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日本映画の労働環境の貧しさを変えるために 入江悠監督インタビュー(前編)

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「いま、全国のミニシアターを最も巡っている映画監督は誰か」と問われたら、多くの映画人が入江悠監督の名前を挙げるだろう。

1年半以上の新型コロナウイルス感染拡大によって休業や営業制限に追い込まれた映画館の中でも、規模が小さく経営的にも難しさを抱えているのがミニシアターだ。入江悠監督は、このミニシアターの苦境を救うために、コロナ禍にもかかわらず、一本の、少し不思議な映画を作ることになる。それが新作『シュシュシュの娘(こ)』(8/21公開)だ。入江監督自身の出資とクラウドファンディングによって製作された同作は、従来とは違って、上映したいと手を挙げたミニシアターすべてで一斉に上映される。

寄付やグッズ販売など、ミニシアターを救う手立てがいくつか考えられる中、なぜ新作映画を作ってミニシアターで上映することにこだわったのか。この異例とも言うべき新作製作と上映形式について、全国のミニシアターを巡りながら現場の声に真摯に耳を傾けてきた入江監督に話を伺った。そこから見えてきたのは、ミニシアターに対する入江監督の並々ならぬ熱い思いと、日本映画界が抱える労働環境の問題だった。

このインタビューは、前後編でお届けする。前編は、普段あまり聞くことのない映画監督とお金のことを中心に踏み込んだ。

 

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まず、映画監督のキャリアの話をしたいです。入江さんは自主映画からスタートし、評価を高めて商業映画に進出、最近では、日本テレビ系の連続ドラマ「ネメシス」も担当しました。ステップアップされてきた映画監督という立場で、監督のキャリアアップの現状を教えてください

キャリアアップの方法はもちろん人それぞれですが、多くの場合、まずインディーズの領域で活動します。そして作品がプロデューサーなどの目に留まった結果、(規模の大きな)商業映画の世界に入ってきます。映画監督の7,8割くらいは、そうだと思っています。

入江さんの場合は、初期作品で高く評価された『SR サイタマノラッパー』(2009年)が転機だったと思いますが

そうですね。ただ、「作品1本では厳しい」という実感がありました。どうにか話題作1本くらいは作れるかもしれないですが、日本の映画プロデューサーの判断は結構保守的です。1本の映画で映画監督の才能を見極めるのは難しく、「たまたまじゃないか」とか「他のジャンルを撮れるのか」と思われることはよくあります。

あと、商業映画に抜擢されたはいいけど、いきなり商業映画を撮るノウハウがなくて、潰れてしまう監督もいます。なので、ぼくの場合は、『SR サイタマノラッパー』をシリーズ化して3本作るなど、少しずつ規模を大きくして、だんだん商業映画に対応できるようにしてきました。

なるほど。それに『SR サイタマノラッパー』は、大規模なエキストラを使った長回しなど、インディーズではなかなかやらないような取り組みもしていましたね

技術的には、そういう(複雑な)こともできると見せられたと思います。振り返ると、いきなり順番を飛ばして商業映画を撮っていたら、自分自身の方向性も定まっていないので、映画を作る上でやるべきことがブレてしまったのではないかと思います。

映画監督の収入と成果報酬型への挑戦

少し踏み込んで映画監督の収入についても伺いたいのですが、『SR サイタマノラッパー』を撮って各方面で評価されてからも、入江さんは「お金がない」と言っていました。たとえ作品が評価されても、お金は入ってこなかったのでしょうか

そうですね。これはミニシアターの経営とも結構近い問題だと思うのですが、今や映画の興行は、経済的に潤うものではなくなっていると感じています。

日本の映画監督の収入は、映画のヒットなど興行の結果に関わらず、あらかじめ決まっているという認識ですが、実際はどうでしょうか

映画の興行成績とは関係なく「この映画の監督料はいくらです」とあらかじめ決まっています。ただ、さらに問題なのは、そもそも最初に金額が提示されていない場合もあり、映画を作り始めてから後出しで金額を言われることもあります。

あと、映画監督の収入源としては、作品の二次使用料もあります。DVD販売や放送、配信の際にいくらかもらえますが、現在は昔のようにDVDがたくさん売れる時代ではないので、自分の場合、二次使用料はほとんどないに等しいですね。50代以上の映画監督たちの頃は、DVDが相当売れたりすると家のローンが払えたみたいですが、ぼくらの世代だと難しいですね。

海外では映画監督の収入形式が違うケースも多いですよね

はい。海外では契約次第で、興行成績に対する成果報酬もあります。その場合、仮に監督料がゼロでも、映画館にお客さんがたくさん入れば収入として潤います。日本はそこがなかなか変わらなくて、課題だと思っています。もし成果報酬になれば、最初の監督料や出演料が安くても、モチベーションを高く保てるし、みんな作品の宣伝活動も頑張れる。
今回撮った『シュシュシュの娘(こ)』は、成果報酬にしています。クラウドファンディングで作っているから、初期のギャランティは安いけど、映画館にお客さんが入れば入る程、関わった人たちが儲かる仕組みにしています。もちろん、今回ミニシアター支援のために作っているので、まずはミニシアターに潤ってもらってから、ですが。

成果報酬型は日本映画では少ないですが、今回、自身でやってみて制約はありましたか

制約は特にありませんでした。今回は自主映画なので他に出資者がいないし、クラウドファンディングのお金の使い方についても問題ありません。だから、キャストやスタッフへの取り決めとして、最初のギャラは少ないけど、映画館にお客さんが入る程みんなの収入になることを宣言し、「それで良ければ現場に来てください」という話をしました。ちなみに、ぼくの最初のギャラは、ゼロですね。それは『SR サイタマノラッパー』の時もそうですし、今回もそう。でも、ぼくにも成果報酬はあるので、映画館にお客さんが入ったら関係者みんなで割る、という感じです。

一方、入江さんは『22年目の告白 -私が殺人犯です-』(2017年)や『AI崩壊』(2020年)など、規模の大きな商業映画も作ってきました。インディーズと比較して、お金の点ではどう変わりましたか

これを言うと夢がないと自分でも思うのですが、製作の規模が変わっても「お金がない」と言い続けてますね。たとえ4,5億円の製作費でも、作品に関わる人も多いし、映画で描くものが大きくなるから、「もっとお金があれば」と言い続けることになる。これは、日本映画の壁なんだなと思いました。もちろん、規模の大きい商業作品をコンスタントにやっていれば、出演者やスタッフの収入はそれなりに保たれますが、いわゆる“アメリカンドリーム”のようなものはないですね。

いま映画業界の課題として、若手が入ってこない状況もあります。労働環境の問題も根深くあると思いますが、お金の問題も大きいと思っています

日本映画の労働環境は、かなり貧しくなってきていますね。あと、やはりお金の問題は大きいです。海外の映画監督と話すこともあるのですが、自分のこれまでの映画の制作本数を聞かれると大抵驚かれる。ぼくはこれまで20本程作っていて、国内で自分と同い年くらいだとそれくらいの本数を撮っている人は普通にいます。ただ、日本では映画1本あたりのギャラがとにかく安い。これが韓国だと、映画を1本撮ると4年くらいは何とか生活できます。だから、海外では、映画のスタッフも映画を撮り終わってすぐに次の仕事を入れなくても、ちょっとは生活できる。ゆとりが違います。

この金銭的、時間的余裕は、海外とは圧倒的に違いますね。たとえばアカデミー賞を3回受賞している俳優のダニエル・デイ=ルイスは、その金銭的、時間的余裕を活かして、自分がこれから演じる役に合わせて事前にじっくり訓練して、実際に職人になったりしています

全然違いますよね。ぼくも前年に『聖地X』(2021年秋公開)という作品を韓国で撮りましたが、現地のメインスタッフのギャラは全員、日本の映画監督より高いんですよ。当然、製作費は日本より高いんですけど、やっぱり夢があるんですよね。その結果、映画界に若い人が入ってきていて、古い固定した考え方の人たちは駆逐されて、良い循環が生まれている。どんどん更新されていく文化は、やっぱり良いなと思います。

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労働環境の自浄作用と映画監督の連帯

日本では海外で起きているような労働環境の循環や自浄作用が機能していないと考えますか

機能していないですね。韓国では、ポン・ジュノ※1の現場が労働環境的にもすごく良い、という評判が周りにも伝わり、自分たちもそういう現場にするんだ、という声があがっています。一方、キム・ギドク※2の現場は評判が悪い。その結果、ハラスメントは絶対許せないという当たり前の声が現場に浸透してきている。そこが日本とは全然違います。

※1 アカデミー賞作品賞、監督賞受賞作『パラサイト 半地下の家族』を撮った世界的監督
※2 キャストやスタッフに対する性暴力の問題を抱え、新型コロナで亡くなった映画監督

日本で労働環境の問題を改善しなければ、というムーブメントを実感することはありますか

いや、実感はないですし、いまだに撮影現場は古いままですね。自分はどうにか睡眠時間を確保して週休二日制にしようとするけど、製作側からはどんどん厳しいスケジュールで安く作ろう、という圧力がかかります。これを変えるのは、なかなか難しいですね。ぼくも今はある程度要求できる立場になってきましたが、かつては言われるまま厳しいスケジュールでやっていたので、キャストやスタッフに申し訳なかったと思っています。

入江監督自身が環境を改善しようしていることはありますか

日本映画監督協会※3でも、一部、働き方改革があります。先日も、中村義洋監督と労働環境についてやりとりをしました。ぼくが韓国で撮った映画の場合、週休二日制で一日労働時間は13時間まで、という労働面での制限があり、時間を10分でもオーバーすると怒られることを伝えました。そういった内容を、監督協会を通じて経産省などに話してもらっています。ただ、ぼくらよりも上の世代の一部には、「寝ないで頑張ることが勲章」といった文化もまだあるので、そういう古い考え方を何とかしないといけない、という話をしています。

※3 日本の映画監督で構成された団体

そもそも映画監督間の連帯はあるのでしょうか

面識はもちろんありますが、連帯まではいってないんです。これが大きな問題です。中村監督は、今回ぼくに「韓国の監督事情を聞かせてほしい」と連絡を頂いたことがきっかけで、ちゃんと話せましたけど、監督間の連帯は基本的にありません。

映画監督が個々で動いても、各個撃破されそうな感じがしますね

局地戦になっているのが現状です。これは、映画監督がフリーランスだからだと思う。ぼくら世代で監督協会に入っている人があまりいません。理由のひとつは、そもそも組合的なものが好きじゃないという空気がある。ちょっとダサいとか、監督の間で変な上下関係が発生するのは面倒だとか、そういうものがあるんじゃないかなと思います。基本的に映画監督って、一匹狼の人が多いんですよね。ぼくはそもそも、上の世代の人たちの良いところも悪いところも見るのが好きだったから監督協会に入ったけど、同世代の他の人たちはそうでもないのではないかと思います。

そういう意味では、同世代の監督間だと、あまりしがらみがなさそうですね。まずは年齢の近い監督たちで連帯するのはいいんじゃないでしょうか

それは可能性があると思っています。ただ、映画監督は現場に入ると、2,3カ月はいなくなってしまうので、連帯する場合は事務局が必要ですね。最前線でやっている方ほど、自分の作品に集中しするので、こういう活動が難しいんです。その点、白石(和彌)※4さんは、あれだけ多作で活躍しているのに、労働環境などの改善活動もされていて、すごいと思っています。

ただ、いずれにせよ、こういう環境を変えていくには、自分たちが動かないといけないと思っています。たとえば新人などの若い監督の場合、映画を撮らせてもらえること自体がありがたいから、なかなか自分たちの権利を主張できないんですよね。でも、本来はそれ自体がおかしいことなんですよね。

※4 白石和彌監督。『孤狼の血 LEVEL2』(8/20公開)を撮った日本を代表する映画監督

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日本映画の労働環境の貧しさは、文字通り、お金と深く連動する。映画監督のキャリアとしてインディーズからメジャーまで幅広く経験し、海外チームとの撮影も行った入江悠監督だからこそ、現状の日本映画界が抱えた課題は、より鮮明に見えているだろう。コロナ禍で苦しむ日本映画界が、勢いを取り戻すために必要なこととは何か。後編は、苦境の最前線に存在する全国のミニシアターを救うために制作された新作『シュシュシュの娘(こ)』について伺う。

<入江悠監督インタビュー(後編)に続く(8/19掲載)>


取材・文・編集:中井 圭
写真:服部 芽生