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栄養バランスだけではない?給食が鍵を握る「地産地消」と「食文化」

多くの人にとってなじみ深い「給食」。小学校ではほぼ100%、中学校では9割近くと、日本の義務教育段階においてほとんどの学校で実施されている。

「給食はバランス食の見本」と農林水産省が定義するように、給食では栄養士監修による栄養バランスに気を遣った献立が提供されることが多い。だが、今回は「食育」という観点から給食に着目する。農林水産省では、食育とは「生きる上での基本であって、知育・徳育・体育の基礎となるもの」と定義されている。例えば、節分には豆が、ひなまつりにはちらし寿司が提供されるなど、給食を通して食や伝統文化を学んだ覚えがある人も多いのではないだろうか。そこで今回は、給食と食育の関係性について国、地方自治体の取り組みを含めて考えてみたい。

「地産地消の増加」と「文化の理解増進」が給食に期待されている

厚生労働省は、食育を推進していくために、2021年に「第4次食育推進基本計画」を公表した。(※1)この計画は2005年に制定された食育基本法に基づいており、食育の推進に関する基本的な方針や目標を定めている。

この計画の中で、日本の食文化である和食は、「栄養バランスに優れていること」および「日本は長寿国である」という観点から世界的に注目されているという記載がある。一方、生活様式の多様化、流通技術の進歩により、地場産物を生かした郷土料理や和食文化が失われつつあるため、食育活動を通じて、郷土料理、和食文化の継承を推進していくことが重要だとされる。

計画では食育の推進において学校給食に期待していることを、以下の通り2つ記している。

「地場産物を活用した取り組みの増加」

従来の食育推進基本計画においても、学校給食における地場産物の目標使用率は設定されてきた。今回の計画においては「生きた教材」として地場産物を活用する旨が新たに盛り込まれている。

さらに、この計画において地産地消は地域の自然や生産者の努力や食に関する感謝の念を育むことにつながるとされる。

「食文化への理解増進」

幼少期に受けた教育や興味を持ったことが、知らないうちにその後の人生にも影響を与えているという経験はないだろうか。学校給食を通して日本の伝統食、あるいは海外の料理にふれることで、子どもの頃からそれらの文化を取り巻く社会についても興味・関心を持つことができる。すると、その先の人生でも、郷土料理、自分の住む地域の特産品、年中行事と食文化の関連などを意識する可能性が高くなるのだ。

※1 厚生労働省「第4次食育推進基本計画」
https://www.mhlw.go.jp/content/000770380.pdf

地産地消:教育現場と生産者のつなぎ手が地産地消を支えている

地産地消推進における課題

地産地消を推進することには、先述した通り身近な食べ物の来歴に思いを巡らせる効果があるのに加え、食料輸送の際に発生するCO2を削減することができ、地球環境に与える負荷の低減にもつながる。一見良いことずくめのように思われるが、実際に地産地消を推進するにあたって課題は存在する。

2004年に農林中金総合研究所が刊行した「食教育と地産地消型学校給食の意義と課題」に、「栄養士が学校給食で地産地消を行う上で課題に感じることについて」のアンケート結果が掲載されている。(※2)結果を見ると「生産者・団体が協力的でない」「地元にどういう農産物があるか知らない」という回答がある。この回答からは、地域の農家と学校給食の現場の連携不足が課題として見えてくる。

実際に、地域と学校給食の連携が必要であることを裏付けるコメントがある。給食における地場産物食材利用率で全国1位を獲得したのは、山口県だった。どのようにして利用率1位を達成できたのか。山口県教育庁学校安全・体育課こども元気づくり班の担当者に伺ったところ「どこか1つの部署の努力ではなく、地域の農家などの生産者を含む関係機関及び担当部署の尽力により使用率が向上している」と理由を語ってくれた。

生産者と教育現場をつなぐヒントは「栄養教諭」と「地産地消コーディネーター」

生産者と教育現場における連携不足を解消するためのヒントとして、ここでは大きな動きを2つ取り上げる。

まず、栄養教諭の増加だ。地場産物を活用して給食と食に関する指導を役割としており、栄養教諭として働くには、栄養教諭普通免許状の取得が必要になる。また、学校栄養士と異なる点は、給食の献立立案、栄養管理業務に加え、学級活動、教科、学校行事等の時間に食事にまつわる教育や指導を行うことが可能になるという点だ。2005年には34人だった栄養教諭だが、2021年には6,752人に増加している。約200倍に増加したこの数字からも食育における学校給食の重要性の高まりを理解できるのではないだろうか。

出典:農林水産省「みんなの食育白書ー令和3年度ー 学校・保育所等での食育の推進」より筆者作成

https://www.maff.go.jp/j/syokuiku/wpaper/attach/pdf/r3_index-9.pdf 

次に、農林水産省は「地産地消コーディネーター」の派遣、育成事業を実施している。地産地消コーディネーターの役割は、地域の農家と学校給食の現場の双方のニーズや課題を調整しながら地域ぐるみで地産地消を推進することだ。

地産地消コーディネーターが派遣された地域では、地場産物使用金額が2012年から2017年の5年にかけておよそ6.8倍に増加した。また給食に地場産物を用いることで、地元生産者の販路確保につながり農家の所得向上につながるという効果も出ている。

文部科学省が定期的に公表している「給食における地場産物食材の使用割合」の統計によると、2012年の全国平均は25.1%であったが、2022年には56.5%まで向上している。(※3)栄養教諭の増加や地産地消コーディネーターなどさまざまな施策が重なり、徐々に地場産物食材の使用割合が増加しているのではないだろうか。

※2 農林中金総合研究所「 食教育と地産地消型学校給食の 意義と課題」
https://www.nochuri.co.jp/report/pdf/n0403re2.pdf
※3 文部科学省「学校給食における地場産物及び国産食材の使用割合(令和4年度)」
https://www.mext.go.jp/content/20230329-mxt_kenshoku-000020838_1.pdf

食文化への理解増進:「伝統文化を学ぶ」「多文化への理解やお互いを尊重しあう心が育つ」給食

伝統文化の継承:山口県の「くじら交流の日」

世代によっては、給食にくじらの竜田揚げが出たという方も少なくないだろう。かつてくじら肉は貴重なタンパク源として重宝されていたが、1980年代に国際捕鯨委員会(IWC)が加盟国の商業捕鯨禁止を決定したため、現在ではくじら肉を食べる文化は下火になっている。

一方、山口県ではくじらの骨の化石が出土したという記録や、江戸時代から、長門市を中心に捕鯨が行われてきたいう記録が残っており、戦時中には大洋漁業株式会社(現・マルハ株式会社)が下関に本社を置き、盛んに捕鯨を行っていた。また、「大きなものを食べて福を呼び込み縁起を担ぐ」という考えから、節分にくじらを食べる風習もある。

このように、地域の歴史と密接な関連があるくじら肉文化を子どもたちに伝えていくために、山口県の給食では2012年から「くじら交流の日」が一部の小学校で設けられている。毎年節分の時期になるとくじら肉を使った給食が提供される。実際にくじら肉を食べることで、地元の食文化にも関心を持ちやすくなるのだ。

写真中央の料理は「チキンくじらごぼう」。学校給食から県内全域に広まり、 山口県民にお馴染みとなった「チキンチキンごぼう」にくじら肉を加えた一品。

「学校給食は、先人によって培われてきた多様な食文化を尊重しようとする心を育むことができる大切な機会です。学校給食に地場産食材を積極的に取り入れ、子どもたちの地域の食文化に対する理解を深め、次の世代にも大切に受け継がれるよう、取り組んでいきたい」と山口県教育庁学校安全・体育課の担当者は語っている。

異文化への理解:茨城県つくば市の「みんなで食べる学校給食の日」

地元の食材や食文化を学ぶ以外にも、異文化理解を深める側面が給食にはある。給食を通して異文化理解を促進している自治体のひとつが茨城県つくば市だ。

つくば市には、世界有数の研究機関が集まっている影響もあり、留学生や研究者など多くの外国人が居住している。国数は約140カ国、人数は約10,000人に及び、市全体の人口の約4.2%に該当する。2018年の日本における外国人居住率は、1.76%であったことと比較すると、つくば市の外国人の割合が高いことがわかる。

外国人居住率が高いことで、文化・習慣などの違いに基づいた様々な要望が市役所に寄せられている。その中には、「ハラール給食」(※4)を提供して欲しいという要望もある。しかし、つくば市では1日あたり25,000食以上の給食を4つの給食センターから届けていることもあり、個別具体の要望には対応できないのが現実だ。

そこで、つくば市が2014年から実施しているのが「みんなで食べる学校給食の日」だ。この日は宗教文化や食物アレルギー等の理由で給食を食べられない生徒が、他の生徒と同じ給食を食べられるように、食物アレルギーのアレルゲン28品目及び動物性食品を含まない給食を提供している。

献立のメインである「つくば市なかよしカレー」にはアルコールを含む食品や調味料、 食物アレルギーのアレルゲン28品目、動物性食品などが一切使用されていない。

この取り組みについて、「より多くの子どもたちに給食の楽しさを味わってもらいたいという願いとともに、多文化への理解やお互いを尊重しあう心が育ってほしい」とつくば市教育局健康教育課の学校給食担当者は語る。

実際に、生徒や保護者からも「給食のメニューを話題にした会話がはずんでいた」「小学校入学後初めて食べる給食を前から楽しみにしていた」「今のクラスにアレルギーを持つ子はいないが、食物アレルギーや宗教等について知る良い機会になってよかった」など取り組みに関する前向きな反応があるそうだ。

みんなで同じものを同じ時間に食べて、さまざまな意見が飛び交う給食ならではの体験が、伝統文化や異文化を理解するきっかけになるのではないだろうか。

※4 用語:イスラム教徒でも食べることができるハラール対応をした給食。ハラールとは、イスラム教において神と預言者ムハンマドがムスリムに対して許可したもの。食べ物以外の日常生活のあらゆる面に関係する。

給食に秘められた可能性

本を読んだり、座学で話を聞いたりするだけでは、自分の知識になりづらいこともある。

一方、実際に自分で体験したことは、なかなか忘れないし文字通り自分の血肉にもなりやすい。

給食を通して、地方の特産物や食文化に触れることで、「自分ごと」として食にまつわる問題に思いを巡らせたり、食文化が失われないためにできることを考えるようになるのかもしれない。

また、給食で異文化に触れたことがきっかけで、その国の文化や社会に興味をもつ可能性もある。自分たちに関わりが薄いことを知りたいと思う「興味を持つきっかけ」。そんな可能性が給食には秘められているのではないだろうか。

 

取材・文:吉岡葵
編集:Mizuki Takeuchi
写真:各自治体提供