よりよい未来の話をしよう

AGRIKO FARM で目指す“持続可能である”ということ

昨今、「持続可能」や「SDGs」ということばを耳にしない日はない毎日だが、そもそも「持続可能」とはなんだろうか。改めて辞書を引いてみると、将来にわたって持続的・永続的に活動を営むこと”とある。また、「持続可能」ということば自体が、「sustainable」(サスティナブル)の一般的な訳語となりつつあるようだ。

大枠としての理解はあるものの、なんとなく「社会や地球単位で大きく捉えた考え方」のような印象を受け、「個人」が持つ考え方ではないように感じる。しかし「持続可能」であるべきなのは、もはや社会や地球のような大きな単位だけではない。社会は人の集まりであり、私たちひとり一人の人生や生活においても「持続可能」な状態でないと、そもそも社会や地球は「持続可能」にはならないのではないだろうか。

もりもりのクレソン

個人としての持続可能性

そんなことを考えるきっかけになったのは、大好きでたまらない「俳優」という職を選んだものの、駆け抜けた10代を経て、少し疲れていた20代の頃。2014年のある日、私を心配した家族の勧めで、父親の知人が営む新潟の棚田へ田植えのお手伝いに行った。都会の真ん中で、日々華やかなメイクや衣装に身を包み生きていた当時の私にとって、「農業」は遠い世界だった。実際に行ってみると、ビルも、カフェも電波もない…。しかし空気が澄んでいて、土と緑のいい香りを感じたり、鳥の囀(さえず)りが聞こえて、風が肌を撫でる。農業のお手伝いをしているうちに、気づいたら私は深呼吸ができるようになっていた。

「どんなに好きなことでも、頑張り過ぎると続けられなくなる」

その時、私自身が「持続可能」の意味を体感した瞬間でもあった。

新潟での農業風景

農業の課題と農福連携

それからは、農繁期にはなるべく休みを取り、棚田に通っている。農業の楽しさやお米の美味しさに魅せられ続けてきたが、2021年に、家族の体調不良で農業を続けることが難しくなってしまった。農業は、想像以上に手間と時間と労力がかかる。続けたい想いはあっても、身体がついていかず辞めてしまう方も少なくない。この経験を通じて、私は、障がいを持っていても、高齢になっても「農業を継続していくにはどうしたら良いか」を考えるようになった。

そこで出会った言葉が「農福連携」という言葉。

農福連携とは、障がい者の方々が農業分野で活躍し、自信や生きがいを持って社会参画を実現していく取組みのこと。私1人で植えられる稲の数は限られているが、みんなで取り組めば改善はできるはず。新潟だけではなく、農業全体が抱える「担い手不足」という課題を福祉の力で解決出来るかもしれない!と模索する中で、浮かんできた選択肢は、起業だった。

アクアポニックス

事業の一環であるAGRIKO FARM開園時に受けた「あしたメディア」でのインタビューでも話したように、少しでも専門知識を!と、農林水産省が開催する「農福連携技術支援者」(※1)の講習へ通い、資格を取得した。また、新潟での稲作のお手伝いは並行しつつも、まずは生まれ育った世田谷で、俳優業と並業して運営できるファームを…と探して出会った場所は「屋上」。都会自体に農地が少なく、借りるのも困難だったが、農地でなくとも農業はできる。農業の可能性を広げるためにも、チャレンジしようと思い、屋上に合う栽培方法を検討した結果、養殖の排水を活用して水耕栽培を行う「アクアポニックス」という、環境にやさしい循環型農業システムを採用した。

働いて下さっているGiftedさん

※1 用語:「農福連携」について、現場で実践する手法を具体的にアドバイスできる専門人材。研修を受講し育成された者が「農福連携技術支援者」として認められる

障がい者雇用の現状

AGRIKO FARMは「農福連携コミュニティファーム」である。「農福連携」においては、主に企業の障がい者雇用の支援を行なっている。障がい者雇用とは、「障害者雇用率制度」という法律に基づく雇用制度のこと。簡単に言うと、「従業員を43.5人以上雇用している民間企業は、1人以上(法定雇用率2.3%)の障がい者を雇用する義務がある」ということだ。(※2)しかし、2021年に厚生労働省が公表した「令和3年 障害者雇用状況の集計結果」によると、民間企業における障がい者雇用率の達成割合は47.0%と、半数以上が達成できていないという状況である。(※3)都会では、障がい者の方にとって事務職以外の選択肢は非常に少なく、障がいの特性によっては、採用まで時間がかかる場合も少なくない。AGRIKO FARMでは、少しでも幅広い方々へ雇用機会を提供するべく、開園時から、月に2回以上の就労移行支援事業所や特別支援学校向けの見学会や、体験会を実施しており、AGRIKO FARMとオーナー契約をしている企業(現在桜新町では(株)プレミアムウォーターホールディングスさま)と連携し、農園での障がい者雇用をサポートしている。

働いて下さっているスタッフさん

誰かに無理を強いては、持続可能になどならない

従来の「農福連携」は、農業従事者者が福祉事業者を雇う場合が多かった。AGRIKO FARMでは、企業の障がい者雇用制度と障がい者を繋ぎ、農福連携を進めることで、Win-Winな仕組み作りにこだわった。企業側は、義務である障がい者の採用も進めたいと思うものの、適正人材の採用や業務内容の切り出し、どのようにサポートして向き合ったらよいかわからないという声も少なくない。そこで、企業に障がい者雇用を前向きに感じてもらえるよう、農園を通しての採用支援や農作業のマニュアル化、運営支援はもちろん、さらに企業の顧客向けのSDGsイベントの開催などのSDGs活動支援や、生産物を使ったプロダクトの販売、PR、CSR活動としても幅広くファームを活用していただけるようニーズに合わせてサポートを広げている。
また、AGRIKO FARMで働いてくださる Gifted(障がい者)(※4)の方々にとっても、企業の一社員として、適切な労働対価の支払いと、自分のペースで農業に取り組めるような環境を整え、雇用の安定と、社会的な居場所づくりを目指した。また、生産物の収益の一部は、Gifted(障がい者)に還元される仕組みにしたことで、働きがいも感じてもらえている。企業も障がい者も、関わる人のすべてが適切な利益やメリットを得ることができる「持続可能」なかたちにしたい。ボランティアやコミュニティではなく会社にしたのは、誰かに善意や無理を強いるシステムにしたくなかったからだ。

働いて下さっているスタッフさん

それぞれの“出来ること”に着目する

現在、株式会社AGRIKOの運営スタッフは、気づけばなんと全員女性。中でも、ファームのサポートスタッフには、主にお母さん達を雇用している。少し子育てが落ち着いた方や、現在もパワフルに子育てしながら、子どもが保育園や小学校に行ってる時間を活用してファームで働く方など、様々な「お母さん」が働いている。農園以外でも、在宅勤務など多様な働き方を導入することで、例えば育児をしながらでも働きやすいように工夫した。フルタイムでバリバリ働いてもらう方がいいという考えもあるかもしれないが、日々予想のつかない子育ての荒波に揉まれ、乗り越えている「お母さん」だからこそ、タフであり、細やかなことにも気づき、障がい者の方々の悩みにも寄り添い一緒に考えてくださる。
AGRIKO FARMは、創業間もない頃より心強いメンバーに恵まれた。

グッドライフアワード授賞式

このような取り組みが評価され、なんと!2022年12月に、「第10回グッドライフアワード」で実行委員会特別賞「SDGsビジネス賞」を受賞した。(※5)そしてファームとしても、順調に栽培品目や収穫量を増やし、初めてのオリジナル商品である「やさしいシロップ」も完成した。(※6)

この商品は、ハーブの栽培だけではなく、商品のラベルのイラストや文字も、ファームで働く方々が担当した。また、12月には新宿伊勢丹本店でのポップアップを開催。正直、ファームが商品に込めたメッセージが、どれほどの方々に届くのか不安もあったが、想像以上のお客様に恵まれて、当初2週間で販売する予定だった数量分が、1週間で完売となる大盛況となった。ここまで、激動の約9ヶ月間。
このとき、私自身が開園当初に描いた設計図より遥か遠くまで来れたことに驚くと同時に、「誰でも得手不得手はあるが、各自ができることにフォーカスし、力を合わせると、1人では想像できなかったことが実現できる」と、改めて気付かされた。

※2 参考:厚生労働省「事業主の方へ」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/jigyounushi/page10.html#:~:text=%E5%BE%93%E6%A5%AD%E5%93%A1%E3%81%8C%E4%B8%80%E5%AE%9A%E6%95%B0,%E3%81%AA%E3%81%91%E3%82%8C%E3%81%B0%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%9B%E3%82%93%E3%80%82
※3 参考:厚生労働省「令和3年 障害者雇用状況の集計結果」

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_23014.html
※4 用語:先天的に、突出した才能をを持つ者
※5 補足:環境省が主催し、「環境と社会によい暮らし」や「社会をよくするSDGsを体現する取り組み」を実践する活動を表彰するプロジェクト
※6 用語:AGRIKO FARMのスタッフが大切に育てたレモンバーベナ(栽培期間中農薬不使用・化学肥料不使用)と、Hinokiの看板商品である「魚沼南蛮(栽培期間中農薬不使用・化学肥料不使用) 」に使用される唐辛子、さらに国産(愛媛県)のレモン果汁を使用した希釈用のシロップ。AGRIKO FARMで働くGifted(障がい者)の方々が、ハーブの栽培だけでなくシロップのラベルのイラストや文字を担当しており、収益の一部が彼らに還元される

シロップラベル制作風景

やさしいシロップ

持続可能な未来のためにできること

普段は、ファームで働く方々の働きやすさを優先すべく、一般開園は行っていないが、小川珈琲さまとタイアップした夏の親子イベントの開催や、プレミアムウォーターホールディングスさまとの顧客の方向けの親子イベントを開催し、「食農教育」(※7)も行っている。
イベントでは、魚や野菜の収穫体験や実食体験、苗をポットに植えて自宅で育ててもらうなど、農業を身近に感じてもらえるような内容を提案している。

イベントでの植え替え風景

ポットに植え替える際に使う苗は、アクアポニックスで栽培したものだ。そして土は、アクアポニックスで栽培したものの、規格外となってしまった野菜を堆肥にしたものからできており、ここでも「循環」にこだわった。土の中には、ミミズなど「地球のお友達」も住んでいて、たまに「こんにちは!」と顔を出す。都会に住んでいるとつい忘れてしまうけれど、虫がいないと植物は育たないし、実もつかない。思い返せば、もともと「食農教育」に熱心な両親のお陰で、幼少期から果物狩りなど様々な経験を通じて、虫との距離感を学んできた。

果物の受粉や土の分解は?

虫を好きになる必要はないが、殺虫するのが正しいのか?

もし、虫が1匹もいなくなってしまったら…?
そんなことを肌で感じて、考える場所になってほしい…。生まれ育った世田谷という街で、次世代の子ども達にも、その重要性を伝えていきたい。

そんな想いから、AGRIKO FARMは「コミュニティファーム」としても活動している。

イベント時の苗植え写真

と、ここまで書いてきたが、SDGsや地球環境について、私自身も元々詳しかったわけではない。かつて私がそうであったように、子ども達がキャー!とお魚を捕まえたり、ミミズを探す姿やキラキラした目をみていると、私自身、そして私の周りの人達を大切にすることで、個人が、そして、社会が「持続可能」であってほしいと、願わずにはいられないのだ。
おいしいものを食べられる今日は、当たり前ではない。生産者さん達に感謝し、今ある「農業」の形を絶やさず、継続する術を考えることが重要だ。おいしいものを食べ続けられる未来を次世代に繋げるべく、今私たちのできることから、取り組んでいきたい。

※7 用語:子どもたちが、食に関する正しい知識と望ましい食習慣を身に付ける「食育教育」に加えて、農業に関しての知識や体験などを含む「農業教育」を、一体化して行う取り組み

小林涼子
俳優・株式会社AGRIKO代表取締役
NHK夜ドラ「ワタシってサバサバしているから」やテレビ東京「ダ・カーポしませんか」にレギュラー出演中。 また2022年より J-WAVE「STEP ONE」火曜ナビゲーターを勤める。
俳優業の傍ら、家族の体調不良をきっかけに自身が代表の株式会社AGRIKOを設立。
世田谷区桜新町にて農福連携ファームを運営。



文:小林涼子
編集:たむらみゆ
写真:DRAWING AND MANUAL