
SDGsという言葉やDEI政策など多様性を重視する取り組みは日本でも広く浸透し、それらは政府・企業だけでなく個人レベルでも取り組んだり、考えたりする機会もこれまでより増えてきた。一方で、米国、ドナルド・トランプ大統領や極右勢力によるヘイトスピーチやデモが尾を引き世界的にもバックラッシュの動きも顕著になりつつある。
日本でもインバウンド旅行客の増加によるトラブルの増加やフラストレーションの高まり、参議院選挙における候補者による排他的外国人差別発言などが話題に上がる中で、今後ダイバーシティと向き合っていけばいいのだろうか。
様々な人が行き交う「人種のるつぼ」として活発な新久保・大久保エリアを紐解くことで多様性の在り方を考えたい。

なぜ新大久保がコリアンタウンになったのか?
現在の新大久保エリアの形成は1980年代の高度経済成長が起因していると言われている。主に韓国からの労働者や学生が歌舞伎町や百人町周辺で勤務、移住をし始めたことで形成された。JR山手線の利便性や賃料の安さ、空き地の多さが背景にあり、韓国人をはじめ多くのアジア系移民を惹きつけた。(※1)
きっかけの1つとして、かつて存在したロッテ製菓・新宿工場がある。工場は1950年代にロッテ創業者で在日韓国人をルーツにもつ重光武雄(辛格浩)によってこの地に建てられ、過去には本社として置かれていた時代もある。工場での雇用が生まれたことで労働者の家族が移住してビジネスや生活を営み、祖国の料理を身近に味わえるように料理店が発展していった。
また、1990年代からの韓流ブーム(『冬のソナタ』など)や2002年日韓ワールドカップ、さらにK-POPの第二世代(BIGBANG、少女時代、PSYなど)の流行により、日本国内での韓国文化への関心が急速に高まり、現地の店舗展開やホスト社会の消費へとつながっていった。 新宿韓国商人連合会の実態調査によると、2017年には396店舗だった韓国関連店舗が、2022年には634店に増え、61%の増加が確認されている。(※2)
昨今ではソウルの若者に人気なエリアである聖水や梨泰院などのカフェから着想を得たカフェや韓国発のコスメブランド「fwee」の日本旗艦店が百人町1丁目にオープンするなど時代の変化と共に街の様子は変化し続けている。
※1 出典:東京大学人文地理学研究、申 知燕 著「2020 東京大都市圏における韓人ニューニューカマーのトランスナショナルな移住と居住地選択」
https://www.humgeo.c.u-tokyo.ac.jp/wp-content/uploads/2021/09/2020_Shin.pdf
※2 出典:ソウル聯合ニュース:東京・新大久保コリアンタウン 店舗数が過去最多=韓流が追い風
https://www.konest.com/contents/news_detail.html?id=47645&mobile=

イスラム横丁とガチ中華カルチャー
新大久保はコリアンタウンだけでない複数の顔も持っている。イスラム系移民によるエスニック食材屋「イスラム横丁」や、中華系の飲食店を中心とした「リトル・チャイナタウン」など、多国籍な顔もまた、1980年代ごろから見られるようになったという。
イスラム食材店は主に大久保通り沿いや新大久保・大久保駅周辺に点在している。そのなかでも「イスラム横丁」は、JR新大久保駅改札の左斜め前にあるハラール食品店やレストランがあるエリアを指す。同エリアには小規模なモスク、「ShinOkubo Masjid」もある。
その他にも大久保エリアにはヒンドゥー教の寺院である「Shiva Shakti Mandir」や在日の台湾人によって作られた寺院である「東京媽祖廟」などもあり、様々な人々の心の支えとして地方や海外からも信仰者が訪れて場所にもなっている。
在日中国人は戦前から日本に在住していたが、時代によって出身地域や特徴が異なる。中国からの移住は中国の改革開放の1つの要因ともされており、ベトナム、ネパール人などと同様に、1980年代は留学生や技能実習生として増加した。(※3)主に 北京・上海など大都市圏、あるいは日本語教育が盛んな地域から来日した留学生が多く、香港・台湾地域からの流入もあった。そこから飲食店や貿易ビジネスなどを営む人もいたという。当時は日本向けにアレンジされた料理も少なくなく、その名残は百人町や歌舞伎町の一部に残っている。
2000年代以降、中国の経済成長とともに訪日観光・留学・就労の多様化が進み、現地化が前者との特徴としてあげられる。ニューカマーは中国内陸部である四川・湖南・東北地方・重慶といった地方出身者が多い。改革開放(1978年以降)でいち早く経済成長を遂げた上海・北京沿岸部地域よりやや遅れたのには工業構造転換や農村部の経済停滞が起因としてあり、日本政府による「留学生30万人計画」(2008年〜)が呼水となって多く留学や就労、ビジネスなどを志した人々が移住をした。料理は主に唐辛子やスパイスの効いた味で、日本向けに調整はされず現地の雰囲気で料理が出される。麻辣香鍋(マーラーシャンゴオ)、羊串(ヤンチュアン)といった料理の専門店や、「楊国福(ヤングォフー)」や「新時沏(シンジキ)」といった中国大手チェーンも出店している。日本の若年層の間ではこうした四川、東北料理などは中華街などでこれまで食べられてきた広東、円卓で出される料理などと比較して「ガチ中華」とも呼ばれ、人気を集めている。
※3 出典:公益社団法人 日本地理学会 2022年度日本地理学会秋季学術大会「東京都新大久保地区におけるエスニック・タウンの多民族化と混成化」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ajg/2022a/0/2022a_117/_pdf/-char/ja

ヘイトスピーチとK-POP第3世代的融和ムード
2016年にヘイト・ スピーチ対策法案が成立する以前、在日韓国人に対する嫌悪・排外的表現なニュアンスを含む落書きやヘイトデモ、スピーチが盛んに行われてきた歴史もある。新大久保では「在日特権を許さない市民の会」や「行動する保守」といったいわゆる愛国団体によるヘイトスピーチ・デモが月に1度行われていた。デモやスピーチでは「国へ帰れ」「殺せ」といった過激な言葉が道ゆく人や店の人々に向かって繰り返されていたことが法務省の聞き取りによって明らかになっているほか、ヘイトデモ参加者とそれに反対する団体との暴力事件なども度々起こり裁判に至った例も少なくない。(※4)
竹島(独島)問題や慰安婦、徴用工問題などのセンシティブなテーマが話題に上がるたびに緊張感が走った時期もあったが、一方でそうした人種や文化などによる分断が考え直されたきっかけとして「新大久保駅乗客転落事故」がある。
2001年1月、JR新大久保駅で泥酔した男性がプラットホームから線路に転落。その男性を救助しようとして、線路に飛び降りた日本人カメラマンの関根史郎さんと韓国人留学生の李秀賢(イ・スヒョン)さんが、進入してきた列車にはねられ、3人とも死亡した。この痛ましい事故ではあるが、人命救助のために自らの命を投げ出した出来事は、日韓両国で大きく報道された。事故の犠牲者を追悼・顕彰するプレートが、新大久保駅のホームと改札の間の階段に設置され、毎年命日には追悼式が行われている。(※5)
李さんは生前、「日韓両国の懸け橋になりたい」と話していたことから、両親らが見舞い金などをもとに基金を設立。報道を知った日韓両国の人々から多くの弔慰金が集まり、これまでに19の国と地域のあわせて1236人の留学生が奨学金を受け取っているという。
その後2010年代後半にはK-POPや韓流文化(第3世代と呼ばれるグループ:BTS、Blackpinkなど)の人気が若い世代を中心に拡大したことで、“文化”を通じた融和と共感の機運が強まり、ヘイトに対する抑止力ともなり始めている。
※4 出典:法務省人権擁護局 2016年 ヘイトスピーチに関する聞き取り調査(全体版)
https://www.moj.go.jp/content/001201160.pdf
※5 出典:NHKニュース 2025年「JR山手線 新大久保駅の転落事故から24年 遺族らが駅構内で追悼」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250126/k10014704461000.html
多国籍な街で考える多様性
新大久保・大久保周辺は、特に1980年代以降の外国人移住が起因となりコリアンタウンをはじめイスラム文化を中華圏の文化も融合する、多層的な「エスニックコミュニティ」へと変貌を遂げた。訪問者数は2022年には年間約900万人、1日あたり10万人以上が訪れる多国籍・多文化が交錯する背景にはヘイトスピーチの歴史的経験を経て、文化的包摂の流れが共存しており、日本の「多文化共生社会」の可能性を象徴している。
文化的背景が異なる人同士が韓国料理、ハラール料理、中華料理を並べて暮らし、営む光景は、食文化を介した理解が相互理解や包摂性を育む場になっており、多様性の積極的な受容を今日に至るまで体現している。ただエキゾチックな文化や食を消費するだけでなく、その国・地域の文化の流れや人をリスペクトすることもまた、推しのルーツやカルチャーを深く理解するきっかけになるかもしれない。
出典:申惠媛 著 『「新大久保」の誕生』(2016) p4-6
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kantoh/2016/29/2016_44/_pdf
出典:金延景 著「東京新宿区大久保地区における韓国系ビジネスの集積と地域活性化」(2022) p5-p9
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaeg/66/4/66_279/_pdf
文:宮木 快
編集:conomi matsuura
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