりを支える背景には現地の人々にとって親しみやすい商品の「ローカル戦略」が欠かせない。
日本のてりやきマックバーガーや月見バーガーのほかにも、香港にはバンズではなく揚げたライスで挟んだバーガーが、インドでは人口のおよそ8割が宗教上の理由で牛肉を食べられないため、牛肉を使用したバーガーは一切メニューにないなど、現地顧客の好みや食文化に合わせて商品開発を行っている。(※6)
※6 参照:ハーバード・ビジネス・レビュー「マクドナルドの現地化戦略に学ぶ5つの教訓」
https://dhbr.diamond.jp/articles/-/2348
ローカルビジネスのグローバル化への取り組み
地方を拠点にしながらも、世界的に影響力のある商品やサービスを提供する企業もグローカルな存在である。電化製品で有名なアイリスオーヤマは、宮城県仙台市に本社を置く地方企業であり、防災や脱炭素などで地域に貢献する包括連携協定を同市と結んでいる。またアマゾンなどの世界的な通販サイトに商品を登録するなど、地元地域と密接に関わりながらもグローバル市場とつながる「グローカル企業」を体現している。
同社が大きく事業成長を遂げながらも大都市に拠点を移さない理由について、アイリスオーヤマの大山健太郎会長は以下のように述べている。
東北には豊かな自然がある。仙台市は日本のシアトルにもなり得る。米国のシアトルは辺地だが、国際的に有名な企業が数多く本社を置く。自然や住環境に優れているからだ。
日本でも若くて優秀な人は、ますますライフスタイルを重視するようになる。満員電車に乗らなくても仕事と豊かな暮らしができることを打ち出せば、東北には必ず人材が集まってくる。
(※7)
地方企業がグローカル企業として成長をすることは、各地の優秀な人材に地元で働く場所を提供するほか、雇用を求めて移住する人材が増えれば、地方の人口減少や少子高齢化問題の解決の糸口につながる可能性がある。
※4 引用:経済産業省 「グローカル成長戦略~地方の成長なくして、日本の成長なし~」https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11339220/www.meti.go.jp/press/2019/05/20190515003/20190515003-2.pdf
※5 参考:NPO法人ZESDA×明治大学 奥山雅之 『グローカルビジネスのすすめ』(2021年、紫洲書院)
※7 引用:日本経済新聞「アイリスオーヤマ、グローカル企業として脱炭素や防災」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC052OQ0V00C23A8000000/
グローカルのメリット・デメリット
グローカルのメリットは地域の活性につながることだ。なかでも人口減少や少子高齢化社会に突入した近年の日本社会では、今後ますます働き手不足や内需の減少に苦しむことが予想されている。
各地の産業や経済も、国内市場だけでは持続的な成長が見込めなかったり、すでに国内市場が成熟して需要が伸びなかったりするサービスでも、海外展開により新たな外需を生み出す可能性がある。
また、ローカルビジネスが盛んになれば観光客やインバウンド、ひいては生産者や労働者の移住なども見込まれる。地方企業がグローカル化することが、結果的に持続可能な地方再生や活性化を達成する足がかりとなるのだ。
一方、グローカルのデメリットとしてはカントリーリスクがある。 カントリーリスクとは、事業を展開している国の政治経済や社会環境などにより損失を被る可能性があるということだ。近年では政情の不安定や気候変動、為替レートや金利などの市場リスク、原材料費の高騰や人材確保の困難など、世界をマーケットにするゆえの不確定要素も指摘されている。
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グローカルの社会的・政治的側面
グローカルは経済的な側面以外にも、以下のような社会的・政治的な文脈で使われることがある。
たとえば国境を越えた水や大気の汚染などのトランスナショナルな環境問題、あるいは、国際的な人権問題を扱う NGO や NPO の社会的運動の文脈ではしばしば「地球規模で考えて、身近なところで行動する」(Think globally, act locally) というようなことが叫ばれる。
あるいは、逆に「地域レベルで考えて、地球規模で行動する」(Think locally, act globally) ということも標榜される。こうした、グローバルとローカルの両方を視野に入れた運動方針がグローカリゼーションの理論に基づくものと位置付けられている。
(※2)
また、政治的な文脈という意味では、地方分権の達成や道州制の導入を目指すという文脈で使われることもある。(※1)
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グローカルの課題
グローカルは、これからの日本経済が成長するために必要不可欠な考え方である。とはいえ、地方の中小企業が海外進出に挑戦することは決して容易ではない。ここでは3つの課題を挙げてみたい。
1つ目は、中小企業の技術力・経営力向上だ。海外進出のためには、現地で売れる製品を製造する必要がある。そのために技術力やアイディアで付加価値を出すことが1つの戦略だ。また、日本企業は「技術力は高いが事業で負ける」と言われることも少なくない。欧米では、国際標準などを活用して、海外市場を獲得することが当たり前になっている。技術向上のみならず、それをビジネスにつなげる経営力を磨くことが重要だ。
2つ目に、現地での情報収集・マーケティング力だ。中小企業の中には情報が不足しておりなかなか海外展開に踏み切れない会社も存在する。個社の取り組みには限界があるため、JETROや地域商社などとの連携により情報収集・マーケティングを進めることが不可欠だと考えられる。
最後に、これら2つの課題を解消するためには人材の確保と育成が必要だ。特に地方ではこれらを企画・主導できるような中核人材がいない場合もあれば、単純労働を担う人手そのものが不足していることもある。そのため地方に埋もれた人材の活用も含め、求められる人材の質・ニーズに合わせて、分野ごと・業務ごとの人材確保や育成が重要である。(※4)
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まとめ
この記事では、グローカルという言葉が誕生した背景から近年の日本社会でとくに注目されている理由、グローカル企業の代表的な事例や今後の課題について解説した。日本社会は人口減少や少子高齢化を抱えていることから、より多くの人にとって共通の問題になるであろうグローカル化。この記事を1つのきっかけとして、それぞれの足元からできることを考える第1歩になれば幸いだ。
取材・文:さとうもね
編集:吉岡葵