よりよい未来の話をしよう

佐藤慧さんの家族観と、安心できるパートナーとの関係性|自分と、誰かと、どう生きていく?

個人の生き方、パートナーとの関わり方、そして家族の在り方において、段々と選択肢が広がってきている現代。一方で、多くの人が切実に制度のアップデートを求めていても、なかなか変化は見られない。また恋愛や結婚、子を持ち育てること、あるいはジェンダーにまつわる「こうすべき」といった世間の風潮に対しても、違和感を抱く人は少なくないだろう。

そんななかで、自分と、誰かと、どう生きていくか。どんなパートナーシップや家族を築くか。それぞれがより自分に合った生き方を目指せる社会のために、さまざまな声を取り上げる連載。

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今回話を聞いたのは、認定NPO法人 Dialogue for People代表で、フォトジャーナリストの佐藤慧さん。パートナーの安田菜津紀さんとともにDialogue for Peopleを運営し、アフリカや中東、東ティモールなどを取材。東日本大震災以降、継続的に被災地の取材も行っている。

▼安田菜津紀さんにお話を聞いた記事はこちら

年がら年中、政治の話も最高裁の話も、すべて2人で共有する

佐藤さんと安田さんが出会ったのは2010年の春頃。きっかけは、佐藤さんが安田さんの写真展に足を運んだことだったという。

「その頃、NGOの仕事でアフリカのザンビアに行っていたので、アフリカの社会問題を考えたり伝えたりする自分なりの表現方法がないだろうかと探していたんです。そんななか、日本に帰国していたタイミングで菜津紀さんが写真展をやっていると知り、行ってみました。

そこで菜津紀さんが撮影したフィリピンのストリートチルドレンの写真を見て、写真というメディアのすごさを知りました。文章や映像とまた違い、写っている人の一瞬に出会える、どれだけ言葉を尽くしても伝わらないようなことが伝わる、とてもいいメディアだと感じたんです。

そうして菜津紀さんの写真展に入り浸っているうちに、結婚しました。ここ(取材場所)の隣にあるカメラ屋さんでカメラを買ってアフリカに戻り、いまに至ります」

そう話し微笑む佐藤さんは、公私ともにパートナーである安田さんとの関係性をどのように捉えているのだろうか。

「他の人たちの関係性を知らないので比較できないのですが、僕たちは政治の話を年がら年中していますから、みんながこういう関係性なわけじゃないよな、とは思います。たとえば仕事上でも日常生活でも、最高裁の判決の話をしていたりしますからね。

仕事とプライベートがほとんどつながっているので、2人で共有していることが多いんです。取材で人に会いにいくことも、2人で共有していることです」

「社会からの認められ方」に見る、ジェンダーの差

佐藤さんと安田さんがご結婚されたのは2011年。東日本大震災により、佐藤さんの家族が住んでいた岩手県陸前高田市も被災し、佐藤さんのお母さんが亡くなったことで、家族が増える喜びを示したいという思いから法律婚を決めたという。

佐藤さんは、「血のつながりがなくても家族を広げていけると示したかったので、2人の間で婚姻関係がどうしても必要というわけではなかったんです」と話し、さらにこう続ける。

「地方のほうが家制度の名残が色濃いので、震災以降、取材や支援活動で岩手に通うなかで、『次は子ども連れて来いよ』などと声をかけられることはありました。あるいは、長期取材に行くときに『ご家族はどうしているの?』と聞かれたことも。

それでも、法律婚をする、しないにしても、子どもを持つ、持たないにしても、僕はどちらでもいいと思えるくらい、気にしないでいられました。それは、僕が男性で、そう思えるだけの下駄を履かされてきたゆえだと感じます。

結婚してこそ一人前、子どもがいてこそ一人前、という価値観はあれど、男性には他の認められ方がたくさん用意されているんじゃないでしょうか。対して女性は、まだまだ家に入ることがゴールとされている側面がある。僕はそれが正しいとは全く思わないですが、男性の場合は、仕事での成功を重視されるなど、社会的に認められる自己実現の方法が多いのだと思います。だから、僕が気にしないでいられたのは特権で、そこにはジェンダーによる差があるのだろうと感じます」

パートナーシップを考えるとき、人権にも視野を拡げてみる

実際に安田さんはそんなさまざまな社会の圧力にさらされ、2022年、「子どもを産まないことは“不完全”なのか」というタイトルのエッセイを執筆した。そのエッセイでも綴られているように、安田さんの「いま、子ども、欲しいと思ってる?」という問いかけに対して「2人でいる時間が、心地いいと思ってる」と答えたという佐藤さん。2人という家族の形を大切にしている背景を伺った。

「僕の両親はずっと忙しくしていたので、そろそろ陸前高田を離れ、温泉に行ったりゆっくりしながら2人の時間を過ごそうとしていたところで、東日本大震災があり、母が亡くなりました。

ただ、歳をとるごとにそうした悲しみもありますが、僕は長く生きた先の幸せや喜びもあるんじゃないかと思っているんです。父と母ができなかった、老後に2人の時間を過ごすことを、1つの幸せな時間として楽しみにしているところがあります。

それは単に隠居するということではなくて、ずっと一緒にいて、高め合えて、幸せが共有できる、ということ。そこに子どもがいるかいないかは、別の問題だと思っているんです。その上で僕たちは、子どもがいらないというよりは、子どもを持たなければいけないという呪縛はいらない、という考え方も持っていました。

さらに、いまは少子化と言われていますけど、国籍で分けて日本国籍の子どもがいないと言っているだけで、地球上では命は増え続けています。子どもという存在がもっと社会的に育まれるものであってほしいという思いもあるんです」

一方で、社会を見渡すとどうだろう。

「日本ではまだまだ、家の呪縛が個人の尊厳を蝕んでいることが多々あると感じます。ナショナリズムが血のつながりで語られることも、すごく多くなっているなと。

たとえば『家族を持つべき』『子どもを産むべき』と、個人にその選択を迫るように、家の存続のためなら個人が犠牲となって構わないという考え方が蔓延していると、その考え方はそのまま『国の存続のためなら市民が戦争で犠牲になっても構わない』という考えにもつながっていくと思うんです。

それをよしとして人類が選んでいくなら、僕は賛同できないのでマイノリティになるわけですけど、本当によしとしているのか、かなり怪しい。家こそが幸せなんだと思っている、思わされている人は、他の可能性を知ったらもしかしたら考え方が変わるかもしれないけれど、あまりにも他の幸せが間違いだと言われているんじゃないかと思います。

だから、パートナーシップや家族の話をするときには、少し視野を拡げて人権の話をしなくてはいけないんじゃないかと考えているんです。この国では人権を、義務を果たした人が対価として得られるものかのように語ったり、人権を得るためには正当性が必要であるかのように語ったりしますが、そうではない。

僕は、人類が2度と戦争をしないために考えに考えて、 これなら全人類で共有できるだろうと築いた価値観の1つが人権だと思っています。もちろん世界でもまだこの考えが広がっていない部分がありますし、とても残念なことに戦争や虐殺が終わらない現状がありますが、日本社会も人権を理解していないと感じることがよくあります」

安田さんも頷き、「道徳教育でなくて人権教育が必要ですよね」と続ける。

取材当日、お2人はパレスチナの若者が立ち上げたブランドのアイテムを身につけていた
https://www.fovero.ps/en

お互いにとって、その時々の心地よさを見つけていけたら

最後に、佐藤さんにとって心地のよいパートナーシップとはどんなものか聞いた。

「僕はもともと6人家族で育ちましたが、その家族はいま、1人の弟と僕だけになってしまいました。家族の死だけでなく、周辺の人々の死も関係していると思うのですが、ずっと、新しく近しい関係性を築くことには怖さがあります。

そんななかでもつながることができた人はすごく大切な存在ですが、一方でやはり、大切な人ができると、嬉しい気持ちと同時に失ってしまう不安がある。そういう状態でずっと生きてきました。

でも、その不安をなにかで埋めたり、中和したりしようとするのではなく、不安を不安のまま打ち明けられる関係性が、僕にとって一番安心できると思っています。菜津紀さんとの家族の関係ではそういった話もできるので、安心できています。

ただ、やっぱりお互い別人格の違う人間なので、尊敬の念が必要だと思っています。それは、相手に合わせよう、ということではなくて、その人にはその人のリズムがあると受け止めるということでしょうか。

僕の調子がよくて菜津紀さんの調子が悪いときもあれば、その逆ももちろんあって、お互いに沈んでいるときもあります。1つの心地よさがあるというよりは、常に変わりゆく自分と相手の、その時々の心地よさを見つけていくことができるといいんじゃないかと。お互いにハッピーなのが一番いい関係、というのでなく、どんなときにもそのときに合った心地よさがあると考えるだけで行き詰まらないような気がします。

あとは、変わり続けることでしょうか。僕のなかにも無自覚な差別心や偏見があると思うんですけど、お互いに気づいて少しずつアップデートしていける関係性がいいですね。それは自分の嫌なところに気づく過程でもあるので、きつさもあるんです。それでも、変化していけるのはありがたいこと。いい関係を長く続けていくための秘訣の1つかもしれません」

仕事とプライベートの垣根があまりないという2人だが、最近は、ボクシングが共通の趣味だそう。

「コロナ禍以前は、菜津紀さんと共通の友達と、みんなで外に飲みに行くのも好きだったのですが、最近は共通の趣味と言えばもっぱらボクシング。菜津紀さんの在日コリアンの祖父が戦後プロボクサーだったとわかったことをきっかけに、2人でボクシングを始めました」

安田さんもこう続ける。

「日本唯一のボクシング世界5階級制覇チャンピオンである藤岡奈穂子さんが私たちの師匠で、私は別途シュートボクシング初代日本チャンピオンで藤岡さんのパートナーでもある高橋藍さんに、キックボクシングも習っています。

ボクシングは究極のMy body, my choice。自分の体に関心を払わないといいコンディションを保てないですし、男性のスポーツだと思われがちですが、男性のものだとか女性のものだとか勝手に決めるな、とフェミニズムの文脈でボクシングをやっている人たちも、私たちの周りには少なからずいます」

2年ほど共通の趣味としてボクシングに取り組んでいるという2人。楽しげにトレーニングの様子やさまざまな文脈から見たボクシングの魅力を教えてくれる2人の姿にも、公私ともにパートナーである、佐藤さんと安田さんが共有してきたことの多さが垣間見えた。

佐藤 慧(さとう・けい)
1982年岩手県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の代表。世界を変えるのはシステムではなく人間の精神的な成長であると信じ、紛争、貧困の問題、人間の思想とその可能性を追う。言葉と写真を駆使し、国籍−人種−宗教を超えて、人と人との心の繋がりを探求する。アフリカや中東、東ティモールなどを取材。東日本大震災以降、継続的に被災地の取材も行っている。著書に『しあわせの牛乳』(ポプラ社)、同書で第二回児童文芸ノンフィクション文学賞、『10分後に自分の世界が広がる手紙』〔全3巻〕(東洋館出版社)、同書で第8回児童ペン賞ノンフィクション賞など受賞。

 

▼お2人が代表・副代表を務める認定NPO法人Dialogue for Peopleの活動はこちらから
https://d4p.world/

▼取材当日、お2人がこの日身につけていたパレスチナの青年たちが立ち上げたストリートファッションブランド、FOVEROのアイテムはこちらから
https://www.fovero.ps/en

 

取材・文:日比楽那
編集:大沼芙実子
写真:新家菜々子

 

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