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シソンヌ・じろうが語る、東京・弘前での二拠点生活と地元弘前への恩返し

コロナ禍以降、地方移住への関心が高まっている。東京一極集中や地方創生が課題となっている日本で、地方への移住者が増加することは良い傾向だと言えるだろう。その一方で、仕事等の理由で地方に住むことに不安を抱く人も少なくない。実際に二拠点生活を送っている人は、どう感じているのだろうか。

そこで、東京と地元の青森県弘前市の二拠点生活をしているお笑い芸人・シソンヌのじろうさんにお話を伺った。じろうさんは、弘前を盛り上げるために、地元で子ども向けのワークショップやクレープ店の開業サポートも行っている。二拠点居住を始めた背景に加えて、地元での活動内容や経緯についても伺った。

母と一緒に過ごせなかった後悔が、二拠点生活のきっかけに

いつ頃から東京と青森県弘前市の二拠点生活をされていますか。

2年ぐらい前から始めました。以前から弘前に帰りたいなとは思っていたのですが、たまたま弘前にマンションを買うことになり、この機会にと思って、そのタイミングで青森にも住むようになりました。まさか、こんなに早く弘前で暮らすことになるとは思ってなかったです(笑)。

現在、東京と弘前の滞在はどのくらいの割合なんですか?

東京で仕事があるので、まだまだ東京にいることの方が多いですね。直近だと、舞台や単独ライブ等で忙しくて、3ヶ月間ぐらい弘前に帰っていないときもありました。ただ、忙しくなる前は2週間ぐらい弘前にいることもあって、1年の内だと弘前にいるのは通算して3ヶ月ぐらいですかね。できるだけ帰るようにしていて、帰るとのんびりしています。

東京での仕事もあるなかで、弘前に家を買うことに不安はなかったですか。

「仕事が無くなって、生活していけるのかな?」という不安はありました。ただ、実際に二拠点生活を始めてみたら、以前と何も変わらずに過ごせています。もともと本を書いたり、自分たちの単独ライブをやったりすることが活動のメインなのもあると思いますが。

実際に二拠点生活を始めて、良かった点を教えてください。

家族や地元の人と過ごせる時間が増えたことですね。弘前を離れた20数年間は、自分の中で失われた時間のように感じることがあって。芸人1年目で母親が亡くなったとき、「母親ともっと一緒に過ごしたかったな」と後悔しました。僕が舞台に立っている姿を1回も見せることができなかったですし。いま地元には90代になった親戚が多いので、いまのうちに会ってたくさん話しておきたいなという思いもあって、よく帰るようにしています。帰ると、喜んでくれるので嬉しいですし、恩返しだとも思っています。

 

単独ライブ後、相方の長谷川さんと地元のお店を訪れたじろうさん


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地元に帰ると、親戚等の人と会う時間が多いんですね。

そうですね。親戚にも会いますし、馴染みのお店に行ったりもします。1ヶ月前に会ったのに、会う度に毎回泣くおばちゃんもいます(笑)。

二拠点生活で感じた、情報過多社会で大事なこと

二拠点生活をされてみて、東京と弘前はどういう点が違うと感じていますか。

時間の流れ方が全然違いますね。夜は弘前だと物音が全然しないですし、時間がすごくゆっくり流れているように感じます。1日に何もしないで終わって、これでいいのかな?と思うこともあります。実家に帰っても、テレビはBS番組をつけているぐらいで、ワイドショーは一切見てないんですよ。だからゴシップとかも親父は何も知らないですし(笑)、穏やかに過ごしています。 

その落ち着いた空気感が、じろうさんにとっては心地が良いんですね。 

そうですね。いまの時代は情報が多すぎるじゃないですか。少しの間携帯を見るだけでたくさんの情報が入ってくるので、そういった情報の多い空間から離れて過ごしたいなと前々から思っていました。インターネット上には情報があり過ぎて、若い人がこの空間に飛び込んだら、そりゃ情報にミスリードされたり、間違った方向にいったりして、大変なことになるだろうなとは思います。

それに、人間の本当の幸せって携帯の中ではなく、現実の世界にしかないんじゃないかなと思うんですよね。僕は舞台等に立って、お客さんの前で笑い声を聞いている瞬間に幸せを感じます。そういう状況はSNSでは難しいので、やっぱり人と触れ合っているなかにこそ、幸せがあるんじゃないかなと。

都心より地方の方が、身近な地域の人と話す機会が多そうなイメージはありますね。

そうですね。東京だと情報が多くて、人との関係も希薄になる面があると思います。ただ、東京よりも情報量が少なく、人との関わりが密な地方であれば、インターネット上よりも現実に起きていることを大事にする感覚を伝えていくことができる気もしていて。やっぱりどれだけ時代が進んでも、人と人との関係性は無くならないですし、目の前のものを大事にするということは変わらないと思っています。 

同期のチョコレートプラネットの長田さんとパンサーの向井さんがじろうさんの地元・弘前を訪れたことも

そういったことを周りに伝えていくために、具体的には何か取り組みもしているのでしょうか?

姉の知り合いに県内の高校で地域活性化の授業をやっている先生がいるんですが、その学校の生徒さんが、僕が地元で地域活性化の活動をしているのに触発されて、自分も馴染みのある町を活性化させたいと思ってくれたようなんです。その学生たちと会ってもらえないかと言われたので、この前、その高校にお邪魔して話をしてきました。その学生たちは僕と会うことによって、何かしらポジティブな影響を受けてくれたと思っています。 

弘前れんが倉庫美術館で子どもたちに向けてワークショップもやられていますが、地域活性化という意味では、その活動も近いように感じました。このワークショップをやることになった経緯もぜひお聞きしたいです。

ワークショップを始めたのは、高校の同級生が弘前れんが倉庫美術館で働いていて、「一緒にワークショップをやらないか」と言われたのがきっかけです。子どもたちに良い刺激を与えることができたらと思い、子どもを対象に始めました。

中学生のとき、学校の体育館で「このおじさん誰だろう?」っていう人の講演会を聞かされることってありませんでした?(笑)  それはそれで面白いから思い出になるんですけど、いまテレビに出ている僕が子どもたちの前に出ることで、「テレビに出ている人もすごい人ではないし、普通にしゃべれるんだよ」と思ってほしいなと。

そこでは、台本を読むワークショップもやられていると思いますが、その内容はじろうさんが考えているんですか。

そうですね。小学生と中高生で内容を分けてやっています。中高生はまだしも、やっぱり小学生を飽きさせない内容を考えるのは難しくて、どうすればワークショップの90分間を楽しませられるのかを悩みながら作っています。ワークショップの内容も毎回変えて、汗だくになりながらやっています(笑)。

映像提供元:東奥日報社

クレープ店の開店支援に携わった経緯

閉店した弘前のクレープ店「ポッポ」を引き継いだ、新店舗の開店も支援されたと思います。その経緯も教えてください。

弘前市のイトーヨーカドーの中に「ポッポ」というお店があったんですが、そこのクレープがとても人気だったんです。イトーヨーカドーの閉店で無くなってしまうと聞き残念だなと思っていたときに、書籍のサイン会で地元のお客さんから「ポッポをどうにかできないか」と相談を受けました。後日、ポッポの方からもご連絡いただいて、僕自身も何かできないかと動き始めました。

じろうさんはどのように関わったのでしょう?

ポッポを引き継いだクレープ店として、弘前市の土手町に「クルック」という新店舗を開店することになり、その支援をしました。

具体的には、土手町にお店出す場合は自治体から支援金が出ることを知っていたので、商工会議所に支援金の相談に行ったり、土手町の商店街の理事長と仲良くさせてもらっているので、良さそうな物件がないか聞きに行ったりしましたね。いくつか候補を出してもらったら、そのうちの1つが以前「よしもと青森住みます芸人」として活動し、僕の高校の同級生でもある野崎小三郎という芸人の実家の不動産会社物件で。大家さんと繋いでもらって相談したら、「家賃も相談に乗るよ」と言ってくださり、いま実際にその物件を利用させてもらってます。

最初のきっかけをじろうさんが作ったんですね。

そうですね。仕事で東京に戻らなければならず、最初のきっかけを作るぐらいで、それ以降は他の方にお任せしていましたが。

その他で僕がしたのは、お店の資金用にTシャツを作ったことですかね。弘前出身のイラストレーターの友人にお願いして、デザインを作ってもらいました。 

実際に2025年2月に開店されてから、お店や土手町の反響はどうですか。

開店当日は行列になりました!これからも継続的にお客さんが来てほしいなと思いますね。

それと、この前帰省したときに、この1年ぐらいで新しく土手町にできた工芸品店「草邑」さんで、僕の母校・弘前高校の高校生たちが、土手町を活性化させるためにお団子の販売会をやっているのを知りました。僕がきっかけじゃないとしても、地方を活性化させるために活動をしてくれる子たちが出てきているのはすごく嬉しかったです。その学生たちとも、どこかで会えたらいいなと思っているんですけどね。 

活動がつながっていくのは嬉しいですね。シソンヌのコント台本も、土手町のいろいろなお店に置かれていますよね。 

僕らのファンが青森県に観光で行ったときに、ちょっとでも楽しめる要素があればいいなというのと、本当に数人でもいいので僕たちの台本があることでお店に寄ってくれたらいいなと思って置かせてもらっています。

 

シソンヌ・じろうが考える土手町のこれから

ここまで聞いてきて、じろうさんは広く地元で活動をされているんだな、と感じています。以前から、地元の青森県や土手町を盛り上げたいという思いはあったのですか。

そうですね。僕が小中学生ぐらいの頃までは地元もまだ栄えていたんですけど、僕が地元から離れたぐらいから一気に寂れてしまい、シャッター商店街になってしまいました。

以前の賑わいを維持できている地方都市って、かなり少ないと思います。クルックを開店したいと思った理由の1つは、土手町に少しでもお店が増えてくれればいいなと思ったからなので、クルックがきっかけとなって何店舗も増えてくれたらいいなと。

今後、地元がどうなっていってほしいですか。

別にいまっぽくなる必要はないと思っています。レトロな町並みを残しつつ、お店が少しずつ増えていってくれたらいいかなと。 

相方の長谷川さんと、47都道府県ツアーで全都市を巡ったのですが、もう駅前の雰囲気がどの都市も一緒なんですよ。たとえば中規模の都市だと、大手のドラッグストアや商業施設がある綺麗に整備された町になっていて、どの町か分からないぐらい似ているんです。だから、僕はその流れに逆行して、いまの古い町並みを残していった方がいいと思ったんですよね。 

最後に、じろうさんが感じる土手町の魅力を教えてください。

やっぱり町並みが良いと思います。 僕が古い町が好きっていうのもあると思いますが、土手町は1本道をずっとまっすぐ行ったらお城にもつながりますし、弘前ねぷた祭りの運行にも使われるメインストリートです。それに、弘前さくらまつりのときも桜の木が綺麗に見えます。歩いて楽しむことができる場所なので、いろんなものを食べながら、どんどんお城の方に向かって歩いてほしいです。僕は学生時代に歩いていたので、当時のように歩いて楽しめる町づくりができたらいいなと思っています。

 

じろう
1978年、青森県弘前市生まれ。2006年に長谷川忍とお笑いコンビ・シソンヌを結成。2014年に「キングオブコント」で優勝。バラエティや舞台、ドラマにも出演する傍ら、ドラマの脚本家としても活躍。2024年2月7日に出身地である弘前の出版社・東奥日報社から初エッセイ『シソンヌじろうの自分探し』を発売。

 

取材・文:前田昌輝
編集:大沼芙実子

 

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