よりよい未来の話をしよう

リカレント教育とは?必要性や種類、費用、成功事例、課題と展望を解説

リカレント教育とは?必要性や種類、費用、成功事例、課題と展望を解説

リカレント教育とは何か?

リカレント教育とは、学校教育を終えたのちに再び教育を受けることをいう。主な対象は社会人で、「社会人の学び直し」ともいう。

リカレント教育の定義

リカレント(recurrent)とは英語で、「循環」「再発」「頻発」などの意味を持つ。学校教育を終えると、日常に教育が組み込まれることはほとんどなくなるが、リカレント教育を通して人々は学びを再開したり、一度習った内容を学び直したりする。

リカレント教育の主な対象は社会人であると前述したが、その中には失業者や退職者、転職などで一定の休暇を得た人など社会に出た経験のある人全てが含まれている。企業が戦略的に社員の学びを促進するリスキリングとは異なり、個人が率先して教育を受けるのがリカレント教育の特徴だ。

リカレント教育の目的

リカレント教育の最大の目的は、学び直しによって得た知識を自身のスキルアップやキャリアアップに活用することである。自分が望む分野を学ぶ点では生涯学習と重なるが、「個人の幸福を追求や人生を豊かにする」など、いわゆる「生きがい」という目的がある生涯学習と比較して、リカレント教育は「キャリアや業務に生かせることを学ぶ」という点で少し異なっている。

リカレント教育の必要性

メディアや企業のホームページ、大学のサイトなどで目にすることが増えてきた「リカレント教育」だが、その必要性はどこにあるのだろうか。

リカレント教育が必要とされる理由

厚生労働省が推進しているリカレント教育に関する事業の資料を見てみると「社会におけるデジタル化や脱炭素化という⼤きな変⾰に対応して、働く⼈が⾃らの職務におけるデジタル化に対応するためにスキルアップしたり、必要なスキルを新たに⾝に付けて、⼈材不⾜が⾒込まれる他の成⻑分野へ移動したりできるよう⽀援することが重要」(※1)という記載がある。

つまり、「社会は変化しているので、その変化に合わせて学び直し、自分のスキルアップやキャリアアップ、市場価値の向上を計りましょう」ということである。例えば、ここ十数年は日本だけではなく世界的にデジタル化や脱炭素化がトレンドになっている。ただ、現在の社会人が学校教育を受けていたときには、社会にはそのトレンドがなかったか、あるいは違うものが社会的なトレンドだった場合も多いだろう。学校教育を受けていた際に、トレンドに合わせた内容を学んでいない可能性も高い。

大学などでは、専門性を学ぶことよりも楽しく遊ぶことに集中していた人も多いはずだ。しかし、社会人になると、専門性は大きな武器になり昇進や、昇給、転職市場での価値向上に直結する。そのため、個人にとってリカレント教育は自分の将来を考えたり、良い方向に進めたりする面で重要になってくる。

また、トレンドに合わせた知識を持っていることは、個人の市場価値の向上につながるのはもちろんのこと、企業や国にとっても競争力強化のために重要である。そのため、リカレント教育が個人の域に止まらず、企業や国家においても必要とされているのである。

※1 参考:厚生労働省「令和4年度『成⻑分野における即戦⼒⼈材輩出に向けたリカレント教育推進事業』〜公募のポイント〜」p.4
https://www.mext.go.jp/content/20230202-mxt_syogai03-000026204_1.pdf 

労働市場の変化とリカレント教育の関係

労働市場(Labour Market)の定義を改めて確認してみる。労働市場とは「雇用者と従業員が互いに交流する場所」であり、労働市場において雇用者は最高の人材を雇うために尽力し、従業員はもっとも満足ができる仕事を求めて尽力する。(※2)

労働市場は、流動的に絶えず変化している。社会のトレンドが変化するにつれて、企業が取り組むべき課題が変化し、事業内容も変化していく。それに伴い、企業は登用する人材や重宝する人材を変化させていく。しかし、企業が必要としているスキルを兼ね備えている人材がすでに社内にいるとは限らない。

社員や求職者、転職者たちはその労働市場の変化を見極めてリカレント教育を受けるようになる。労働市場や企業のニーズに合った知識を習得することで、労働市場において求められる人材になることが可能なのである。

※2 参考:The Economic Times「What is 'Labour Market'」https://economictimes.indiatimes.com/definition/labour-market

労働市場の変化とリカレント教育の関係

技術革新の影響とリカレント教育の関係

世界のノートパソコン販売台数がデスクトップの販売数を超えてから約15年(※3)、タブレットの世帯普及率は2016年の時点で34.4%(※4)になった。そして、新型コロナウイルス感染症の拡大はリアルタイムで世界中とつながる技術の発達を促進し、利用を加速させた。

このような技術革新は、リカレント教育の発展の後押しにもなった。直接、教育施設に足を運ばないと教育を受けられなかった時代と比較すると、パソコンやタブレット、スマートフォンを利用した遠方からの接続が稀有(けう)なものではなくなり、環境も整備された現代で、リカレント教育がその幅と可能性を広げたのは自然なこととも言えるだろう。

※3 参考:日経XTECH「世界のノート・パソコン生産台数,2009年に初めてデスクトップ型を上回る」
https://xtech.nikkei.com/dm/article/COLUMN/20090316/167278/

※4 参考:総務省「情報通信白書平成29年版 第1部 特集 データ主導経済と社会変革」
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h29/html/nc111220.html

▼他の記事もチェック

リカレント教育の種類

前章で、リカレント教育がその可能性を広げたと述べたが、それでは現在私たちがアクセスすることのできるリカレント教育にはどのような種類があるのだろうか。

大学や専門学校への再進学

まずは、長く続いてきたリカレント教育の代表的な手段の1つである大学や専門学校への再進学があげられる。現在の仕事に関連がある大学や大学院の学部に入学して学び直したり、もともと学んでいた専攻とは全く異なる知識を得るために専門学校に進学する例などがある。

最近では、積極的に学び直しを促進し、環境を整備している教育機関も多い。例えば、東京理科大学では「社会人教育センターのもと、実務的で社会人として有用な知識や技術を習得できる『社会人教育・リカレント教育』の場」(※5)として、2018年から「東京理科大学オープンカレッジ」という制度を開設し、社会人に対してさまざまな学びを提供している。

職業訓練・技能習得のための専門学校・講座

職業訓練とは、「就職に役立つ知識やスキルを基本的に無料で習得することのできる公的な制度」(※6)のことをいい、主に失業を経験した求職者を対象にしているが、在職労働者なども受講できる(有料)。ハロートレーニングとも呼ばれ、全国に教育施設が存在している。

また、職業訓練を通して民間教育訓練機関等などで提供されているコースを修了することで、訓練コースごとに厚生労働大臣の認定を受けることができる。各訓練コースでは、介護系、情報系、医療従事系などの専門的な技術を習得できるコースが用意されている。(※7)

eラーニングやオンライン講座の利用

eラーニングとは、パソコンやタブレット、スマートフォンなどを使ってインターネット上で行う学習のことをさす。前述したように昨今の技術革新の影響もあり、インターネットを利用した学びが盛んになってきている。

eラーニングの講座を提供する会社も増加し、企業において社員向けにeラーニングを促進する際に、その導入を支援するコンサルティング会社も増えてきている。

※5 参考:東京理科大学「学び直し(リカレント教育)への取り組み 東京理科大学オープンカレッジ」https://www.tus.ac.jp/academics/education/cooperation/open_college/
※6 参考:LITALICO仕事ナビ「職業訓練とは?給付を受けながら無料で資格を取得できるって本当?受講できるコースや必要な手続きについてお伝えします」
https://snabi.jp/article/111
※7 参考:厚生労働省「ハロートレーニング(公共職業訓練・求職者支援訓練)の全体像」https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000869745.pdf

eラーニングやオンライン講座の利用

リカレント教育のメリット

すでに少し言及しているが、リカレント教育のメリットについて改めて確認していく。

スキルアップ・キャリアアップのメリット

リカレント教育を受けることで、個人のスキルアップやキャリアアップの可能性が高まることは、リカレント教育が有するもっとも大きなメリットの1つであると言えるだろう。すでに勤務している企業でのキャリアアップだけではなく、好条件で他の企業に転職できる可能性も見えてくる。

ライフスタイルの向上・自己実現のメリット

生涯学習の目的と重なる部分もあるが、リカレント教育はライフスタイルの向上や自己実現にもつながることがある。例えば、新しいスキルを身につけてキャリアアップができたなら、今よりもっと余裕のある生活を送れることもある。また、フリーランスとして活動できるほどのスキルを身につけたなら、昔から望んでいた好きな場所に住むこともできるかもしれない。

リカレント教育の費用

ここまでリカレント教育の種類やメリットを紹介してきたが、学び直しをする分、費用がかかるのも事実である。大きな経済的負担なく学び直しをできることが理想であるが、実際にはどのような費用がかかるのだろうか。

リカレント教育にかかる費用

まず、大学や専門学校に通うためには、当然だが学費を支払う必要があるだろう。休職して学び直すとなると、給料が減った状態での支出となるため少なくはない支出だ。また、上記で職業訓練は一定の条件を満たせば無料で受講できると紹介したが、教材は自費で購入する必要がある。

また、もっとミクロな部分にはなるがインターネットを利用して学習する場合、通信環境の整備や受信環境の充実に費用が必要になることも十分に考えられる。

費用負担の制度や助成制度

どの制度を受けるにももちろん条件はあるが、リカレント教育を受ける際に企業や国などが支援する制度が多数存在している。企業の中には、学び直しを行うときに教材費を支給したり、学校教育を受けられる制度を導入したりしている企業もある。また、厚生労働省では以下のような支援制度を導入している。

・教育訓練給付金
対象講座を修了した場合に、自ら負担した受講費用の20%~70%の支給。

・高等職業訓練促進給付金
ひとり親の方が看護師等の国家資格やデジタル分野等の民間資格の取得のために修学する場合に、月10万円(※)の支給が受けられる。
※住民税課税世帯は月7万5千円、修学の最終年限1年間に限り4万円加算

・人材開発支援助成金
事業主が従業員に対して職務に関連した訓練を実施した場合や、新たに教育訓練休暇制度を導入して、教育訓練休暇を与えた場合に、訓練経費や制度導入経費等の助成が受けられる。

※8 参考:厚生労働省「リカレント教育」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_18817.html

▼他の記事もチェック

リカレント教育の成功事例

「『いつでも・どこでも・誰でも』学べる社会に向けて、社会人の学びの情報を紹介」というコンセプトのもと、文部科学省はマナパスというサイトを運営している。当該サイトでは、学び直しを通して成果を得た社会人たちの事例を紹介している。当該サイトの情報から、本サイトでもリカレント教育を通した成功事例を紹介する。

リカレント教育を受講して成功した人々の事例

50代のある女性は、英語教育に関わる仕事をしながら日本語教育を学べる大学に入学。大学での学びの経験を生かして、NPOに入社した。女性は、大学での学びを「本学で養った知識は私の一生の財産」と話している。(※9)

もともと勤務していた職場において「もっと良くできるのではないか」と感じた女性がリカレント教育を通して、知識を増やし考えを深めることで、現在充実感を持ちながら仕事をしているこの事例はリカレント教育の成功事例と言えるだろう。

リカレント教育の受講後のキャリアアップ事例

ある40代の男性は、鳶(とび)職人を経て施工管理技士として建設業に携わっていたが、その後大学に入学。3年での早期卒業をし、大手建設会社への転職を実現した。(※10)

インターネットを通してさまざまな専門的な授業を受講した男性が専門性を身につけ、結果として大手建設会社に転職したこの例は、リカレント教育を通してキャリアアップを実現した好事例だろう。

※9 出典:マナパス「在学生・修了生インタビュー ーピッチフォード 理絵さん(58歳)ー」
https://manapass.jp/experience/ss/0001776416_0001796644.html
※10 出典:マナパス「在学生・修了生インタビュー ー弓桁 龍二さん(40代)ー」
https://manapass.jp/experience/ss/0001867809_0001870466.html

リカレント教育を提供する企業事例

リカレント教育により個人が成長することは、所属する企業の生産性向上にも影響を与える。そのためリカレント教育に関する制度を導入する企業も存在する。いくつか事例をみてみよう。

社員の博士課程進学を支援|株式会社メルカリ

他事例とは少し異なるが、自社社員の成長を促すために社内の制度としてリカレント教育を導入する会社もある。代表的な制度が株式会社メルカリ(以下、メルカリ)の「mercari R4D PhD Support Program」だ。2022年2月より博士課程への進学を希望する自社社員を対象に、研究時間や学費の確保を支援する制度として導入している。

導入の背景として、他の先進国と比べて日本では社会人による大学院での学び直しの機会が少ないこと、特に博士課程への進学については、働きながら研究時間を確保することや学費などの金銭的な負担が困難であることについて触れている。

本制度は「既存の枠にとらわれず、メルカリグループのミッション達成に貢献し、広く経済発展と社会的課題の解決に資する研究テーマを持つ人材を育成・支援する」ことが狙いとしている。(※11)

※11 出典:株式会社メルカリ「メルカリ、社員の博士課程進学を支援する制度「mercari R4D PhD Support Program」を開始」
https://about.mercari.com/press/news/articles/20220128_phdsupport/

6年間の育「自分」休暇|サイボウズ株式会社

サイボウズ株式会社(以下、サイボウズ)では2012年より、サイボウズを退社後の最大6年間は復職可能な、育自分休暇制度を導入している。実際に本制度を用いて海外でボランティアを行う社員などもいるそうだ。(※12)

ボランティアや大学院に入り直すなど、挑戦を考える人も少なくないだろう。ただしそこには、「職を失ったらどうしよう」という不安がつきまとうはずだ。しかし育自分休暇のような制度があると、「戻る会社がある」という安心感を持った状態で自分の学びたいこと、経験したいことにチャレンジできる。

自社社員が社外で学びを得ることは会社にもメリットがある。社内にいるだけでは積むことができない異業種の経験や国外での経験など、社外で新しいノウハウを得た社員を迎え入れることで、多様なスキルを持ち合わせた社員が増加し、会社の組織力向上につながるのではないだろうか。

※12 出典:サイボウズ株式会社「企業IR・ワークスタイル」
https://cybozu.co.jp/company/work-style/

リカレント教育の課題と今後の展望

昨今、勢いを増しているリカレント教育だが、その課題と今後の展望はどのように予想できるだろうか。

リカレント教育における課題

まず、日本におけるリカレント教育の現状をみてみたいと思う。2020年に経済協力開発機構(OECD)が発表した「Education at a Glance 2020」を見ると、OECD諸国と比較して日本はリカレント教育が進んでいないといえるだろう。(※13)

25歳以上の学士課程についてはOECD諸国のなかで最下位になっており、30歳以上の修士課程もOECD平均の26%を下回る9%になっている。

OECD「Education at a Glance 2020」より筆者作成
https://www.oecd-ilibrary.org/education/education-at-a-glance-2020_69096873-en

また教育訓練休暇制度の導入状況も向上している状況とは言い難い。2022年の調査結果において、制度導入済の企業と導入予定の企業の割合を足した場合「教育訓練休暇制度の導入企業割合」が17.4%、「教育訓練短時間勤務制度の導入企業割合」が17.3%という結果になった。(※14)

厚生労働省にて実施される「能力開発基本調査」の2015年から2022年の結果をもとに筆者作成

理由としては、経済的負担や家庭的負担を考えた現実的な問題がある。また、日本では年功序列制度が根付いている場合が多いことと、中途採用が他の国ほど盛んではないことなどから、スキルを取得しても昇進が早くなったり、中途で良いポジションを得ることができたりなどのメリットが享受しにくいことがあげられるだろう。

※13 参考:OECD「Education at a Glance 2020」
https://www.oecd-ilibrary.org/education/education-at-a-glance-2020_69096873-en
※14 参考:厚生労働省「令和4年度 能力開発基本調査の結果」
https://www.mhlw.go.jp/content/11801500/001111383.pdf

今後のリカレント教育の展望

まだまだ課題の多い日本のリカレント教育であるが、企業や国全体の成長の必要性を考えると、リカレント教育も否応無しにさらに需要が高まってくると考えられる。

政府が2022年に発表した「経済財政運営と改革の基本方針2022」(※15)でもリカレント教育が言及されているように、もはやリカレント教育は個人のスキルアップだけの話ではなく国家的に推進していきたい事業の1つであることがわかる。

※15 参考:内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2022」p.8
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2022/2022_basicpolicies_ja.pdf

まとめ

筆者は「人材」という言葉を好まないが、社会のトレンドに合わせて自分のスキルを磨いていくことで昇進したり昇給したり、望んでいた生活にどんどん近づいていくことができるなら、企業にとっての「人材」になってもいいのではないかとも考える。

自分は企業にとっての「財産」になり、身につけた知識は自分にとっての「財産」になる。ただ何より、そのような財産を築き上げていくために、学ぶ人への経済的な支援や心理的な安全性を確保することが重要であろう。

 

文:小野里 涼
編集:白鳥 菜都