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あの人の代名詞って「彼女」でいいのかな?単語のジェンダーについて考えてみよう

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SNSを眺めていると、名前の横にshe/herやhe/himなどと書いている人を見かけることが増えた。これは、その人を指す代名詞、pronoun(プロナウン)を示したものだ。

改めて考えてみるとこれまで、自分の代名詞を自分で表明することが少なかったように思う。見た目やイメージで、周りの人が「彼女」「彼」などと、ある人を指す代名詞を決めてきた。しかし、見た目で判断される代名詞は予測でしかなく、本当にその人が自認しているジェンダーと合致しているのかは本人にしか分からない。そんな状況において、このpronounの表明が広まってきた背景や使い分けについて紹介したい。

「they」を使い始めた人々

sheやheの他に、theyが個人を指す人称代名詞として使用され始めているのはご存じだろうか。SNSなどでのpronounの表記が広がり始めた背景には、このtheyの使用状況の変化がある。今まで、学校などで英語を習う際には、theyは「彼ら」などの意味で三人称複数とされることが多かったはずだ。しかし、実はtheyは単数でも使用でき、もともと相手のジェンダーが分からない場合にはsheやheの代わりに使用されることがあった。

theyがかつてよりも多くの場面で、三人称単数として使用されるようになったのは2018年〜2019年頃のことだ。性自認が女性にも男性にも当てはまらないノンバイナリーやXジェンダーの人を中心として、自身を指す代名詞として「they/them」を指定する人が増え始めたのである。2019年にはイギリス出身のシンガーソングライターのサム・スミスさんがノンバイナリーであることを公表し、同年9月に自身の代名詞を「they/them」とすることを発表したのは大きな話題になった。サム・スミスさんの他にも俳優やインフルエンサーなど、海外では著名人の「they/them」の使用も増えてきた。

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その結果、アメリカの老舗出版社メリアム・ウェブスターが発表した2019年の「ワード・オブ・ザ・イヤー」にはTheyが選出されている。上記のような使い方が広まった結果、2018年に比べて検索率が313%も増加したためである。

英語には、theyの他にもノンバイナリーな単語が登場し始めている。例えば、brother(兄)/sister(姉)の代わりにsibling、nephew(甥)/niece(姪)の代わりにはniblingなどが存在する。これらの単語は比較的最近登場したもののようだ。

代名詞の使い分けが重要なわけ

では、そもそも上記のように代名詞を表明することにはどんな意味があるのだろうか。いくつか理由が考えられるが、まず、自分に対しても相手に対しても、本人の自認とは異なったジェンダー認識がされてしまう「ミスジェンダリング」を減らすことができるという点である。

ミスジェンダリングは、悪気なく行われてしまうこともあるが、その人の尊厳を傷つける行為だ。例えば、ノンバイナリーを自認している人に対し、見た目などの判断でsheやheといった代名詞を付与することは、勝手に性別を判断し本人を傷つけることになる。また、トランスジェンダーを自認している人に対しても同様に、トランス女性を自認している人を男性と呼んだりすることは差別である。使用してほしい代名詞が表明されていれば、本人の自認とは異なるジェンダーで呼んでしまうことを防ぐことができるし、自分の尊厳を守ることにもつながるのである。例え自分の性自認が生まれたときに割り当てられたジェンダーと同じ「シスジェンダー」であるとしても、自分の代名詞を表明することで、ジェンダーは他人によって判断できるものではないという認識を広めていくことにも役立つ。

次に、theyをはじめとした性別のない単語の使用が広まることは、「男女二元論」への対抗にもなりうる。現状、この記事で扱っているような言語のレベルでも、社会的なシステムのなかでも、世の中には男性と女性のふたつしか存在しないような仕組みが多く存在する。トイレも、洋服店の売り場も、病院でもらう問診票も、(少しずつ変化はあるものの)基本的には男性か女性のどちらかに振り分けられている。しかし、実際の社会の中には男性にも女性にも当てはまらないと感じている人が存在している。このギャップを埋めるべく、男女二元論を是正していくための1つの取り組みとして、ジェンダーのない単語の使用が広まることも重要なのだ。

そして実際に、個人レベルから始まったtheyなどをはじめとするジェンダーのない単語の使用は、世界的に広く使用されるサービスにも反映され始めている。2021年5月にはInstagramが、同年6月にはWeb会議サービスのZoomが、プロフィール欄に自分を表す代名詞を表記できるようにアップデートされた。そのなかにはtheyの選択肢も含まれている。社会のなかの男女二元論が崩され始めた例と言えるだろう。

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日本語での使い分けは?

とはいえ、日本語にするとなかなかこのようにジェンダーのない代名詞は思いつかないという人も多いだろう。実際、まだそれほど日本語ではこのような動きが強まっているとは言えない。

強いて言えば、「彼人」(かのひと)という表現が存在する。彼/彼女と性別を指定せずに誰かのことを表現したい時に使用する。また、日本語では、必ずしも文章中にhe、she、theyなどの人称代名詞を使用しなくても文章が成り立つ場合も多いため、そのように工夫することも可能だろう。

また、日本語においてジェンダーを指定せずに誰かを表現するときの例としては、恋愛関係や夫婦関係にある相手の呼び方の変化は馴染みのある人も多いかもしれない。彼氏や彼女、夫や妻の代わりに「パートナー」と呼ぶ場面は増えているだろう。また、このような場面では特に男性パートナーのことを「旦那」や「主人」と呼ぶのは、非対称な関係性をイメージさせるとして使用が控えられているという側面もある。男女二元論への抵抗とともに、男性優位な社会への抵抗としても言葉が作用している。

言葉の表現は大きな力を持つ。インタビューなどの記事を書くなかでも、同僚の誰かを社外に紹介するときでも、ついつい私たちは他人の代名詞を勝手に決めて、「彼女は〜」などと話し始めてしまう。でも、そんなときに少し立ち止まって考えてみてほしい。その人は本当に「彼女」と呼ばれることを望んでいるのだろうか。本記事でも紹介したように、小さなことの積み重ねが、企業や社会を動かすきっかけになる。まずは、(もちろん無理にカミングアウトを強要するわけではないが)自分の代名詞を表明したり、親しい人の代名詞を改めて確認してみることから始めてみてはいかがだろうか。


文:白鳥菜都
編集:森ゆり