よりよい未来の話をしよう

広告は女性をどう描いてきたのか、そして、どう描いていくのか。

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(Image:Mary Long/Adobe Stock)

 

東京五輪で新体操のドイツ女子チームが着用した「ユニタード」が注目を集めている。従来のレオタードは、脚の付け根から下が完全に露出していた。一方、ユニタードはスパッツのようにくるぶしまで覆われているのが特徴だ。

ドイツチームはユニタードを着た理由を「女性アスリートが性的対象とされていることへの抗議」と説明している。このことはずっと問題視されていたが、五輪という大きな舞台で、あらためてイシューとして議論されるようになったのだ。
同様の問題は、五輪前に行われたビーチハンドボール ヨーロッパ選手権でも起きた。
ノルウェーの女子チームがビキニの着用を拒否したのだ。

国際ハンドボール連盟はユニフォーム規則で「女性選手はビキニのパンツを履かなくてはならない。体にぴったりとフィットし脚の付け根に向かって切り込んだ形のもので、側面の幅は4インチ(約10センチ)まで」と決めている。しかしノルウェーの選手たちは競技に必要ないルールだと反論、ショートパンツでスペインとの試合に臨んだ。

出典:ELLE DIGITAL「ピンク、ビキニ着用を拒否したノルウェーのビーチハンドボール選手たちの罰金を肩代わり」(2021/07/26付)
https://www.elle.com/jp/culture/celebgossip/a37134707/pink-norwegian-womens-handball-team-fine-210727/

あらためて見ると、男性選手が一般的な短パンなのに、横に並んだ女性選手だけがビキニを履いている光景は異常だ。「脚の付け根に向かって切り込んだ形のもの」「側面の幅は4インチ」という指定にいたっては、日本のブラック校則のようですらある。

ヨーロッパハンドボール連盟はこれを規則違反と判断して、チームに合計1500ユーロ(約19万円)の罰金を科した。しかし、ノルウェーハンドボール連盟は選手たちを支持。罰金の負担を表明した。
反響はスポーツの世界を越え、アーティストのピンクもツイートを投稿。「喜んで罰金を肩代わりする」と選手たちを称えた。
「女性を性的対象ではなく、人として敬意を払わなくてはいけない」という認識が一般化すれば、それは今回の五輪のポジティブな一面として記憶されることになるだろう。

広告におけるセクシャルオブジェクティフィケーション

スポーツとは比べものにならないレベルで女性を性的対象として記号化してきたのが、広告だ。
わかりやすい例が、少し前まで居酒屋によく貼られていた水着女性のポスターだ。脈略も必然性もなく、半裸の女性がビールジョッキを持って微笑みかけてくる。極端な例では、原子力発電のポスターで、「手ブラ」姿の女性の写真が使われたこともあった。

広告業界も時代に合わせて変化はしていて、いまではこれほど露骨な表現が世に出ることはない。しかし、アテンションとして女性を記号化する表現は、依然として横行している。
わかりやすい例が、公的機関のポスターだ。今度、区役所や警察署などの前を通りかかったときに見てみてほしい。毎回、広告のメッセージとは何の関係もなく、女性タレントがニコニコ微笑んでいる。そこには「若くてかわいい女の子を出しておけば、人目を引くだろう」という思考停止の状態がある。公的機関のクリエーティブにはその国の社会の成熟度が端的にあらわれる。
これは広告業界だけの問題ではない。日本社会全体として、女性をモノ化する傾向があるのだ。これを専門用語でセクシャルオブジェクティフィケーション(Sexual Objectification)と呼ぶ。

当然ながら、セクシャルオブジェクティフィケーションは国内だけの問題ではない。#womennotobjectsで検索すると、世界的なブランドが過去に掲載したセクシャルオブジェクティフィケーションを含む広告を見ることができる。なかには、発表時に実際に見て違和感をおぼえなかったものもあった。当時の自分の感覚の鈍さを恥じ入るばかりだ。
しかし近年、ポジティブな変化が起きている。まずは海外の事例から見てみよう。

Libresseが描く、女性の身体と性のリアル

現在、広告における女性の描き方で世界の最先端にいるのがLibresseだ。英語版Wikipediaによると、1940年代にスウェーデンで誕生した生理用品ブランドで、国によってブランド名を変えながら世界中で販売している。

Libresseが広告クリエーティブの世界で知られるきっかけになったのは、2017年の”#BLOODNORMAL”というCMだ。

これまで、生理用品のCMでは、経血は青いインクで表現されてきた。しかし、”#BLOODNORMAL”では史上初めて、血液の色に近い赤いインクを使ったのだ。さらにCMには、男性が生理用品を買うシーン、シャワー中の女性の足を血液がつたうシーンも登場。これまで広告が避けてきた生理のリアルを前面に押し出した。
キャッチフレーズは「生理はふつうのこと。だから、ふつうに描くべきだ」(”Periods are normal. Showing them should be too.”)だ。
青いインクを使うのは、生理をタブー視していることの現れである。そして、そのことが女性の自己肯定感を低めているというのがブランドの主張だ。キャンペーンの解説動画では、生理をからかわれたことが原因で13歳の少女が自殺したという、痛ましい事故が紹介されている。

青いインクはあまりに当たり前に使われていて、ほとんどの人は問題に気づいていなかったと思う。当たり前が当たり前でないことに気づいたとき、世界は変わりはじめるのだ。
続く2018年、Libresseはさらに過激なウェブムービー”Viva la Vulva”を公開した。登場するのは、貝や花、お菓子などに見立てられた「女性器」だ。Vulvaとは英語で女性器を意味する。

CM曲の歌詞を紹介する。


We’ve come a long long way together
Through the hard times and the good
I have to celebrate you baby
I have to praise you like I should

You’re so rare
So fine
I’m so glad you're mine
You’re so rare
So fine
I’m so glad you're mine

You make me glad I’m a woman
'Cause you’re feeling, thinking man
And anytime I know you're needing
I’m gonna please you every way I can…♬

「長い間、一緒にやってきた」
「あなたを讃(たた)えてあげなくちゃ」
「あなたが私のものでよかった」

…といったフレーズが並ぶ。これは、タブー視されてきた女性器や女性の性を、ポジティブにとらえようという宣言だ。CMの最後には「他の人の女性器を見たことがない」「話題にできない」といった女性たちのコメントが紹介される。

「おちんちん」と書くことはできても、同じ言葉の女性版を書けば、この記事は公開禁止になるだろう。男性に比べて、女性の身体や性は大っぴらに語ってはいけない、スティグマのように扱われている。この問題に一石を投じたのが、”Viva la Vulva”だ。

上に紹介した曲はCMオリジナルではなく、”Take Yo’ Praise”という既存曲だ。歌うのはカミーユ・ヤーブロウ。ミュージシャンにとどまらず、俳優や詩人、活動家しても知られる、多彩な女性だ。”Take Yo’ Praise”の歌詞について、彼女はこう語っている。

「これは公民権運動に取り組んだ黒人のための曲です。真実と公平、正義のために立ち上がった人々のための、ね。人類はもっと、おたがいを尊敬し讃(たた)えあわないといけない」

 出典:HeraldScotland.com "Praise you, Camille"(1999年1月22日付)
https://www.heraldscotland.com/news/12007204.praise-you-camille/

黒人差別に抗議する曲を、女性差別への抗議に使う。このレベルの表現が広告で行われていることに脱帽する。

#wombstoriesの衝撃

”Viva la Vulva”から2年後の2020年、Libresseの英国版ブランドであるBodyformは現時点での最新作であるウェブムービー”#wombstories”を公開した。

CMは宇宙にも見える空間に浮かぶ「子宮」のアニメーションで幕を開ける。カットが変わると、診察台の上で施術を受ける女性が登場する。施術器具が彼女の胎内に入ると、映像はふたたびアニメーションへ。子宮の中に住む少女が、種まきをしている。女性は体外受精治療を受けていたことが、ここで分かる。女性のパートナーは、女性だ。新しい命を授かろうしている、同性のカップルだったのだ。

次には、男女のカップルが登場する。激しく愛し合う2人だが、女性は子どもを求めていないことが、やはりアニメーションで表現される。先の同性カップルとの対比になっているのが、実に巧い。

そのほかにも、子宮内膜症の痛み、閉経前後の女性の6割が経験するホットフラッシュ(ほてり)、流産、乳首のムダ毛の処理など。これまで広告はもちろん映画やドラマでもほとんど描かれてこなかった女性のリアルな身体と性が、次々に登場する。
Libresseが2020年におこなった調査(※)によると、62%の回答者が、女性の健康について十分な議論がされていないと感じている。そして、40%の女性が、流産や妊娠、月経などについてオープンに話せないことが精神衛生上の重荷になったと回答している。

監督のニーシャ・ガナトラ自身も、不妊治療と出産を経験し、情報のあまりの少なさに戸惑ったという。恥を忍んで告白すれば、筆者も子宮内膜症やホットフラッシュの描写は、最初にCMを見たときは全く理解できなかった。

CMの最後には、

The pleasure.
The pain.
The love.
The hate.

It’s never simple.

というコピーが登場する。ずっと続いてきたセクシャルオブジェクティフィケーションを”It’s never simple.”とバッサリ斬っているのが小気味良い。

CM曲はロンドンのアーティスト、ピューマローザのデビュー曲“Priestess”。キリスト教の女性聖職者や尼僧を意味するタイトルだ。2019年の映画『マリッジ・ストーリー』(Netflix)には、キリスト教の女性像についてこんなセリフが出てくる。

「父親はダメでも許される。母親はそうはいかない。聖母マリアがいるから。聖母マリアは完璧な母親だから。処女のまま出産し、ひたすら息子を支え、息子が死ねば亡骸を抱きしめる。父親はそこにいない。神は父で、天国にいるから」

“Priestess”のサビでは”Priestess, you dance, you dance, you dance…”というフレーズが繰り返される。ボーカルのイザベルは、これはダンサーとして活動している妹についての歌だと語る。

「私と妹は14歳のころからクラブに出かけて踊っていた。今、彼女はプロの振付師だ。ロンドンでやっていくのは大変だけど…情熱を燃やし続けている。ダンスはとても力強いものだと思う。抗議にも、祝祭にもなる。すべてを忘れられる」

(※)2020年2月にLibresseがイギリス、フランス、イタリア、スウェーデン、ロシア、中国、アルゼンチン、メキシコの18歳~55歳以上の8121人(女性4113人、男性4008人)を対象におこなった調査。

現実 対 虚構

Libresseがつくった流れは、もう止まらない。これから世界中のブランドがこの問題に取り組むだろう。日本も例外ではない。

ファミリーマートは生理用品25種を2021年末まで2%割引で販売する取り組みを開始した。2019年のLadyknows Fesでは、企業のサポートにより500円で受けられる婦人科検診が実現した。3月8日の国際女性デーには、多くの企業が新聞広告を発表。女性の社会参加をサポートする意志を表明した。

これまで広告は「虚業」と呼ばれ、数多くの「虚構」をつくり出してきた。その責任を取るべく「現実」を描く広告が登場してきている。

この連載は、そんな「あしたの広告」について考える場にしていきたい。

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橋口 幸生

株式会社電通 クリエイティブ・ディレクター、コピーライター。最近の代表作はロッテガーナチョコレート、出前館、スカパー!堺議員シリーズ、鬼平犯科帳25周年ポスター、「世界ダウン症の日」新聞広告など。『100案思考』『言葉ダイエット』著者。TCC会員。趣味は映画鑑賞&格闘技観戦。 
https://twitter.com/yukio8494

 


寄稿:橋口幸生
編集:竹内瑞貴