よりよい未来の話をしよう

【連載 好きなことを、好きな場所で】奈良県に移り住み、木屑を使ってプロダクトを作る。

自分の好きなことを、好きな場所で仕事にしたいと思っても、なかなか一歩を踏み出すことが難しいと思う人もいるだろう。もちろん、職種や働き方によってはどうしてもできないときもある。しかし、もしかしたら自分がその方法を知らないだけかもしれない。働き方が多様化するいま、好きなことを好きな場所で仕事にするという選択肢は増えているはずだ。あしたメディアでは、様々な土地で好きなことを仕事にしている方々に、どのような思いや方法でそれを叶えたかを聞いてみることにした。

第1回目は、大学卒業と同時に地元・兵庫県神戸市から奈良県宇陀市に移住し、廃棄予定の木屑を使ってプロダクトを作っているキクズノヒトこと田島浩樹(たじまこうき)さんに話を伺った。本来捨てられるはずの木屑を製品にし、自分らしい働き方を見つけるまでの経緯には、好きを突き詰める姿勢と偶然の出会いがあった。

キクズノヒトこと田島浩樹さん

「キクズノヒト」としてのはじまり

キクズノヒトのロゴ。くるりとした木屑を表す

田島さんは、「キクズノヒト」という屋号で、廃棄されるはずだった木屑を原料に素材・製品開発を行なっている。地元・兵庫県の大学を卒業後、奈良県宇陀市が募集していた「宇陀市仕事づくり推進隊」に任用され、移住して3年目となる。木屑を使ったプランターやランプシェード、トレイなどを製造・販売しており、それらはどれも木の素朴な風合いを残した温かみのある製品だ。またオリジナル商品だけでなく、オーダーメイドで商品を作ることもあるという。“木屑”とは具体的に、木工所や施工現場で木を削るためにカンナや電動工具を使ったときに出る木の屑のことで、田島さんは廃棄予定のそれらを引き取り製品にしている。本来捨てられるものを活用しているため、環境配慮の観点から注目されることも多い。しかし田島さんは、環境に良いモノを作ることはもちろん前提としつつも、それ以上に木屑という素材がただ単純に好きな気持ちからこの仕事を始めたそうだ。田島さんは木工家と呼ばれることもあるが、“木”全般を使うのではなく、“木屑”に特化したプロダクトデザインを行なっているので木工家ではないと話す。

それほどまでに、木屑に特化する理由は何なのだろうか。

田島さんが木屑の製品を作り始めたのは、大学在学中の頃。プロダクトデザインを学んでおり、樹脂など自然のものから金属といった人工的なものまであらゆる素材を手にとる機会があったそうだ。そんななか大工のアルバイトがきっかけで、木屑に深く興味を持つことになった。「木屑の魅力は、木の種類や加工状態によって全く違う個性を持ち、生き物のように感じられるところです」と田島さん。ひとえに木屑といっても、職人さんがカンナをかけたときに出るくるくるとした木屑から、電動工具で削ったときに出る細かい木屑まで様々なかたちを持ち、木の種類によって風合いが違うことも面白さのひとつだと話す。木屑の世界にすっかり心を奪われた田島さんは、学校と大工の現場を行き来し、ひたすら木屑の製品を作る大学生活を送っていた。そして学生最後の卒業制作も木屑をテーマにプロダクトを作り、卒業後もこの製品づくりを続けていきたいと考える。

回収された木屑

ヒノキの木屑で作られたランプシェード

奈良県に移住したきっかけは偶然の重なり

大学卒業後、周囲が企業やデザイン事務所に就職するなか、田島さんは地域おこし協力隊の道を選び、奈良県宇陀市に移住する。企業に就職するのではなく自分で仕事を作りたいと思っていたが、はじめから地域おこし協力隊として移住すると決めていた訳ではなかったという。奈良県東吉野村で活動する大学の先輩を訪ね、在学中も奈良県をよく訪れていたが、当時は移住するとまでは考えていなかった。そんななか、たまたま大工のアルバイト先で出会った方から、「宇陀市仕事づくり推進隊」の制度を利用して自分の好きな仕事をしていると聞く。

「宇陀市仕事づくり推進隊」とは、総務省の「地域おこし協力隊推進要綱」に基づき奈良県宇陀市が独自に設ける地域活性のための移住促進制度だ。移住・定住の促進に結びつく仕事づくりの推進が主な活動内容であり、隊員には宇陀市から報酬が発生する。(※1)さらに、在職中および退任後に起業をする場合、起業支援として一定額まで補助金が交付される独自の制度も設けられている。(※2)採用条件は、一定期間宇陀市に住み、地域に貢献する仕事をすること。製作活動を仕事として続けたいと思っていた田島さんは、その制度に魅力を感じた。奈良県は1500年頃から続く日本最古の造林を保有する、日本屈指の優良材生産地であり、古くから製材業が根付いている県だ。木屑を使った製作活動にも合うのではないかと思い応募したところ、見事任用が決まった。

こうして、地元・神戸市から約2時間の距離にある奈良県宇陀市に移住した田島さん。現在住む街には、近所に飲み屋や大きな商業施設はほとんどない。都会から地方に移住することで不便はなかったか?という質問に、田島さんはこう話す。

「もともと人混みが得意ではなく、満員電車やバスでの移動が苦手だったんです。自分にとって住む場所が都会である必要はないし、かといって田舎に行くぞ!という気持ちもなかった。車があれば買い物もできるので、宇陀市は僕にとってちょうど良い場所でした」

自身の感覚にフィットする土地の空気があったのかもしれない。移住して良かった点として、製作する場所がしっかり取れるところを挙げる。
「いま住んでいる家は自由に改装できるので、製作環境が整えられました」

自分の仕事環境をきちんと整えられるかは、移住先を選択する際の大事なポイントになるだろう。田島さんの場合、製品づくりの一部を外注できるため自身の製作設備に融通が効くことや、販売をオンラインストアなどで完結できることからも、地方であることに不便は感じていないそうだ。さらに「宇陀市仕事づくり推進隊」の制度を使った移住者同士の交流機会もあったため、頼る人がおらず困ることもなかったそうだ。

移住先の民家を工房として改造して使っている

※1 参考:奈良県宇陀市「宇陀市仕事づくり推進隊設置要綱」https://www.city.uda.nara.jp/reiki/reiki_honbun/r278RG00001170.htm
※2 参考:奈良県宇陀市「宇陀市地域おこし協力隊員起業支援補助金交付要綱」https://www.city.uda.nara.jp/reiki/reiki_honbun/r278RG00001240.html

キクズノヒトとしての、これから

いまの目標は、木屑を活用したプロダクトをもっと世に広め、木屑という素材のブランド価値を伝えていくこと。木屑を使った新しい素材を開発し、それを通じて地元の職人の方々ともコラボしていきたいと話す。さらにその活動は木屑だけに留まらず、別の素材から出た廃材を用いた製品づくりも企業と連携して行っているのだそう。

「キクズノヒトの活動は続けていきたいですが、もともと色んな素材に興味があるので今後は他の素材を扱う事業もできたら良いと思っているんです。これを話すと、みんなから『そのうち“木(キ)”がなくなって”クズノヒト”になるね』と言われます(笑)」

「廃材を使った活動をしていると、環境に配慮していて凄いと言われることも多いです。それはありがたいことですが、今後はもっとSDGsや自然環境を意識した製品作りが当たり前になると思うし、そうなっていくべきだと思います。それ以前に自分は“木屑”などの素材が好きだから、それを大事にしながら、自分が生活を続けられるよう活動を模索していきたいです」

あくまでも自分の好きなことの軸を大事にしながら、より良い社会に繋がる製品を作り出している田島さん。そのバランス感覚は、製品の作り方にも通じている。大学で学んだ3DプリンターやCADなどの技術を取り入れつつ、仕上げは地道な手作業を施したりと、デジタルとアナログの両作業をバランス見て取り入れているのだ。さらに田島さんは素材についてもこう話す。

「もちろん、できるのであれば全て自然素材を使うのが良いと思います。でもそれだけにこだわらず、化学的なものも質が良いのであれば採用しています。その結果、製品が劣化せず長い間利用できるのであれば、ものを大事にすることにも繋がると思います。自分が木屑に愛着をもっているように、製品を使う人にも愛着をもって使ってもらいたい」

より良いものを作るため柔軟にチャレンジをしていく姿勢、それは田島さん自身のライフスタイルにも繋がるように思う。好きなものでより良い社会に繋がる製品を作るという軸はぶらさずに、ありたい姿を実現するため様々なところに飛び込み、柔軟にできることを選択していく。その姿勢がいまの田島さんを作っているのかもしれない。

自分が心地よいと思う場所を選ぶ

連載第1回目は、兵庫県から奈良県に移住し、地域おこし協力隊の制度を利用しながら作品づくりを仕事にした田島浩樹さんを取材した。田島さんは自分の好きなことを突き詰めながら、それを社会にどう還元できるか考え、仕事に繋げている印象を受けた。またいま住む場所は偶然出会った土地ながらも、興味を突き詰めた先の“縁”を大事に選択し、自分の感覚とフィットするところを選んだのだと感じた。その感覚は個人によって違うだろうが、「好き」と「社会」の繋がり、そして「自分が心地よいと思える場所を選ぶこと」は、好きなことを好きな場所で実施して暮らすことに繋がっていくのかもしれない。

 

取材・文:conomi matsuura
編集:大沼芙実子
写真:キクズノヒト提供