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社会を前進させる力を秘める、「ミニシアター」の現在地

ミニシアターで映画を観たことがあるだろうか。ジャンルや規模を問わず国内外の作品を新旧ともに上映しているミニシアターでは、多様なテーマを扱った映画に出会うことができる。多様な作品を観ることは、新しい視点を得たり他者への想像力を持ったりすることにつながると捉えられる。その観点から、ミニシアターは社会を前進させるための役割を十二分に秘めているといえよう。そんなミニシアターを取り巻く環境においても、昨今ソーシャルグッドにつながるさまざまな動きが見られる。今回は、ミニシアターの価値を改めて捉えなおすとともに、ミニシアターを取り巻く現状を紹介していきたい。

ミニシアターとは

ミニシアターとは、大手映画配給会社の直接の影響下にない、独立的な映画館のことを指す。国際映画祭で評価されたが大手の映画館では上映に至らなかった映画や、駆け出しの若い作り手の作品、ドキュメンタリー映画、旧作のデジタルリマスター版など、ミニシアターでしか上映されない作品は多岐にわたる。各館がセレクトし、1人の監督や1つのテーマに焦点を当てた特集上映を組むことができるのも、ミニシアターの特徴だと言えるだろう。現在全国に100館以上存在するミニシアターの始まりは、岩波ホール(※1)の総支配人であった髙野悦子と、映画配給会社・東宝東和の川喜多かしこによる、「エキプ・ド・シネマ運動」だ。1974年にスタートしたその運動は、①アジア、アフリカ、中南米など日本で上映されることの少ない欧米以外の名作②欧米の映画であっても大手映画会社では上映しない名作③何らかの理由で日本では上映されなかった映画史上の名作④日本の作品で一層世に出ていくべき名作を発掘し、上映することを目指した。さかのぼると、アメリカでは1950年代に「アートハウス」と呼ばれる映画館が広がった歴史がある。アートハウスとは、ハリウッド以外の映画やアート映画、ヨーロッパで作られた映画などを上映する映画館を指す。このアートハウスの概念が、日本ではミニシアターとして広がったとも言えるだろう。シネマコンプレックス(シネコン)をはじめとする一般的な映画館とミニシアターは、その規模だけではなく、目指している在り方が違う。ミニシアターは、社会において見逃されがちなテーマを扱った作品や、作り手または作中で描かれている人物がマイノリティである作品などを含む多様な作品を取り上げ、発信するという役割を担っているのだ。

※1 :1968年~2022年7月まで東京・神保町で営業された、1スクリーン200席程度の映画館。1980年代のミニシアターブームに火を付け、50年近くもの間アート映画の聖地であり続けた。日本で初めて各回完全入れ替え制・定員制を実施し、「エキプ・ド・シネマ運動」で掲げられた概念を踏襲した以外にも、「予告編上映の際に企業cmを入れない」「予告された上映期間の途中打ち切りを行わない」等の方針があった。

ミニシアターが瀕する危機

たとえばフランスや韓国には、映画産業や文化を支える仕組みが存在する。対して日本は、映画館の経営をサポートする仕組みが乏しく、その運営は個々の映画館に一任されてきた。なかでも背景に大きな資本があるわけではないミニシアターは、経済的に運営が厳しい状況だ。そのような背景を踏まえ、休業が求められ窮地に立たされたコロナ禍では、ミニシアターを支えるために「ミニシアター・エイド基金」(※2)や「SAVE the CINEMA」(※3)といった有志団体が立ち上がり、緊急措置としてクラウドファンディングや政府に支援を求める署名運動を行った。「ミニシアター・エイド基金」は目標を大きく上回る3億3000万円以上の資金集めに成功。同時期に政府は文化芸術に対して500億円以上の予算をつけることを決めたが、こういった政府の動きも、そうした活動の成果の1つだと捉えられるかもしれない。

それ以外にも、ミニシアターという場やその文化を守るため、ミニシアターで上映されるインディペンデントな作品の多様性を守るため、あるいはミニシアターで働く人々、ミニシアターで上映される映画を作る人々を守るために、さまざまな取り組みが行われている。

※2 参考:MOTION GALLERY「みらいへつなごう!多様な映画文化を育んできた全国のミニシアターをみんなで応援 ミニシアター・エイド(Mini-Theater AID)基金」
https://motion-gallery.net/projects/minitheateraid
※3 参考:「SAVE the CINEMA」https://savethecinema.org/

新たに生まれたミニシアター

コロナ禍で存続が危ぶまれたミニシアターもあるが、一方で東京都内には、コロナ禍で新たに生まれたミニシアターも存在する。2022年1月には下北沢にシモキタ-エキマエ-シネマ 「K2(ケーツー)」(※4)が、2022年9月には墨田区の菊川に「Stranger(ストレンジャー)」(※5)がオープンした。

シモキタ-エキマエ-シネマ「K2」は、下北沢駅の商業施設・シモキタエキウエ直結の「(tefu) lounge(テフ ラウンジ)」内にある、1スクリーン70席のミニシアターである。演劇、ライブハウス、サブカルチャー、飲み文化など、さまざまな文化のるつぼのような下北沢で、「文化が好きな人たちの結節点」となるようなミニシアターを目指して立ち上がったそうだ。映画館としてはめずらしくオールキャッシュレス決済を採用したり、「映画と街」に焦点を当てた独自の映画雑誌『MAKING』を出版したりと、新たな試みを行なっているのも特徴だと言えるだろう。「Stranger」は1スクリーン49席で、墨田区、江東区で唯一のミニシアターとして生まれた。ブランディングデザイン会社を運営するオーナーが、「映画を知る」「映画を観る」「映画を論じる」「映画を語り合う」「映画で繋がる」という5つの体験を、一連の映画鑑賞体験として提供する新しいスタイルを目指して立ち上げた。「Stranger Magazine」という映画批評メディアを独自に運営していたり、小さなカフェスペースを併設していたりと、コミュニケーションのきっかけになるような仕掛けがたくさん設けられている。また、フルタイムのスタッフ全員を正社員として雇用することで、職場環境の向上と交流の担い手、作品キュレーターとしての期待も込めているという。

※4 参考:シモキタ-エキマエ-シネマ 「K2」 https://k2-cinema.com/
※5 参考:Stranger https://stranger.jp/

劇場や現場に残る課題

ここまで、映画の多様性を守るミニシアターのあり方について紹介してきた。それでは少し視点を変えて、劇場や上映作品が作られる現場のサステナビリティにも目を向けてみたい。

ここ数年、ミニシアターでは労働環境をめぐる問題が相次いで発生している。2020年には、当時、渋谷、吉祥寺、京都でミニシアターを運営していた有限会社アップリンクと、すでに閉館していたミニシアター「ユジク阿佐ヶ谷」で、元従業員による告発があった。アップリンクでは経営者による日常的なハラスメントが明らかになり、訴訟の結果和解協議がなされたが、原告側は「全ての問題が解決したとは考えていない」と声明を出している。「ユジク阿佐ヶ谷」でも、給与の未払いや社会保険の未加入といった労務問題とハラスメントが発覚した。それにもかかわらず、経営体制は同じまま翌年に「Morc阿佐ヶ谷」と名前を変えて映画館をオープンし、現在も営業を続けている。

先述したように、ミニシアターは経営が厳しいなかで、労働者の搾取につながりやすい構造問題があると見て取れる。またその独立性から、経営者に権力が集中しワンマン化しやすいことも、労働問題が生じる要因の1つかもしれない。起こってしまった問題に対する個別の対応は必須であるが、それ以上に働く人々の人権を守るという意味で体制や仕組みを抜本的に見直し、改善する必要があるだろう。

映画の制作現場においても、ハラスメントの問題は後を立たない。ただ、制作現場では近年、リスペクトトレーニングを導入したり、インティマシーコーディネーターが制作チームに参加したりと、具体的なハラスメント対策が広がり始めている。リスペクトトレーニングとは、ハラスメントを未然に防ぐためにリスペクトを持って相手に接することを学ぶ講習で、Netflixなどが導入している。インティマシーコーディネーターは、センシティブシーン(俳優がヌードになるシーンや親密な身体的接触のあるシーンなど)において、俳優と制作側との間に立ち、俳優の安全を守りながら監督の演出意図を最大限に実現できるようにサポートするスタッフのことを指す。こういった取り組みが広がっていくことで、現場におけるハラスメントの問題が徐々に改善されていくことが期待できる。

日本において初めてリスペクトトレーニングが導入されたという『孤狼の血 LEVEL2』で監督を務められた白石和彌監督へのインタビューはこちらから(前編(後編)

日本の映画を世界の映画館へ

また違った角度で、日本の映画界の仕組みを変えていこうとする試みもある。映画のプロデュースや配給・宣伝などを手がけるコギトワークス(※6)は、世界の映画館に直接自社映画を配給するためのクラウドファンディングを開始した。日本ではたとえ作品がヒットしても、作り手に収益が還元されるシステムがなかなかないそうだ。コギトワークスはこの映画界のビジネスモデルに問題意識を抱き、従来それぞれ別会社が関わる企画開発、制作、仕上げ、宣伝、配給を一貫して自社で行うことで、成功報酬制度を当たり前としたビジネスモデルを目指している。そのためには国内での上映のみならず、市場を海外にも拡大する必要があるため、始まったのがこのクラウドファンディングだ。クラウドファンディングで集めた資金をもとに、海外の映画館を訪ね、ブッキング交渉をするのだという。

コギトワークス代表の関友彦さんによると、日本映画が国外の劇場に届けられることは極めて稀だという。海外で行われる映画祭への出品には力を入れているものの、国内での上映に向け箔をつけて宣伝する目的が強く、海外での上映を目的にしたケースはほとんどないそうだ。そんななか、日本の映画を携え世界の映画館を回るこのプロジェクトは、これまでにない新たな広がりが期待できる重要な試みだと言えるだろう。

コギトワークスが制作・配給をした映画『シュシュシュの娘』の入江悠監督にインタビューした記事はこちらから(前編)(後編)

※6 参考:株式会社コギトワークス http://cogitoworks.com/

最後に

2016年に映画『淵に立つ』でカンヌ国際映画祭ある視点部門の審査員賞を受賞し、ミニシアター支援や文化予算の拡大、映画界のハラスメント防止のための活動などを行う映画監督の深田晃司さんは、「ミニシアターの危機は映画の多様性の危機」、「映画の多様性が守られるべきなのは、民主主義を守ることにつながるから」と語っている。

この言葉の通り、ミニシアターでは、マイノリティの表象や、国内外で何が起こっていて、その社会を生きる個人がどう感じ何を考えているのか、その姿を描き出すような作品など、多様な作品に出会うことができる。これからも多様な人々の、多様な人々による、多様な人々のための表現が集まる場としてミニシアターがあってほしい。また、劇場や上映される作品が作られる現場においても搾取がなく、健全であってほしい。今回取り上げたようにミニシアターやそこで上映される作品を取り巻く環境には課題もあるが、その多様性から、社会を前進させる可能性を十二分に秘めたミニシアターの文化に、今後も注目したい。

 

文:日比楽那
編集:大沼芙実子

 

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