ラップデュオchelmicoのRachelさんと映画解説者の中井圭さんが、各回ゲストスピーカーを迎え、「社会を前進させる取り組み」をテーマに、様々な切り口から“いま”知りたい情報を全16回に渡り発信する「あしたメディア in Podcast」。この記事では、第13回(2月14日配信)と第14回(2月17日配信)の内容をダイジェストでお届けする。
今回のゲストは落語家の桂枝之進さん。第13回の放送では「Z世代から見た古典芸能」を、第14回の放送では「Z世代のエンタメの可能性」をテーマに、枝之進さんの落語家としての歩みとZ世代の落語家として取り組んでいること、また今後のエンタメにおける可能性についてトークが展開された。
5歳で落語に魅せられ、15歳で落語界へ
枝之進さんは15歳から落語家として活躍し、現在はZ世代に落語の魅力を伝える様々な取り組みも行っていると言う。枝之進さんが落語家を志したきっかけから、トークが始まった。
Rachel:まず、枝之進さんはいつ落語を始めたんですか?
枝之進:小さい頃から落語が好きで、15歳のときに落語界に入りました。5歳のとき、たまたま近所に来ていた落語を親と観に行ったのが始まりです。当時は落語が何かも分からなかったのですが、いざ始まってみると落語家が1人で舞台に出てきて喋って、それを見て周りのお客さんがどっかんどっかん笑って、「なんだろうこれは!」と衝撃を受けました。それから興味が湧いて、家でも落語番組を観るようになりました。
Rachel:ちなみに落語家って、どうやってなるんですか?
枝之進:師匠に弟子入りし、入門するところから始まります。昔ながらのスタイルで、師匠に直接「弟子にしてください」とお願いして、許可が出れば弟子になることができます。僕も落語会の終わりに、楽屋前で出待ちをして声をかけました。オールドスタイルですよね(笑)。
Rachel:修業では、具体的にどんなことをやるのでしょうか?落語家の修業ってイメージがつかないかも…。
枝之進:昔なら師匠の家に住み込んで、家の掃除など身の回りのことをこなすのも修業でしたが、最近は師匠の住宅事情も変わっています。僕の師匠はマンション暮らしなので、僕も1人暮らしをして師匠の家に通う「通い弟子」でした。師匠の家で1対1で稽古をつけてもらったり、師匠の荷物を持って一緒に仕事に行って手伝いをしたりと、色々な仕事がありましたね。それを3年間やって1人前になるというのが、上方落語会のルールです。
中井:弟子入りしてすぐに親よりも年上の方の元で修業するのは、初めての社会人経験としてはすごいですよね。
枝之進:そうですね。中学校卒業と同時に弟子入りをしたので、初めての社会人経験が落語界でした。落語界は昔ながらのしきたりがあるので、いまでも、ほかの会社のカルチャーに触れた瞬間に、「落語界ってやっぱり特殊なんだ!」と感じることはあります。それに、落語界は年功序列の世界なので、1日でも早く入った方が兄弟子なんです。僕は15歳で入ったので年上の後輩がどんどんできて、30歳の後輩に「兄さん」と呼ばれ、ご飯をおごる、みたいなこともあります(笑)。
Rachel:稽古はどんな内容なのでしょうか?
枝之進:三遍稽古という、師匠が目の前で3回落語を演り、それを聞いている間に内容を覚えて、終わった後すぐに自分でやる稽古があります。正直、3回聞いたくらいでは覚えられないんですよ。それで詰まっていると「全然できてへんやんけ!」と、また稽古が始まります。最初は苦労していましたが、稽古を重ねるにつれて、記憶力や集中力が高まったり、流れや要点を覚えられるようになったりして、少しずつできるようになりました。
中井:若いうちから始めた方が記憶力も高いし、長くやっている分、噺のストックも増えていくし、有利なように感じます。
枝之進:他にも、自分が若い感覚を持っていてよかったと思うことはあります。たとえば、僕は稽古の台本を全部スマホで管理しています。師匠の出囃子の太鼓をたたくこともありますが、それも曲やたたき方をスマホのメモに書いていますし、スマホ1つあれば弟子修業ができます。
中井:落語界のデジタルトランスフォーメーションですね(笑)。枝之進さんの年代だからこそできることですね。
クラブ×落語? クリエイティブチーム「Z落語」とは
Rachel:同世代の落語家はいるんですか?
枝之進:ほとんどいないです。落語家にもお客さんにも同年代があまりいないので、50年後に僕が高座に上がっているとき、誰と一緒に落語をしているんだろう?誰が観に来ているんだろう?と、漠然とした不安を感じることはありますね。
中井:若手を落語のファンにしていかないと観客がいなくなってしまうということですね。いまのファン層だけでなく、新たな層も開拓していかないといけない。その点、枝之進さんは今後の落語会を考えていく世代かと思います。クリエイティブチーム「Z落語」(※1)というものをやっていると伺いましたが、これはどんな活動なのでしょうか。
枝之進:Z世代の視点で落語の魅力を再定義・再発進する活動をしているチームです。メンバーは同世代のクリエイターを中心に、デザイナー、カメラマン、エンジニアなどがいます。領域の違う人と企画を作ると、落語家が発想できないようなイベントが開催できるんですよね。また「Z落語」で企画しているイベントは、お客さんの9割がZ世代です。普段、僕が寄席に上がっていたら絶対に見られない光景が見られて、やっていて面白いですね。
枝之進:具体的な例だと、落語とクラブカルチャーをミックスした、「YOSE」というイベントをやっています。江戸時代には寄席小屋が都内に400件ほどあり、仕事終わりに集まってコミュニケーションが生まれて、町内の集会所のような役割があったんですよね。僕ら世代にとっての寄席小屋を考えたときに、機能としてはクラブが近いんじゃないかと思い、落語とクラブカルチャーをミックスして新しい時代の寄席を作ろうと企画しました。昨年末に東京で開催したときには、ゲストでDJのLicaxxxさんに来てもらいました。DJのリミックスした出囃子に乗って僕が登場して、僕の落語が終わったらLicaxxxさんが音を鳴らし始めて、みたいな(笑)。
中井:面白いですね。師匠は枝之進さんの活動をどう捉えているんでしょうか?
枝之進:最近周りの先輩方も「Z落語というものがあるらしい」と噂で聞いているみたいで、関西の落語会で楽屋入りすると「枝之進、Z世代ってなんやねん?」みたいなことを聞かれます。皆さん興味を持ってくださっていると感じています。
「落語」という言葉だけ聞くと古典的に感じると思うのですが、一方で日常生活に落語が馴染んでいない方にとっては、落語は「まだ触れていない新しいカルチャー」だと思うんですよね。日常生活に届けていくために、デザインを変えて届ける、ということを「Z落語」では大切にしています。
※1 Z落語 https://z-rakugo.jp/
ラーメンもTikTokも、じつは落語と似ている?
第14回の放送では、広くエンタメについて話が繰り広げられた。
Rachel:エンタメという観点で、落語以外に好きなものはありますか?
枝之進:音楽も映画も好きです。最近はまっているのはラーメンです。ラーメンって落語なんですよ。ルールがあって、器の中に入る構成要素が決まっていて、その中でいかに基本を守りつつ個性を出すか。落語も基本の古典の中で個性を出していくので、似ているものを感じます。また、その土地のカルチャーに触れることも好きで、海外に行ったときは必ず映画館に入ります。現地の言葉は分からないのですが、映画をライブみたいな感覚で楽しんでいる姿が見られるなど、映画館内のカルチャーが面白いんですよね。
中井:色々なカルチャーを深掘りしているんですね。そういったものが落語に反映されることもあるんですか?
枝之進:回り回って、全部関係していると思います。落語は古典を師匠から習いその通り演ることから始まりますが、徐々に自分の型や演出に変わっていきます。同じセリフでも自分の面白いと思う言い回しや声の高さ、抑揚になるので、自分が「面白い」と思う感性はこれまで見てきたカルチャーから影響を受けて、混ざって、引き出されたものなんだろうと思います。
中井:いま、新しいお客さんを増やすアクションをしているなかで、Z世代の枝之進さんから見て「Z世代は何者なのか」お伺いしたいです。
枝之進:優等生が多いと感じます。失敗をしたり、変な道に進んだりしない。みんな平均点を取っていく印象です。
Rachel:ネットの影響が大きいのではないでしょうか。ネットによって「あいつこんなこと言っていた、イタい(笑)」みたいなことが可視化されてしまう。いままでは周りに何か言われても本人は無自覚でいられたけど、いまの世代の子はそれが文字として可視化されるので、自分を控えて目立たないようにする傾向がある気がします。
中井:一方でTikTokが流行っていて、若者世代は自分の踊りを投稿しているじゃないですか。これを見ていると、表現することに臆面なく行動できるようにも見えます。その側面がある一方で、色々言われるんじゃないか、というリスクも恐れているんですかね。
Rachel:TikTokは基本の踊りがあってそれをやっているだけ、という免罪符があるのかもしれません。オリジナルではないですからね。
枝之進:そう思うと、TikTokも古典芸能と似ていると思います。古典落語も正解が1つあって、それと似ていることが優れているという感性です。アジア独特のカルチャーなのかもしれません。
落語を通じて、300年前といまの「面白い」がつながる
中井:落語表現がこれからの若者たちに受け入れられていくポイントや手法はどこにあるのか、考えていることはありますか?
枝之進:落語がどうしてサブカルチャー的になってしまったかを考えると、テレビ番組の影響が大きいんです。テレビだと、落語家の話し方は地味に見えてしまうんですよね。一方で漫才は動きもあり、尺も短くテレビサイズにできるので相性が良いんです。僕たちの世代はテレビ離れしていると言われますが、次のメディアに移ったとき、それが落語と相性の良いメディアであれば、落語のポテンシャルを生かせるんじゃないかと思います。
落語の面白さは“なまもの”であるところにもあります。同じ噺でも落語家によって違う、あるいは同じ落語家の同じ噺でもその日のコンディションによって全然変わります。そういうメディアの特性と“なまもの”としての落語の変化の掛け合わせを見ていくと、マニアックに落語を楽しめるようになりますね。
それから、落語には枕(※2)があるのですが、僕は日常生活の面白かったことを枕にしているので、スマホの話やInstagram・Twitterの話をよくしています。だから僕が寄席に上がると、300年前から続く古典落語の噺と、いまのスマホの枕を同時にしていることになります。それでも何かしら接続する部分があるので、いつの間にか300年前の話に入っていける。意外と、300年前の話とも共通点があるんですよ。面白いと感じるポイントが何百年も変わらないということは新鮮ですよね。
Rachel:落語を聞いていると、いつの間にか噺がはじまっていますよね。そうやって枕を探しているんですね。最後に、これからのエンタメに可能性を感じることはありますか?
枝之進:新しいテクノロジーが出るたびに感じています。最近興味があるのは、AIの自動翻訳機能です。これまで落語会を海外で行うときは、現地の言葉で字幕をつけるので、落語の面白さが分かり、文法的にも直せる通訳を探して、リアルタイムで笑いを起こすようにタイミングも重視して、かなり対応が難しかったんです。もしAIが自動で字幕を出すことができれば、より簡単に伝えることができ、エンタメの国境がなくなると思うので、すごく可能性を感じています。
Rachel:確かに!私もライブをするので、その機能はすごく可能性を感じますね。
※2 落語で本編に入る前におこなうもので、落語を聞きやすくするための手法。落語の演目に関連する話をする場合が多い。落語は枕と本編、オチで構成され、この3つを一連の流れで話すことで一席の落語ができあがる。
Z世代として、仲間と一緒に古典芸能である落語のあり方をアップデートしている枝之進さん。古典そのものの価値を尊重しつつ、若い世代だからこその視点で新たな可能性を広げている姿に、これからも注目していきたい。
〈あしたメディア in Podcast概要〉
MC:Rachel(chelmico)、中井圭(あしたメディア編集部、映画解説者)
配信媒体: Spotify(Apple Podcastも順次配信予定)
更新頻度:週2回配信、全16回
文:大沼芙実子
編集:白鳥菜都