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2050年カーボンニュートラル達成の鍵を握るのは「地熱発電」かもしれない。日本における現状や課題とは?

2023年4月、SNSで巨大なこけしの画像が話題になった。(※1)このこけしは、じつは発電機なのだ。宮城県にある鬼首(おにこうべ)地熱発電所に設置されたこの地熱発電機は、こけしの頭部が発電機と胴体部がタービン(※2)になっている。地域の伝統工芸品である鳴子こけしのデザインをあしらうことで、広く知られ、地域に根ざした発電所になれば、という思いが込められているそうだ。

ところで皆さんは地熱発電についてどのくらいご存知だろうか。同じ再生可能エネルギーを用いた、太陽光発電や風力発電は多くの人が目にしたことがあるのではないかと思う。一方、地熱発電については実際に見たことがある人は少ないのではないだろうか。

そこで今回は、地熱発電の仕組みや、地熱発電を取り巻く世界や日本の状況、地熱発電のメリットやデメリットなどについて見てみたいと思う。

※1 参考:河北新報オンライン「タービンに「鳴子こけし」 鬼首地熱発電所が設備一新、工事終え営業運転開始 宮城・大崎」
https://kahoku.news/articles/20230403khn000077.html
※2 用語:蒸気、ガス、空気、流水、などが持つ運動エネルギーを動力として利用できるように変換する機械。

そもそも地熱発電の仕組みとは?

地熱発電は風力発電や太陽光発電と同じ再生可能エネルギー(※3)で、「地熱」を用いた発電方法だ。地球の中心部は、5,000度を超えており、この超高温部分から絶えず熱の波が発生している。この地球内部にある熱を「地熱」という。

文字通り地球が発している熱を用いて発電するのが地熱発電なのだが、どのようにして地熱を電力に変えているのか。

地熱が存在する火山周辺はマグマ溜り(※4)を熱源として、地熱地帯が発達している。その周辺に雨水が流れ込むことで作られるのが地熱貯留層(ちねつちょりゅうそう)だ。

地熱貯留層に貯まった雨水はマグマによって熱され、地熱流体(ちねつりゅうたい)になる。雨水の浸透と共に地層にあった空気の隙間がなくなり、高温に熱せられた雨水に圧力がかかる。この高温高圧状態で溜まった状態を地熱流体と呼び、そこに井戸(生産井)を掘り、地熱流体から得た蒸気でタービンを回し発電する。これが地熱発電の仕組みだ。

引用:経済産業省資源エネルギー庁「地熱のページ」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/resources_and_fuel/geothermal/explanation/development/about/

地熱発電の方法には、地熱貯留層にある高音の天然蒸気を用いて直接タービンを回す「フラッシュ方式」や地熱流体で地熱により別の媒体を温め蒸気化させ、その蒸気でタービンを回す「バイナリー方式」がある。

2023年4月時点で、日本に出力が1,000kW以上の地熱発電所は24箇所存在するが、その内の約7割がフラッシュ方式を採用している。

一方、バイナリー方式であれば地熱流体の温度が低くても発電可能なため、バイナリー方式を採用した中小規模の発電所は年々増加しているのだ。

※3 用語:一度利用しても無くならずに繰り返し利用できるエネルギー。
※4 用語:火山地帯の地下で、岩が1,000度以上もの温度になってドロドロに溶けているところ。

他の再生可能エネルギーと比べてどうなの?

地熱発電は風力、太陽光などの他の再生可能エネルギーを用いた発電方式と比べた時にどのようなメリットがあるのだろうか。

安定した発電が可能

1つ目の特徴は、安定した発電が可能なことだ。風力発電や太陽光発電と違い、地熱発電は天候や季節、時間帯に影響を受けない。そのため、安定した電力量が見込まれるのだ。

例えば、太陽光発電の場合、その日の天候により発電量は変動する。曇りの場合は晴天時の3分の1〜10分の1程度、雨の日では5分の1〜20分の1程度まで減少するのだ。

余談だが、1年を通して太陽光発電の発電量が最も少ない時期は「梅雨」ではなく、冬の時期なのだ。その理由は、冬は日照時間が短いからだ。つまり太陽光発電は天候だけでなく季節にも影響を受けてしまう。その点、地球が発し続けている熱を活用した地熱発電は年中安定した発電が可能なのだ。

環境への影響が少ない

2つ目の特徴として、環境への影響が小さい点が挙げられる。

よく、発電所と環境の関係で焦点になるのが、CO2の排出量だ。そこで、発電方法別の二酸化炭素排出量を見てみよう。

電力中央研究所報告を参考に筆者作成。
https://criepi.denken.or.jp/hokokusho/pb/reportDownload?reportNoUkCode=Y06&tenpuTypeCode=30&seqNo=1&reportId=8713

グラフからもわかる通り、火力発電はもちろん、再生可能エネルギーを電源とする発電と比較しても地熱発電はCO2排出量が少ないのだ。

CO2の排出量が少ない電源に、原子力と水力が挙げられている。一方で、原子力発電は福島県第一原発の事故に代表されるように核のゴミの海への流出と隣り合わせであったり、水力発電はダムの開発による周辺地域の生態系のバランスに影響をきたすことが懸念されていたりなど、どちらも環境への影響が懸念されていることも事実だ。

CO2の排出量も少なく、上記に挙げる様な環境への影響も少ない地熱発電こそが、環境に優しい発電方法といえるのではないか。

また、国内にはまだ活用されていない地熱資源が多くあると算定されている。石油、石炭、天然ガスなどの燃料は輸入に頼る必要があるが、地熱であればその必要がなく、国内で自給自足が可能なのだ。

2018年時点で日本のエネルギー自給率は11.8%、化石燃料依存度は85.5%だ。また、いずれの化石燃料もほぼ100%海外輸入に依存している状況なのだ。(※5)このような状況の日本にとって、活火山を有し、数多くの温泉地が存在するという特色を生かした地熱発電の活用は大きなメリットではないだろうか。

※5 参考:経済産業省資源エネルギー庁「日本のエネルギー2020年度版 『エネルギーの今を知る10の質問』」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/pamphlet/energy2020/001/

世界や国内における地熱発電の状況は?

地熱発電は、どれほど盛んに行われているのだろうか。まずは世界の状況を見てみたいと思う。

世界で最も地熱発電を行っている国はアメリカだ。地熱資源量、発電量共に世界1位となっており、地熱資源量は3,000万kW、発電量は3,700MW(メガワット)になる。世界最大規模の地熱地帯「ザ・ガイザーズ地熱地帯」があることが1位の要因だ。

アメリカに次いで地熱発電が盛んな国は、インドネシアだ。地熱資源量、発電量が共に2位になっている。インドネシアの地熱発電には特徴的な点がある。それはインドネシアの地熱発電設備容量が急増していることだ。

インドネシアは世界第4位の2億7,000万人の人口を誇り、年率5%前後の経済成長率を維持している。このような状況から、安定した電力供給と再生可能エネルギーへのシフトが課題となっていたのだ。そこで目をつけたのが自国の豊富な地熱資源を活用できる地熱発電だった。

地熱発電の取り組みの成果は着実に出ており、2010年に1,197MWだった地熱発電設備容量は2020年には約2倍の2,289MWに増加した。

上記以外の国を見ても、トルコやケニアなどで地熱発電の設備容量は増加している。つまり世界的に、地熱発電の需要が増加傾向にあるのだ。

では、日本の地熱発電はどのような状況だろうか。

「地熱発電大国、日本」になりえる可能性

実は日本は、アメリカ、インドネシアに次ぐ世界第3位の地熱資源量を誇っている。(※6)しかし、日本では地熱発電が盛んに行われておらず、多くの地熱資源は眠ったままなのだ。その結果、地熱発電設備容量は第10位という現状がある。

また、日本の電力において地熱発電が占める割合も非常に少ない。2019年時点で、日本における地熱発電所の発電設備容量は、合計約54万kWで、日本の電力需要のわずか0.2%にしかすぎない。(※7)

世界中で再生可能エネルギーによる発電の必要性が高まり、地熱発電が拡大を見せているのにもかかわらず、日本で地熱発電が大きく増加していないのはなぜなのだろうか。その理由は地熱発電所を建設する上での課題にあり、大きく2つの課題に分類することができる。それぞれどのような課題か見てみよう。

※6 参考:経済産業省「地熱資源開発の現状と課題について 主要国における地熱資源量及び地熱発電設備容量」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shigen_nenryo/pdf/018_02_00.pdf
※7 参考:独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構 地熱資源情報「日本の地熱発電」https://geothermal.jogmec.go.jp/information/plant_japan/#:~:text=

他の発電方法よりもコストが高い

地熱資源は目に見えない地下資源であるため、掘削調査が複数必要であること、掘削に時間がかかることから、地熱開発のコスト及びリスクが高いのだ。

経済産業省が報告している資料の中に、各電源ごとに1kWの発電にかかる発電コストを比較した試算がある。

引用:「2020年の電源別発電コスト試算」(※8)

この表によれば、今、日本の電力の最大を占めているLNG火力発電は10.7円、原子力発電は11.5円、また同じ再生可能エネルギーを用いた事業用の太陽光発電は12.9円だ。

一方で、地熱発電は16.7円と他の発電方法に比べてコストが格段に高い。1kWごとの試算で見れば微々たる差のように感じてしまうが、数万kWと発電する場合にこの差は大きなものとなってしまうのだ。

※8 引用:経済産業省 発電コスト検証ワーキンググループ「基本政策分科会に対する発電コスト検証に関する報告(令和3年9月)」https://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/mitoshi/cost_wg/pdf/cost_wg_20210908_01.pdf

地熱資源の80%は国立公園内に

地熱発電はその仕組み上、太陽光発電などと違いどこでも発電ができるわけではなく、地熱資源が存在する場所でしか発電ができない。

その地熱資源がどこに眠っているかというと、日本の場合は約80%が国立公園などの自然公園内にあると算定されている。これら公園へのいまある環境への影響を鑑みたこともあり、政府は、国立公園内における地熱開発を認めていなかったのだ。

しかし、近年はその方針を転換しており、第2種特別地域及び第3種特別地域(※9)であれば、「自然環境の保全や公園利用上の支障がなく、特別地域の地表への影響のない場合」は地熱開発を認める方針だ。(※10)

また、日本の地熱資源の近くには温泉資源が存在する場合が多く、地元住民は、地熱開発が温泉資源に影響を及ぼすのではないかと懸念することが多いのだ。

国立公園と温泉資源の課題からわかるように、地熱資源の開発には地域住民から理解を得ること、環境への配慮を行うことが必要不可欠であることがわかる。

発電所の建設が計画されていたが、計画半ばで頓挫した事例もある。その要因として「正式な話し合いの場が設けられず、環境保護団体からの反対があったこと」や「話し合いの場が設けられていても、地域住民への説明や議論が十分になされず、最終的な地権者の同意を得れなかったこと」が挙げられる。

この事実からも、地熱発電を行うには地域住民との連携が必要不可欠であることがわかるのではないだろうか。(※11)

※9 用語:自然公園は、自然環境を守る観点から、特別保護地区、第1種特別地域、第2種特別地域、第3種特別地域、普通地域に区分されている。特別保護地区と第1種特別地区では、自然環境保護の景観を維持するという理由から地熱開発が認められていない。
※10 引用:環境省「国立・国定公園内における地熱開発の取扱いについて」https://www.env.go.jp/content/900488902.pdf
※11 参考:環境省自然環境局「温泉資源の保護に関するガイドライン(地熱発電関係) (改訂)」
https://www.env.go.jp/nature/onsen/pdf/guideline202303.pdf

地域理解の促進と地熱の活用例

地熱発電を推進していく上で必要なことは地域との連携であることがわかった。ではどのように連携を進めていけばいいのだろうか。

地域連携のヒントを探るために、「周辺環境への配慮」と「地熱発電が地域にもたらすメリット」の2つの観点から国内事例を見てみることにする。

周辺環境の保全と着工10年以上前から実施する温泉調査

山葵沢地熱発電所(写真提供:湯沢地熱株式会社)

周辺地域との良好な関係を築いた例として、2019年5月、秋田県湯沢市に誕生した山葵沢(わさびざわ)地熱発電所の事例がある。

山葵沢地熱発電所では周辺温泉事業者をはじめとする地元関係者の理解を得るために事業計画の説明や地域住民向けの発電所現場見学会などを実施。また、着工の10年以上前から毎月継続して温泉調査を実施し、源泉所有者へのデータ共有を行うなどし、着実に地元関係者の理解を得た。

そのほか、建設時には工事作業員に対して環境保全意識の啓発を実施するなどし、周辺環境に生息する希少植物、希少動物や昆虫類等に配慮しながら開発したのだ。

このような周辺環境に配慮した取り組みが評価され、2020年には一般財団法人新エネルギー財団が主催する新エネルギー等に係る設備等の導入、機器の開発、地域に根ざした導入の取組みを表彰する新エネ大賞で資源エネルギー庁長官賞を受賞した。

熱水や蒸気の活用が地域にもたらすメリットとは

続いて、地熱発電で発生する、熱水や蒸気を活用して地域と共生をしている事例を紹介する。

北海道の森発電所では、地熱発電で蒸気を取り出す際に発生する熱水を農業に利用している。熱水を利用することで得られる温水を園芸ハウス施設に供給しているのだ。

園芸ハウスで生産されているトマトは、森町の作物別販売額1位の基幹作物となっていることからも、地熱発電が地域にメリットをもたらしていることがわかるのではないだろうか。

森発電所(写真提供:北海道電力株式会社)

また、1966年に運転を開始した、日本で1番最初の商業用地熱発電所である、岩手県八幡平市にある松川地熱発電所も地域にメリットをもたらしている。

松川地熱発電所の蒸気を活用して作られた温水は地域の温泉や地元の農業組合へ供給されている。送られた温水は地域の宿泊施設の給湯用、温泉用として使われている。また、周辺団地の冬期暖房用や周囲の雪を溶かすなど、地域の人々の生活にメリットもたらしているのだ。

2050年カーボンニュートラル達成の鍵を握る地熱発電

地熱資源が多く眠る日本。国内の地熱資源を有効活用することで、630億〜796億kWの電力を補うことができるという試算もある。2021年度、日本の需要電力量の合計は8,816億kWhだった。単純計算ではあるが、いまある電力量の10分の1ほどを地熱で賄うことができる可能性がある、というのは地熱発電が持つ可能性を示すには十分な数字じゃないだろうか。

日本屈指の温泉地・別府では、温泉はもちろん、蒸気による調理方法や、蒸気を暖房として活用するなど、地熱が地域住民の生活に馴染んでいる。絶えず発せられる地球の熱に人々の生活が支えられているのだ。

さらに、別府市には温泉源を利用している発電所としては、日本最大級の地熱発電所があり、温泉の蒸気を活用した発電がなされている。

地熱発電機の設置による温泉温度の低下などの問題は指摘されているが、すでに湧き出ている温泉の低温蒸気を活用したバイナリー方式の発電であれば、それらの問題をクリアできるのではないか、という研究も進んでいる。

温泉大国日本における地熱資源の活用が、まだ見ぬ産業やメリットをもたらすかもしれない。エネルギー資源が少ない日本。2050年にカーボンニュートラルを達成するための鍵を握るのは地熱発電なのではないか。

 

文:吉岡葵
編集:おのれい