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SRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)とは?その意味や概念、世界各地の取り組みを徹底解説

SRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)とは?その意味や概念、世界各地の取り組みを徹底解説

SRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)とは?

セクシュア・リプロダクティブ・ヘルスライツ(Sexial and Reproductive Health Rights)とは、個々人が自身の生殖に関する権利をもち、その権利が尊重されるべきであるという概念である。この概念は広範で包括的なアプローチであり、性と生殖に関するさまざまな側面に焦点を当てている。

SRHRの基本的な定義

SRHRは、Sexial and Reproductive Health Rightsの頭文字を組み合わせた単語である。Sexial(性)、Reproductive(生殖)、Health(健康)、Rights(権利)で構成されたSRHRは日本語では「性と生殖に関する健康と権利」と訳される。(※1)

1994年にエジプトで開かれた国際人口開発会議(カイロ会議)において、子どもを産むか否かの決定権つまり生殖の権利は(リプロダクティブ・ヘルス&ライツ)、国家によって管理されるものではなく個人に属する重要な権利だと合意された。(※2)2002年には、WHO(世界保健機関)がセクシュアルヘルスという概念を定義し、既存のリプロダクティブ・ヘルス&ライツと結びつくことでSRHRとまとめられることも増えてきた。(※3)

人口増進や、中絶の選択が国家の方針によって左右されることが疑われていなかった時代から、性や生殖に関する権利は国家ではなく、紛れもなく個人に属しているということが国際社会によって認識され、その過程で誕生したのがSRHRと言えよう。

※1 参考:JOICFP「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR:性と生殖に関する健康と権利)とは」
https://www.joicfp.or.jp/jpn/know/advocacy/rh/
※2 参考:日本経済新聞「軽くみた少子化、対策の好機を逃す 平成の30年 高齢化先進国(6)」https://www.nikkei.com/article/DGXMZO41022500X00C19A2TM1000/
※3 参考:SRHR Initiative(研究会)「SRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ)とは」
https://srhr.jp/srhr/

SRHRが個人と社会に与える影響

SRHRの概念の登場は、個人と社会にとって新たな視点と影響を与えることとなった。

日本の場合を見てみると、旧優生保護法下で行われた強制不妊手術はSRHRの観点からも違憲の対象として議論されることとなった。法律の定めるところにより、個々人の生殖の権利が侵害されたことはSRHR、特にリプロダクティブヘルスの侵害であろう。

2019年5月には、旧優生保護法下での強制不妊手術巡る訴訟で、同法が違憲であることを認める判決が下された。原告側は、強制不妊手術はリプロダクティブ・ライツの侵害であり、憲法13条の幸福追求権に反するものだと主張した。

強制不妊手術巡る訴訟で最初に判決がでたこの裁判において、以下のような判決がなされた。

中島裁判長は子供を産み育てるかどうかを意思決定する権利(リプロダクティブ権)は憲法で保障される個人の基本的権利にあたると指摘した。「不妊手術は子供を望む者にとっての幸福を一方的に奪うもので、権利侵害は甚大だ」と述べ、幸福追求権を定めた憲法13条に違反するとした。

(※4)

2019年4月には強制不妊救済法が成立している。(※5)この例だけに限らず、SRHRの登場とその浸透は、これまで性や生殖が第三者によって管理され侵害されてきた人々が権利を主張する際の手段となり、自身が受けてきた管理や侵害行為を自覚するきっかけにもなった。そして、個人の性と生殖を管理していたものたちにとっては反省と改善、権利保護を認知させることにもなったとも言えよう。

※4 引用:日本経済新聞「旧優生保護法は『違憲』、強制不妊手術巡る訴訟で 仙台地裁」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45359060Y9A520C1MM8000/
※5 参考:朝日新聞デジタル「強制不妊救済法が成立、旧法から71年でようやく」
https://www.asahi.com/articles/ASM4R4G2RM4RUTFK00X.html

SRHRの歴史

SRHRは国際社会のなかで誕生してきた歴史を有している。

国際的な合意と宣言の進化

SRHRの前身であるリプロダクティブ・ヘルス&ライツが定義されたのは、前述のように1994年のカイロ会議であった。翌年の1995年に北京で開催された世界女性会議で採択された「行動綱領」にもリプロダクティブ・ヘルス&ライツに関する以下の概念が盛り込まれた。(※6)

リプロダクティブ・ヘルスとは,人間の生殖システム,その機能と(活動)過程のすべての側面において,単に疾病,障害がないというばかりでなく,身体的,精神的,社会的に完全に良好な状態にあることを指す。したがって,リプロダクティブ・ヘルスは,人々が安全で満ち足りた性生活を営むことができ,生殖能力をもち,子どもを産むか産まないか,いつ産むか,何人産むかを決める自由をもつことを意味する。この最後の条件で示唆されるのは,男女とも自ら選択した安全かつ効果的で,経済的にも無理がなく,受け入れやすい家族計画の方法,ならびに法に反しない他の出生調節の方法についての情報を得,その方法を利用する権利,および,女性が安全に妊娠・出産でき,またカップルが健康な子どもを持てる最善の機会を与えるよう適切なヘルスケア・サービスを利用できる権利が含まれる。

(※7)

そして現在では、リプロダクティブ・ヘルス&ライツにセクシュアルの観点が含まれたSRHRという概念が広がりつつある。

※6 参考:富士市「SRHR(性と生殖に関する健康と権利)をご存じですか」
https://www.city.fuji.shizuoka.jp/machi/c1002/rn2ola000004vboq.html
※7 引用:男女共同参画局「第4章 戦略目標及び行動 C 女性と健康
https://www.gender.go.jp/international/int_standard/int_4th_kodo/chapter4-C.html

SRHRの歴史的な背景と進化

リプロダクティブ・ヘルス&ライツは、SRHRとも呼ばれるようになり、セクシュアリティや性教育の問題に関する議論も進んできている。ありのままの自分で生きたいというセクシュアリティの議論の加速につれて、男女問わず自身の性を選択できる権利、性のあり方などを内包するSRHRの概念へと発展してきたとも考えられる。

性別に関係なく、個人は自身の性のあり方を決定する権利をもち、生殖を決定する権利を持つということだ。

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セクシュアルライツ&ヘルスの概念

SRHRは、セクシュアル・ライツ、セクシュアル・ヘルス、リプロダクティブ・ライツ、リプロダクティブ・ヘルスの4つの要素に分解してみると考えやすいだろう。それぞれの要素を尊重し、権利を保護することがSRHRの目標である。

セクシュアル・ライツ&ヘルスとは?

まずセクシュアル・ライツの前提になっているセクシュアリティとは、性的指向、性的嗜好、性的アイデンティティ、性的行動など個人が性的な感情や性的な指向を経験する総合的な概念を指している。

セクシュアル・ライツとは、個々人がそのセクシュアリティを自身で決定できる権利のことである。セクシュアル・ライツを保護することは、個人の性に関する決定を尊重することであり、それに対して向けられる暴力や差別から個人を守ることでもある。

セクシュアル・ヘルスとは、自身の性に関して精神的、身体的に満たされており、かつそれが社会的にも認められていることを指す。(※1)

セクシュアルライツ&ヘルスの向上のための基本的な要素

セクシュアルライツおよびヘルスを向上させるためには、自分自身が性のあり方を決められる権利を持っていることを自覚すること、そして他者もその権利を有していることを理解することが重要である。

自身の権利と他者の権利を理解するためには、適切な性教育を受けること、特定のセクシュアリティを持つ人々への暴力や差別をなくすための適切な法制度の整備、自身や他者のセクシュアリティを気軽に語り合える居場所の創出などが挙げられるだろう。

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リプロダクティブライツ・ヘルスの概念

次にリプロダクティブライツとは、子どもを産むか産まないか、何人子どもをもうけるかといった生殖に関する事項を決められる権利のことをさす。妊娠、出産、中絶について十分な知識を得て、それらについて自身で決定できることだ。

また、国際協力機構 緒方貞子平和開発研究所(JICA緒方研究所)によるとリプロダクティブ・ヘルスとは、「人間の生殖システムおよびその機能と活動過程のすべての側面において、単に疾病、障害がないというばかりでなく、身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態にあること」(※8)を指す。

※8 出典:国際協力機構 緒方貞子平和開発研究所「開発課題に対する効果的アプローチ リプロダクティブヘルス 第1章 リプロダクティブヘルスの概況」
https://www.jica.go.jp/Resource/jica-ri/IFIC_and_JBICI-Studies/jica-ri/publication/archives/jica/field/pdf/200408_02_01.pdf

リプロダクティブ・ヘルスの特徴と課題

リプロダクティブ・ヘルスが健全な状態であることは、ただ身体的に健康であることだけではなく、自身の身体に関する知識にアクセスすることができ、心身ともに充足した状態で権利を維持できることをさす。

例えば、適切な避妊方法の知識を持たない女性が望まぬ妊娠をして中絶の選択を迫られる状態は、リプロダクティブ・ヘルスが獲得された状態とは言えない。出産に関わる部分だけではなく、その前提となる知識の獲得や理解を持って初めてリプロダクティブ・ヘルスに近づく。そのためにはやはり、教育機関や政府がリプロダクティブ・ヘルスに関する現状を把握し、その改善のために適切な性教育を受けることや、信頼できる情報に手軽にアクセスできる仕組みづくりが必要である。

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世界各地のSRHRの現状

SRHRは、特に女性の性のあり方や妊娠、出産、中絶といった生殖の問題と非常に深く関連している。リプロダクティブ・ヘルス&ライツやSRHRという言葉が誕生してから少し時間は経ったものの課題は山積みである。ここではSRHRに関わる基本的課題と、主に途上国で発生しているSRHRに関する課題を紹介する。

妊娠、出産、家族計画に関するリスクと権利

前提として、妊娠、出産、家族計画は、国家政策として定められたり、妊娠・出産を行う女性の意思に依らない場所で決定されたりするリスクを抱えている。戦時中の日本の「産めよ増やせよ」の人口政策や、中国の「一人っ子政策」もその例だ。国の方針によって、女性の身体は管理されてきたとも言えよう。

また、どうしても男の子・女の子が欲しい、子どもは何人欲しいといった、出産者当事者以外の方針によって子どもを産む・産まないが決定される場合もある。

妊娠、出産、家族計画に関するリスクと権利

地域別のSRHRの取り組みと課題

SRHRを検討する際に、欠かせないテーマは人工中絶についてだ。人工中絶は、各国においてSRHRを保障するための重要な基準となっており、近年ではニュージランドや韓国で人工中絶が合法化された。

人工中絶に関してSRHRを推進するNGO団体JOICFPの特集で以下のように述べられている。

現在、妊娠可能年齢の女性の 59% に相当する9億7,000 万人の女性が、中絶が広く認められている国に住んでいます。一方、女性の 41% は制限的な法律の下で生活しており、約7億人の妊娠可能年齢(15~49歳)の女性が、安全で合法的な中絶ケアにアクセスできていません。

UNFPAの「世界人口白書2022」によれば、人工妊娠中絶の合法化という点について、特に理由は問わないという国から、かなり限定的な条件の下でのみ合法という国までを含めると、国連加盟国のうちデータのある147カ国(96%)が該当します。しかし、そのうち28%で、既婚女性は夫の同意が必要とされ、36%は、未成年者は司法の同意が義務付けられ、63%では、違法に中絶した女性は刑事責任を問われる可能性があるといいます。

(※9)

中絶という権利をとってみても、それを個々人が決定することがどれほど難しいことかが見てとれるだろう。

なお日本では人工妊娠中絶が合法化されているものの、手段を取るにはパートナーの同意が必要な規定となっている。2022年6月、この規定の廃止を求め約8万2千人の署名が厚生労働省に提出されたが、いまだに配偶者の同意が必要なままである。(※10)

※9 引用:JOICFP「【第5回】世界におけるセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)の取り組み ~国際社会で揺れ動くSRHR」
https://www.joicfp.or.jp/jpn/column/srhr-initiatives-world-05/
※10 参考:朝日新聞デジタル「「安全な中絶は女性の権利」 配偶者同意なくして 8万人の署名提出」
https://www.asahi.com/articles/ASQ6W6TGXQ6WUTFL019.html

途上国におけるSRHRの課題

途上国におけるSRHRの課題を、JICA発表の資料でみてみよう。

世界では毎年50万人以上の女性が、妊娠と出産に起因した要因で死亡しているが、このうち99%が開発途上国で起きている。出産可能年齢にある女性の病気の5分の1以上が性と生殖に関係している。最貧困層の女性ほど避妊実行率が低く、早く出産を経験し、アフリカ全体の平均合計特殊出生率は5人となっている。世界中で約1億3000万人の女子が女性性器切除(FGC)を経験しており、毎年200万人がその危険にさらされている。

(※8)

途上国において、SRHRの課題は女性の死に直結する深刻な問題であり続けている。そして、自己の意思に関わらず身体にメスを入れられる危険性まで、とても身近に有しているのだ。

まとめ

自分の身体に対して、自分が決定権を有するのは当然のことであるように思える。しかし、私たちの社会を振り返ってみたとき、そして世界の状況を見渡してみたとき、それは案外普通のことではないことがわかるだろう。十分な情報や知識にアクセスできることに感謝しつつ、同時に身体が他者によって管理される可能性がいつでもあることに警戒しながら、私たちはSRHRを理解していく必要がある。

 

文:小野里 涼
編集:吉岡 葵