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『孤狼の血 LEVEL2』で挑んだ改革 白石和彌監督インタビュー(後編)

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日本アカデミー賞など多くの映画賞を受賞し、映画ファンや評論家からの評価も高い『孤狼の血』など傑作を次々と生み出し、日本を代表する映画監督へと飛躍している白石和彌。
彼の最新作であり、ヒット作の続編である『孤狼の血 LEVEL2』がいよいよ2021年8月20日に劇場公開となる。今回はその公開を直前に控え、彼が本作をどのように生み出したのか、そしてただ映画を作っただけではない、本作の製作を通じて取り組んだ日本映画界の労働環境改革についても、深く話を伺った。

インタビュー後編となる今回は、いよいよ最新作『孤狼の血 LEVEL2』の内側に切り込む。

<白石和彌監督インタビュー前編はこちら>

松坂桃李と鈴木亮平が思いを抱えて激突する「異形のバディ」

『孤狼の血 LEVEL2』は、原作とは違いオリジナルの展開ですね

前作『孤狼の血』は、原作と終わり方を変えたこともあって繋げづらい部分もありましたし、そもそも(原作続編の)「狂犬の眼」は面白いけど、作品的にヤクザの抗争ではない。そこで、原作者の柚月(裕子)さんに相談して、オリジナルで作る許可をもらいました。

続編を作るにあたって意識したことは

まず、前作が予想外に褒められてしまった。その後、脚本家の池上(純哉)さんと「そもそも褒められるために『孤狼(の血)』を作ったんだっけ?」と話していました。元々前作のプロデューサーからのオーダーは、(描写がハードだと知られる)「韓国映画を超えてくれ」でしたから。なので、池上さんと「今回は、褒められないものを作りましょう」と言って作り始めたのが、『孤狼の血 LEVEL2』です。

続編はまず、松坂桃李さん演じる刑事、日岡の変貌ぶりがとても面白いですね

日岡は、だいぶ変えました。普通は、彼が悪い刑事にたどり着くまでの道筋を描きそうなものだけど、そのプロセスが見えると面白くない。だから思い切って、彼のキャラクターが振り切ってしまった段階から映画が始まったほうが物語が飛躍すると考えました。でも、少し不安もありましたね。あんな良い人の(松坂)桃李くんが、いきなり悪い男に変化することに納得いくのかどうか。しかし『新聞記者』(2019年)などで、日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞もらったり、彼自身、俳優としてこの3年間で自信もついて、よりワイルドになっていた。久々に会うとオーラが数段強くなっていましたね。

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(C)2021「孤狼の血 LEVEL2」製作委員会

前作は役所広司さんと松坂桃李さんとのバディムービーとして見事でしたが、本作もその流れを継承するような強烈なバディムービーです。松坂桃李さんを中心に、村上虹郎さん、中村梅雀さんとのバディ感もありましたが、何より敵役である上林役の鈴木亮平さんとの「異形のバディ」が印象的でした

そうですね。村上虹郎くん、中村梅雀さん、そして鈴木亮平くん。劇中でいろんなバディを見せたいと思っていた。そしてその中でも、鈴木亮平くんと桃李くんとのバディは、まさに「異形のバディ」ですね。おっしゃるとおり、それは特に見せたかったことです。終盤の彼らの対決は、ぼくはもう「デート」だと思っています(笑)

敵同士なので、もちろん憎み合っているけれど、愛憎を感じさせますね

そこはハッキリと狙って作っています。

とにかく驚いたのは、鈴木亮平さんでした。パブリックイメージも良い人だという印象です。なのに、今回、根っから狂っている役どころを完璧に演じています

上林役は、桃李くんと敵対するバディであるということを念頭に置いていました。なので、桃李くんを圧倒するくらいの身体的な強さが必要でしたね。(白石監督の過去作で鈴木亮平が出演している)『ひとよ』(2019年)の時から、「この役は、鈴木亮平だな」と思って狙っていました(笑)
鈴木亮平くんは、現場では座長感が強かった。毎日上林組として動き、出番がないときも盛り上げていました。

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地方での映画撮影にはグルーヴがありますよね。この現場はいかがでしたか

地方に行くと結束はより強くなるし、この期間は新型コロナもあったことで、連帯は強まったと思います。新型コロナは、みんなから仕事を奪いました。みんな、この『孤狼の血 LEVEL2』が久々の現場でした。それもあって、ここで燃えないで何のために映画をやっているのか、という気持ちが爆発していたように思います。いつもはぼくが現場を焚きつける側だけど、今回は必死に押さえる側に回りました(笑)

前作はバディムービーでありつつも組織の関係性が強調されましたが、今回はそれぞれ個としての存在感が大きく感じました

そうですね。今回は、あまり組織のことを考えないようにはしていましたね。むしろ、「暴力がどこから生まれるのか」ということを描きたかった。

画面も暗さがありましたが、ルックで意識したことはなんでしょうか

暗いところにちゃんと影を残すようにしました。最近の映画は、とにかく光を当ててしまう傾向があります。時間がなかったり予算がなかったりして、不安だから撮り直しがないようにみんなの顔に光をあてる。でもそうした結果、意図的に影を残すといった技術自体が失われつつある。今回はあえてそれをやろうとしました。画面が暗いことを恐れずにやりたかった。新型コロナの流行で外に出られない期間にいろいろな作品を観ていると、世界中みんな相当チャレンジしているなと思っていたので、ちょっとでも攻めたものを作りたいと思いました。

そうやって改めて感じたのは、見えないことの気持ち良さ。説明しないことの気持ち良さ。映画は曖昧で良い。何でもかんでも分かるのが良い映画、とは思わない。分からないことを残すことが重要だと思いました。

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過酷な労働環境を改善することで変える日本映画の未来

『孤狼の血 LEVEL2』は雰囲気の良い撮影現場だったと思うのですが、今回、白石さんがハラスメントを防止するためのリスペクト・トレーニング※を導入した意図を教えてください

以前、Netflixでリスペクト・トレーニングをやっているのを知って、目から鱗でした。これは是非やりたいと思いました。自分の周りでも現場で監督が怒鳴りまくって、プロデューサーがノイローゼになり、助監督が辞めたといったような話がびっくりするぐらいある。ハラスメントにシビアになった今でもあります。だから、ハラスメントをしている人にもされている人にも、メッセージを送りたかった。まともな現場もあるんだと伝えたかった。ただ、そんな自分だって、助監督時代はハラスメントを受けたりしたりもしていたから、決して偉そうなことは言えません。でも、問題があるならここで断ち切ることが重要だと思っています。

※ハラスメントなどが発生しないように相手にリスペクトを持って接するための認識を合わせる予防講習。Netflixなどが導入している。

今回、リスペクト・トレーニングをやってよかったことはなんですか

(リスペクト・トレーニングを)監督やプロデューサーが率先して実施しているので、みんなでそれぞれをリスペクトしようと声をかけやすい現場になったことです。キャストやスタッフみんなの意識が変わったと思います。
一方、反省点もあります。やはりそれは労働環境と密接に関係していますね。どうしても撮影が長時間にならざるを得ない部分もありました。また、何か問題がある時のためのSOSホットラインを用意していましたが、SOSは来なかったと言われました。でもしばらく経ってから、ある技師と助手の間でハラスメントっぽい感じになっていたと聞きました。それを聞いて、では実際にSOSが入った時に、自分にどういうことができたのかを考えさせられました。撮影の現場が動いている中、大ナタをふるえるのかを考えさせられました。

Netflixでは作品ごとに何本もリスペクト・トレーニングをするけど、言っても言ってもハラスメント状態に陥らせる人は必ずいます。そういうケースでは、撮影前に対応方法を検討しているのと、既にハラスメントに関するブラックリストができ始めているとも聞いています。ハラスメントをする人は今後仕事がしにくくなるでしょう。
個人的には、もし今後自分の現場で何か問題が起きたのであれば、撮影を止めても致し方ないと思っています。

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白石さんの『止められるか、俺たちを』(2018年)でも描かれていますが、かつての撮影現場は今以上に強烈でした。その渦中に身を置いていたご自身として、過去をどう総括していますか

総括しきれていないですね。だから今こういう取り組みをしている部分もあります。当時、具体名を言われないだけで多くの映画作家たちは無茶苦茶なことをやっていました。でも、もうそれでは映画を作れない時代になってきています。いま良い環境を作らないと、本当に日本映画はダメになってしまう。この過酷な環境で、既に多くの才能は失われてきました。日本映画界全体として一体どう思っているのかとぼくは思います。これは、ぼくだけではなく映画に関わる人みんなで考えて欲しいと思っています。

映画界には若者が入ってきていない感じがしています。そして映画に関わる人の間で「好きだからしょうがない」という考えが横行しています。どうすれば映画界は真っ当になりますか

まず、ちゃんとお金が儲かる環境にするのは重要だと思います。ものを作るのはやっぱり楽しい。どの部署だって楽しいです。映画は一生をかける価値のある仕事だとぼくは思う。それできちんとした労働環境になり、普通以上に賃金をもらえれば、映画界にもっと人は入ってくると思います。

ただ、フロントランナーの若い人たちが動かないとどうにもならないという点もあるように思います。業界は古くなかなか動かないため、比較的若い白石さんの取り組みは意味を持ってくると思います

自分たちの世代がもっと声上げていかなければいけないし、映連※も変えていかないといけないと思っています。正直なところ、去年の段階でリーダーシップをとって欲しかった。韓国は興行収入全体からお金をプールして配分したり、リスペクト・トレーニングの取り組みが日本より普及している。映画界全体として、立場の弱いフリーのスタッフ含めて、もう少し映画人を支援してもらえる体制にしていってほしいという要望はあります。

※映画製作者連盟。映画製作配給会社大手で形成される業界団体。

白石さんの撮影現場では、環境改善は今後もやっていく予定はありますか

もちろんです。『孤狼の血 LEVEL2』で学んだこととして、クランクイン直前のリスペクト・トレーニングはみんな参加しづらい。だから他の作品では早めにリスペクト・トレーニングを行うなど、少しづつ改善しています。実施には少しお金はかかるけど、それは必要なことです。若い映画のスタッフが辞めるケースは、初めて入った現場が酷いことが多いと感じています。だからきちんと良い現場にして、若いインターンを育てていくことをこれからやっていきたいです。

今回、労働環境の改善に取り組んだら、「リスペクト・トレーニングとか言いながら、『孤狼の血 LEVEL2』の宣伝じゃないか」と言われることもありました。でも、ぼくはそれでも良いと思う。まずはこういう活動を世の中に知ってもらうことが大切だと思っています。

システムも重要ですが、監督の倫理観や意識が重要なのだと思いました

ぼくは、もともと完璧主義者ではない。そういう性格だから現場でもあまり怒鳴らない。たぶん(スタンリー・)キューブリックとかヤバかったと思うんですよ、映画史に残る完璧主義者だから。映画の現場は監督の性格によって和気藹々とやっている組もあるし、延々撮影したり私語禁止の組もあったりするんでしょう。ただ、どんな現場であれ、映画監督は人に対する責任を持たなければならないし、映画を作る云々の前にそれを意識することが必要だと思う。

ぼくもこれだけ言っているんで、普段の生活で下手なことはできないなって思っています。

 

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『孤狼の血 LEVEL2』は、昭和の東映実録路線を令和によみがえらせた、強烈な熱量を感じる作品だ。新型コロナウイルス感染拡大に心身を押さえつけられていたキャストやスタッフたちの蓄積された思いが画面に投影され、世の中が鬱屈とした今こそ観るに相応しい映画であり、観れば誰しも心に火がつくことは疑いない。

だが、今回、白石監督に話を伺って、ひとつひとつの作品のこと以上に、この先どうすれば日本映画界は健全なものに変化、発展していくのか、という根源的な問題に対する視座の高さを感じた。そこには、これからの日本映画界を牽引するフロントランナーとしての責任感が垣間見える。自身の過去の経験を踏まえて、若い未来の映画人たちの道を作るために動き出した日本映画界の「孤狼」。きっと波風も立つだろう。しかし、だからこそ、白石和彌を映画界は決して「孤狼」にしてはいけないと強く思うのだ。

 

取材・文・編集:中井 圭
写真:服部 芽生