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コーチングとティーチングの違いは?使い分けやビジネスでの活用法を紹介

コーチングとは

コーチングとは、なんらかの変化や成長を望む者、あるいは必要がある者に対してコーチが付き、相手が持っている潜在的なポテンシャルや能力に働きかけながら、答えを導き出す作業・技術のことである。主にスポーツ分野やビジネスシーンで、利用されている。

コーチングの歴史と展開

コーチングの歴史ははっきりと明示されているわけではないものの、アメリカのテニスコーチであったティモシー・ガルウェイがコーチングを「発見」したとされている。(※1)

コーチングの由来であるコーチ(coach)は「馬車」という意味を持っている。馬車の役割は「人を目的地まで運ぶこと」であり、そこから派生して「人を目標に導く」という意味でコーチングという言葉は使われている。

「コーチ」がスポーツの分野で使われていることからもわかるように、コーチングとはスポーツ分野においても応用されてきた。日本では体育・スポーツの学問分野において「コーチング学」という領域も存在している。(※2)

例えば、筑波大学が展開している「コーチング学・トレーニング学」の特色は以下の通りである。

<引用>

1. 優れたコーチ・指導者になるために必要とされる諸要因,すなわち選手を強力に導くリーダーシップと適切な人間関係を結ぶ能力,スポーツ現場において発生する諸問題を合理的に解決するための問題解決方略のスキル,勝利を導くマインドセット,チームや組織をまとめる組織力,選手を取り巻く様々な内的および外的な環境要因をマネジメントする能力について学修します。

2. スポーツの指導現場において,卓越した指導者になるために必要不可欠とされる一般コーチング理論と方法論,一般トレーニング理論および方法論,球技スポーツに共通する戦略・戦術論,スポーツ情報戦略やシステムに関する理論と方法論について研究します。

3. 理論に留まらず実践も,研究に留まらず実技体験も加えた教育を行い,理論に裏付けられた実践力を持つ人材を養成します。

(※2)

コーチングには、対象者を導くコーチの存在が欠かせず、コーチは専門的なスキルを身につける必要がある。これらの特徴は、スポーツだけではなくビジネスの場面でも共通している。

ビジネスの文脈でコーチングの価値が認識されたのは、ハーバード大学助教授であったマイルズ・メイスの著書『The Growth and Development of Executives』(1959年)にあるとされる。同作の中では「マネジメントにはコーチングが重要なスキルである」といった旨が記されている。

コーチングは、本人のポテンシャルや潜在的な意思を反映しながら、コーチと共に目標を導いていく行為であり、ビジネスの領域においては主にメンバーの成長や人材育成などの面において用いられる。

※1 参考:原口 佳典「『コーチング』の歴史を再構成する~『人の力を引き出すコーチング術』からの、原型生成の試み~ 」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jadcs/1/0/1_23/_pdf
※2 参考:筑波大学体育系web「令和2年度 卒業研究領域 コーチング学・トレーニング学
https://www.taiiku.tsukuba.ac.jp/gakugun/field/c01-coach.html

コーチングの主要なモデル

コーチングにはさまざまなモデルが存在しているが、最も主要なものは「GROWモデル」と呼ばれるものである。GROWモデルは、目標達成のためのフレームワークで、以下の4つのステップから構成されている。

Goal(目標設定):達成したい目標を明確にする

Reality Check(現実の認識):現在の状況を客観的に分析する

Options(選択肢の検討):目標達成のための複数の選択肢を検討する

Will(意思決定):最適な選択肢を選び、具体的な行動計画を設計する

このモデルが、コーチングの中でも最もメジャーなコーチングのモデルである。そのほかにも、ソリューション・フォーカスト・アプローチやトランスフォーメショナルコーチなどのモデルがある。

ティーチングとは

次にティーチングについてみていこう。ティーチングとは、先生が生徒に勉強を教えるように知識や経験が豊富なものが学習者に対してそれらを伝達するという手法をさす。ティーチングは基本的には指導者から学習者への一方的なコミュニケーションの上に成り立っている。

ティーチングの役割と目標

ティーチングの主な役割は、学習者に知識を伝え、理解を深めさせることであり、その目標は、学習者が学んだ内容を実際に応用できるようにすることだ。ここには、基礎的な知識の習得から高度なスキルの習得まで、幅広い範囲が含まれている。

ビジネスの場面においては、企業が属する業界への知識や、業務内容などの知識を講習や日常を通して教えることや、会社のルールなどを伝えることなどがティーチングにあたる。

ティーチングの主要なアプローチ

ティーチングの主要な方法には、講義形式や一斉指導がある。これらは、講師や上司が主体となって情報を伝達し、学習者が受動的に学ぶ形式をさす。長所には、多くの学習者に効率的に情報を伝えられるという点がある。

また、現代的な方法としては、アクティブ・ラーニングなどのアプローチも存在している。アクティブ・ラーニングは、学習者が主体的に学びに参加し、ディスカッションやグループワークを通じて知識を深める方法である。「知識を習得する」という点において、従来のティーチングの方法と一致しているものの、このアプローチは、学習者の興味を引き出し、深い学びを促進する効果を有している。

コーチングとティーチングの違い

コーチングとティーチングは、最終的に主体がなんらかの新しい知識や視点を得ることができるという点では一致しているが、違いもたくさんある。ここでは、コーチングとティーチングの違いについていくつかの項目に沿って整理する。

目標設定の違い

まず、コーチングとティーチングには目標設定の点で違いがある。コーチングでは、目標設定はクライアント(社員や選手、学生など)自身が行い、コーチは、クライアントが自身の目標を明確にし、それに向かって進むためのサポートをすることになる。目標は個々のニーズや状況に応じて設定され、柔軟に調整されることが多い。

一方、ティーチングでは、目標設定は教育者(企業や上司、教師や監督など)が行うことが多い。企業の場合は、企業の特徴や目標に合わせて、社員に達成してほしい学習目標が設定される。これらの目標は、一定の標準に基づいており、全ての学習者が同じ内容を学ぶことを前提とする場合と、個人の興味関心と企業の目標を結びつけながらある属性の社員のみが学ぶことを想定している場合がある。

コーチ・教育者の役割の違い

コーチングでは、クライアントが主体的に思考する必要がある。クライアントは自ら目標を設定し、その達成に向けた行動を取るため能動的でなければ目標を達成することが難しくなる。コーチはそのプロセスをサポートする役割を果たすが、最終的な責任はクライアントにある。

ティーチングでは、学習者が知識を受け取る役割を担う。教育者が提供する情報を理解し、記憶し、適用することが求められるため受動的に情報と関わることになる場合が多い。

もちろん、学習者が主体的に何を学ぶかを選択することはあるものの、学ぶ過程においては教育者が学習者に一方的に知識を伝える点ではあくまでもティーチングの過程において学習者の関わり方は受動的である。例えば、近年注目されているリスキリングは「新しいスキルや知識を身につけ実施し、既存あるいは新規の業務に生かすこと」といった意味を持つ。これは、リスキリングをしようと思ったのは学習者の能動的な意思であるものの、新しいスキルや知識を身につけるために授業を受けたり話を聞いたりするという点では受動的な方法をとることになる。

一方コーチングは、スキルの習得をするかどうか、なぜそのスキルを習得したいのか、そのスキルを使って自分はどのように生きていきたいのか、といった抽象度の高い目標をコーチとの対話を通しながら発見・探求していく作業であるためにその過程は非常に能動的なものである。

▼リスキリングについては以下の記事をチェック

アプローチの違い

次に、アプローチの違いが挙げられる。コーチングのアプローチは、対話を通じてクライアントの自己発見を促し、目標達成を支援することが中心になる。コーチは質問を投げかけ、クライアントが自分で考え、解決策を見つけるプロセスをサポートすることに従事する。個別対応が基本であり、クライアントのペースやニーズに合わせてコーチングは進められていく。

ティーチングでは、教育者が主体的に知識を伝え、学習者に理解を促すことが中心である。講義や教材を通じて情報を提供し、学習者はその情報を受け取り、理解し、覚えることが求められる。ティーチングは、コーチングとは異なり、自己の発見や探求よりも、覚えてすぐに使用するといったような即時的な応用が求められている場合が多い。

成果の捉え方の違い

最後に、コーチングとティーチングでは何を成果と捉えるかの測定方法が異なってくる。まず、コーチングでは、成果の測定は主にクライアント自身の評価に基づく。目標自体、ここのクライアントによって設定されているために、目標の達成度や自己成長の実感が主な評価基準となる。定量的な指標よりも、クライアントの満足度や自己評価が重視されることが多い。

一方、ティーチングでは、成果の測定はテストや評価を通じて行われる場合が多い。学習者の学習内容の理解度やスキルの習得度が、成績や評価基準に基づいて測定されるため、ここでは定量的な指標が重視され、客観的な評価が行われる。

コーチングに似た用語とそれぞれの使い分け方法

ここまで、コーチングとティーチングの違いをみてきたが、他にもコーチングと意味が混同しやすい用語がある。それらの用語とコーチングの違いを整理する。

メンタリングとの違い

まず、メンタリングとコーチングの違いである。メンタリングは、経験豊富な人物が、経験の少ない人物に対して助言や指導を行うプロセスのことである。指導する側(メンター)は、指導される側(メンティ)のキャリアや個人的な成長をサポートする役割を果たす。

メンタリングが長期的な関係を前提としており、メンターは自身の経験や知識を基にアドバイスを行う一方、コーチングは特定の目標達成に向けた短期的な支援が多く、クライアントの自己発見と自己成長を重視している点で異なっている。

カウンセリングとの違い

カウンセリングは、心理的な問題や感情の課題に対処するためのプロセスであり、カウンセラーは、クライアントが感情を理解し、対処する手助けをする。

カウンセリングは、過去の経験や感情的な課題に焦点を当てることが多く、心理的なサポートを提供する一方で、コーチングは過去の話を踏まえながらも基本的には未来に焦点を当て、目標達成に向けた行動計画を立てる場合が多い。カウンセリングは精神的な健康や感情の安定に役立ち、コーチングはパフォーマンス向上や具体的な成果の達成に適していると言える。

▼カウンセリングの関連語「ピアサポート」については以下の記事をチェック

ビジネスにおける活用方法

コーチングは、クライアントが納得感を得ながら受動的に目標達成に向かって行動するようにサポートしていく手法であることを、他概念との比較を通しながら確認してきた。それではコーチングはビジネスにおいて、どのように活用することが可能なのだろうか。

リーダーシップ開発への応用

まず、コーチングは、リーダーシップ開発において効果がある。コーチングを通してリーダーが自己認識を深め、自身の強みと弱みを理解することで、より効果的なリーダーシップを発揮することが期待できる。

リーダーシップ開発とコーチングの関係で注目したいのが、コーチングの1つであるエクゼクティブコーチングだ。エクゼクティブコーチングとは、経営判断を行う企業の上位層が、周囲に肯定的な影響を及ぼせるようになるための意識変革・行動変革を行うためのプログラムだ。

これらのコーチングを利用することで、リーダーとしてのスキルを高め、企業全体のパフォーマンス向上を目指すことができる。

業績向上への貢献

コーチングは、ビジネスにおける業績向上にも大きく貢献するだろう。個々の従業員が目標を設定し、その達成に向けて努力することで、全体的な業績が期待できる。優秀なコーチの育成や採用が必要ではあるものの、従業員がコーチングを受けることで、自分の仕事に対するモチベーションが高まり、生産性向上に期待できる。

コーチングの具体的なテクニックとツール

コーチングにおいて、効果的な質問技術は非常に重要だ。質問を通じて、クライアントの思考を深め、自分自身の答えを見つける手助けになる。具体的にどのようなテクニックやツールが有効なのだろうか。

コーチングのテクニック

コーチングにおいては、コーチのテクニックによってその結果が左右される可能性が高い。テクニックが必要なポイントとしては、コーチングにおける質問、フィードバック、ゴール設定などが挙げられるだろう。

クライアントは質問を通じて、思考を深め、自分自身の答えを見つけていくため、質問はコーチングの肝となる。オープンクエスチョンやフォローアップクエスチョンを使い、クライアントが自由に考えを展開できるようにする必要があるだろう。また、フィードバックも、クライアントの成長を促進するための重要な要素であり、具体的かつ、ポジティブな点と改善点をバランスよく伝えることが必要になる。

そして、ゴール設定に関してもコーチングでテクニックが要求される重要な要素である。例えば、SMARTゴールなどのフレームワークを応用しながらクライアントの目標達成を導くことが可能だろう。

SMARTゴールとは、具体的で達成可能な目標を設定するためのフレームワークであり、以下の5つの要素で構成されている。

Specific:具体的である

Measurable:測定可能である

Achievable:達成可能である

Realistic/Relevant:現実的/問題と関連がある

Timed:期限がある

(※3)

このようなフレームワークを使用することで、クライアントが明確で達成可能な目標を設定しやすくなるだろう。

※3 引用:上岡裕美子「目標設定と目標達成度評価の考え方」https://www.jstage.jst.go.jp/article/rigaku/49/3/49_49-3kikaku_Kamioka_Yumiko/_pdf/-char/ja

コーチングツール

コーチングでは、コーチとの対話の中で自身の思考の変化を感じたり、新しい気付きを得たりすることが成果に重要な影響を与える。そのため、自身の思考を書き留めるノートや、思考を刺激するリストなどのツールが役に立つだろう。また、それらをコーチに共有しながら使用することでさらなる効果を期待できる。

コーチングとティーチングに関する資格

コーチングの資格の代表的なものとして、国際コーチング連盟(ICF)によって提供されている「国際コーチング連盟(ICF)認定資格」がある。(※4)資格は、トレーニング時間や経験に応じてACCアソシエート認定コーチ、PCCプロフェッショナル認定コーチ、MCCマスター認定コーチに分けられている。

ティーチングに関しては、特定の資格があるわけではないものの自身の専門領域に関する資格を取得したり、コーチングの資格を取得したりするなかでティーチングのスキルも向上していくと考えられる。

※4 引用:一般社団法人国際コーチング連盟 日本支部(ICF)「ICF CREDENTIAL ICF認定資格」
https://icfjapan.com/post/credentials/510

コーチングの成功事例

最後に、コーチング導入の成功事例としてヤフー株式会社の事例を紹介する。

ヤフー株式会社はVUCA時代(※5)におけるビジネス環境の不確実性を背景にしてコーチングを導入した。同社は2012年の経営体制の変更以降、個々人の自律性を重視し、トップダウンではなく各自が最適解を見つけるアプローチを採用しており、その中で、内省を促すコーチングが必要とされコーチングを開始するに至っている。

コーチングの導入により、社員個々の内省が深まり、パフォーマンス向上が期待され、実際にコーチングを受けた社員からは「社外のコーチだからこそ話せることがある」といった声が上がり、上司と部下の関係性も向上したと述べられている。さらに、コーチングによりメンバーの自律的な自己管理が促され、組織全体のパフォーマンス向上に寄与し、これにより、ヤフーは個々の力を引き出し、変化に柔軟に対応する強い組織作りを実現したと語られていることから、コーチングの導入が企業において成功した事例と言えるだろう。

※5 用語:VUCAとはVolatility:変動性・Uncertainty:不確実性・Complexity:複雑性・Ambiguity:曖昧性の頭文字を取った造語であり、VUCA時代とは先行きが不透明であり未来の予測が困難な時代のことをさす

▼VUCA時代に必要なスキル「レジリエンス」については以下の記事をチェック

まとめ

コーチングとティーチングは、それぞれ異なるアプローチではあるものの、個人やチームの成長と発展をサポートする重要な手法である。ビジネス、教育、スポーツといった幅広い分野で活用されており、コーチ・指導者とクライアント・学習者の関係が適切に構築できれば効果を発揮するはずだ。コーチングとティーチングの違いを理解し、状況に応じて使い分けることで、より効果的な支援が提供できるだろう。

 

文:小野里 涼
編集:吉岡 葵