よりよい未来の話をしよう

ちょっぴり不自由な宿ume,yamazoeが目指す「優しい世界」

四季折々の植物や気候を感じられる自然の魅力が味わえる奈良県の山添村に、築100年を超える民家をリノベーションして作られた宿泊施設「ume,yamazoe」がある。電波は届きづらく、近くにコンビニもない、少し不自由な場所ではあるが、「ない」ことが多いからこそ、そこに「ある」幸せに気づくことができる。そんな宿泊施設だ。

ume,yamazoeでは2022年からある取り組みを行なっている。障がいや病気があり旅行をする機会がなかった方とその家族や大切な方を無料で招待する「HAJIMARI」という取り組みだ。月に1回特別招待枠を設けており、宿泊者は抽選で決まる。奈良県の山奥にある宿泊施設がこのような取り組みを始めたわけ、また取り組みを通して実現したいことはなんなのだろうか。ume,yamazoeの代表を務める梅守志歩さんに話を伺った。

社会は色々な人がいて成り立ってることを感じて欲しい

2020年3月にオープンしたume,yamazoe。宿に併設されているプライベートサウナが、「サウナシュラン2020」(※1)で第10位に選出され、世の中のサウナブームも影響しサウナに魅了された人たちで宿に足を運ぶ人は増えた。しかし梅守さんにとっては手放しで喜べる状況ではなかったという。

「お客さんが多いことは当然嬉しいのですが、サウナだけが際立ってよく見える状況は、私たちが宿を始める上で描いていたイメージとは少し違いました。そこで私たちが本当に大切にしていることや目指す場所のあり方を表現するためにはどうすればいいかを考えました」

写真真ん中の建物がume,yamazoe

そんな課題と向き合うなかで、思い返した“宿を始めたときに梅守さんたちが抱いていた思い”が、HAJIMARIをスタートするきっかけとなった。それは梅守さん自身に重度の精神疾患を患う姉と白血病の妹がいることがもとになっているという。

「精神疾患を抱える人や病気を患っている人は社会に存在していますが、なかなか可視化されづらい状況だと感じています。見えていないだけで社会には色々な人がいますし、その色々な人がいることで社会は成り立ってる。そのことをもっと多くの人に感じてもらいたいという思いがありました。

そのためには、病気や障がいのある人たちが当たり前のように外に出て、そうでない人と一緒の感覚の中に存在していることが必要だと考えました。そこで病気や障がいがある人たちに、宿に足を運んでもらうことを思いつきました。ただ、私も自分の経験からわかるのですが、病気や障がいを患っている家族がいると、家族旅行のハードルは高く感じます。そこで無料招待であれば、気持ちのハードルも下がりume,yamazoeに来てくれるのではないかと考え、HAJIMARIを始めました」

※1 用語:毎年、様々な業界から選出された「プロサウナー」が審査委員となり全国のサウナ施設から11施設がノミネートされている。

写真右側が梅守志歩さん、左側は梅守さんのお姉さん

自分の人生の選択肢に気づけていない人たちをお迎えしたい

梅守さんたちの思いで2022年に始まったHAJIMARI。初年度には100組以上の応募があり、その中から11組を迎えることにした。1年目を経て梅守さんはHAJIMARIで宿に足を運んでくれる人たちは大きく以下の3つに分けられると気づいたそうだ。

① 旅行や外出のハードルを乗り越えて、すでにチャレンジしている人たち

② 周囲への迷惑や周りから奇異な目で見られることを気にかけており、旅行や外出にハードルを感じている人たち

③ そもそも、旅行や外出という選択肢を考えたことすらない人たち

「3つのパターンがわかったことで私たちの取るべき行動もより明確になり、2年目になる2023年は③に該当する家族を重点的にお迎えしたいと考えました。HAJIMARIをきっかけとして、家族や大切な人との旅行や「楽しい」と思える時間が選択できるんだということを、知ってもらいたいと思いました」

梅守さんは1年目の経験を活かしHAJIMARIの申し込みフォームを改善した。

「1年目は“とにかくHAJIMARIをやりたい”という気持ちが先行していたので、名前や宿泊希望日以外に『宿泊を希望する理由』を記載してもらう、という良くも悪くもざっくりした申し込みフォームでした(笑)。ただそのフォームではどのような家族が応募しているかや、当日に必要なサポートは何か、がわかりづらくなっていました。そこで2年目は、自分で歩くことができるか、ご飯提供の際に必要な事前準備があるか、オムツは着用しているか、入浴は可能かなどフォームの項目を細かくしました。事前に症状や病気の名前わかり必要なサポートが明確になることで、私たちも当日にご準備できることが増えましたし、ほとんど外出をしたことがないご家族にもある程度安心してお越しいただけるようになったと思います」

「フォームが詳細になったことでお客様側から見ると少し入力の手間は増えましたが、いい意味でそれがフィルターになり、想いの強い方々のお申し込みが増えたように思います」

2年目の申し込み数は40件ほどだったが、申し込み数が減った分、1つ1つの申し込みに向き合うことができ、梅守さんたちの思いに沿ったHAJIMARIが対象としている方々を迎えることができているそうだ。

病気を患っている人や障がいがある人たちの選択肢を全国各地に増やす

2年目の募集の際は、フォームの改善だけではなく、HAJIMARIを通して梅守さんが実現したい「病気や障がいの人たちの選択肢を全国各地に増やす」という未来のイメージも同時に発信した。

「HAJIMARIのような取り組みをume,yamazoeだけで取り組んでも、社会は変わらないと思っています。少しずつでも社会が変わっていくためには東京だったらここ、沖縄だったらここ、というように各地で病気や障がいがある方やそのご家族の方が楽しめる施設、いわば私たちの仲間が増えることが必要だと考えています。そのためにも今後はHAJIMARIを通して、障がいや病気があるご家族の方をお迎えするための知識や情報を蓄積し、それらを他の宿泊施設にコンサルティングサービスとして提供することで全国に仲間を増やしていきたいと考えています」

自分たちの目指す未来のイメージを発信することは、HAJIMARIを利用して宿泊する家族にも変化を与えたそうだ。

「家族の方々と私たち宿のスタッフとのコミュニケーションが、1年目と比べて増えました。私たちの活動の目的や意図も理解してくれているからか、自分たちが病気や障がいで日頃困っていることなどをよく伝えてくれるようになりました」

2年目となる2023年はHAJIMARIのためにファンドレイジング(※2)に挑戦した。ここで障壁になったのが、日本人に寄付の文化が根付いていないということだ。2018年に政府が行った寄付の意識に関する調査によると、直近1年間で「寄付をしたことがない」が全体の6割近くを占めている。(※3)このような状況で寄付を集めるためにどのような工夫をしたのか。

「世界的に活躍するシェフを招いて地元の旬の食材を用いた料理を振る舞ってもらうフードイベントや、長野県にある人気サウナ施設とのコラボイベントを開催しました。運営する私たちも心の底から楽しいと思えるイベントを開催しながら、そこで集まったお金をHAJIMARIの資金に充てることにしました。ただ寄付を呼びかけるのではなく、楽しい時間に費やしたお金が結果的にHAJIMARIの資金になる方が寄付する側の心理的なハードルが下がると考えました

東京にあるレストラン「No Code」のシェフ米澤文雄さんを迎えて開催したチャリティーフードイベント。
「すべての人が食べられるように」という配慮のもと、ヴィーガン料理で提供された。

イベントは大盛況で、イベントを通しての寄付も想像以上に集まるという結果になった。先述の調査の「寄付を行う場合に必要と考える情報」項目では「寄付先の活動内容」が全体の76.9%を占めた。(※3)ume,yamazoeの活動はInstagramやウェブサイトでも発信されており、寄付した人がHAJIMARIの状況を確認することができる。このことが、支えやすい活動になっているのではないだろうか。

※2 用語:活動のための資金を個人や法人などから集める行為の総称。
※3 参考:内閣府「令和元年度 市民の社会貢献に関する実態調査 3 寄付の現状と意識 」

https://www.npo-homepage.go.jp/uploads/r-1_houkokusyo.pdf

大切にしていることは「大したことはしていない」というスタンス

梅守さんにはHAJIMARIで大切にしていることがある。それは「特別なことは何もしない」というスタンスでいることだ。障がいや病気がある人を迎えるには、特別な対応が必要にも思えるが、一体どういうことなのだろうか。

「そもそも人は、1人ひとり違って当たり前なので、HAJIMARIで迎えるお客さんだから特別なことをしている、という感覚はありません。むしろ“大したことはしていない”というスタンスを大切にしてます。中にはご飯を胃瘻(いろう)(※4)で提供する方をお迎えすることがあるんですけど、それも私たちにとっては離乳食を用意する感覚と変わらないのです。あと、普通のホテルでもベビーカーを押している方をお迎えする場合ってありますよね。その場合、従業員がベビーカーを運ぶと思うんですけど、車椅子の方をお迎えする場合もそれと同じで、必要であれば車椅子を運べばいいという感覚です」

第1回のHAJIMARIで迎えた家族と一緒に荷物を運ぶ梅守さん

HAJIMARIの活動は従業員やume,yamazoeにも変化を与えた。

「スタッフたちも、障がいや病気を抱える人にもフラットに接することができるようになりました。よく、『障がいや病気を抱える人の対応をしたことないからできません』という話を聞きます。でも、方法が分からないなら伺ってみればいいんです。対応してほしいことは、人によってもご家族によっても違うので、”わからないからやらない触れない”ではなく”わからないからこそ教えてください”と。聞いたら相手も教えてくれます。特別なことは何も必要ないのです」

「また、HAJIMARIの枠ではない一般の枠でも、胃瘻でご飯を提供してほしい方などが来てくださるようになりました。その場合でもお断りすることなく、宿泊いただけるように対応できています。これも、HAJIMARIの取り組みが私たちにもたらした変化だと思います」

※4 用語:腹部に小さな穴を開けてチューブを通し、胃に食べ物を直接流し込むこと。

「優しい感覚」を一緒に紡いでいきたい

ume,yamazoe全体で試行錯誤を重ねながら、2年目を迎えたHAJIMARI。この活動を通して梅守さんの今後の目標が見えてきたそうだ。

「お客さまによっては全てをやってもらうことを求めている方もいらっしゃいます。また、旅行に来ているのでそっとしておいてほしい、という気持ちになる方も理解できます。でも私たちの目指してる社会はそうではなくて、楽しい時間を作るために両者が歩み寄る社会なのです。見えていないところでお互いに支え合い、お互いの背景を汲み取ろうと努力し合うことで築かれる関係性、そんな『優しい感覚』を一緒に紡いでいきたいと思っています」

病気や障がいを抱えている人たちの余暇の選択肢が増えることを梅守さんは「新しい文化をつくる」と表現する。HAJIMARIのような取り組みを企画する立場でもなく、当事者でもない私たちが文化をつくることに貢献するためにはどのようなことができるのだろうか。

「自分たちが障がいや病気を抱えることって普通にある話だと思っていて、仮に病気にならなくても、自分自身が20年30年と歳を重ねていくと、今より体の自由が利きづらくなると思うんですね。そうなった時に今の社会のままだと、旅行に行くのはハードルが高くて、人生を楽しむための選択肢が少ないままなのです。障がいや病気を抱える人のためにはもちろんですが、自分たちの未来を作るという気持ちも同じぐらいの強さで持っています。私たちのような団体を応援したいと思ってくれているなら、自分たちの未来をよりよくしていくことにもなると知っていただいうえで、お金や時間を使うというアクションで貢献してもらえると嬉しいですね」

何かのきっかけがないと自分の視野を広げられないかもしれないが、HAJIMARIはそのきっかけの1つとなるだろう。視野を広げ自分の考え方を変えることが、自分たちの未来を変えることにもつながる、と梅守さんは教えてくれた。奈良県の山奥にあるちょっぴり不自由な宿の挑戦が、新しい文化をつくり「優しい世界」を実現する日は、そう遠くはないかもしれない。

 

取材・文:吉岡葵
編集:conomi matsuura
写真:ume,yamazoe提供