
ChatGPTやGrokなど、AIを活用する機会が増えてきた昨今。調べ物やメールの文章などの細かな作業は、AIの力によって時間短縮が進められ、広く活用され始めている。さらに、雑談や人生相談などの会話を楽しむ人も増えているなかで、今後AIと私たち人間との関係性はどんな形になっていくのだろうか。
「ともにドラえもんをつくる」という目標を掲げて、AIやロボット等の技術やコミュニティについて研究を行う大澤正彦さんに、AIと私たちのこれからのコミュニケーションについて話を伺った。

大澤正彦(おおさわ・まさひこ)
日本大学 文理学部 情報科学科准教授。次世代社会研究センター(RINGS)センター長。博士(工学)。1993年生まれ。学部時代に設立した「全脳アーキテクチャ若手の会」が2,600人規模に成長し、日本最大級の人工知能コミュニティに発展。IEEE CIS-JP Young Researcher Award (最年少記録)を受賞。孫正義育英財団会員に選抜。著書に『ドラえもんを本気でつくる(PHP新書)』『じぶんの話をしよう。- 成功を引き寄せる自己紹介の教科書(PHP研究所)』
「ドラえもんをつくる」とは?
大澤さんが目指しているドラえもんとはどのような定義なのですか。
まず、ドラえもんとは「こういうものである」って一切言い切らないように気をつけています。
たとえば、「寝るときはドラえもんのぬいぐるみとずっと一緒で、このぬいぐるみのドラちゃんこそが、私にとってのドラえもんなんだ」という方がいます。そのような方に対して、「ドラえもんは少なくともロボットですよね」とか、「ドラえもんは少なくともAIですよね」などと言うのは、その方の“ドラえもん観”に対する否定になってしまうように思えて、嫌だなって思ったんですよね。
やっぱり“ドラえもん”という存在が大きすぎて、いろんな世代から、いろんな国で愛されている存在だからこそ、どの解釈も否定しないようなドラえもんのつくり方をしたいというのが、僕の大前提にあります。
その上で、定義は何かというと、世界中の全員が「ドラえもんだ」と認めたら、それがドラえもんなんだと、いまは思っています。もちろん、ドラえもんだと認めてもらえるような技術を一生懸命生み出すけど、勝手に僕らが完成を宣言しません。
そのなかで、“心が通じ合う”ことは、ドラえもんの要素の1つではないかと考えています。直感的な説明かもしれませんが、心が通じ合わないわけのわからない相手よりは、自分と心を通じ合えたりとか分かり合えたりする、“心が通じ合う技術”が、ドラえもんにつながりうると考えているからです。
AIやロボット等と“心が通じ合う”とはどんな状態なのでしょうか
人が人と関わっているときと同じような状態になることだと考えています。
たとえば、私たちの頭の中で道具を使っているときと、人と関わっているときって全然違う頭の状態なんです。「ひみつ道具こそドラえもんの本質だ」と思っている人は、ドラえもんを道具として扱っているかもしれませんが、ドラえもんを友達や人間みたいなロボットだと思っている人だったら、人と関わるときと同じような意識になってるんじゃないかと。そういうことを目指して研究を進めています。
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人に話せないことを、なぜAIになら話せるのか
数年前まで「怖いもの」という表現もされていたAIと、会話を行う人が格段に増えている実感があります。人のAIへの意識がどのように変わったと考えられていますか?
性能の良いAIができたことで、AIと話す経験が増え、その経験によって抵抗感がなくなり、AIと話す人が増えたんだと思います。海外に行って外国の方と英語でしゃべるのは緊張すると思っていた人も、一回喋ってみたら、「こんな感じか、じゃあしゃべれる!」みたいなイメージが湧くようになってくるのと同じように。
身近でもAIに関する話題が上がり、喋ってみたこともある等の経験の1つ1つが、AIと会話することへの抵抗感を下げているのかなと。
「AIが自分に対して肯定的である」ことを魅力に感じる人もいると聞きますが、コミュニケーションにおいて、肯定的な反応を求めることについてはどう考えられていますか。
相手が人であっても、相手に意見は求めていなくて、ただうなづきながら聞いてくれる相手を欲しているような瞬間ってあると思うので、それを全自動でやってくれる相手(AI)がいることは、悲観的に見ることではないと思っています。
それに、AIは相手の話に肯定的なアクションを取ることしかできないわけではなくて、否定的だったり、肯定的なアクション以外を取らせることもできます。結局は人間とAIとに分けず、人はどういうコミュニケーションを求めているのだろうかという視点を持ちつつ、こういうコミュニケーションは自動化したいとか、この場合は人ではなくAIに担ってもらってもいいのかもとか、そういう議論のきっかけが眠ってるんだろうなと思います。
人に話せないことをAIなら話せる、という意見も目にします。何か大きな違いがあるのでしょうか。
必ずしもAIだから話せる、というだけではない気がしていて。一回会って、もう二度と会わない人に対して話せることと、今日喋って明日も会う関係が続いている人に話せることって違いますよね。カウンセラーとか、占い師とかのように。あとは海外旅行に行くとコミュニケーションスタイルが変わる人もいっぱいいます。
「AIと」という話し方をよくしますが、まずは「人間同士だったらどう思うんだろう?」と考えてみたらいいんだと思うんです。それならAIの専門家でなくても考えられるかもしれない。
人間に近いAIを考えているんだから、「人間同士で理想的な関係性が、人間とAIとの関係性の一番の理想なんじゃない?」と思っているので、人間とAIとの理想の関係性については多くの人と一緒に考えたいですね。
会話を楽しむことから一歩進んで、AIに対して精神的に深い繋がりを感じている人もいます。その変化をどのように捉えられていますか。
AIに特化して議論しようとするから難しくなるんじゃないかと思っていて、大昔だったら、猫を人間と同等に扱うなんて、ありえなかった時代もあったんじゃないかなと思うんです。猫がとても好きな人なら、「我が家では猫が一番偉い」と言いながら幸せそうにしてる人だって、今はいるわけですよね。
時代の変化のなかで、今まで受け入れてなかったものを受け入れる人が現れて、そういう人がいるということを世の中が知る流れはこれまでにもあったことで、AIも同じなんじゃないかと思っています。

仲良くなれたと思っていても、AIはそれまで会話してきたことを忘れてしまう可能性も大いにあります。記憶という点で人間と異なる点はあるのでしょうか。
それでいうと、人間だって変わるし忘れることもあるし、黙って聞いてほしいと言っても、言い返してしまうこともありますよね。そういったことを乗り越えて人間関係をつくっているので、AIやロボットだから変わるということではないと思います。
それでも確かに、記憶というものがAIやロボットをつくる上での大きなテーマであることは間違いないと思います。僕が研究を始めたときの最初のテーマは記憶で、とても注力してきた分野です。それまで積み上げてきた一緒にいた記憶や思い出が、関係性をつくっているのではないかと最初から思っていたし、いまも重要性を感じています。
心が通じ合うことと、言葉が通じ合うことは、違う
大澤さんのこれまでの研究では、自然言語を用いないロボットとのコミュニケーションに関するものもあります。言葉の裏側を読み取るということについて、どのように考えられ研究を進められていますか。
これまでは、言葉は通じないけれども心は通じ合えるロボットの研究をやってきて、"心が通じ合うこと”と“言葉が通じ合うこと”は違うよねということに気づきました。そこから、最近は心も言葉も通じ合えるロボットの研究をしています。これまで自分たちが研究してきた心が通じ合うことに関するノウハウや技術を、ChatGPTのようなAIに統合して、心を読む性能を上げる取り組みを行いました。現在も、企業との共同研究などを通して社会実装に向けて、心を読む技術に関して色々と取り組んでいるところです。
具体的にどんな共同研究を行っているのでしょうか。
NECソリューションイノベータ株式会社との共同研究では、メンタリングのシステムとして技術を応用しています。言葉が通じ合うだけでは、メンタリングって成立しないんですよね。
ある実験で、たとえば僕みたいな人がチャットシステムのテストで学生のメンターとなり、会話する際に、「やりたい研究はなんですか?」と聞いたら、学生は「AIです」と適当に答えてきたんです。それで、「この人は何も考えないで答えたんだ」と思って、もう一回全く同じ質問を繰り返してみたら、その学生はすごい焦って「ああ、なんかちゃんと考えろって怒られてる」と思って返答してきた、ということがありました。
これはとても参考になると思い、質問にあんまりきちんと答えてなかったら同じ質問もう一回繰り返す、というのをAIの仕様として組み込んで学生100人ぐらいに実証実験を試してもらったんです。そうしたら学生から「こちらは正しく答えているのに、同じ質問を繰り返してきたので、修正が必要だと思います」といった苦情がたくさんきたんです。
これって言葉のやり取りとしては全く同じでも、心のやりとりとして本質が違っていて。はじめの学生は人とメンタリングをしていると思っていたから、相手の意図や考えを言葉から読み取ったわけです。ただ、相手がAIと捉えていると、同じように聞き返すとは想定していないので、 同じ質問を繰り返すのはプログラムのバグだと思ったようです。
実験を通して、やっぱり心が通じ合うことと、言葉が通じ合うことは違うので、言葉が通じるための研究とは別に、心が通じ合うための研究は必要だと思いましたね。

人に寄り添うエネルギーが枯渇している世の中でAIやロボットの役割とは
画面上の文字という点では、インターネットで人が発信している言葉とAIとの会話は視覚的に同じものです。AIと会話することで、インターネットの向こう側のことを想像する力が養われる、ということはあるのでしょうか。
人間にとって人の心を考えることって、とても負荷の高い情報処理なんです。やっぱり相手の気持ちを1人1人考えながら関わることは、頭脳の限界があるので、大きな組織だとある種、人を機械化する仕組みとして組織論があると思うんですよね。この書類のやり取りをしてくださいとか、意思決定はこういう順番でしていきます、みたいなルールにしていくことで、人が相手の気持ちを考えなくても、協力できるようになるので。
そのため、人間がSNS上の100億人の心を想定しながら動けるようになるのは、難しいことだと思います。
そこで、人の気持ちを一生懸命考えられるAIが間に入り、人と人とのコミュニケーションを支援してくれるといいのかなと考えています。これまでの科学では、人に寄り添う技術の開発が、盛んでなかったこともあり、いまの世の中には、人に寄り添うことが枯渇している気がするんですよね。そこをうまく解決するように、動けたらいいなと思っています。
私たち自身が想像力を鍛えるために、AIを活用するという方法もあるのでしょうか。
AIとのやりとりで心を考える練習をするといったことは良いと思いますが、それでどれだけの効果が上がるかは分かりません。
そもそも、コミュニケーションを取れば心を読み取る想像力が上がるとも限らなくて、人はむしろ心を想像しないようにするという戦略を取る場合もあります。たとえば、インターネットがなかった時代から“非人間化”というキーワードがあって、戦争で相手国の兵士などに対して、相手の気持ちを考えながら戦うことはしないように、人は相手を人じゃないように捉えるということをしてきました。犯罪者を非難するときも同様に、相手を人じゃないように捉えることはいまもありますよね。そういった性質を持っているということを大前提に、今後人はどうコミュニケーションを取っていくのか考えないといけないかなと思います。

そのような技術を開発する一方で、大澤さんはコミュニティづくりにも携わられていますが、その理由を教えてください。
「なぜコミュニティづくりをやっているんですか?」と聞かれたら、みんなが大好きなドラえもんをみんなでつくりたいからです。僕だけでつくったものにしたり、誰かがつくったドラえもんになっちゃうことが寂しくて。
大学院生のときに「僕もドラえもんをつくりたいとずっと思ってたんです」って初めて言われたときは、同じ夢を持った人に初めて会えたのですごく嬉しかったんです。ただ、その後に「インターネットで大澤さんのことを見て勝てないなと思ったから、僕はドラえもんをつくるのをやめました」って言われたんです。それがとても悲しくて、そういう悲しい思いをしたくなくて、コミュニティとしてみんなでつくっていくということを大事にするようになりました。
そのようなコミュニティでの環境は、ご自身の研究にはどのように繋がっていますか。
コミュニティで人と人との関係性を実践ベースでとことん考えてきた自分だからこそ、人とAIとの関係性や、人と人との間を取り持つAI等にチャレンジできると思っています。
『ドラえもんを本気でつくる』(PHP研究所、2020)という著書の中で、ドラえもんを通して人びとを幸せにするといったようなことを目標に研究されているといった記載がありましたが、人びとを幸せにするという点で制作時に意識していることはありますか。
幸せを僕自身が定義してつくらないことを意識しています。それは、僕が想像する幸せっていうのは、すごく狭い範囲のものしか見えていなくて、僕が想像しないような幸せの数の方が多いので、僕が幸せを定義してつくったものでは、多くの人は幸せにならないんじゃないかなと思うからです。
じゃあどうしたらいいかと考えたときに、人に寄り添うエネルギーが枯渇している世の中に、人と寄り添うエネルギーを十分届けられるような技術をつくる、というのがあくまで僕がやってることなのかなと。
科学が進めば進むほど、人に寄り添うエネルギーが増えていくような、なにか転換が起こせるようなイノベーションってなんだろうかと悩んだときに、「ドラえもんができたら、人に寄り添うエネルギーが十分満たされた世の中になる気がするぞ」と思いました。それがドラえもんという形で認められる前段階だったとしても、人に寄り添うことができる技術があれば、十分寄り添ってもらえるような仲になるし、誰かに寄り添ってもらえた人って、人に寄り添うことができるようになると思うので。
まずAIやロボットが人に寄り添うことで、人に寄り添う力を持つ人を増やすということですね。
そうです。ロボットやAIがいるおかげで、人に寄り添うエネルギーみたいなものが十分ある世界にステップアップしていって、その世界の先で人がより、いま以上に人に寄り添うことを一生懸命やるようになったら、僕が全員の幸せを考えて全員を幸せにすることはできないけど、人の幸せを考えることができる人が増えるわけじゃないですか。
そうすれば、 僕が想像もしなかったような幸せの仕方を僕の全然関係ないところでいろんな人が形にして、いろんな幸せが増える。そこを目指して、技術としてつくることを考えてます。
取材・文:カネコハルナ
編集:前田昌輝
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