- クィアベイティングとは
- クィアコーディングとの違い
- 海外でのクィアベイティングへの反応
- 日本でのクィアベイティング事例
- クィアベイティング批判の裏側:正当な懸念と誤解
- クィアベイティングの認知とインクルーシブ社会の実現
ここ数年で、LGBTQ+やクィア、性的マイノリティといった言葉の認知度がぐっと上昇した。社会課題の解決において、課題そのものが認知されることは重要である。一方で、それらの課題がブームのように広がることで、ビジネスに転用しようとする企業や人が現れることも事実だ。
この記事では、性的マイノリティに対する注目をマーケティング的に悪用する「クィアベイティング」という手法について紹介する。
クィアベイティングとは
クィアベイティングとはどんな意味を持った言葉なのか、定義と起源を紹介する。
クィアベイティングの定義
クィアベイティング(Queer‐baiting)は、「クィア(queer)」と、「ベイト(bait)」を組み合わせた言葉だ。「クィア」は既存の性のカテゴリに当てはまらない人々の総称で、「ベイト」は釣りや狩りで使われるエサのことを指す。
クィア当事者ではない人が、あたかもクィアであるかのように振る舞ったり、クィアであるかと匂わせるような行動・演出をすることで、注目を集めるマーケティング手法やブランディング手法を「クィアベイティング」と呼ぶ。
たとえば、ドラマや映画、書籍などの登場人物がクィアであることをほのめかしながら直接の言及を避けたり、アイドルやタレントが実際にはそうではないのにクィアであるかのように振る舞ったりすることが当てはまる。
クィアとして生きづらさを感じている人がいる一方で、その特徴を商品化することに批判が集まっているのだ。
クィアベイティングの起源
アリゾナ州立大学のジュリア・ヒンバーグ教授をはじめとする数々の専門家が、クィアベイティングという言葉は、2010年代初頭に登場したと説明する。当時、アメリカで流行していたドラマ「SUPERNATURAL/スーパーナチュラル」「THE 100/ハンドレッド」やイギリスのドラマ「SHERLOCK/シャーロック」における登場人物の描写に対し、批判が集まったのだ。具体的には同性同士の登場人物が友情以上の関係を持っているように見せながらも、明確には言及されなかったことなどから、視聴者に誤解を与えるという声が寄せられた。
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クィアコーディングとの違い
クィアベイティングと似た言葉「クィアコーディング」について紹介する。
クィアコーディングの意味と目的
クィアベイティングに関連する言葉としてクィアコーディングがある。映画やアニメにおいて、登場人物のセクシュアリティを明示はしないものの、クィアとして読み取れるようにステレオタイプにコード化して描くことをを指す。
クィアコーディングは非常に古くから用いられてきた手法だ。遡ればジェーン・オースティンやヴァージニア・ウルフといった作家たちもクィアコーディングを用いている。より身近な例としては、ディズニー作品『リトル・マーメイド』のアースラや『ライオン・キング』のスカーなどが挙げられる。必ずしもそうだとは言い切れないが、悪役にクィアコーディングが用いられることは多い。
両者の比較と区別のポイント
クィアベイティングとクィアコーディングは、その歴史の長さと背景に基づき、少し意味合いが異なる。
クィアベイティングは性的マイノリティを商品化しているとして、ほとんどの場合批判される行為だ。一方で、クィアコーディングはポジティブに捉えられていた時代もある。今よりもLGBTQ+が世間的に受け入れられていなかった時代に、差別や批判を避けるために、あえて登場人物のセクシュアリティを明示せずにクィア性を表現するために、クィアコーディングは用いられてきたのだ。
ただ、前述の通り、意図的に悪役をクィアコーディングする傾向があったのも事実で、LGBTQ+当事者のステレオタイプを助長しかねないなどの批判も問題になっている。
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海外でのクィアベイティングへの反応
クィアベイティングに関する批判は海外で数多くされている。いくつか事例を取り上げたい。
外国のテレビドラマや映画
国際的なエンターテインメント業界において、クィアベイティングに対する議論は広がっている。たとえば、映画『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒(20)』が、その一連の対応において批判を集めたことがある。
米ハリウッドでプレミア上映に訪れたある出演者はインタビューにて「ブラックマスクとザーズはゲイである」という疑惑に対し明確な答えを示さなかった。さらに、そのインタビューを取り上げたメディアが「映画『ハーレイ・クイン』のヴィランたちはおそらくゲイ」などと報道したことで、クィアを匂わせた宣伝として広まってしまった。
海外アーティスト
音楽のアーティストがクィアベイティングをしているとして批判されることも数多くある。たとえば、歌手のアリアナ・グランデが2019年に楽曲『MONOPOLY』の中で、“I like women and men”(女性も男性も好き)と歌ったことが、クィアベイティングだと批判された。アリアナ・グランデは性的指向を公表していないため、真偽はわからない。
また、歌手のハリー・スタイルズもライブパフォーマンスやファッションの面からクィアベイティングだと批判されることがある。ハリーはライブ中にレインボーフラッグを掲げ、過去には「僕らはみんなちょっとだけゲイ」といった発言をしたこともあるが、自身のセクシュアリティは公言していない。
海外ブランド
ブランドの広告などにおいても、クィアベイティングが用いられることがある。代表的な例として、2019年5月にカルバン・クラインが発表したキャンペーン「I SPEAK MY TRUTH IN #MYCALVINS」の動画がある。
この動画内で、女性モデルのベラ・ハディットとバーチャルインフルエンサーの女性であるリル・ミケーラのキスシーンが公開された。ベラ・ハディットは異性愛者であるため、大きな批判を集めた。
日本でのクィアベイティング事例
海外だけでなく、日本におけるクィアベイティングの事例を取り上げる。
日本のテレビドラマ・映画
日本においてもクィアベイティングが行われる場合がある。たとえば大河ドラマなどの歴史物の中では、同性愛が描かれることがある。しかし、事実かどうかの判断が難しいがゆえに、都合よくクィアベイティングに用いられているという指摘が出ることもある。
日本のファン文化
また、日本においては特にコンテンツやタレントなどのファンがクィアベイティングを加速させている側面もあるとされる。
たとえば、実際には同性愛者ではないアイドルがメンバー同士で友情以上の関係があるかのように振る舞うことを喜ぶファンなども存在する。
クィアベイティング批判の裏側:正当な懸念と誤解
ここまでクィアべティングの概念や事例を紹介してきたが、改めてクィアベイティングの問題点をまとめてみたい。
なぜクィアベイティングは問題視されるのか
前述の通り、クィアベイティングは「クィア」という特徴を商品化してしまうことに問題がある。1人ひとりのアイデンティティをマーケティングのために利用してしまうのは軽率な行為だ。
実際に性的マイノリティであることによって苦しんでいる人々を傷つけることにも繋がりかねない。
行き過ぎた批判
一方で、クィアベイティングに関する議論にはまだまだ難しさもある。たとえば本記事でも紹介したように、クィアベンディングと批判されている著名人の中には、自身のセクシュアリティを公開していない人もいる。
批判が集まったことにより、意図せず自身のセクシュアリティを公表せざるを得なくなってしまったら、それはアウティングと変わらなくなってしまう。
セクシュアリティの公表は強制できるものではない。その行為が本当にクィアベンティングなのかの判断は、厳密には第三者ができるかどうか微妙なところなのだ。
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クィアベイティングの認知とインクルーシブ社会の実現
数十年前のことを考えてみると、クィアベイティングという言葉や考え方すら生まれていなかった。クィアベイティングという言葉の認知が上がってきたいま、性的マイノリティの権利や生きやすさを考える機会は増えてきていると言えるかもしれない。
今後、さらに性的マイノリティへの理解が深まることで、クィアベイティングのような誤ったマーケティング手法によるものではなく、本当にインクルーシブな社会の実現につながるのではないだろうか。
文:武田大貴
編集:吉岡葵