よりよい未来の話をしよう

日本映画界の「孤狼」が示した未来 白石和彌監督インタビュー(前編)

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映画監督、白石和彌。

悪役リリー・フランキーを活かした演出が話題を集めた『凶悪』(2013年)や、愚かな男の純愛を尋常ならざる形で見せる『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017年)、香取慎吾の新しい面を引き出した『凪待ち』(2019年)など傑作を連発し、今や日本映画界で最も注目を集める映画監督のひとりだ。

彼がその評価を決定的なものにしたのは『孤狼の血』(2018年)であることは疑問の余地がない。警察組織と反社会的勢力との関係性の中、清濁併せ吞んで正義を為そうとする男たちの葛藤を描いた柚月裕子の同名原作を映画化した。かつて『仁義なき戦い』シリーズを生み出し、東映実録路線と呼ばれる作品群で名をはせた深作欣二監督のあとを継ぐような、苛烈なドラマと壮絶な描写で多くの映画ファンを熱狂させた。

一方、彼は、新型コロナウイルスが猛威を振るう中、休業を強いられた映画館を救うために尽力していることでも知られている。多くの映画人たちと協力して「SAVE the CINEMA」※などでの支援活動に身を投じた。さらに、ハラスメントが横行し低賃金でもある日本映画界の労働環境を改善するための働きかけを積極的に行っていることでも注目を集めた。

 そんな彼が、現在の日本映画界をどう捉えているのか。そして映画の未来をどう見つめているのか。最新作『孤狼の血 LEVEL2』の公開が8月20日と控えた今、新作への思いと共に話を伺った。本インタビューは、想定以上に白熱したため、前後編でお届けする。 

※新型コロナウィルスの影響が拡大する中、ミニシアターを救うために立ち上がった映画人を中心とした支援プロジェクト 

映画館と配信の選択可能な未来

日本映画界も新型コロナウイルスの感染拡大で苦しい思いをしていますが、白石さんは映画界を支援するために「SAVE the CINEMA」などの活動をされていました。どういう気持ちだったのでしょうか

自分自身、映画に関わる人間として、いてもたってもいられなかったですね。映画館が止まることは、映画に関わる人の仕事がみんな止まるということ。映画人として、この状況で黙っていられるほうが不思議だと思いました。

中でも、ミニシアターこそ映画を育てお客さんを育てる学びの場だと思っています。ミニシアターがなくなったら、映画文化そのものがなくなってしまう。個人的にも、90年代半ばのミニシアターブームの時に東京で観られない映画はない、という感覚がありました。たとえばカンヌ(国際映画祭)で上映されるような映画は、東京のどこかのミニシアターでやっていましたね。
日本映画も犬童(一心)さんの『ジョゼと虎と魚たち』(2003年)も渋谷でロングランしていたり。あとは、『鉄塔 武蔵野線』(1997年)をテアトル新宿で観た記憶も蘇りますね。いつか自分も、ミニシアターで上映されるような映画を作りたいと思っていました。

現在はワクチン接種なども始まりましたが、新型コロナウイルスは未だ猛威を振るっています。2021年後半以降の日本映画界をどう捉えていますか

今後の新型コロナの感染状況は予想できないけど、日本映画界が(オンライン)配信作品をどういう位置づけにするか。それが今後の映画界を決めると考えています。今のところ上映と配信の同時展開はしないと言われているけど、今後は崩れていって、配信を中心に据えた映画界になっていくと思います。

個人的に、日本映画界には配信に対する忌避感のようなものがあると感じていますが、白石さん個人はどのようにお考えですか

配信が拡がっていくことは、ぼくはウェルカムです。実際、配信作品の現場は、労働環境の面でも、細部のスタッフに至るまでクリエイターを大事に思っていると感じています。ものづくりのひとつひとつをとっても違います。例えばカーチェイスを撮ることになって、1億円かかるとしたら、今までの日本映画界は「高すぎるので、5千万で撮ってくれ」、あるいは「なくしてくれ」という要望が出てくる。一方、配信作品の場合だと、「必要であれば、1億出しましょう」と言われます。しかし同時に「あなたたちは、1億で『ワイルド・スピード』に勝てるカーチェイスを撮れるんですか?」という疑問を投げかけられる。ハードルは高いけどクリエイターとして燃えるし、ものづくり全体の考え方が根本的に変わっていく。そして、そういう動きは既に始まっています。

真正面からの勝負を要求されるということですね

正直なところ、これまでは「相手はハリウッド映画だし、そりゃ勝てないよね」と線引きすることで自分たちのプライドを保っているところもあったと思います。しかし、そんなことを言っている場合ではないですね。世界中で「よーいドン!」が始まってます。ぼく自身、Netflixと企画開発していたときから、そのことを感じています。

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映画界には「映画は映画館で観るもの」という根源的な思いがあると思っています。「映画を制限かけずに作れるが、映画館での上映ではない」ことと、「ものづくりに制限は大きくあるが、映画館のスクリーンで上映することができる」ことの間に、映画監督として葛藤もあると思いますが、どうお考えですか

これからは選択になっていくと思います。映画館と配信の同時公開もあるだろうし、配信開始が映画館での上映から2週間だけ遅れるとか、配信会社で映画を作って先に配信するけど、お客さんからの要望で映画館で上映される、みたいなものもきっと出てきます。それで良いと思います。

ちなみにクリエイティブの面では、Netflixは配信だから作品をテレビサイズで作ろうという考えは全くありません。視聴する画面サイズや環境に関わらず、どんどんリッチな作品を作ろうとしています。

これから日本映画界は大きな分岐点を迎え、いずれは配信が大きな柱になるのではないかと考えているということですが、ものづくりの視点から、その理由を教えてください

スタッフのところに映画と配信の仕事の話が両方同時に来たら、配信をやる人が増えてきていると感じています。待遇の違いも大きい。製作費もあるし、Netflixはリスペクトトレーニング※もやる。週に1回、まったく働いてはいけない日を必ず作ったり。日本映画界はみんな真面目だから休みでも働くけど、それを仕組みとして抑止する。こうやって配信が伸びていくことで、映画業界全体の考え方が変わっていくのではないかと思います。

あと、競争力という点でも、そもそも今まで我々は製作費がないところを無理して作ってきているけど、そろそろ変えないとどうにもならない。アカデミー賞作品賞と監督賞を獲った
『パラサイト 半地下の家族』(2019年)は、製作費で13億円かかっている。あの作品を日本で作るとなると、おそらく2、3億円くらいしか出ないと思う。それで「なぜ日本映画は勝てないのか!」と言われても、そもそも根本が違うというのはありますよね。

※ハラスメントなどが発生しないように相手にリスペクトを持って接するための認識を合わせる予防講習。Netflixなどが導入している。

役所広司を継承するのは松坂桃李という確信

新作『孤狼の血 LEVEL2』の話を伺いたいのですが、その前に1作目の『孤狼の血』について少しおさらいさせてください

元々、映画化の際に声をかけてもらったのがきっかけで前作『孤狼の血』を作りました。このジャンルでは『仁義なき戦い』シリーズが面白いけど、作り手にとっては聖域で下手に触ると火傷する。ただ、柚月(裕子)さんによる『仁義なき~』的な世界観の原作があったので、これなら映画にできるかもと思いました。そもそもこの機会を見過ごして、撮らないのであれば絶対に後悔すると思ったし、過去に撮った『日本でいちばん悪い奴ら』(2016年)の経験もあって、自分ならできるかなと思いました。

前作『孤狼の血』は、役所広司さん演じる清濁併せ呑むベテラン刑事の大上と、松坂桃李さん演じる清廉な若手刑事、日岡の、性格的、立ち位置的に相反する二人が絡み合うバディムービーでした。役所さんと松坂さんのキャスティングについて教えてください

原作小説の大上のイメージは、今の日本映画界にはいないと思いました。菅原文太さんしかいない。ただ、いま日本で最高の役者って誰だろうと考えたら、すぐに役所さんが浮かんだ。かつて役所さんが『シャブ極道』(1996年)に出ていたけど、あのシャブ極道の人が今も生きていたらどうなっているのかを思い浮かべながら出演依頼をしました。

また、役所さんとのバディ感でいうと、(松坂)桃李くんは『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017年)で一緒にやってみて、懐が深いと感じたのでオファーしました。彼はとにかくストイック。そして作品の選び方が役所さんに近いと思います。役所さんは、そのタイミングでその役を演じることができるのは役所さんしかいないという巡り合わせを感じるけど、同じものを桃李くんにも感じています。この映画は大上と日岡の「継承」の話であると同時に、役所さんを継承するのは松坂桃李だと思いました。

「継承」は作品の中だけではなく、現実世界においてもそのように感じたのでしょうか

それを強く感じたし、こちらも意識していましたね。『孤狼の血』を撮りながら、作品と現実が一体になるような雰囲気を現場で感じていました。 

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新型コロナウイルス感染拡大によって苦境に陥った映画界を救済するため、献身的に行動する白石監督は、同時に、映画の未来を映画館での上映とオンライン配信の選択可能な環境にも見出していた。一見すると矛盾があるようにも見えるこの視点の先には、「この先、日本映画界がどうすれば本気で生き残り、さらに前進することができるのか」という、映画を愛する人間としての深い思考と強い覚悟が伝わってきた。

インタビュー後編では、いよいよ本題である新作『孤狼の血 LEVEL2』について迫る。そこでは、鈴木亮平演じる最狂の男上林と、前作から大きな変貌を遂げた日岡の関係性など作品の核心に触れながら、『孤狼の血 LEVEL2』で取り組んだハラスメント防止策についても切り込む。

<白石和彌監督インタビュー後編に続く>


取材・文・編集:中井 圭
写真:服部 芽生