あの『鬼滅の刃』に次ぐ大ヒット作品とも言われた『呪術廻戦』が、完結した。掲載誌の「週刊少年ジャンプ」(以下、ジャンプ)では、この8月に『僕のヒーローアカデミア』が終わったばかりなだけに、長期に渡って愛された人気作がバタバタと終了していく印象は否めない。一部には「もう看板作品はONE PIECEだけ。今後、ジャンプは大丈夫なのか?」という声もあるようだ。
しかし歴史を遡ればジャンプには超人気作品が山ほどあり、それらだっていつかは最終回を迎えてきた。そしてそんな人気作が軒並み終了し、掲載作品のラインナップが様変わりしてしまう事態も、たびたび繰り返されてきたことである。
そこで本稿では、これまでのジャンプを振り返りつつ、この先の未来予想図を考えてみたい。
『ドラゴンボール』?『ONE PIECE』?黄金時代はいつなのか
ラインナップの様変わりとして、有名なのは、昭和世代がしばしば「黄金時代」として語る、90年代後半の変化だろう。1995年にジャンプの発行部数は653万部を記録し、ギネスブックにも登録された。しかしその前後に『幽☆遊☆白書』『ドラゴンボール』『SLAM DUNK』など、歴史に名を残す人気作が相次いで終了。その後は、目立った作品が『るろうに剣心』くらいしかない時期が訪れたことで、同誌の売り上げも下がったといわれる。看板作品の終了をピンチと考える人は、当時の「屋台骨がぐらついた」エピソードが念頭にあるのかもしれない。
しかし、その数年後には、今もなお語り継がれる数々の人気作が誕生している。前述の『ONE PIECE』が1997年に、『幽☆遊☆白書』に続く冨樫義博氏の傑作である『HUNTER×HUNTER』も1998年には連載を開始している。同年に『シャーマンキング』が、その翌年には『NARUTO』が、さらに2001年に『BLEACH』がスタートしたこの時期をもってこそ、ジャンプの黄金時代なのだという人すらいる。
「ジャンプの黄金時代論争」に答えはあるのか?
とはいえ、いつを黄金時代と呼ぶかには、あまりこだわるべきではないだろう。ネットでは、みんな自分の思い出話をしたくなりがちなので、そういう話題は往々にして盛り上がる。
人によってはゲームソフト『ファミコンジャンプ 英雄列伝』が発売された80年代後半が黄金時代だと考える向きもあるだろうし、いやいや70年代には『サーキットの狼』『ドーベルマン刑事』『東大一直線』『リングにかけろ』『すすめ!!パイレーツ』が同時に連載していたスゴい時代があるんだぞと言う(というか言いたい)人もいるだろう。
しかし裏を返せば「いつが黄金時代か」みたいな話は、「自分の世代が最強」みたいな世代的な印象に終始しがちということではないか。それぞれの世代のジャンプ読者に「面白いな」「勢いがあるな」と思っていた時期というものが存在し、それが自分にとっての黄金時代、ということになるだけではないのか。たまに当時の目次を並べて「強すぎるラインナップ」などと投稿している人を見かけるが、それはあなたにとって、熱い、懐かしい、一番ちょうどいい、最近の作品は面白く感じない、だけじゃないっすか。と言いたくなる。
いずれにしてもネットでこういう話をすると、次々とそういう人が登場して思い出話をはじめるので、話題としては盛り上がるけど、収集がつかない。「みんな漫画が好きで良かったね」というフワッとした結論でまとまるかと思いきや、あげくには「いや、自分はべつにジャンプは読んでないんで」とか「ジャンプであれば何でもいいです」とか「月刊flowersが面白いのでおすすめです」とか「YouTubeのほうが面白い」とか「そもそも漫画はコスパが悪い」とか、話題とは関係ない人まで一言述べてくる始末だ。まあ、話が盛り上がれば、それでいいのかもしれないが。
脈々たる人のつながりで受け継がれる“ジャンプの血”
ともかく、以上のように考えてみると、この2024年の『ヒロアカ』『呪術廻戦』の終了だって、後の世代のジャンプ読者が振り返れば「これをピンチと考えていた時期もあったよね」「このあとにこそ、真の黄金時代が来るよね」という気分になりそうな出来事ではある。
そんな時代が来る気配が感じられないという人もいるかもしれない。しかし、たとえば先ほど『るろうに剣心』についてあまりいい時期の看板作品として名を記すことができなかったが、同作は『ONE PIECE』の尾田栄一郎氏や『シャーマンキング』の武井宏之氏らがアシスタントとしてかかわり、次世代のジャンプを担う作家を育てた重要な作品として有名だ。
それから類推して考えれば、いまの連載ラインナップが(あなたにとって)多少地味に見えたとしても、そこで新人作家たちが雌伏(しふく)して、ジャンプの柱となるべく技術の研鑽に励んでいるに違いない。
ジャンプの作家たちには、他誌と比べてもこうした徒弟(とてい)制度のイメージが今なお強く残っている。つまり「先生とアシスタント」というタテのつながりによって作られる媒体の歴史が、今なお重んじられる。少なくとも読者や周辺は、そういう話をしがちである。それは言い換えれば、各時代ごとに人気作品があろうとも、あるいは地味に見える時代があろうとも、水面下では作家の系譜があって、つまり脈々たる人のつながりによってジャンプというものが受け継がれていっている、ということになるだろう。
『呪術廻戦』展から紐解く“ジャンプの最前線”
そのことは、今日のジャンプ作家自身も、多かれ少なかれ意識しているものと思われる。たとえば連載終了を前にして渋谷ヒカリエホールで行われた「芥見下々『呪術廻戦』展」(大阪・福岡にも巡回予定)の内容は、背景やモブなどを担当した6人のアシスタントの仕事にかなり大きくスポットを当てた展示になっている。たとえば現在では作家として「少年ジャンプ+」(以下、ジャンプ+)で『マリッジトキシン』(原作・静脈)を連載している依田瑞稀氏などが作業したパートも紹介されていた。
この展示内容は、まずは今日最高峰のチームワークによるデジタル作画がどのように行われているかを示すことで「強大な力を持った作家ひとりがすべてを担っている」という古めかしい漫画のイメージを刷新するものとして、また日本の漫画技術の最先端を示すものとして、たいへん見どころがあった。まるでピクサー・アニメーション・スタジオの撮影現場を紹介されたがごとく、世界最高峰のコンテンツ制作の技を見せられてワクワクさせられるところがあった。
しかし、この展覧会にはそれにとどまらない意味があったように思う。というのも各展示には作者である芥見下々氏自身の言葉として、展示のあちこちに過去の漫画作品、特にジャンプ作品からの影響と、それをいかに継承しアップデートしていったかが伺えるコメントが記されていたのである。
それらと、大々的なアシスタントの展示を並べて眺めていると、前述したようにジャンプの作家たちが、過去作品から影響され、またそれを次代へと受け継いでいっているというイメージを強く感じさせられた。
電子媒体が主戦場になっても終わらない“ジャンプの時代”
ただ、もちろん継承されるものばかりではない。人によってジャンプの黄金時代が異なるのも、時代と共にジャンプ自体が変遷していったからこそだ。近年の、とりわけわかりやすい変化を挙げるとすれば、やはり電子媒体の活況だろう。
漫画産業は90年代以降、紙出版の衰退と共に大きな苦境が伝えられてきた。しかし2010年代の半ば以降、より具体的にはアマゾンがKindle Unlimitedを開始するという外圧があり、さらに違法サイト「漫画村」が社会問題となって以降から、結果的に漫画業界は電子媒体に本腰を入れることとなり、そして空前の好景気を迎えることとなった。
しかし言い換えるとそれは、漫画の主戦場が電子媒体に移ったということである。現在の漫画業界はかつてジャンプがギネス認定された時代以上の市場規模になっているが、すでに紙雑誌の比率は10%を切っており、しかも電子媒体だけで当時の紙雑誌の規模を超えている。
もちろん「だから、ジャンプの時代は終わりなのだ」というわけではない。たしかに紙の雑誌としてのジャンプは、そこに掲載された数々のヒット作と同様に、いつか終わりを迎えるに違いない。しかし漫画の主戦場が電子媒体に移ったということは、すでにジャンプ掲載作品もまた電子でよく買われている、ということである。初出は紙媒体であるにせよ、あるいはジャンプであるにせよ、人びとがそれを読んでいる場所は「ジャンプ+」かもしれないし、はたまた「まんが王国」や「LINEマンガ」などのように、ジャンプとは何のゆかりもないネット媒体かもしれない。
それは、果たしてジャンプの黄金期の、あるいはジャンプという媒体の終わりだと言えるだろうか。そうではないだろう。前述したようにジャンプは人を通じてそのカラーが継承され続けており、どんなネット媒体で掲載されても、やはり“ジャンプブランド”が保たれている。ブランドのカラーが色濃く残っているからこそ、逆にジャンプを毎号買っていないような人たちまでも、「もう看板作品はONE PIECEだけ。今後ジャンプは大丈夫なのか?」などと気にするのだ。そんな風に語られる漫画媒体は、なかなかない。
『ふつうの軽音部』が放つ“ジャンプらしい熱さ”
そのブランドカラーの変化を感じさせるのは、やはりジャンプ独自のネット媒体であるジャンプ+の存在だ。「週刊ヤングジャンプ」で連載している『推しの子』なども高い人気を誇る一方、もともと雑誌で連載がはじまった『チェンソーマン』がジャンプ+へ移籍したのも記憶に新しい。一方で、ジャンプ+は媒体としてのオリジナルの作品を中心としたラインナップであるがゆえに、本家ジャンプとは微妙に異なる、ネット的なひねりの利いた作品がそろっている。
その最たる作品が、先日「次にくるマンガ大賞 2024」でWebマンガ部門の1位を受賞した『ふつうの軽音部』だと感じる。『けいおん!』『ぼっち・ざ・ろっく!』など、日常をベースにした女子高生たちのバンド漫画のヒット作は、枚挙に暇がない。冒険活劇よりも、あえて日常のドラマを選んだ部活もの、というくくりで考えても、今や手垢がついたジャンルと言っていいだろう。
だが、この作品はそうした先行作品を踏まえつつ、より「ふつう」の日常、そして「ふつう」の高校生たちのドラマを真っ当に描くという形を選んでいる。いわば、日常ものにもう一段ひねりをきかせた結果、純粋な青春ドラマに回帰しているようにも見えるのだが、それは一周回ってジャンプらしい熱さがあるとも思わせるのだ。
こういう作品は、紙媒体のころのジャンプになかったものだと思うし、できなかった作品だとも思う。しかし、それでもジャンプらしいとも思わせる。次世代の萌芽は、こういうところにあるのかもしれない。
さやわか
ライター、物語評論家、漫画原作者。小説、映画、漫画、アニメ、演劇、音楽など幅広い分野を評論。『ユリイカ』『QuickJapan』などで執筆。著書に『僕たちのゲーム史』(星海社新書)、『文学としてのドラゴンクエスト』、『名探偵コナンと平成』(コア新書)など。漫画『ヘルマンさんかく語りき』(KADOKAWA)、『永守くんが一途すぎて困る。』(LINEマンガ)などの原作も担当。
X:@someru
寄稿:さやわか
編集:吉岡葵
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