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歴史からみるクリスマス事情【連載・佐藤玲のロンドン滞在記】

中学生の頃から芝居の世界に入り、現在映画やドラマ、舞台まで幅広い場で演技を続ける佐藤玲。2023年からは俳優としてだけでなくプロデュース業として作品づくりに関わったり、ワークショップを企画したりと、さらに演劇の輪を繋ぐ活動を広げている。『あしたメディア』では、現在ロンドンに短期留学中の彼女からレポートを寄せてもらうことにした。

この連載では、彼女の真っ直ぐな目線を通して見えてきたロンドンの現状をもとに、その背景を紐解き、社会との繋がりや、日本との違いについても考えていく。この旅が人生のターニングポイントと語る彼女の等身大な姿も、同時にレポートする。

ロンドンのクリスマス

そろそろ年の瀬ですね。

今年1年、皆様どんな年でしたか?良いことも嫌なこともあったと思いますが、よくがんばって1年間過ごしてきましたね。本当にお疲れ様でした!(まだあと少しあるかな?)私自身も第1回目のコラムにも書いたように、色々なことがあった1年でした。2023年、悲しいことも挑戦したことも、これからもずっと忘れられない1年として心に刻まれていくと思います。

7つの道が交差するロンドン・セブンダイアルズのイルミネーション

さてさて!年越しの前に、今回はイギリス・ロンドンで過ごすクリスマスについて紹介できればと思います。

欧米諸国のクリスマスは華やかで盛大で、とても暖かな印象です。私もウッキウキでクリスマスを過ごしたいなと意気込んでいました。この文章を書いているのは12月初旬。まだクリスマス当日にはちょっと早いのですが、すでに街中ではクリスマスの雰囲気を感じます。日本でも、ハロウィンイベントが終わる頃にはすかさずクリスマスの装飾が施されますが、こちらもまさにそんな感じ。11月に入るとすぐ、すっかり色々なものが黄色と黒から赤と緑へと変わっていました。

ロンドン・レスタースクエアのクリスマスイベント

そもそも、大前提のお話になりますが、イギリスとはイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4つの国から成る連合王国です。今回はクリスマスにおけるイギリスの歴史などにも触れていきたいと思っています。大きくイギリスと括ってはいますが、各国が連合国として統合した年代など細かく出していないため、各国における文化的背景などに多少の差異があることを予めご了承いただけると嬉しいです。

私が読んだ記事では、スコットランドでは新年のお祝いを重要視する傾向にある、という文言もありました。今回ご紹介する内容は、主にロンドンのあるイングランドのお話を中心としています。ただし、歴史に関係する話題は、その当時すでに連合王国として成り立っている場合には、イングランド以外の各地域までを含んだお話である、というイメージで読んでいただけると良いのかな?と思います。

クリスマスの食事

語学学校の先生によると、多くのイギリス人の家庭では、クリスマスはできるだけ家族で集まって食事を楽しむそうです。伝統的なお食事でいうとメインは七面鳥やガチョウなどの鶏肉を使った料理。前菜に始まり、普段からよく食べられているじゃがいもを使った料理やイギリスの伝統的なクリスマスプディングも並びます。

そうそう、プディングとはイギリスでは蒸し料理全般を指すそうで、日本の"甘いもの"というイメージとは異なります。例えば、皆さんはヨークシャー・プディングというお料理を聞いたことはありますか?ローストビーフやソーセージの付け合わせとして食べたり、グレイビーソースやマッシュポテトと合わせるなど汎用性が高い、ボウル状のシュークリームの皮です。とてもざっくり言うと、パンの代わりとなるような雰囲気のイギリスの伝統的なお料理です。

こちらはサンデー・ロースト。一番上に乗っているのがヨークシャープディング

サンデー・ローストは、こちらでは日頃からよく食べられている郷土料理。昔から、日曜日に教会へ行く前に材料をオーブンに入れて、帰宅後に家族みんなでこのランチを囲む風習があったそうです。日常的に食されているようで、イギリスの伝統的なお料理を提供するレストランにも必ず置いてあります。

クリスマスツリー

クリスマスのシンボルといえば、クリスマスツリー!

コヴェント・ガーデンのクリスマスツリー。観光名所にもなっています

ニューヨークはロックフェラーセンターに毎年飾られる巨大なクリスマスツリーが有名ですが、ロンドンにもそういった場所はあるのでしょうか。調べてみたところ、ロンドンで有名なのはコヴェント・ガーデンに出現するクリスマスツリーだそうです。他にも有名なトラファルガー広場や、ハリーポッターシリーズで有名なキングズクロス駅(9と3/4線・ホグワーツ行きの機関車が登場する駅)と、レドンホールマーケット(ダイアゴン横丁の撮影地の一部となった場所)にも、大きなクリスマスツリーが出現するとか。

クリスマス文化がイギリスでより強く華やかなものとして深まっていったのは19世紀ヴィクトリア時代頃とのこと。元々クリスマスツリーを飾る文化は無かったようで、ヴィクトリア女王の夫であったアルバート公が現在のドイツにあたるザクセン・コーブルク・ゴータから持ち込み、ウィンザー城にクリスマスツリーを飾っている絵画が1840年代前半に公表されたのがきっかけで国中に広まったそうです。

そして同じ頃、1843年にチャールズ・ディケンズによる、かの有名な『クリスマス・キャロル』が出版されました。現在も、ミュージカル『クリスマス・キャロル』はオールド・ヴィック・シアターで、2023年11月13日〜2024年1月6日まで上演されています。…んん?1月6日まで?新年を迎えているじゃないか、クリスマスの次のイベントは年末年始の謹賀新年じゃないの?と思う方もいるかもしれません。

クリスマスの歴史

よく欧米ではハッピーニューイヤーよりもクリスマスが大事、家族が集まるのはクリスマス、と聞きますよね。とはいえ、日本でいえば1月6日ともなれば、会社は始業していることも多く、学校も始まっていたりします。

『クリスマス・キャロル』の上映期間を見た時、クリスマスが過ぎた時期までそんなに長く?なんでだろう?と疑問に思いました。最初は単に劇場の都合なのかなと思ったりもしましたが、さすがに25日を10日間以上も過ぎるわけなので、興行としても不思議だなと。そして「イギリス・クリスマス・期間」などでインターネットで検索してみると面白いことが分かりました。

1780年に発行されたクリスマスをお祝いする歌・クリスマスキャロルに『Twelve days of Christmas』という曲があります。そこでは12月25日から1月6日(公現祭といわれるキリスト教のお祝いの日、前夜1月5日まで)をクリスマス期間として、12日間ずっと盛大にお祝いをするという内容です。結構長いですよね。その風習はさらに遡り、1500年代後半のテューダー朝の末期頃にはすでに広まっていたとされています。

しかし、その後の清教徒革命/ピューリタン革命により、プロテスタント(※1)が主導を握るようになるとガラッと雰囲気は変わります。

「そもそも、クリスマスというこの12日間のみ盛大にお祝いするのではなく、祈りと祝いは毎日捧げるものである」という主張から、クリスマスパーティーや25日当日の教会での盛大なミサなども廃止されることとなりました(プロテスタントではミサとは言わず、礼拝と言います)。

※1 用語:1世紀から存在するカトリック派から、16世紀頃に分離したキリスト教の新しい派閥。カトリックと比べるとより簡素で粛々としたスタイル(信仰自体も、建物の装飾なども)。プロテスタントでは、「ローマ教皇が教会のトップであり特別な存在」とするカトリックとは異なり、「人間は神様以外みな平等」と捉えます。聖職者の在り方にも差があるなど、同じキリスト教と言ってもミサ/礼拝、神父/牧師など、様々な違いが見受けられるようです。この注釈は、私がロンドンの知人などに聞いた内容を元に作成しています。

さらに話は逸れますが、ミュージカル『SIX』はご存知ですか?テューダー朝のヘンリー8世の6人の妻達を題材とした作品で、ロンドンだけでなくニューヨークなどでも上演されている人気演目です。

1人目の妻であるキャサリンの娘は、ブラッディーメアリーとも呼ばれる、イングランド女王・メアリー1世のこと。彼女は母キャサリンの影響から敬虔なカトリック教徒として育ったので、プロテスタントが行ったカトリックへの弾圧への反発心から、のちにプロテスタント派の300人以上(女性や子供も含む)を処刑します。そこからブラッディメアリーという愛称が付いたとされているそうです。

『SIX』はイギリスだけでなく、アメリカや韓国など、世界ツアーも行われているほどとても人気なミュージカルなので、私も観に行く予定です。90分というサクッと観ることができることもありがたいですし、歴史を題材にした作品でありながら、6人の妻達が現在に蘇って、メインボーカルを決めるために誰のエピソードが最悪かをショーテイストで紹介してくという何とも斬新な構成です。曲調もステージングや衣装もポップで見やすいそうなので、皆様も機会があればぜひ!

さて話は戻りますが、そんなこんなでイギリスではプロテスタント達によって一時期クリスマスが無くなりました。しかし王政復古により(幅があるのですが1660年〜1688年頃とされています)、イギリスにクリスマス文化が戻って来ることになります。その後、少しずつ時代の流れを経て、現在では12月24日のクリスマスイブ、25日のクリスマス当日、そして26日のボクシング・デーの3日間をお祝い期間とするようになったそうです。

ボクシング・デー…?

もちろん12月26日、謎のボクシング・デーも調べてみました。何だその名前は???

ボクシング・デーとは…?

この日は、イギリスを含めたキリスト教徒の多い国ではよく知られた休日。スポーツのボクシングではもちろんなく、Boxing Dayと表記され、教会などが貧しい人達のために寄付を募り箱に入れて(boxing)26日に渡したことが由来とされているそうです。

また、25日までにクリスマスプレゼントやカードを配達し忙しくしていた郵便局員への労いの意味合いもあるといいます。さらには冬のバーゲンセールが始まる日としても広く認識されていますが、最近はブラックフライデー(11月最後の週の金曜日から週末にかけてのセールデー、日本でも広がりましたよね)に押されているようです。

クリスマスを皆で祝うという観点においては期間が短くなったものの、クリスマスツリーを飾るのは12日間のまま、その伝統が引き継がれているようです。だからきっと、ミュージカル『クリスマス・キャロル』も1月6日まで上演されるのでしょう。

文化を通して、気づくこと

こちらでは冬の風物詩となっているサマセット・ハウスの野外アイススケートリンク

時代の流れの中で変遷を遂げてきたクリスマスの歴史。信仰と文化の繋がりも興味深いものでした。日本人も多くの人が無宗教という認識でありながら、年始の初詣やお盆など、見えないものへの畏敬や文化を大切にしてきたからこそ残ったイベントがあります。その国、土地土地に根ざした文化を知ることは、その土地に生まれ育った人々の考え方の根幹を感じ取ることにも繋がるのかなと感じました。

今回はクリスマス文化について調べながら書いてみました。世界史に明るい方ではありませんが、その国の文化を知ると自ずと歴史が分かります。人々が暮らしの中でたくさんの工夫や、生きるための権利を獲得してきたからこそ現在に繋がっていると思うと、壮大ながらも小さな積み重ねが時代を作ってきたんだなと感じられます。時代を描いた様々な媒体の作品も紐付いて取り上げることができ、伝えるということそのものの力も改めて実感しました。

あ、そうそう、そういえばと思い出した映画もご紹介したいと思います。2008年に制作されたアメリカ・イギリス合作の『ブーリン家の姉妹』。こちらは当時から絶大な人気を得ていたナタリー・ポートマンとスカーレット・ヨハンソンが姉妹役を演じています。先ほど紹介したテューダー朝のヘンリー8世の娘達の王朝での愛憎劇を描いた作品で、私は高校生の頃にレンタルして観ました。当時から絶大な注目を集めていた二人の大女優のほか、豪華なキャストが出演しています。時代考証を丁寧に行った上でのフィクション部分や、画面に映る衣装や美術、装飾の美しさが大きな見どころ。姉妹の愛憎と、ある種の絆から、時代の流れとその時代に生きる人々の思いが描かれています。素敵な作品ですので、ぜひ見てみて下さい。

次の掲載は年が明けてからかな。

ぜひあったかくて、よいクリスマス、そして年末年始をお過ごしくださいね。

 

佐藤 玲
俳優・プロデューサー
1992年7月10日東京都生まれ。15歳より劇団で演劇を始める。日本大学芸術学部演劇学科在学時に故・蜷川幸雄氏の「さいたまネクスト・シアター」に入団し、演劇『日の浦姫物語』でデビュー。演劇『彼らもまた、わが息子』(桐山知也)などに出演。また出演ドラマとして『エール』(NHK)『架空OL日記』(読売テレビ)、出演映画に『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(石井裕也)『死刑にいたる病』(白石和彌)『チェリまほTHE MOVIE』(風間太樹)などがある。2023年3月 株式会社R Plays Companyを設立。初プロデュース作品『スターライドオーダー』(北野貴章)を上演。現在、出演ドラマ『30までにとうるさくて』(ABEMA)がNetflixで配信中。

 

文:佐藤玲
編集:conomi matsuura