
2025年1月クールで話題を集めたドラマ『東京サラダボウル』(NHK)。奈緒演じる主人公・鴻田麻里のセリフにもあるように、人種のサラダボウルである現代の東京を舞台に、刑事の鴻田とその相棒で警察通訳人の有木野了(松田龍平)を軸に、在日外国人を取り巻く問題を描いた作品だ。
鴻田と有木野のバディが事件を解決する話が主軸でありつつも、街中を歩いているだけなのに外見や肌の色で警察から呼び止められる人種差別的な職務質問や技能実習制度(※1)など、在日外国人の暮らしや境遇、かれらを取り巻く日本の制度も描写される。
今回、本作の在日外国人社会考証を担当した、下地ローレンス吉孝さんにインタビューを実施。『東京サラダボウル』が放送された今だからこそ考えたい、在日外国人を取り巻く問題、本作では描かれていない実情、ひとびとが無意識のうちに排外思想を抱いてしまうのはなぜか——そんなテーマについて話を伺った。
※1 用語:「発展途上国の若者を時限的に受け入れ、日本で働きながら、日本の技術や知識を学ぶ」ために作られた制度。
「差別的な感情を持つ人」や「差別的な発言」そのものをなるべく描く
まず初めに、考証担当者の役割や、考証に携わる上で意識したことを教えてください。
基本的には台本の考証を担当しました。考証を行う上で、特に気にしていたのは、外国籍のひとびとが犯罪にかかわるような描写を見た視聴者が「外国人の犯罪率は高い」という誤った印象を持ってしまわないかです。
本作と併せてぜひ知って欲しい統計があります。国内における日本国籍者と外国籍者の犯罪率をまとめた統計なんですが、こちらを見ればわかるとおり、日本国籍者の犯罪率と外国籍者の犯罪率は全く変わらないんです。「外国人の犯罪率は高い」と思う人もいるかもしれませんが、それは誤りということが統計を見てもらえれば分かると思います。
この統計を用いてドラマ担当の方に説明したところ、「本作を通じて外国人の犯罪率が高いという誤った印象は与えたくない」とのことでしたので、その点を意識しながらセリフなどをチェックさせてもらいました。

あとは、原作で描かれている通り「差別的な感情を持つ人」や「差別的な発言」そのものの描写をドラマでもなるべく描いてもらうことも意識しました。具体的な場面を挙げると、第5話の技能実習生を取り巻く描写が分かりやすいでしょうか。作中では、技能実習生のティエン、その同僚・進と別島の3人を中心に話が進みます。なかでも別島は、明らかに排外主義的な言動を行う人物として描かれています。
取調室における、通訳人・今井との一連のやり取りは、SNSでも話題になっていました。
別島は社会がイメージしやすい、明らかな排外思想を持つ人という設定かなと思います。実際に社会に多いのは、あそこまで露骨に人前で排外思想を全面に出す人だけではなく、自身が抱える葛藤や悩みから、さらに弱い立場にいる外国籍のひとびとに対して排外的な思想を持ってしまう、進のような人です。あの回では進が排外主義になってしまう、つまり弱者に矛先を向ける過程がリアルに描かれていました。それでも物語では、進は立件されることはなく、ティエンも進と本当の意味で友達になろうと向き合うシーンが描かれました。 あらためて多文化共生について考えるキッカケになったのではないでしょうか。

外国籍のひとびとは「5.6倍」職務質問を経験
本作をきっかけに、在日外国人を取り巻く問題について、私たちが考えるべきことを下地さんの視点からお聞きしたいです。
第1話の冒頭でも描かれた、「レイシャルプロファイリング」は知っておきたい問題です。プロファイリングとは、捜査のなかで犯人を特定していくプロセスを指しています。本来であれば、犯人と推定できる合理的な理由があり絞り込みを行いますが、明確なロジックがないにも関わらず、人種に基づく偏見をもとに犯人を絞り込む捜査が存在しています。これが、レイシャルプロファイリングです。
現在、日本ではレイシャルプロファイリングに関する訴訟が行われていて、先日、原告側弁護団が「在日外国人が経験した職務質問」に関する調査結果を発表しました。調査で明らかになったのは、外国籍者は日本国籍者の場合と比べて5.6倍も職務質問を経験しているという実態です。もちろん、国籍=外見ではないので、見た目から警察官によって「外国人だろう」と判断された日本国籍のミックスルーツのひとびとや帰化した元外国籍のひとびともターゲットとなっており、事態はより深刻です。(※2)
そのような現実があるにも関わらず、レイシャルプロファイリングについて日本国内での認知度は十分とは言えないように感じます。
日本でレイシャルプロファイリングへの関心が高まりだしたのは、2018年ごろでしたが、それよりもはるか前から存在する問題です。バングラデシュにルーツがある人に話を聞いた際に、「9.11のアメリカ同時多発テロ事件以降特に、自分たちのような中東系の人は職務質問を受ける機会が急増した」と教えてくれました。
また、日本だと警察の声かけがレイシャルプロファイリングとしてフォーカスされますが、それは氷山の一角に過ぎません。弁護士の宮下萌さんによる編著『レイシャル・プロファイリングー警察による人種差別を問う』(大月書店、2023年)にある井桁大介さんの研究でも取り上げられていますが、9.11以降、警察がムスリムの人たちを作為的にピックアップして職務質問を行うことや、かれらの生活圏で張り込んで捜査を行っていたことが明らかになっています。モスクの近くで張り込みを行い、子どもでも関係なく職務質問をするという実態もあったそうです。
ムスリムのひとびとに関する事例で警察の深刻な問題が明らかになった事件といえば、ある母子が警察から事情聴取を受けたいわゆるムスリム母子不当聴取という事件です。事情聴取が行われたとき、子どもはまだ3歳でした。(※3)
昭和、平成の話であっても驚きの事件ですが、2021年に起きた事件ということがより衝撃的です。
私は、「ハーフ」やミックスルーツの人たちについて研究をしているので、かれらにインタビューを行うことがあります。あるインタビューで「普通の日本人の顔で生まれたかった」と話した人がいました。彼は子どもの頃から現在の60歳代になるまで幾度となく路上での警察による職務質問を経験してきました。彼が「普通の日本人の顔で生まれたかった」と語った理由を尋ねると、「普通に道を歩けるから。わたしのような人は、何も考えずにただ道を歩くだけのことすら許されない」と。
ここで、先ほどの「国内における犯罪率の統計」の話をもう一度。外国籍者の犯罪者が9,529人いるのに対し、日本国籍者は18万2,582人です。犯罪者の総数に対する割合を計算すると、95%が日本国籍者で、残りの5%が外国籍者で、数にすると圧倒的に日本国籍の人が多いということです。これらの数値を踏まえると、100人に職務質問を行う場合、もし警察が本当に国籍イコール外見だと想定してそれをもとに職務質問を行って犯罪者を取り締まり「治安」を守りたいのであれば、警察官から見て「日本人のように見える人」95人、「外国人に見える人」5人に職務質問を行う方が統計に基づいて合理的だとはいえないでしょうか?
これは本当にそうすべきという話ではなく、実際に外国ルーツの人に積極的に行われている職務質問が、統計や客観的事実から考えればいかに非効率的・非合理的であるか、そしてなによりも人種差別的であるかが、誰から見ても一目瞭然であるということです。
※2 参考:職務質問の経験、「外国人は日本人の5.6倍」。弁護団が調査報告【レイシャルプロファイリング訴訟】
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_67bdc1fbe4b0d58740864490?ncid=NEWSSTAND0012
※3 参考:「日本語しゃべれねえのかとは言っていない」警察官の証人尋問【ムスリム母子不当聴取訴訟】
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_655fefd8e4b0827ae613e569

アジア人蔑視を行う日本人が“普通にいる”のはなぜ?
移民や外国人居住者の話になった際に、「移民が増えると治安が悪化する」と唱える人が一定数います。
「移民と犯罪者の因果関係」について騒がれるのは日本固有の話ではないので、これまで多くの調査が行われています。その結果、犯罪の増加と移民の増加には因果関係が無いことが多くの研究結果から示されています。先日も、ドイツの研究機関が「移民の割合が増えたとしても犯罪が増加するわけではない」という統計の分析結果を公表していました。(※4)
言説でいうと、「移民が多いと治安が悪化する」というものもありますよね。移民の人たちは社会的に脆弱な立場に置かれていることもあり、居住する地域は、物価や家賃が安いエリアになる場合もある。また、日本でもそうですが、不動産において外国籍・外国ルーツの人が入居拒否されるという差別の問題も残っています。そうすると、かれらの居住可能なエリア自体が、元々家賃が安く、比較的に治安が良くないとされる場所になってしまうこともありえます。つまり、「外国人がたくさんいる地域=治安が悪い」のではなく「治安があまりよくないとされるところにしか住めないほど社会的に弱い立場に追いやられている」ということです。
外国ルーツのひとびとのおかれた状況について、根拠のない偏見や先入観で考えるのではなく、その人を取り巻く歴史的・社会的・システム的な構造の問題として捉えていく必要があるということです。
そもそも、本作では「外国籍のひとびとと犯罪」というテーマが描かれていますが、そういったケースは外国籍者全体の人口統計からみればごくごく少数の状況であって、現実には犯罪を犯さずに、生活を送る人たちがほとんどです。最近では、ある国会議員から「外国人が高額医療費制度をフリーライドしている」という趣旨の扇動的差別発言がありましたが、排外主義が盛り上がりつつあるいまだからこそ、本作を通して考えなければならないことがあるはずです。
第2話では、中国人の女性に対して差別的な発言を行う刑事が登場するように、いまだにアジア人を蔑視する人は“普通に存在している”と感じています。こうした意識の背景には、日本の歴史や制度が影響しているのでしょうか。
昔の話に遡りますが、飛鳥時代・奈良時代に栄えた文化の多くは、中国大陸や朝鮮半島、遠くはインド地域から伝来したものですよね。そして当然、人の往来もあったということです。その影響は文化だけでなく、街づくりや法律などの制度面にも色濃く反映されています。つまり、当時は他のアジア地域に対する憧れやリスペクトの気持ちが強かったはずで、いまの状況とは違っていたと推測できます。
そこから時代が進み、明治時代や植民地主義の流れを経て、徐々にアジア系への蔑視は、政府を中心に強まっていきます。戦後には外国人登録令が制定され、外国籍のひとびとを管理下に置いて「日本人」から区分していこうという流れが醸成されてしまった。また、アジア系を蔑視するような政治家の発言や、差別を扇動するようなメディアの責任も大きいです。その結果、日本社会にアジア系に対する蔑視が蔓延るようになったのではないでしょうか。
そもそも、メディアでは、外国籍者が抱える問題が、そこまで大きく取り扱われていないようにも感じています。
先日、帰省した際に、久しぶりに地上波番組を見る機会がありました。その際に「外国人とどのように共生していくか」というテーマを扱う番組を幾つか目にしましたが、そのすべてが「外国人=外国人旅行客」の話だったんです。
旅行客が増え続けるいま、かれらのマナー問題や、コミュニケーションにおける課題にフォーカスが当たっている状況です。その一方で、差別によって家を借りられずに困っていたり、外見や肌の色によって職務質問をされたりといった、日本に住む外国籍のひとびとや外国にもルーツがあるひとびとをとりまく社会側の問題がたしかに存在しています。最近では、アーティストのなみちえさんが「違法な捜査を受けた」訴訟について勝訴したと、ご自身のSNSに投稿されていました。
【勝訴】
— Namichie なみちえ (@namichietamura) 2025年2月18日
警視庁による逮捕及び留置等の違法を主張して、東京都に対し国家賠償請求訴訟を提起していましたが、勝訴することができました。
この場をお借りしまして、ご尽力頂きました関係者の皆様に御礼を申し上げます。https://t.co/BWDInsbe0S
旅行客のみに焦点を当て続けることは、実際に社会に暮らしている外国籍や外国にもルーツがある人々の存在そのものを不可視化してしまうことに繋がります。一緒に生きるかれらの身に起こる問題について考えるべきではないでしょうか。
※4 参考:Reuters「Higher proportion of migrants does not mean more crime, German institute says」
https://www.reuters.com/world/europe/higher-proportion-migrants-does-not-mean-more-crime-german-institute-says-2025-02-18/
チェックシステムがなければ間違いなく差別は起こる
人種の偏見について、もう1つ重要なお話を。たとえば、その人の努力や環境にかかわらず〇〇人だから運動神経がいいとか、⬜︎⬜︎人だから歌が上手いみたいな、ステレオタイプな人種の偏見ってありますよね。不思議なことに、偏見を学校の教育を通して教わった人はいないにもかかわらず、大多数の人は同じような偏見を抱いてしまっている。これってつまり、私たちが生きている社会制度のなかに偏見が刷り込まれてるからなんです。
その制度が存在する社会で生きるから、知らず知らずのうちに偏見が染み付いてしまうと。
社会と関わって生きる以上、何かしらの偏見を持つことは絶対に避けられないことなんです。私にも偏見が刷り込まれています。ここで言いたいことは、偏見を持つ人が悪いとかその人の性格の問題という次元の話ではなく、「制度や組織においてはチェックシステムがなければ間違いなく差別は起こるもの」という現実を受け止めなければならないということです。
制度という点では、第5話で描かれる技能実習制度も、度々問題として取り上げられています。
いわゆるグローバルノースと呼ばれる諸外国同様、日本政府は移民の受け入れを積極的に行っており、1980年代後半から在留資格や制度そのものを数回にわたって変更・追加して、移民受け入れを拡大してきました。その一方で、制度面が整っていない問題もあり、技能実習制度はアメリカ国務省の調査でも奴隷的だとして批判されました。
批判されることには当然理由がありまして、多額の借金を背負わせた状態で日本に移動させたり、国内の管理団体が法令違反を起こしていたり、そもそもそれらの組織を国がコントロールできていなかったりと、問題が至るところに存在する制度だからです。これらの問題を政府も認知しているはずですが、「実習を行い技術を教えている」という建前で隠してしまっている。
また、外国ルーツの人々に対する日本語学習などの多くをボランティアやNPOに任せていて、就労の現場でも基本は現場の人に教育を任せきりです。
第5話の別島というキャラクターはたしかに排外主義的ではありますが、その人個人に責任を押し付けたり断罪することのみでこの問題は解決されません。政府が技能実習生の人権の保護や生活面含むケア全般、そして教育の責任を放棄する制度設計となっているため、現場で共に働く一人ひとりにその皺寄せがいき、その不満の矛先が政府ではなく技能実習生本人に向いてしまうという構造的な問題が背景にあります。
そのような状況を考えると、同じ職場で働く技能実習生に対して怒りを持つ、別島の排外主義的な気持ちの背景にある構造的な問題にまで目を向けていく必要があることがわかります。ただ受け入れてそのあとは現場に丸投げするという政府のあり方をしっかりと批判すべきであるという点が、このドラマや原作から読み取れることです。
技能実習制度の不十分さが、現場の人たちのヘイトを駆り立てる要因になっているということでしょうか。
本作の原作で「3年から5年で辞めてしまうとわかっている新入社員に時間と労力を費やして高度な技術を教えますか?という話です」という有木野のセリフがあるように、政府は移民の定住を防ぐような制度設計をおこなっており、一定の実習期間を終えると帰国し、次にまた代わりの人がやってくるという形になっています。政府の制度設計に問題がある一方で、実際に、新しい人が来るたびに仕事を教えるのは現場の人たちです。そのような状況が続くと、鬱憤が溜まりかねないという文脈が原作でも描かれています。

作品が完結しても、問題が解決するわけではない
本日お話を伺い、在日外国人の問題について考えることの大切さを改めて実感しました。
少し話が逸れてしまいますが、昨今、さまざまなマイノリティの問題を取り扱う作品が増えていますよね。しかし、人種問題の現実を描く日本の作品は非常に少ない印象ですし、「ハーフ」をめぐる社会側の問題を主題にした作品は、ほとんどありません。
もちろん、エンタメとして扱うことは問題について考えるキッカケにもなりますし、悪いことだとは思っていません。ただし、マイノリティの物語はマジョリティが単に消費するための娯楽として存在してはいけないはずです。作品を見たら終わり、感想をSNSで投稿したら終わりではなく、作品を入口として問題について考えることが必要かなと。作品が完結しても実際の問題は解決することなく、存在し続けるわけなので。
文芸誌『世界』の2025年3月号で、ハン・トンヒョンさんが「マイノリティ表象」に関する寄稿をされていました。その一節を引用させてもらうなら、「表象『だけ』に頼るのは困難である。制度的、社会的な取り組みが欠かせず、それあっての表象であるのは言うまでもない」ということです。
エンタメはゴールではなく、その問題について考える、ひいては行動するためのきっかけとしても楽しんでいければなと思います。
これは少し余談ですが、いわゆる「ハーフ」や「ミックス」とよばれる人々を主題にした作品ですと、藤見よいこさんの漫画『半分姉弟』(リイド社)がおすすめで、ちょうど3月28日は単行本も発売予定です。これまでも、漫画のなかに「ハーフ」の人物が描かれることはありましたが、「ハーフ」のひとびとの経験や境遇そのものに焦点を当てた日本の漫画は、おそらく本作が初めてではないでしょうか。

日本では「炎上」を避けるために「ポリティカル」な内容が避けられがちですが、本来はその逆であるべきだと考えています。もちろん、差別的なコンテンツは存在するべきではないですが、差別とポリティカルな現実を描いた作品がもっと増えていくことを期待しています。
繰り返しにはなりますが、『東京サラダボウル』で描かれてた在日外国人を取り巻く問題やかれらの暮らしはすごく重要な問題です。本作をきっかけに議論がさらに進むことを願っています。

下地ローレンス吉孝(しもじ・ろーれんす・よしたか)
1987年生まれ。He/They。専門は社会学・国際社会学。立命館大学衣笠総合研究機構・プロジェクト研究員。著書『「混血」と「日本人」 ―ハーフ・ダブル・ミックスの社会史』(青土社、2018年)、『「ハーフ」ってなんだろう? あなたと考えたいイメージと現実』(平凡社、2021年)。監訳に『インターセクショナリティ』(人文書院、2021年)。「ハーフ」や海外ルーツの人々の情報共有サイト「HAFU TALK」を共同運営。日本において複数の民族・人種にルーツがある人々についてのアンケート調査を実施中
Instagram:https://www.instagram.com/lawrenceyoshy/
X:https://x.com/lawrenceyoshy
取材・文:吉岡葵
編集:安井一輝
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