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こども家庭庁発足で何が変わる? 知っていたようで知らない「子どもとルール」

2023年4月、日本に「こども家庭庁」が発足した。「こどもがまんなかの社会」を作ることをミッションに据え、子どもの視点に立った政策の実行や少子化対策、様々な困難を抱える子どもの支援を行っていく組織だという。発足と同時に制定されたこども基本法では、「すべてのこども(※1)や若者が将来にわたって幸せな生活ができる社会の実現を目指す」ことをうたい、今後は国や都道府県、市区町村等が具体的な取り組みを進めていくそうだ。

改めて考えてみると、日々のニュースで子どもについて聞くとき「子育て」や「保育」など、大人(親)目線で始まることが多いように思う。子どもはいったい、社会の中でどのように位置付けられ、どんな枠組みで守られ生活しているのだろうか?そもそも、社会や大人に大事にされているのだろうか?あまり向き合ったことのなかったこの問いについて、考えてみたいと思う。

※1 参考:子どもの定義について、こども基本法では年齢で制限をせず「心身の発達の過程にある者」としている。世界的に展開される「子どもの権利条約」ではその定義を18歳未満としており、機関等によって定義に幅が見られる。

国際ルール「子どもの権利条約」は約30年前に制定

まず、子どもに関するルールの大枠から見ていきたい。国際的な子どもに関する枠組みとしては、「子どもの権利条約」がある。1989年に国連総会で採択された条約で、世界中すべての子どもたちがもつ権利を定めており、日本も1994年に批准(条約に対する国家の最終的な確認、確定的な同意すること)している。大きく分けて子どもの「生きる権利」「育つ権利」「守られる権利」「参加する権利」の4つを定めており、以下を一般原則としている。

「子どもの権利条約」 一般原則

  • 生命、生存及び発達に対する権利(命を守られ成長できること)
    すべての子どもの命が守られ、もって生まれた能力を十分に伸ばして成長できるよう、医療、教育、生活への支援などを受けることが保障されます。
  • 子どもの最善の利益(子どもにとって最もよいこと)
    子どもに関することが行われる時は、「その子どもにとって最もよいこと」を第一に考えます。
  • 子どもの意見の尊重(意見を表明し参加できること)
    子どもは自分に関係のある事柄について自由に意見を表すことができ、おとなはその意見を子どもの発達に応じて十分に考慮します。
  • 差別の禁止(差別のないこと)
    すべての子どもは、子ども自身や親の人種、性別、意見、障がい、経済状況などどんな理由でも差別されず、条約の定めるすべての権利が保障されます。

(※2

この条約は2019年時点で、196の国と地域で締結されている。各国はこの条約の考えに基づき、独自に法整備などを行うことが義務付けられる。条約でうたわれた子どもの権利の実現を目指し、各国がルールを整備したり予算をつけたりと努力を重ねた結果、制定当時の1990年には年間1250万人だった5歳未満児の死亡数が、2018年には530万人へと半減した実績も出ている。(※3

しかし、日本ではこの条約を知る人がかなり少ないのが現状だ。公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが2019年に実施した調査(※4)では、「子どもの権利条約を内容までよく知っている/内容について少し知っている」と回答したのは子どもで32.9%、大人ではなんと16.4%にとどまる結果となった。また、同法人が2022年に教員を対象に実施したアンケート調査(※5)でも、約3割の教師が「名前だけ知っている」「全く知らない」と回答し、約半数が「子どもの権利を伝えることに関する教育を行ったことがない」と回答したという。約30年も前に制定された条約であるのに、これほど認知度が低いという現状には、少し驚きを感じてしまう。

※2 引用:公益財団法人日本財団 こども基本法WEBサイト「こども基本法について」https://kodomokihonhou.jp/about/
※3 参考:unicef「子どもの権利条約」
https://www.unicef.org/tokyo/crc
※4 参考:公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン「子どもの権利条約 採択30 日本批准25年 3万人アンケートから見る子どもの権利に関する意識」https://www.savechildren.or.jp/news/publications/download/kodomonokenri_sassi.pdf
※5 参考:東洋経済オンライン「教員の3割が『子どもの権利』の内容知らず、誤って理解している回答も」https://toyokeizai.net/articles/-/603587

虐待、貧困、いじめ…子どもを取り巻く問題と現状

そもそも、実際に子どもたちはいま、どのような環境にいるのだろうか。広く世界に目を向けてみると、貧困や人身売買、児童労働などの問題が後を絶たない。また、それに伴って十分な教育が受けられない、健康な状態で生活が送れないなど、様々な悪循環を引き起こしている。

紛争地に生まれ、難民になってしまうような子どもたちの境遇と比べて、日本の子どもたちは恵まれた環境にあると想像するかもしれない。しかし日本においても、子どもに関する問題は山積している。こども家庭庁の1組織である「こども支援局」は、様々な困難を抱える子どもや家庭に対する包括的な支援を行う機関であり、おもに児童虐待防止、子どもの貧困対策、いじめの防止をスコープに掲げている。

児童虐待についていうと、年々その相談件数は増加しており、2021年度は20万7000件余りで過去最高を記録した。子どもの前で家族に暴力を振るうなどの「心理的虐待」が約12万5000件とその大半を占め、実際に暴行を加える「身体的虐待」が約5万件、育児を放棄する「ネグレクト」が約3万1000件、性的虐待が約2200件と続く。(※6)これまで明るみに出ていなかった問題が、「相談」という形で解決につながる糸口を見つけてきているという点では良いかもしれないが、これほど虐待に苦しむ子どもがいるという現状は由々しきことだろう。

また、現在日本の子どもの7人に1人は貧困だと言われている。(※7)この貧困の定義は「相対的貧困」とされ、その国の等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人員の平方根で割って調整した所得)の中央値の半分に満たない世帯のことを指す。毎日の衣食住に事欠く「絶対的貧困」とは状況が異なるが、経済的な困窮から、たとえば本や新聞を読む機会が乏しかったり、進学を諦めたりと経験機会に差が出る状況が見受けられている。この傾向はひとり親世帯に特に顕著で、その他ヤングケアラー(※8)として家族の世話を担うことによる負担なども、経験機会の損失につながっていると言える。

いじめも子どもに関する大きな問題だ。文部科学省が2021年に実施した調査では、いじめの件数が約61万5000件と、こちらも過去最高を記録した。いじめによる自殺や不登校も約700件と過去2番目の多さだったという。(※9)近年では、「SNSいじめ」も深刻化しており、インターネットを通じて当事者を苦しめる情報が全世界に発信される危険性も生まれてきた。スマートフォン等の普及により、周りに見えづらいところで苦しい思いをしている子どもが増加している傾向にあるといえる。

※6 参考:NHK「児童虐待 昨年度の相談件数 20万7000件余で過去最多 厚労省」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220909/k10013810601000.html
※7 参考:公益財団法人日本財団「子どもの貧困対策」
https://www.nippon-foundation.or.jp/what/projects/ending_child_poverty
※8 用語:「本来大人が担うと想定されている、家事や家族の世話などを日常的に行っている子ども」を指す。
※9 参考:NHK「昨年度 全国の学校が把握した『いじめ』 61万件超 過去最多に」https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221027/k10013872121000.html

日本で子どもの基本権利に関する法律は、これまでなかった

そんな現状を見たうえで、改めて日本のルールについて考えてみたい。

日本では、2023年4月に「こども基本法」が制定されるまで、子どもの権利に関する基本法が存在しなかった。障がい者の権利を守る法律であれば「障害者基本法」が、女性であれば「男女共同参画社会基本法」がすでに制定されているが、それらに遅れて制定された形となる。

なぜ、やっといま「こども基本法」が制定されたのだろうか?

先に述べた通り、日本は1994年に子どもの権利条約に批准していたが、これまで具体的な法整備に至らなかったため、国連から何度も勧告を受けていたという。全国の支援団体等は法整備を要望していたが実現に至らなかったところ、年々子どもに関する問題が深刻化していき、このタイミングで制定にこぎつける形となった。また、それまでのルールでは問題が起きたときに、「子ども目線」に立つことなく子どもの権利が守られない場面があり、課題視されていた点も挙げられる。たとえば2019年に千葉県で、当時小学4年生だった栗原心愛さんが亡くなる事件が起きた。親から受けている虐待を訴え、「お父さんにぼう力を受けています。先生、どうにかせきませんか。」(原文ママ)と回答したアンケート書面を、相談を受けた教育機関が本人の意に反して親に見せてしまい、さらなる虐待のすえ亡くなった。意を決して子どもが発したSOSに対し、大人がその状況を慮ることなく起きてしまった事件。このような状況も踏まえ、子ども自身の権利を守るルールの整備が急がれたと言える。

しかし、まだまだ課題はある。「こども基本法」の方針に則り各自治体も独自のルール制定が求められているが、2022年10月の時点で、「子どもの権利に関する総合条例」を定めているのは、約1700ある自治体のうち、62にとどまる。(※10)こども基本法の制定に伴い、今後条例を制定する自治体が増えていくと思われるが(実際に令和4年にはそれまでと比較し多くの自治体が制定している実績がある)、決して芳しい数字ではないように思われる。

ちなみに、日本で最初に子どもの権利に関する条例を制定したのは神奈川県川崎市で、2000年に「川崎市子どもの権利に関する条例」を制定している。法律よりも20年以上前に、自治体で独自のルールを設けたことは、特筆すべき点であると言えよう。

※10 参考:一般財団法人地方自治研究機構「子どもの権利に関する条例」http://www.rilg.or.jp/htdocs/img/reiki/104_rights_of_the_child.htm

法律と並んで機能する、子どものための第三者機関

基本条約が制定されたばかりの日本であるが、子どもの権利を守るための取り組みは、もっと幅広い。たとえば、「子どもコミッショナー」と呼ばれるものも、その1つだ。これは子どもの権利が守られているかどうかを、行政とは異なる立場でモニターし、調査や勧告をする権限を持つ機関のことを指す。発達度合いから脆弱な立場にあり人権侵害を受けやすく、また年齢によっては選挙権を得られていない立場である子どもに対し、その権利を守るための第三者機関として設置される。国連の子ども権利委員会は、子どもの権利条約締結国にその内容をしっかりと実施するためにこのコミッショナーを設置するよう求めており、ユニセフが行った調査によると、2012年当時で70か国以上が設置していたという。国レベルで設置するケースもあれば、州などの地域単位で設置するケースもあり、日本でも自治体によっては設置している例もある。(※11)

この「子どもコミッショナー」は、こども基本法案の中でも1度検討されていたが、明記は見送られた。その中では、「子どもの意見や権利を尊重しすぎだ」「誤った子ども中心主義になりかねない」などの議論もあったようだが、大人とは立場が全く異なる子どもを守る仕組みを、大人中心の視点で決めることの難しさが伺える。

※11 参考:東洋経済オンライン「子どもの権利守る独立機関『子どもコミッショナー』海外と日本の決定差」
https://toyokeizai.net/articles/-/585882

子どもが主体となるルールへの動き

そんな中で、子どもが主体となりルールを決めていく動きも見られる。

EUでは、2021年にThe EU Strategy on the Rights of the Child and the European Child Guaranteeという、子どものための包括的な戦略が発表された。この戦略の特徴は、戦略の策定過程で1万人を超える子どもの声を聞き、当事者である子どもと一緒に政策を策定した点である。(※12)

日本の「こども基本法」でも、「自己に直接関係する全ての事項に関して意見を表明する機会」を確保することや、「その意見が尊重され、その最善の利益が優先して考慮」されることが定められており、こども家庭庁発足前から子どもや若者の声を聞く仕組みを設けることも表明されている。(※13)まだ始まったばかりの取り組みであるが、今後試行錯誤を繰り返しつつ、子どもがいち主体として社会に関わり、子どもにとっても生きやすい社会にしていく流れを作る、期待のできる取り組みであると言えよう。

なお、子どもが主体となるルールづくりは、国主導のものに限られない。身近なところでは校則などのルールメイキングを生徒主体で行うことなども、子どもが主体となるルールづくりを実践する場になる。国の政策が動くことで、より子どもがルールづくりに関わっていく機運が高まり、生活の様々な場面でその声が反映されていくことが期待される。

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※12 参考:European Commission”The EU Strategy on the Rights of the Child and the European Child Guarantee
https://commission.europa.eu/strategy-and-policy/policies/justice-and-fundamental-rights/rights-child/eu-strategy-rights-child-and-european-child-guarantee_en
※13 参考:内閣官房「こども政策決定過程におけるこどもの意見反映プロセスの在り方に関する検討委員会」https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ikenhanei_process/index.html

「こども基本法」を皮切りに、日本では子どもの基本権利の尊重と、子どもが主体となったルールづくりが始まったばかり。今後は一層、子どもの基本権利を重視する姿勢が高まり、子どもがより大切にされる社会に変わっていくとともに、子どもの生の声が世の中を動かしていくだろう。大人も「大人目線」中心ではなく、謙虚になって子どもの声に耳を傾け、ともに社会を作りあげる機運が高まることを期待したい。

 

文:大沼芙実子
編集:柴崎真直